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一章

普段着を作ろう

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 カノンの普段着一式のためのトウヒモドキの葉と、グローブとブーツの滑り止めのためのトウヒモドキの枝の採取を無事に終え、再びカノンの脱出ポッドに戻ってきた。
 ついでに新規技能も習得できた。

 これで現在の俺の取得技能は9つ。
 初期選択の【装備換装】。
 意図せず取得していた【潜水】【測量】。
 マキノさんの拠点に行った時の【旅歩き】。
 夜の資材集めで取得した【夜目】【聞き耳】【危機感知】【運搬】。
 そして【登攀】だ。
 まだまだ足りないが、焦ることはない。徐々に揃えて行こう。

「カノンはまだ、装備スロット溢れてないんだったよな」
「うん」

 カノンの取得技能は【危機感知】【旅歩き】【夜目】【聞き耳】【運搬】。
 カノンはここまでほとんど常に俺と一緒に行動しているから、取得技能が被るのも已む無しというものだ。
 だが、この世界では被っていてもまったく問題はない。
 なぜなら、

「じゃあ俺、カノンの装備スロットが埋まるまでは【危機感知】外しとく。
 悪いけど、なにか気づいたら教えてな?」

 こういう役割分担ができるからだ。
 いずれは相談して決めるべきだが、今はカノンに選択肢がない。
 カノンにそうお願いすると、カノンはどこか自信なさげに首肯する。

「う、ん。わかった。
 ……わたし、あんまり、気づかないかも、だけど」
「そんなことはないぞ?」

 カノンの五感は鋭い方だ。
 それは感覚器官が特別鋭敏であるという意味ではなく、よく気がつく、という意味だ。
 そして気づいたそれを「気のせい」として看過しない、という性分も持ち合わせている。
 それだけで、もう十分に頼もしい。

「……さっきも、鳥の鳴き声、気づけなかった、し」
「あれは作業の音に紛れただけだろうから仕方ない。
 息を潜めたら、ちゃんと気づけただろ?」
「あれは、フーガくんが、気づいてくれたから、かも」
「俺は音にだけは敏感だからなぁ……」

 あれに関しては気づいたというか、入り込んできたというか。
 俺は、聴覚刺激に関してはかなり過敏になっている。
 ……『犬』の頃に、殺されすぎたからだ。

 前作では視覚と聴覚しか同調していなかった分、その2つの感覚刺激から最大限の情報を得る必要があった。
 意識外から殺されたくないのなら、目を瞠り、耳を研ぎ澄ませる必要があった。
 なにかを聞いたのなら、それがなにかを判断する前に、即座に反応する必要があった。
 そうしないと、テレポバグ先では手遅れになることが多かったから。
 そのときに染みついてしまった反射が、いまも俺の脳には深々と刻まれている。
 意識の外側で発生した聴覚刺激に対しては、それがどんなものであれ、条件反射で身構えるような癖がついてしまっている。
 その音がなんであれ、俺の警戒心は自動的に引きあがってしまう。
 、と思ってしまう。
 なにかが風を切る音を聞いただけで、それを避けようとしてしまう。
 なにか動くものを見ただけで、それから遠ざかろうとしてしまう。
 この身体を、動かそうとしてしまう。

 『犬』でテレポバグを繰り返しすぎた俺は、『犬』が終わった後でもその習慣を完全に消し去ることはできなかった。
 自分でも制御できないその反射行動は、パブロフの犬そのものだ。
 音を聞いただけで勝手に唾液が出る犬のように、音を聞いただけで勝手に身体が動く。
 その音が死因になりうるかなど、考える前に。
 その音がなんであるかなど、考える前に。

 やたら敏感になっているのは聴覚と視覚だけで、ほかの反応は平凡以下だ。
 当然ながら、俺の知覚全般が優れているというわけではない。
 平民舌に平民鼻。自炊するときの調味料とか全部てきとうだよ。
 高級ブランド品にも縁がないから、触覚もぜんぜんアテにならないよ。

「そもそも飲み水の味……匂いも、茸の匂いも、気づいたのはカノンだったろ。
 自信をもっていいぞ。俺が保証する」

 そういうわけで、この保証にはなんの担保もない。下手すりゃ空手形だ。
 けど自分の感覚に自信を持っててもらった方が、危険を看過しにくいだろう。
 なにかに気づいたけど「自分の気のせいかも」なんて思って欲しくはない。

「……う、ん。フーガくんが、言うなら。頑張る」
「ん。でも頑張っても気づけないときは気づけないし、気楽に構えてくれ。
 危機の察知については、カノンだけに任せるわけじゃないしな」

 カノンの自信もある程度回復したようなので、あらためて技能の選定に入る。
 とりあえず装備換装は要らんな。潜水は川の方行くときだけつければいい。
 【旅歩き】も遠出するときにつけるようにすればいいだろう。
 危機感知もいまはカノンに任せるから……残りの5つで決定だな。
 ────────────────
 【夜目】   ── Lv1
 【測量】   ── Lv2
 【運搬】   ── Lv1
 【登攀】   ── Lv1
 【聴覚強化】 ── Lv1
 ────────────────
 いまの職業は差し詰め……土木建設作業員見習い、って感じか。
 少し有能な感じが出てきた。
 でも、まだまだ選び甲斐がない。
 もっといろんな技能が欲しい。

 技能スロットを映していた仮想ウィンドウを閉じ、脱出ポッドの採光小窓から外を見れば、すっかり日は落ち、夜の暗闇だけが見える。
 もうここからは、完全に夜の時間だ。

 現在のセドナの時刻は……午後8時くらい、か?
 現実の時刻が午後4時ほどになっているから、こちらは午後6時から進めて……うん、午後8時くらいということになる。
 プレイヤーが惑星のさまざまな場所に散る以上、仕方ないと言えば仕方ないのだが……この地形座標に対応した時計というものは与えられていない。
 昼間なら日時計でも作ればいいのだが、夜時間の測り方はまたなにか考えたほうが良いかもしれない。
 いちいち「現実で何時だから」って考えるのは、夢から醒めるようで興も醒めるしな。


 *────


「よーし、ではさっそくカノンの服を作るぞーっ」
「お、おーっ」

 恥ずかしいなら乗ってくれなくていいぞ、カノン。

 取り出したるは採取してきた大量のトウヒモドキの枝と葉。
 枝からは樹脂が、葉からは精油が抽出できる。
 作りたいものは決まっているんだ。ちゃきちゃき作っていこう。

 採ってきたそれらをすべて圧縮ストレージに放り込む。
 トウヒモドキの葉と枝は分析装置で既に分析済み。
 ゆえに製造装置はそれらの資源を、材料として使ってくれるはずだ。
 トウヒモドキの葉は革袋に入れたままだが、たぶんこれでも大丈夫だろう。

「まずはカノンの服だな」

 衣類タグを選択すると、さまざまな衣服の目録が表示される。
 そのなかにある「ケープ」の項目を選択、さらに詳細な選択を行う。

「……カノンが選んだのって、このタイプだっけ?」
「んっ」

 カノンが選んだのは、胸元あたりまでの丈の、ウール地のケープ。
 サイズや色などを追加指定すると、おおまかな仕上がりが表示される。
 これが完成参考図だ。
 このままポチれば参考図通りのものが吐き出される。

「このままだと、カノンにはちょっと大きいか?」
「……そうかな? そうかも……」

 だが、プレイヤーが望むならば、ここからさらに細部を詰めることもできる。
 なんと製造装置には、3Ⅾモデリング機能が初期搭載されているのだ。
 この機能を使えば、首回りの幅や広がりの形状など、服飾素人でも直感的に弄繰り回すことができる。
 細部を弄るのが面倒くさい人は、もちろん使わなくてもよい。

 カノンと相談しながら、3Ⅾモデルを弄り回すこと――30分ほど。

 ─────────────────
 ■ケープ
 【原材料】
 合成ウール(100%)

 【付加材料】
 ◆未登録の植物の葉>精油(未登録)
 ─────────────────

「こんな感じになりましたが」
「んっ! いい、感じ」

 なんだかんだと熱が入り、随分と時間をかけてしまった。
 細部にこだわり始めると、無限に時間が溶けていく……。

「仕上がりは、実際に作ってみないとわからないけども」

 この世界において、いわゆるプレイヤーの「ステータス」というものは存在しない。
 ゆえに当然こうした衣服装備に関しても、「防御力」や「追加効果」といったわかりやすい指標は存在しない。
 だから装備製作に慣れていない俺たちは、この生成物の予測画面を見ても、果たしていいものができるのかどうかいまいち自信がない。

「ま、気に入らなかったらまた作り直せばいいよな。
 合成素材は無限供給だし、葉っぱはそこら中に生えてるんだし」

 そのときは許せトウヒモドキたち。
 俺たちの試行錯誤の贄となれ。

「そのときは、わたし、とってくる、から」
「おっと、俺の登攀のレベル上げの機会を奪おうったってそうはいかんぞぉ」

 技能が経験によってのみ習熟する以上、この世界で無駄な行為なんてほとんどないのだ。
 なに、テレポバグ?
 あれは実利的には無駄の極みだよ。

「んじゃ行ってみよう。 ――ポチっとな」

 生成開始のボタンを押すと、製造装置の前面にある、生成中のランプが赤に変わる。
 そして、微かな空気の振動音。
 製造装置のなかでなにかが稼働しているのだと、そんな気配が伝わってくる。

 ああ、いまあの圧縮ストレージの中では革袋のなかのトウヒモドキの葉がどうやってか消費されているんだろうなぁ。
 どうやって使われているんだろうなぁ。
 俺としては亜空間にシュッと吸い込まれる説を押したい。
 そっちの方がいろいろ汎用性が高そうだからな。

「こっちの世界だと、なんか、不思議だね」

 カノンが呟く。

「リアリティがあるとはいっても、『犬』はどうしてもゲームどまりだったからな。
 こっちの世界、フルダイブになって、自分たちが実際に身に着けるものが目の前で物理的に製造されているってのを考えると、なんか不思議な感じするよな」
「なかで、なにか、やってる?」
「一から縫うわけじゃあるまいし……3Ⅾプリンターが、なにかしらの……?」

 他愛もない話をしていると、一分ほどで製造装置の稼働中ランプが緑色に変わる。
 同時に、カシュッ、となにか空気が抜けるような音が、製造装置の側面から響く。
 飲み水を生成したときとはまた別の取り出し口があるようだ。

「みてみよ、っか」
「うむ」

 製造装置側面の、大きな取り出し口を開く。
 こちらは生成物がある程度大きい場合の取り出し口なのだろう。
 以前、飲み水を生成したときは、ガラスのビーカーのようなものに入った状態で生成されたわけだが、今回は、

「おーっ、こんな感じで出るのか」

 縦横30㎝強の平たいプラスチック質の板の中央に、高さ1mほどの一本のポールのようなものが突き立っている。
 そのポールからは、まるで樹の枝のように短い棒が幾本も飛び出している。
 そんな珍妙な形状のオブジェクト――恐らくは衣類スタンド――にふわりと掛けられるようにして、黒いウール地のケープが掛かっている。
 手を近づけてみれば、ほんのり暖かい。
 いかにもといった感じだ。

「えっ、ほんとにこの場で作ってんのこれ」
「すごい、ね」

 そりゃ3Ⅾプリンターなんだからそうだと言われてしまえばそうなんだが。
 先ほどまで俺たちが3Ⅾモデリングしていたものが、実際に形になって出てくるとびっくりする。

「触ってみてもいい?」
「いい、よ?」

 カノンの許可を得て、できたてほやほやのウール地のケープに触れる。


  ふぁさっ――


「おおぉぉぉぉ……なんだこれ。
 ……いやほんと、なんだこれ」

 最初から利用可能な、無限供給される合成生地。
 その生地の品質自体は、そこまでよくないのかもしれない。
 だけど高級ウールの手触りなんて、俺にはそもそもわからない。
 これが合成品だというのなら、これで十分ではないかとすら思える。
 強靭性や保温性は、それほどよくないのかもしれないけれど。
 いま俺が触っている生地は――なかなか気持ちがいい。
 すごいクオリティだ。

 それに――これは紛れもなく衣服だ。
 かたちも崩れていないし、誰が見てもケープに相違ない。
 ふわっとした生地に、顔を近づけてみると。

「あっ、なんかほんのり爽やかな香りがする」

 春の爽やかな風に運ばれてくる、森の樹々の匂いだ。
 嗅いでいると、なんだか落ち着く。

「……。」
「――はっ!? ご、ごめんカノン。
 カノンの服なのになんかテンション上がっちゃって」

 カノンの視線を感じて、慌てて我に返る。
 女性がこれから身に着ける衣類に鼻を近づけてテンションを上げる変態が此処にいた。
 ちがう、これに触れれば誰だって俺みたいな反応をするはずだ。
 俺はこの世界の製造技術に感動していただけだ。
 変態特有の所作ではないことをここに主張する。

「ん、ふふっ。……いい、よ。
 わたしも、気になる、し」
「ごめん、でも、いい仕上がりだよ。ほら」

 そう言って、カノンにケープを手渡そうとする。
 カノンもそれを受け取――

「ぁ――」

 ――ろうとした、姿勢のまま。
 俺の目の前で、突然、固まってしまう。

 ……どうしたんだ?
 この局面で硬直する理由がよくわからない。
 わからないので、カノンの言葉を待つ。

「ぁ、の、フーガ、くん。 ……ぇと、その――」

 ケープを受け取ろうとしている手を下げたり、戻したり。
 なにやら思考を必死に巡らせているようだが――

「……、なん、でも、ない、……です」

 結局力なく、俺の手からケープを受け取った。
 なんでもなかったようだ。

(いやいやいや)

 どう考えても、なんでもなかったはずはないが。
 カノンが奇妙な反応を見せたのは、俺からケープを受け取ろうとした時だ。
 つまりその反応を引き起こした原因は、その直前あたりにある。
 その直前あたりの俺の行動は――

「……すまん、ちょっと無神経だった」

 そういうことだ。
 誰だって今から着る服の匂い嗅がれたくはないだろう。

「気に障ったのなら、作り直すのも視野に――」
「えっ、あの。それ、ちが……ちがい、ます。
 あの、そういうのじゃなくて、そのっ……」

 違ったらしい。
 まあ考えてみれば確かに、カノンらしくない嫌がり方ではある。
 となると――先ほどのカノンの躊躇いの理由が、本気でわからない。
 まあ、目の前の彼女の表情には、我慢とか嫌悪とかそういった色は浮かんでいないようなので、深く気にしないでおくのが吉……か?

「――で、どう、つけてみる?」
「あっ……うん。……つけて、みるね」

 少しうつむいて、諦めたような苦笑いを口の端に載せながら、そう言った彼女の表情に浮かぶ色は――

(――自嘲、か?)

 ……自嘲?
 あのタイミングでする、自嘲?
 なにに対する?

「どう、かな? ――似合って、る?」

 胸元あたりまでのやや短めの、黒いウール地のケープを肩にかけ。
 自信なさげにこちらを見て、少しまなじりを下げ、そんな言葉を放つ、その仕草に。

(――)


 頭の中で、なにかが、

 ぎしりと、音を立て――


 *────


「――ん、ちょっと首まわりがれてるかも」
「え、どこ、かな」
「任せてみ」

 カノンが身に着けた、黒いケープに手を掛ける。
 そうして少しだけケープを緩め、一度ふわりと浮かせ。

「あっ――」

 首回りの生地を気持ち程度に整え、再びカノンの肩に掛ける。

「っ――」
「ん、これでいいぞ。……似合ってるぞ、カノン?」
「――ッ!!」

 たぶん、こういうことなのだろう。
 彼女がケープにこだわったのも、
 手渡しで受け取るのを躊躇ったのも。
 なにかを期待し、そのことに自嘲していたことも。
 すべては俺の推測にすぎないのだけれど――

「う、うんっ!! あ、の。……ありが、と、」
「……おう」

 流石に気恥ずかしくて、カノンの方をまともに見られない。
 カノンは、それをして欲しいと言わないことを選んだ。
 それを俺が、彼女の選択を無視して、勝手に汲み取ってしまった。
 おまえは思春期まっただなかの中学生かよ。

 ……だが。
 彼女の諦めたような笑いを見て、そうせずにはいられなかった。
 なぜ?

(――ああ、そうか)

 考えてみればそういうことか。
 納得した。

 俺は彼女の、の感情に、反応したんだな。
 俺は彼女に、諦めて欲しくなかったんだ。


 ――その対象が、なんであれ。


「……。……カノン、着心地とか、どう?」
「う、うん、ちょっと薄いけど、でもあったかい、と思う。
 ……匂いも、落ち着く、し」
「それはいいな。あの精油、単品で作って分析登録しとくのもありだよな」
「それなら、やっぱり、あの木の名前、欲しい?」
「頭の中でずっとトウヒモドキって呼んでる」
「それは、ちょっと、どう、かな……?」

 心の中で自分に一つ張り手をかまし、気持ちを切り替える。
 先ほどの行動は俺のエゴの産物だが、彼女が嬉しそうにしているのだからさいわいだったと思っておこう。
 そしてこうしたエゴの発露は、いつもうまくいくとは限らないと、肝に銘じておく。
 カノンに対しては、特に。

「……ぃよし、ケープは大成功だったっぽいし、続けてチュニックとズボンも行くぞー」
「んっ、楽しみ」


 他者の胸中を測り切ることなど、決してできはしない。
 だけどせめて、目の前の彼女の瞳に浮かぶ色くらいは、見逃さないように。
 その色の意味を、見誤らないようにしたいと――そう思う。


 *────


「ど、どうかな。ちょっと、ばちがい、かも?」
「おお……」

 腰上まで届く、細く艶のある黒の長髪。
 前髪は目元までかかり、少々気弱そうな印象。
 肩に掛けた黒いウール地のケープは薄手ながら型崩れなく胸元あたりで末に広がり。
 その下には薄手で肌触りのよさそうな、腰下まで流れる深い藍色のチュニック。
 肘から先はインナースーツの紺色の地と、装飾としての銀のラインが見えている。
 チュニックの下にはいわゆる一般的なジーンズのような色合いの青いロングパンツ。
 そして膝下までを覆う革のブーツ。

「完璧か?」

 いや、疑問符は要らんな。

「完璧だ……」
「ただの、普段着だと、おもうけど……」

 落ち着いた色合いのため、リアルの街中で見たら一旦なにごともなく通り過ぎた後、思わず振り返って二度見をかましてしまうようなファッションだ。
 シンプルな洒脱さがすごい。
 特にチュニックのシンプルさがいい。
 ボタンも装飾もない胸元になにかワンポイント足したくなるが、それすらも不粋かもしれない。

「というかなんだそのチュニック。
 すごいパリっとしてるというか……腰のあたりで綺麗に広がるな」
「ん。でも、着心地は、やわらかい、よ」

 そのせいだろうか、よれよれのチュニックにありがちな、ずぼらな感じがまったくしない。
 あれか、成形したてだからか?
 母星アースの衣類量販店、大丈夫か?
 母星アースでは一家に一台製造装置が、とかだったら廃業不可避では?

 しかし――
 あらためて、彼女の出で立ちをまじまじと見る。
 ……うん、やはりおしゃれな女の子、といった感じだ。

「……。」

 服装自体は、大人の女性が身に纏っていても違和感のない洒脱さだが。
 おしゃれな女性、と形容するには、彼女の容姿はいささか若すぎる。
 カノンのアバターは、キャラメイク時点での彼女の年齢に合わせて、だいたい15歳くらいを想定してつくったと聞いたことがある。
 ゆえに彼女の現実での年齢と比べると、外見がいささか幼いのだ。

「……フーガ、くん……?」

 だから、なんというか、――戸惑う。
 彼女を見た目通りの少女としてみるべきなのか、それとも――

「……あ、の。フーガくん、そんなに見られると……
 ……ぁ、恥ずかしい、かも、……です……」
「――ごめん、見蕩れてた」

 敢えてわざとらしく言って、手を額に当てて天を仰ぐ。
 うん、そういうのはあまり気にしないようにしよう。
 俺もキャラメイク時の年齢に合わせてフーガを17歳くらいの年齢でつくったけど、今や中身はこんなんだしな。
 子どもとか大人とかじゃない。カノンはカノンだ。
 下手なフィルター掛けるのはやめとこう。
 そのフィルターは、いつか要らんところで墓穴につながる気がする。


 *────


「さーて、本命は終わったし、あとはちゃちゃっとつくるかー。
 ほい、レザーグローブとレザーブーツ。
 トウヒモドキの樹脂を使って……滑り止めヨシ。
 他には特に――ん、葉っぱがまだ余ってるっぽいな。
 せっかくだし防虫効果もつけとくか。ぽいぽい。これでポチ――」
「あ、の。……なんか、てきとう?」
「いやー、カノンの普段着がかなり満足いく仕上がりだったから、なんかもうこっちはさっくりでいいかなって……」
「グローブやブーツも、だいじ、じゃない?」
「は、はい……。」

 カノンさんに窘められてしまった。
 いや、でもカノンの普段着づくりの満足度が高すぎてな……。
 それに比べれば性能重視で使い潰し前提のグローブやらブーツはおざなりにもなろうというものだ。

「フーガくんの、装備だから。ちゃんと、つくろ?」
「……。ん、そうだな。ありがと、カノン」

 カノンの装備でもあるしな。
 適当にしていい理由はどこにも存在しなかったな。

 そうしてカノンの普段着と同様の手順で、滑り止めの着いた革グローブとブーツを二着ずつ作成する。
 3Ⅾモデリングによる修正は最低限だが、それでも俺やカノンの手足のサイズにきちんと合うように調整しておいた。
 初期装備のそれとほとんど変わらないデザインのそれらは、しかし、

「……なんかこの匂い、嗅いだことあるな」
「うーん?どこだろ……」
「だめだ、わからん」

 グローブの指先や、手のひらの腹部、ブーツの裏側に、樹液を薄く固めたような滑り止めが付いている。
 その匂いを――現実でも、嗅いだことがあるような気がする。
 だが、思い出せない。現実でも使われているような樹脂なのだろうか。
 成形したてなのか、ほんのりと熱を持つそれらは、脱出ポッドの床に触れさせると、少しペタっとした感覚を残す。
 だが、そのまま張り付くようなことをはなく、きちんと滑り止めとしての役割を果たしてくれそうだ。


 *────


 さて――これで、最初の目的であった「カノンの普段着づくり」と「一部装備の改良」が終わった。

「意外と楽しかったな、装備づくり」
「うん、思ったより、すごかった」
「初期装備が無限補給だから別に要らんと思ってたけど、侮れんな」
「ん、この服、肌触り、きもちいい」
「それはなにより」

 ゲーム内で自分で実際に服を作って、おしゃれを楽しむ時代が来てしまったか。
 いや、俺が知らんところで、とっくの昔に来ていたのだろうけれど。
 しかしこのゲームの方向性、ほんとにこれでいいのか?
 いいんだよできるんだから。

「……あっ、けっこう、時間、経ってるかも」
「えっ、あーほんとだ」

 採光小窓を見遣れば、当然夜はとっぷりと暮れ。
 こっちの時刻でも午後九時半といったところ。現実ではもう午後七時近くになっているだろう。
 カノンの普段着の丈合わせや色決め、作った衣類のお試しやらをしていたらすっかり時間が経ってしまっている。
 一日中ゲーム漬けの土曜日。
 明日も休みだし、なにも気にすることもない。
 うん、こんな贅沢な時間の過ごし方も四年ぶりだ。

「じゃあ、いったん飯落ちしよっか。今日まだやる?」
「ん。この服、もっと着てみたい」

 気に入ってくれたようでなによりだ。
 一緒に作った、この世界で初めての装備だしな。

「じゃあいったん飯食って八時……いや、風呂とかあるし九時にしとくか。
 九時にまた合流するってことで――」


 そのときだ。


  prrrrr


(――ッ!!)


 脱出ポッドに電子音が鳴り響く。
 聞きなれない音に、思わず伏せるように身体を屈め――

「……いや、これコール音か?」

 ――るのを、間一髪で自制する。
 日常生活の中で挙動不審な反応をするのはやめよう。
 特に警戒感のないその音は、脱出ポッドのコンソール付近から響いているようで。

 とことことカノンが近寄り、そのコールの意味を確かめる。
 すると、

「――あっ、マキノさんからの、コール、みたい」
「おっと?」



 どうやら、飯落ちはもうちょっと後になりそうだ。
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