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 一通りの手入れと明日の開店準備が終わったのは昼前だった。
 カレルとセツは再び馬車に乗りこみ、ときどき他愛のないことを話しつつ、だいたい美しいカレルを拝みつつ、魔法学校を目指した。
 ようやく見えてきた魔法学校の正門を馬車に乗ったまま潜った。魔法学校は敷地がとてつもなく広く、正門から校舎に向かうまでも徒歩であれば軽い運動になるほどの距離がある。そのため、事前に許可を取っていれば乗り物に乗って敷地内を移動してもよいことになっている……と教えてくれたのは、魔改造セグウェイの試走中に主人公を轢きかけることで出会うロボット部に所属するヒロインだった。「魔法を使えるのにセグウェイに乗るの?」と尋ねた主人公に対してヒロインが返した「パンがあったらケーキを食べないの?」という言葉がセツはちょっと好きだったりする。たしかに、魔法が使えるからといって箒移動ばかりでは味気ないのかもしれない。
 馬車は寮に向かってゆったりと進んでいく。今は生徒の姿はまばらにしか見当たらないが、ホリデーが明けたら全五学年各五クラス分の生徒が集まり賑わうことになる。それだけの人数がいれば当然寮も複数あり、その振り分けは魔法学校ものでは定番であろう、魔法道具による適性検査というやつだ。「ふぁんたじっく⭐︎はれいしょん!」の場合は魔法の鏡——鏡面に写した相手にいくつかの問いを投げかけその回答や姿から真を見抜くという魔法道具との面談で決まる。似た性質の人が同じ寮に集まるというよりかは、実力面でも性格面でもバランスがよくなるように振り分けられるのがフロリア国立魔法学校流である。
 基本的には入学式後の身体計測と同時に行われるらしいが、主人公の場合は編入日の朝に面談を行う。そこで名前を決めたり、主人公の初期ステータスが決まったり、寮が決まる。いわゆるゲームチュートリアルの冒頭である。
 カレルが所属しているのはジュノー寮。テーマカラーは青と見事にカレルにぴったり。在籍寮を示すアイテムはネクタイピンで、カレルのネクタイにはサファイアブルーが煌めいている。
 そして寮の建物にもそのテーマカラーは反映されており、青い外壁に近づくに連れてセツの胸は高鳴った。これまで魔法学校に訪れても寮には用事がなかったため遠目に見るばかりだった。カレル目当てではありながらもゲームをかなりやりこんできたセツとしては、ゲームに出てくるスポットに足を運べるのは純粋にテンションが上がる。
 寮の前で馬車は止まり、カレルが先に降りていく。セツはまずは自転車を運び下ろしてとめる場所を探そうと思っていたら、それはひとりでに浮いた。セツがぽかんとしてる間に自転車はふよふよとカレルの元に近寄っていく。そしてカレルが手を軽く振ると、寮の入り口横に設置された。次いでカレルは段ボールも魔法で浮かせて、自分のそばに引き寄せた。

「行くぞ」

 カレルは魔法をかけた荷物を連れながら、何事もないように言って寮の中へと入っていく。

「ありがとう、カレル」

 セツは馬車の方へ一礼してから、その後を追った。
 寮はすべて五階建てで、一階にはラウンジや食堂、大浴場といった共有スペースがあり、二階から上が生徒たちが住まう空間となっている。カレルについて階段を登りつつ、セツは忙しなく辺りを見回しては、あれゲーム内背景で使われている部分では、と瞳を煌めかせた。
 三階の最奥につくと、カレルがポケットから取り出した鍵で扉を開けた。そこに広がった景色に、セツは歓喜の悲鳴をあげそうになった。それはすんでのところできゅっと堪えたが、しかし覚えのある画角をついついまじまじと見つめてしまう。
(とんでもない聖地にきてしまった)
 部屋の中は綺麗に整頓されており、机上はまっさら、本棚には教科書や流行りの絵物語、年季の入った分厚い本などが入っている。カレルの部屋へ遊びに行くイベントのたびに何十分、何時間と見つめてきた背景。それが今目の前に、現実として広がっている。故に、反対側に目を向ければゲーム上では見ることができなかったところまでも視界に収めることができる。
 そこに設られていたのは、寮の一室にいるということを忘れそうな広々としたベッド。カレルの私室にあったのと似た天蓋つきで広々としたそれに、昨夜のあれそれも思い出して、ちょっと頬が熱くなる。
 寮は基本的に二人一部屋だが、カレルは王族ということで優待され個室を与えられている。ゲーム上でカレルの部屋に訪れた際に「別に俺から望んでこの部屋になったわけじゃないよ。誰かと、例えばお前と同室ってのも結構楽しそうだから興味ある。学長に相談してみようか」と冗談めかして言われるのだが、学校でも寮でもカレルと会える生活なんて最高すぎる、ここに諾否の選択肢があったら迷いなく諾を選んじゃう、なんてプレイ当時は思っていたけれど。

「荷解き先にするか」

 ベッドのそばにセツの段ボールを下ろしたカレルがさりげなく問うてくる。それに、セツの熱はまたひとつあがる。

「腹が減ったなら、食堂が開いてるはずだから——」

 カレルの言葉が不意に途切れる。

「なんだその顔」
「へ」

 指摘にぱっと顔を上げれば、カレルと視線が絡む。青い瞳に反射した自分は、たしかになんともいえない情けない顔をしていた。

「あ、いや、本当に今日からここに住むんだなと思ったら、なんかちょっと、緊張したといいますか……」

 そうつい目を泳がせかけたとき、顎が掴まれ、顔を上向かせられた。
 カレルの手ずから、カレルの方へと視線が固定される。再び交わって逸らせない視線に心臓がうるさくなる。
 しばし見つめあってから、カレルがふっと笑った。

「住むだけじゃないの、忘れてないだろうな」

 わ、あ。
 その声に、言葉に、色気に、完全に当てられたセツはしばらく言葉を失った。腰が抜けなかったのが奇跡だった。
 しばらくしてからようやく蚊の鳴くような声で「はい」と答えれば、カレルはまたひとつ笑った。それから、カレルの顎から手を離し「荷解き先にしろ。待ってるから」とベッドのふちに腰をかけた。
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