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一章

20話 おかえり

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「ルリエ!ルリエー!ここも違ったか……」

俺は全力でルリエを探した。今までルリエと行った場所を探し、ルリエが行きそうな所も探してみたが、ルリエは何処にもいなかった。

遠くに行った?それこそ、俺が行けないような……。

魔界。嫌な言葉が浮かぶ。でも、サキュバスの試練が終わってない今帰れるはずがない。

……ある、一つだけ行ってない場所が。

俺がルリエを始めに召喚した山奥。心当たりはもうそこくらいしかない。

(ルリエ、無事でいてくれ……!)

俺は祈った。ルリエがその場所にいることを。そして、ルリエが怪我一つなく無事でいますようにと。


「なんだよ、これ……」

目的地に着くと、そこは以前とは全く違う景色が広がっていた。元々はホラースポットだ。幽霊や妖怪の類がいたり、火の玉がユラユラ揺れていたり……それなら俺だって納得出来ただろう。

メラメラとそれは音を立てながら燃えていた。あたりは一面、火の海だった。
この場所がおかしいということも、なにかがあることもわかっていた。けれど、足が一歩も動かなかった。

全ての細胞が悲鳴を上げて、今すぐ離れろと身体からサインが出ているのもわかる。

でも、逃げられるわけがないんだ。
だって、火の海の先にいたのは……

「ルリエ、お前なにして……」

「りゅう……げん?いやっ!来ないで!!」

俺の知ってるルリエは酷く怯えていた。そして、黒い翼でその身を隠す。

ルリエが拒絶すると、それに共鳴するように炎が俺のまわりを取り囲んだ。

「……っ!」

ザザザッ!と足が後ろへと下がってしまう。前に進まないといけないのに……なのに、どうして進むことが出来ないんだ?

火傷だけじゃ済まない。下手したら俺はここで……。一瞬、怯んでしまったのは、おそらく本能が自分の身を守ろうとしての行動だろう。

思わずゴクッと息を飲み込んだ。額から汗が一滴、地面へ落ちる。

俺は怖いのか?当然だ。こんな状況になれば無理もない。だが、俺には弱音を吐く時間はないし、逃げるのはもっと駄目だ。

俺はルリエを助けに来たんだから。

「ルリエ、お前と話がしたい!だから、この炎を止めてくれ!!」

炎の勢いが強すぎるせいで、ルリエの姿が見えない。だけど、すぐ近くにいるのはさっき確認した。

だから俺はルリエに聞こえるように叫んだ。

「無理っ……ムリなの!」

「どうしてだ!!」

「だって、止まらないの。私の力じゃ……制御出来ない!!」

(そんな……)

炎が消えない?俺はどうなっても構わない。
でも、ルリエはこのまま……悪いことを考える暇があったら、考えろ。助ける方法を。

「龍幻、逃げて。このままだと龍幻が死んじゃう!!力が暴走してるの!きっと、この山ごと焼き払ってしまう。だから……」

「お前を置いて行けるか!!!」

こんな状況を作ったのは間違いなく俺だ。

俺のせいでルリエが死ぬ?暁月も助けられず、今度はルリエも……。
最悪のビジョンばかりが頭の中を駆け巡る。

……そんなこと許されない。

「ルリエ、そこで待ってろ!」

「龍幻、何をするの……?」

「今、助けに行ってやるからな」

悠長にルリエを救うことを考える時間など、俺にはない。

頭の中で咄嗟に思いついたシチュエーション、それは俺が炎の中に突っ込み、ルリエの側にいくことだった。もちろん、そんなことをすれば無事でいられるわけがない。

ルリエが泣いているのがわかる。
俺が何をするのか察したルリエは「こっちに来ないで!」と何度も叫ぶ。

死ぬかもしれないってことは俺が一番わかってる、理解してる。

でもな、ルリエ。それ以上に俺はお前のことが大切なんだ。それは自分自身を犠牲にするくらい。

恐怖なんてものは、とうに消えた。

「ルリエェェェ!!!」

「やめてぇぇぇぇ!!!!」

俺はルリエの名前を叫びながら、目の前の炎に飛び込んだ。

あぁ、これで俺の人生終わるのか……。

最後にルリエに謝りたかったな。それで、お前のことが大切だって伝えたかった。

無茶なことをしていることは百も承知で、俺は死ぬこともビジョンにはあった。だけど、まさか本当にそうなっちまうとはな。

当然か。俺はただの人間なんだから。

「……幻、龍幻!!」

誰かの声がする。これはルリエか?一瞬、さっきまで自分が何をしていたか記憶が飛んでいた。正確には飛びかけていたんだ。

泣き叫んでどうしたんだ?せっかくの可愛い顔が台無しじゃねえか。でも、泣いてる姿も悪くない。

でも、俺が死ぬ前くらい笑っててほしかったな……。

「龍幻、返事をして!私の暴走止まったの。だから……。お願いだから目を覚まして!」

「……」

ルリエを泣かせてるのは俺、か。

ルリエはなんて言ってるんだ?もう何も聞こえない。視界がだんだんとボヤけてきた。

これが死ぬってことなのか?まだ俺にはやり残したことが沢山あるってのに。

ルリエの暴走の原因は俺のせいだ。早くルリエを助けてやらないと。暁月との約束もまだ果たせていないのに。

死にたくない。死にたくない。死にたくない。
何度も何度も心の中で俺は叫んだ。

心残りがあるまま天国行きなんて勘弁してくれ。

……生きたい。一心にただそれだけを願った。

「なに、これ……」

当然、俺の身体が光りだす。

いよいよ天国からの迎えか……半ば諦めていた、神に俺の願いが通じるわけないと思った。実は火傷をする夢でした。なんて、都合のいいことが起きるわけない。

「龍幻の傷が治っていく……!」

体がフワッと軽くなった気がした。まるで翼でも生えているかってくらい。まるで信じられないものを目にしたときのようにルリエは驚いていた。

俺はルリエの言葉に耳を疑った。そんなことあるはずがない、と。だが、傷が少しずつ治っていくのがわかった。

身体を覆うように、その光はシャボン玉のように宙に浮き、消えていく。光が消えた場所は魔法がかかったように綺麗な肌になった。

「俺は……生きてるのか?」

「龍幻!」

「っ!?ルリエ……」

さっきまで聞こえなかったルリエの声が聞こえる。ルリエの姿も今は、はっきりと見える。

俺は炎に包まれて死ぬはず……だった。火傷が身体全体に広がっていて助からないと思った。

けれど、気付いたときには傷はみるみるうちに綺麗になっていって……俺自身、今の状況に置いてけぼりを食らっていた。

「龍幻が助かって、本当に良かった……嘘じゃないよね?もう、どこも痛く、ない?」

ポロポロと涙を流しているルリエ。その姿を見た俺はルリエを守りたい、そう思った。

「あぁ、大丈夫だ。どこも痛くないぞ。心配してくれてありがとな、ルリエ」

「ううん。私こそごめんなさい……龍幻に怪我をさせてしまって。私、龍幻の側にいたら駄目だよね。だって、ワガママだもん。他の女の人とキスしてるのを見るだけで嫌な気持ちになるの」

「ルリエ、聞いてほしいことがあるんだ」

「なに?」

「俺はお前が大切なんだ。多分、誰よりも。多分ってのはルリエを助ける直前にそう思ったからまだ確信が持てないだけなんだが。それでも、この気持ちに偽りや同情なんてものは一切ない」

「なっ……!」

恥ずかしげもなく俺はルリエに本当の気持ちを伝えることが出来た。俺自身、心につっかえが取れたような気がして満足をしていた。

正面にいるルリエは顔を真っ赤にして、パクパクと口を開けていた。

「龍幻の……バカ!」

「え!?」

激しくデジャブだ。でも、喧嘩する前と違うのは明らかだった。何故なら、ルリエの口角が上がっていたから。

照れてしまって、でも顔を俺に見られるのが恥ずかしいといった感じで、ルリエはソッポを向いた。

「ルリエ、家に帰ろう。……俺たちの家に」

「……!うん」

俺が手を差し出すと、ルリエは躊躇することなく握り返す。

「帰ってから話したいことがあるんだ。お前がその……怒った原因である女の子のこととか。あとは色々……」

地雷を踏んだ。俺はつくづく学ばない奴だ、と自分にツッコミを入れる。

「もう怒ってないから大丈夫。私、龍幻のこと信じてるもん。それと……助けてくれて、ありがと」

「お礼を言われるようなことはしていないぞ。まぁ、一瞬、三途の川のようなものが見えた気がするが、俺はこうして生きている。今はそれだけで十分だ」

「本当にごめんなさい……」

「もう謝らなくていいから。なぁ、ルリエ」

「……?」

「メリークリスマス。もう、そんな時間じゃないかと思って……って、あー!!!」

「!?」

「スマホ、壊れてやがる」

ポケットから出した携帯は見事にイカれていた。時刻はぴったり0時で止まっていた。

「龍幻、メリークリスマス」

「メリークルシミ……マス」

連絡先や今までの思い出が灰となって消えたのは、俺としてはショックだった。

「落ち込まないで、龍幻。スマホくらい私がバイトしてプレゼントしてあげ」

「だから駄目だって言ってるだろ。ルリエは可愛すぎるし、俺が心配だから駄目だ」

「もう、そうやって龍幻はまた私のことを甘やかすし子供扱いする!」

「俺より年下だし、ルリエは高校生だろ?実際、子供じゃねぇか!」

「そんなことないもん!!」

俺たちは、はたから見たら痴話喧嘩?に見えるであろう口喧嘩をしながら帰路に向かっていた。

認めざるを得ないかもしれない。ルリエ本人には絶対に言わないが、認めよう。

俺は立派なロリコンに目覚めてしまった、と。もちろん、ルリエ限定だけど。

俺はこの日、自分の命よりも大切なものを見つけることができた。


「お前たち、今のを見たか?」

「はい、しっかりと。彼は無自覚のようですが魔導書の存在も確認済です。闇の姫の暴走を止め、そして、自身の傷まで治すところを見る限り、彼の正体は……間違いないでしょう。」

「ふむ。それならばお前たちが下見をしてこい。異論はないな?」

「もちろんです」

「俺も楽しみだな」


俺が知らないところで、運命の歯車はゆっくりと動き始めていることに今の俺は気付きもしなかった。
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