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前世の記憶を取り戻してからずっとカレルのことばかりを考え見つめ続けてきたのに、今の彼の気持ちがちっとも分からなかった。
十二年関わってもなお未知の魅力を持つカレルに興奮を覚えたり、十二年関わってもなおカレルに対する理解が甘い自分を嘆かわしく思ったり、いやいや自分如きがどうしてカレルを理解しきれるなんて一瞬でも思ったのかと傲慢と浅はかさに呆れたり、絶えない困惑だったり。様々な感情と葛藤に百面相するセツの横でリュカは落ち着いた様子でまた紅茶を飲みはじめた。
「ひとつ言うとすれば、カレルにもし後継を産む責があったら今回の件は決して受理されなかっただろうね。フロリアがいくら自由愛の国といえど」
フロリア王国は自由の国——実はこれはこのゲームにおける人気ポイントのひとつだった。
ジャンルとしてはあくまでギャルゲー、公式で発表されている攻略対象も女性だけ。だが隠しルートとして、その攻略対象である女性同士を親密にするルート、劇中主人公が何度も対峙する好敵手である魔族王子とかなり親密になるルート、それからフロリア王国に来たばかりの主人公がヒロインたちよりも先に邂逅し自分もあんな強さがほしいと憧れる存在——第一王子・リュカとの友愛ルートもある。
だからセツが公式にさんざん送った嘆願は決して無理難題を吹っかけているわけではないのだ。むしろ不思議でしかない。なんでリュカとの友愛ルートがあるのに、主人公をそばで支えてきたカレルの友愛及び救済ルートはないのか、と。
「……ん? それだとまるで、もうカレルには後継を産む責がないように聞こえるけれど」
「つい先日ね。医者からは双子だと聞いた」
「え……えっ!? そ、そういうこと!?」
リュカはゲーム開始時から既婚者であったし、この世界に転生して縁も持ったセツは式典に出席もした。
だが、他ルートでは伝聞で、リュカルートでは彼から直接、リュカが妻との間に子をもうけたと聞くイベントは本来今冬……カレルが闇落ちする直前のイベントだったはず。
カレルがセツに夜伽を申し込むというのも主人公が立ち会っていないから断言はできないけれど公式ではなさそうなイベントだが、これは完全にゲームと違う展開になっている。
「わ、そうか、まじかぁ……おめでとう、リュカ」
「セツ」が自分になったことによる影響は少なからずあるのだろうけれど……それにしたってどうしてこんなところに? という不思議な気持ちは正直ある。だが、親友に子どもができたのはめでたいことだった。
素直に祝福を述べれば、リュカは「ありがとう」と微笑んだ。
「君にはさんざん話したけれどね、私の婚姻は私が心のままに惹かれ恋をし成ったものだ」
たしかにセツはリュカの口から惚気をこれでもかというほど聞いていて、リュカ夫妻の馴れ初めについて多くを知っている。
ふたりの出会いこそは見合いだったがそこでリュカが一目惚れし、猛烈にアタックした。最初はリュカの片思いからはじまったけれど、その熱意によって実り婚姻した夫妻は非常に仲睦まじく、王国では「理想の夫婦」として憧れの的となっている。
思えばリュカ夫妻が籍をいれたのはまさに十八のときだったから、リュカは夜伽において例外判断を下されたのかもしれない。少し気になったけれど、よく知っている親友そして夫妻の床事情を聞くのはなんともいえない気持ちになりそうだし野暮だと飲み込んだ。
「だからカレルには以前から言っていたんだ、お前も心のままに恋をしなさい、と。責のことならば気にしなくていい、私たちの間にはいずれ子ができるだろうから、と。それからもしばらくは躊躇っていたようだけれど、ついに決心したというわけだ」
決心。
カレルは心のままに恋をする決心をした、ということだろうか。
そのうえでカレルがセツを夜伽相手に選んだ。それって、つまり——。
「カレルには好きな人がいて、それが男だから俺を夜伽に選んだってこと?」
ゲーム上のカレルは、同じシーンに女の子が出てきたらその麗しい声で流れるように口説くし、その身に情事の痕跡を残していることもあった。女の子の間に決して優劣はつけず、誰からの誘いも断らず、すべてを丁重に扱う、真にモテるプレイボーイである。
だがもしカレルが男に恋をしているというのならば、それは果たして——ゲームやファンブックでは明かされていない裏中の裏の設定だったりするのだろうか。数多の女の子と交遊しながらも、その胸には同性の本命を抱えている……というのはたしかに胸がぐっとなる設定だけれども。
それとも、リュカが予定より早く子をもうけたのと同様、ゲームにはない流れ——セツがこの世界に参入し、物語の中心人物といえる彼に関わったことにより生まれた変化なのだろうか。
ならば、カレルがセツの店にくるたびに買っていたあの花たちは。遊ぶ女の子へのプレゼントだったのだろうか、それとももしかして、本命相手への健気な贈り物だったのか——。
「セツは伝えるのは得意なのに受け取るのは下手だね」
思考に耽っていたセツにリュカが言った。
「え、どういうこと?」
セツが首を傾げると、リュカは「いずれ分かるよ」と微笑んだ。
十二年関わってもなお未知の魅力を持つカレルに興奮を覚えたり、十二年関わってもなおカレルに対する理解が甘い自分を嘆かわしく思ったり、いやいや自分如きがどうしてカレルを理解しきれるなんて一瞬でも思ったのかと傲慢と浅はかさに呆れたり、絶えない困惑だったり。様々な感情と葛藤に百面相するセツの横でリュカは落ち着いた様子でまた紅茶を飲みはじめた。
「ひとつ言うとすれば、カレルにもし後継を産む責があったら今回の件は決して受理されなかっただろうね。フロリアがいくら自由愛の国といえど」
フロリア王国は自由の国——実はこれはこのゲームにおける人気ポイントのひとつだった。
ジャンルとしてはあくまでギャルゲー、公式で発表されている攻略対象も女性だけ。だが隠しルートとして、その攻略対象である女性同士を親密にするルート、劇中主人公が何度も対峙する好敵手である魔族王子とかなり親密になるルート、それからフロリア王国に来たばかりの主人公がヒロインたちよりも先に邂逅し自分もあんな強さがほしいと憧れる存在——第一王子・リュカとの友愛ルートもある。
だからセツが公式にさんざん送った嘆願は決して無理難題を吹っかけているわけではないのだ。むしろ不思議でしかない。なんでリュカとの友愛ルートがあるのに、主人公をそばで支えてきたカレルの友愛及び救済ルートはないのか、と。
「……ん? それだとまるで、もうカレルには後継を産む責がないように聞こえるけれど」
「つい先日ね。医者からは双子だと聞いた」
「え……えっ!? そ、そういうこと!?」
リュカはゲーム開始時から既婚者であったし、この世界に転生して縁も持ったセツは式典に出席もした。
だが、他ルートでは伝聞で、リュカルートでは彼から直接、リュカが妻との間に子をもうけたと聞くイベントは本来今冬……カレルが闇落ちする直前のイベントだったはず。
カレルがセツに夜伽を申し込むというのも主人公が立ち会っていないから断言はできないけれど公式ではなさそうなイベントだが、これは完全にゲームと違う展開になっている。
「わ、そうか、まじかぁ……おめでとう、リュカ」
「セツ」が自分になったことによる影響は少なからずあるのだろうけれど……それにしたってどうしてこんなところに? という不思議な気持ちは正直ある。だが、親友に子どもができたのはめでたいことだった。
素直に祝福を述べれば、リュカは「ありがとう」と微笑んだ。
「君にはさんざん話したけれどね、私の婚姻は私が心のままに惹かれ恋をし成ったものだ」
たしかにセツはリュカの口から惚気をこれでもかというほど聞いていて、リュカ夫妻の馴れ初めについて多くを知っている。
ふたりの出会いこそは見合いだったがそこでリュカが一目惚れし、猛烈にアタックした。最初はリュカの片思いからはじまったけれど、その熱意によって実り婚姻した夫妻は非常に仲睦まじく、王国では「理想の夫婦」として憧れの的となっている。
思えばリュカ夫妻が籍をいれたのはまさに十八のときだったから、リュカは夜伽において例外判断を下されたのかもしれない。少し気になったけれど、よく知っている親友そして夫妻の床事情を聞くのはなんともいえない気持ちになりそうだし野暮だと飲み込んだ。
「だからカレルには以前から言っていたんだ、お前も心のままに恋をしなさい、と。責のことならば気にしなくていい、私たちの間にはいずれ子ができるだろうから、と。それからもしばらくは躊躇っていたようだけれど、ついに決心したというわけだ」
決心。
カレルは心のままに恋をする決心をした、ということだろうか。
そのうえでカレルがセツを夜伽相手に選んだ。それって、つまり——。
「カレルには好きな人がいて、それが男だから俺を夜伽に選んだってこと?」
ゲーム上のカレルは、同じシーンに女の子が出てきたらその麗しい声で流れるように口説くし、その身に情事の痕跡を残していることもあった。女の子の間に決して優劣はつけず、誰からの誘いも断らず、すべてを丁重に扱う、真にモテるプレイボーイである。
だがもしカレルが男に恋をしているというのならば、それは果たして——ゲームやファンブックでは明かされていない裏中の裏の設定だったりするのだろうか。数多の女の子と交遊しながらも、その胸には同性の本命を抱えている……というのはたしかに胸がぐっとなる設定だけれども。
それとも、リュカが予定より早く子をもうけたのと同様、ゲームにはない流れ——セツがこの世界に参入し、物語の中心人物といえる彼に関わったことにより生まれた変化なのだろうか。
ならば、カレルがセツの店にくるたびに買っていたあの花たちは。遊ぶ女の子へのプレゼントだったのだろうか、それとももしかして、本命相手への健気な贈り物だったのか——。
「セツは伝えるのは得意なのに受け取るのは下手だね」
思考に耽っていたセツにリュカが言った。
「え、どういうこと?」
セツが首を傾げると、リュカは「いずれ分かるよ」と微笑んだ。
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