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二章

21話 俺のことを知っている人

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「今ので全部だ。わからないことがあれば質問してきていいぞ」

食事と風呂を済ませた俺たちは一段落するなり、ルリエが気になっていた暁月の存在と、俺が何故、暁月を助けたいかという理由を簡潔に話した。

「つまり暁月さんって人は龍幻を逃がすためにキスをしたってこと?」

「そうだ。転移魔法やテレポートで俺を運ぶ際に必要な手順のようなものだったと俺は思うんだが……って、ルリエ?」

「龍幻って鈍感だよね」

「急になんだよ」

「だって、キスしたあとに好きだって言われたんでしょ?デートする前もストーカーするくらい龍幻のことが大好きでたまらなかった。魔力を使った時、自我を保つのが最後かもしれないって思ったからこその行動かもしれないよ」  

「……」

ルリエからそう言われて妙に納得してしまう自分がいた。そんな大事なことを今まで気付かなかったなんて、俺は相変わらず女心を全くといっていいほど理解していない。

暁月には助けられなかった、気付けなかったという両方の意味で悪いことをしたと、今になってさらに申し訳ないという気持ちが強くなった。

「そういえば、明日の夜ってバイトだよね?明日は大学とかはあるの?」

「テストが終わったから冬休みに入ったが……って、なんで大学で借りた魔術本がまだここにあるんだ?」

ふぅ、と床に手を置きリラックスしようとしたとき、なにかが触れた。
これは以前ルリエを召喚した際に図書館で借りた本だ。

この前、返却ボックスに入れたはず。それなのに魔術本が家にあるのは何故だろうと不思議に思いながら、本をペラペラとめくる。

(おかしい。前に読んだ時よりもあきらかに量が増えてる……)

召喚の呪文の他、書いてあったのは怪しい薬の作り方、幽霊と会話出来る方法などいかにもオカルト的な内容ばかりのもので、正直、召喚以外のページには興味がなかった。

もちろん一通り目は通してはいたのだが、最初に読んだ時とはページ数どころか内容すらも違っていた。

「龍幻、その本面白い?って、魔術本?召喚の仕方、幽霊と会話出来る方法?龍幻、こんな怪しい……オカルトチックなものが好みなの?」

「別にオカルトに興味があるわけじゃ……って、ルリエ、今なんて言ったんだ?」

ルリエの言葉に耳を疑い、思わず質問してしまう。

「え?だから、オカルトチックなものが好きなの?って」

「そこじゃない、もっと前だ」

「えっと、召喚の仕方とか幽霊関連のものが書いてあるねって」

「……」

ルリエには見えてないのか?たしかに前はそうだったが、今はどう見ても違う。これは日本語で書かれたものじゃない。だけど、俺にも読める部分がある。

“傷を癒やす方法。回復魔法” “暴走を軽減する魔法”

そこの文字だけは、はっきりとわかる。俺はそれを見て、昨晩のことを思い出した。偶然にも、その二つは昨日起きた出来事と一致している。

……偶然だよな。

「ルリエ、悪い。明日は朝早くから大学に行く用事が出来たから、一人で留守番しててもらってもいいか?終わったらすぐに帰って来るから」

「うん、わかった。風邪引かないように着込んで行くんだよ?気をつけてね」

「心配してくれてありがとな。それじゃあ、今日は夜も遅いし寝るか。もう1時過ぎだしな」

「そうだね。おやすみ、龍幻」

「あぁ、おやすみ」

一日色んなことがあったな、と振り返っていた。

……死にそうになったんだっけ。今はそれが嘘みたいに身体のどこにも不調がないから忘れそうになるが、今日の俺って九死に一生を得たんだよな。

でも、こうして隣にルリエがいてくれるだけで俺が身体を張った意味はあったのかもしれないな。ルリエの暴走も止まり、仲直りも出来たことだし一件落着、か。

魔術本のことは多少気になるところはあるが、今は寝ることにしよう。俺はだんだんと重くなる瞼を閉じた。


「行ってきます」

翌日、目が覚めた俺は大学に行くための準備をしていた。ルリエは昨日の疲れもあってか一向に起きる気配はなかった。

俺はルリエに挨拶をしてから玄関のカギを閉める。

(っていっても、9時過ぎなんだけどな)

俺もそれなりに疲れが溜まってたってことか。昨日の今日じゃ無理もない。

(しかし、思ってたよりも寒いな)

はぁ~……と息を吐くと白く、より寒さを感じる。

昨晩だって今日と同じくらい寒かったはずなのに。ルリエを探すのに夢中で寒さなんてどこかに置き忘れたんじゃないかってくらい必死だった。

それくらい嫌だったんだ。ルリエが俺の側から離れるのは。

暁月の居場所は未だにわかっていないのに、俺は大学に本を返すだけの用事で外出するってマジで何やってんだろう。呑気にも程がある。

大学に着いた俺は図書館に足を進めた。向かう途中、ほとんど人がいないことに気付く。

当たり前か、昨日から冬休みに入ったもんな。恐らく大学内に残っているのは卒論提出間近の4年生か、何らかの用がある者だけだろうから、学生が少ないのも不思議じゃない。

「!?」

「っ……」

前から人が来たため避けようとするも、互いに同じことを考えていたのかぶつかってしまった。

「すみません、大丈夫ですか?」

「不注意なのは自分も同じなので……」

俺は先に立ち上がり、相手に手を差し出した。あたりには俺が返す予定の本と相手のノートが散らばっていた。

「自分で立てるので平気です。それよりも、貴方こそ怪我はしていませんか?」

「俺は大丈夫ですけど……あ、ありがとうございます」

自分の物よりも俺の本を真っ先に拾って渡してくれるなんて、律儀な人だな。

俺よりも少しだけ身長が低い、男子大生。ぶつかった時は顔をじっくり見なかったけど、導並に顔の整った人だなと相手のことをガン見していた。

どうやったら、こんな顔に生まれてくるんだ?やっぱり食い物から違うものなのか?などと頭の中で考えていると、相手の顔がどんどん不機嫌になっていくのがわかった。

「自分の顔がどこかおかしいですか?」

「あ、いえ。すみません。貴方の顔があまりにもイケメンだったから……」

「新手のナンパかなにかですか?今の発言はかなり危険だということを貴方は自覚していますか?」

「……」

たしかにそうだ。言われなくてもわかっている。今の俺を見たら、変態だとか変質者という言葉が飛び交っても否定出来ないくらいには自覚してるつもりだ。

男には微塵も興味はないが、あまりにも顔が整いすぎて面を食らってしまったのだからどうしようもない。

「謝って済む問題ではないんでしょうけど、とりあえず俺がノーマルで貴方に全くこれっぽっちも興味がないってことだけはわかってほしいです」

「……」

弁明を図ろうとするも、逆効果なのか明白だった。相手がドン引きしているのがわかる。相手は地面に散らばったノートを拾い集めながら、俺と視線を決して合わせようとしない。

初対面の相手とはいえ、いきなり誤解されるような行動をしてしまったせいで今の空気を作ったと思うとショックが大きい。

仮に俺が年上だったら、「変な先輩」というウワサが広がるのも時間の問題だし、同級生だったら冬休み明けからは学科に居づらくなること間違いなし。

「通報する気はないので安心してください。ところでこの本はどこで入手したものですか?」

「へ?」

「いいから早く答えてください」

「ここの図書館ですけど」

そういって目の前に見える図書館を指差す俺。

もしかして、オカルト好きでオカルト関連の本を探してた、とか?需要がないのか、この大学にはそのジャンルの本は数があまりないのだ。

俺もその中から一番使えそうな魔術本を借りてきた口だ。

「それは恐らく返却出来ないと思います」

「なんでですか?俺の記憶が正しければ、ここで借りたはずなんですけど」

「……まぁ、貴方が手放したところでその本は貴方の側を離れることはありません」

「えっと、それはメ○ーさん的なあれですか」

「本当に何も覚えてないようですね。今はそれでもいいですが、大切なものを失ってからじゃ後悔してもしきれないですよ。これは貴方が言っていたことでしょう?」

会話が噛み合わない。相手が俺の話を聞いていないからじゃなく、俺が相手の話を理解していないからだ。わからない、何を言われているのか。

俺がいつ、そんなことを言ったんだ?相手に合うのはこれが初めてなのに、相手は俺を知っているみたいな口ぶりで話すからますます訳がわからなくなる。

「貴方がもし、自分を必要としてくれるなら、もし聞きたいことがあれば力になります。自分は如月紅蓮といいます。3年なので、貴方よりも年上ですが名前は好きに呼んでください」

「は、はぁ……あ、俺は白……」

「白銀龍幻。貴方の名前は知っていますよ」

「どうして、俺の名前を?」

「それくらい自分で考えるべきです」

「聞きたいことがあったら何でも聞けって」

「言ってません、なんでもとは」

力になるって言ったのに、これは違うってのか。誰しも顔も知らない相手が自分の名前を知ってたら疑問に思うだろ。

「本、返しに行くんでしょう?自分は用があるので、これで失礼します」

「ちょ……まっ」

言葉を最後まで言い終わる前に相手は俺の前から姿を消していた。

俺はこの日、名乗ってもいないのに俺の名前を知っていた如月先輩と出会った。
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