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番外編:老犬だって家族

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「実家の犬、預かってもいいかな?」

彼女の実家には犬がいた。
ミニチュアダックスフンドで、もうすぐ13才になるお婆ちゃん犬だ。

「なんか親戚の結婚式で数日留守にするらしくてね。
犬ももう年だから歩けなくなっていてね。
ペットフードも嫌いで、ご飯手づくりしなきゃいけなくて。
私しか預かれる人がいないの。」

「ふうん、良いんじゃないか。
俺にはなついていないから世話は出来ないけどな。」

一緒に暮らし始めてその犬に会ったのは二度だけだ。
お互い、遠くから眺めただけの関係だ。

「ありがとう。
なるべく迷惑かけないようにするね。」




そして、一泊二日の予定で犬がやってきた。

「ほら、ここがトイレだよ。
オシッコしなさい。」

ケージから出し、トイレシートを敷き詰めた場所に座らす。

キョトキョトと辺りを窺い、落ち着きがない。

「水飲むかな?
ほら、お水だよ。」

突然車に乗せられ、知らない家に連れてこられたんだから警戒するのは当たり前だな。

世話をやく彼女を離れた場所から眺めるだけの俺。

「やっぱり駄目かぁ。
オムツあてておくね。」

粗相をしても大丈夫なようにオムツをあて、実家から持ってきた犬愛用のクッションに座らせてやる。

疲れたのかグッタリした様子だが、目がギョロギョロと警戒していた。

飯でも作るか、と ソロリと移動する。
なるべく驚かせないようにしたいからな。

「オムライス作るかな。」

「あ、野菜の切れ端とか犬用によけて欲しいな。
あと、鶏肉も少し。」

「そんなの食べるのか?
鶏胸肉、人参、ピーマン、シイタケ、タマネギ、、。」

「あ、タマネギはダメ!
ネギ類やチョコレートなんかは犬にはダメなの。」

「ああ、そう言えばそうか。
じゃ、サラダのブロッコリー、レタス、じゃがいも、マカロニ、ゆで卵、きゅうりなんかは?」

「うん、良いね。
スープは?」

「そうだな。
白菜とワカメかな。
それにベーコンとコンソメで味付けようか。
犬にはベーコンはいらないだろ?」

「そうね。
味はつけないから。
よけた野菜数種類と肉を細かく切って電子レンジで火を通せばオッケーね。
白米なんかも少し入れても良いけど。
仕上げに少しカツオ節を入れれば完璧。」

「ははは、猫マンマだな。」

「犬だけどね。」



しばらくは落ち着かない様子だったが、やがて水を飲んだ。
エサはまだ食べなかったが、水を飲めば一晩位食わんくても大丈夫だろう。
腹が減ればその内食うかもしれんしな。

犬はそっとしておいて、人間の食事だ。
あまり空腹になると彼女の病気に影響するからな。

オムライスとサラダとスープ。
雑穀米を食べ続けてる彼女も、たまには具沢山の白米を炒めた物でも大丈夫だろう。
カロリーにしたら600キロカロリー位ありそうだが、その分明日で調整すれば良い。
こういう物はザックリと行かなきゃ息が詰まるからな。
薬の量も減り、体調も安定しているからストレスが掛からないようコントロールすれば良い。

キューン。

うん?
犬がこっちを見てないている。

「どうしたんだ?」

「あー、私たちがご飯食べてるから欲しがっているんじゃないかな。
もうちょっと待ってね。
食べ終わったらあげるからね。」

おお、尻尾振ってるぞ。


彼女が食べ終わり、改めて手づくりフードを与える。
先ほどは興味を示さなかったのに、今度は食べ始めた。
すごい勢いだな。
何にしても良かった。

「美味しかったね。
ごちそうさまでした。
オシッコしようか。」

オムツを外し、シートに乗せると程なくして用を足してた。

ウエットシートでお尻を拭いてやったり、シートを片付けたりと忙しい。

俺も食事の片付けをする。
残った野菜の切れ端を刻み、明日の準備を済ませる。
魚も食うんだったよな?
朝食用の魚から少量を取り分ける。
まだ味付けする前だから大丈夫だろう。

「片付け手伝えなくてごめんなさい。」

「ああ、こっちは良いから犬の相手してろ。」

「やっとここに慣れてきたみたいですね。
ご飯も食べてくれて良かった。
今日はあの子の側で寝ますね。」

そうか。
今晩はこの柔らかい体を抱いて寝れないんだな。
ちょっと寂しく感じる。



翌日の夕方、彼女の実家に犬を返しにいってきた。

「一泊なんてあっという間でしたね。」

寂しそうに彼女が呟く。

「まあな。
俺になつく暇も無いな。」

「まあ、お婆ちゃんですしね。
仔犬だったらもっとコミュニケーションとれるんでしょうけどね。
ありがとうございます。
貴重な思い出です。」

年寄り犬と離れて暮らしているので、会うたびにこれが最後かもと思うようだ。

「ふふふ、貴方と結婚して良かった。
ずっとお独り様なんだろうなって覚悟してたんですよ。」

「俺も覚悟はしてたな。」

縁あって籍を入れて一緒に暮らして。
燃え上がるような情熱とは無縁だけれども。
でも、穏やかな幸せが確かに感じられて。

「今度、ペットショップでも行ってみるか?」

「はい?
それって、、。」

「子供はいなくても家族が増えるのも良いかもと思ったんだが。」

「はい!
毎日お散歩一緒に行きましょうね!!」


ボチボチ健康で、一緒に犬の散歩に行くのも良いかもと思った春だった。



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