45 / 83
第三章【青の月の章】16歳
第45話「まるで別人のように冷たかった」
しおりを挟む
夏の暑さがまだまだ残る風が吹く頃。
私は正々堂々と門から外に出て、河川敷で子どもたちと遊んでいた。
侍になりたいと木刀を振りまわす子もいれば、学が必要だと文字を教えてほしいと言ってくる子もいる。
イチタとナナは勉強熱心で文字を教わろうと積極的だ。
お手玉をして遊んだりするのも楽しいが、子どもたちの成長を見てとれる勉学は教える側としても楽しかった。
「”時羽”!」
「! 緋月!」
相変わらず彼は迎えに来てくれる。
そして芹がいなくなった分、私に一人で外に出ないでくれと口うるさくなった。
まるで芹の意志が彼を乗っ取ったかのようで、おかしくなって笑ってしまった。
子どもたちと別れ、黄昏時から夜へ。
鈴虫の鳴き声はせせらぎ音と混ざり、安心を与えてくれる。
私は彼と会話をしながら、長身の彼の横顔を眺めた。
背伸びをするか、首を伸ばさないと彼を正面から見ることは出来ない。
横顔ならば彼に気づかれない程度に見ることが出来るので、嬉しくなって口角がゆるんだ。
芹が結婚して宮を離れ、浅葱と桃の関係を知り、やけに結婚を意識することが増えた。
まさか自分が求婚されると思っていなかったので、なおさらその話には敏感になる。
(緋月と結婚するとか……そういう望みはあるのかしら)
いや、きっとないだろう。
忘れられた姫とはいえ、私は自分勝手に相手を選べない。
それは先日の求婚を受けて痛いほど実感した。
それに彼は”鬼狩り”であることをネックに思っており、立場をわきまえていると言わんばかりに踏み入ろうとしなかった。
この先も私は年々増す想いを伝えないだろう。
彼がどう想っているかも、きっと聞く日は来ない。
どれだけ言葉を欲しがって、この想いを許されたいと願っても――。
――ざわざわ……。
急に太陽が大地を茜色に染める時間が途切れた。
まだ沈み切るには時間がかかるはずなのに、まるでろうそくの火を消すように一瞬だった。
河川敷沿いでは川のせせらぎ音と風が草木を撫でる音だけ。
さきほどまで鳴いていた鈴虫の気配がない。
空には満月、これから涼しくなって秋へ移ろいゆくだろう。
そのはずが、まるで夏が途切れて冬が訪れたかのように冷たい風が吹いていた。
「時羽姫、俺から離れないでください」
彼が警戒態勢となり、腰にさげていた刀を引き抜いてあたりを見渡す。
私は身を小さくして彼の背に隠れていた。
ザザっと茂みを駆ける音がして、彼はほとんど視界が見えないなかで迷わず刀を振り、身軽に宙に飛んだ。
動作としてはいくつもあるはずなのに、彼の動きはまるで時間の経過を感じない。
あまりに早く、手慣れた様子だ。
短い断末魔が数体あがり、私は耳を塞いで縮こまるしか出来なかった。
「もう大丈夫です」
耳を塞ぐ私の手に彼がそっと触れ、ゆっくりと耳から離す。
真っ暗だった世界に月が浮かび、沈む寸前の対応が群青に橙色の線を走らせていた。
「緋月……」
ほんのわずかなこと、光が戻って彼の顔を見たときは目を疑った。
まばたきをすればいつもどおりの彼がいて、見間違いだったかと彼から目を反らす。
(目が赤かった? まるで別人のように冷たかった……)
好きな人が違う人に見えたなんて、そんな人でなしの思い込みは消し去ろう。
たしかに今、彼は私を守ってくれた。
怖気づくのは彼に対して失礼だと、身の震えを無視して彼に微笑んだ。
「ありがとう、緋月。……今のって」
「鬼です」
問いかけるより先に彼は答えた。
「ふぅ」と長い息を吐いて刀を鞘に戻す。
普段の交流では気づけない彼の異常な身体能力。
暗闇で見えなくても彼が”強すぎる”ことは理解した。
これが鬼狩りというお役目についた人の孤独かもしれないと思うと涙が浮かんだ。
「怖くない?」
背伸びをして彼の頬に触れれば、ぴくっと痙攣するのが指先に伝わった。
「怖くありませんよ。これが俺の役目ですから」
冷たい手が私の手に重なる。
おだやかな声で話しているのに、私には彼がもの寂しい子どもに見えた。
「鬼狩りはどうしてそこまで忌み嫌われるの?」
こんなことを聞いてもいいのか。
背伸びをしたまま私は彼の瞳をまっすぐに見つめる。
「鬼から国を守る立派な務めよ。どうして隠さなくちゃいけないの?」
「……前にも言いましたが、鬼狩りは汚れ仕事です。汚い者を褒める理由はありません」
「汚れてない。汚れてるはずがない。だってこの手は何度も私を守ってくれたわ」
鬼に襲われた時だけでない。
日々の平穏な暮らし、悲しみに暮れるときに傍にいてくれたこと。
すべてが私が生きていく理由となり、守られてきた。
私を大切にしてくれるこの手をどうして汚いと言えるのか。
私だけでなく、国を守る大切な役割を果たす人たちに失礼なことと憤りを感じた。
「姫は名ばかり。忘れられてなくても発言力なんてないわ。ただ駒として動くだけ。それでも国を動かすきっかけにはなれるわ」
「……時羽姫は、あの男と結婚したかったのですか?」
私は正々堂々と門から外に出て、河川敷で子どもたちと遊んでいた。
侍になりたいと木刀を振りまわす子もいれば、学が必要だと文字を教えてほしいと言ってくる子もいる。
イチタとナナは勉強熱心で文字を教わろうと積極的だ。
お手玉をして遊んだりするのも楽しいが、子どもたちの成長を見てとれる勉学は教える側としても楽しかった。
「”時羽”!」
「! 緋月!」
相変わらず彼は迎えに来てくれる。
そして芹がいなくなった分、私に一人で外に出ないでくれと口うるさくなった。
まるで芹の意志が彼を乗っ取ったかのようで、おかしくなって笑ってしまった。
子どもたちと別れ、黄昏時から夜へ。
鈴虫の鳴き声はせせらぎ音と混ざり、安心を与えてくれる。
私は彼と会話をしながら、長身の彼の横顔を眺めた。
背伸びをするか、首を伸ばさないと彼を正面から見ることは出来ない。
横顔ならば彼に気づかれない程度に見ることが出来るので、嬉しくなって口角がゆるんだ。
芹が結婚して宮を離れ、浅葱と桃の関係を知り、やけに結婚を意識することが増えた。
まさか自分が求婚されると思っていなかったので、なおさらその話には敏感になる。
(緋月と結婚するとか……そういう望みはあるのかしら)
いや、きっとないだろう。
忘れられた姫とはいえ、私は自分勝手に相手を選べない。
それは先日の求婚を受けて痛いほど実感した。
それに彼は”鬼狩り”であることをネックに思っており、立場をわきまえていると言わんばかりに踏み入ろうとしなかった。
この先も私は年々増す想いを伝えないだろう。
彼がどう想っているかも、きっと聞く日は来ない。
どれだけ言葉を欲しがって、この想いを許されたいと願っても――。
――ざわざわ……。
急に太陽が大地を茜色に染める時間が途切れた。
まだ沈み切るには時間がかかるはずなのに、まるでろうそくの火を消すように一瞬だった。
河川敷沿いでは川のせせらぎ音と風が草木を撫でる音だけ。
さきほどまで鳴いていた鈴虫の気配がない。
空には満月、これから涼しくなって秋へ移ろいゆくだろう。
そのはずが、まるで夏が途切れて冬が訪れたかのように冷たい風が吹いていた。
「時羽姫、俺から離れないでください」
彼が警戒態勢となり、腰にさげていた刀を引き抜いてあたりを見渡す。
私は身を小さくして彼の背に隠れていた。
ザザっと茂みを駆ける音がして、彼はほとんど視界が見えないなかで迷わず刀を振り、身軽に宙に飛んだ。
動作としてはいくつもあるはずなのに、彼の動きはまるで時間の経過を感じない。
あまりに早く、手慣れた様子だ。
短い断末魔が数体あがり、私は耳を塞いで縮こまるしか出来なかった。
「もう大丈夫です」
耳を塞ぐ私の手に彼がそっと触れ、ゆっくりと耳から離す。
真っ暗だった世界に月が浮かび、沈む寸前の対応が群青に橙色の線を走らせていた。
「緋月……」
ほんのわずかなこと、光が戻って彼の顔を見たときは目を疑った。
まばたきをすればいつもどおりの彼がいて、見間違いだったかと彼から目を反らす。
(目が赤かった? まるで別人のように冷たかった……)
好きな人が違う人に見えたなんて、そんな人でなしの思い込みは消し去ろう。
たしかに今、彼は私を守ってくれた。
怖気づくのは彼に対して失礼だと、身の震えを無視して彼に微笑んだ。
「ありがとう、緋月。……今のって」
「鬼です」
問いかけるより先に彼は答えた。
「ふぅ」と長い息を吐いて刀を鞘に戻す。
普段の交流では気づけない彼の異常な身体能力。
暗闇で見えなくても彼が”強すぎる”ことは理解した。
これが鬼狩りというお役目についた人の孤独かもしれないと思うと涙が浮かんだ。
「怖くない?」
背伸びをして彼の頬に触れれば、ぴくっと痙攣するのが指先に伝わった。
「怖くありませんよ。これが俺の役目ですから」
冷たい手が私の手に重なる。
おだやかな声で話しているのに、私には彼がもの寂しい子どもに見えた。
「鬼狩りはどうしてそこまで忌み嫌われるの?」
こんなことを聞いてもいいのか。
背伸びをしたまま私は彼の瞳をまっすぐに見つめる。
「鬼から国を守る立派な務めよ。どうして隠さなくちゃいけないの?」
「……前にも言いましたが、鬼狩りは汚れ仕事です。汚い者を褒める理由はありません」
「汚れてない。汚れてるはずがない。だってこの手は何度も私を守ってくれたわ」
鬼に襲われた時だけでない。
日々の平穏な暮らし、悲しみに暮れるときに傍にいてくれたこと。
すべてが私が生きていく理由となり、守られてきた。
私を大切にしてくれるこの手をどうして汚いと言えるのか。
私だけでなく、国を守る大切な役割を果たす人たちに失礼なことと憤りを感じた。
「姫は名ばかり。忘れられてなくても発言力なんてないわ。ただ駒として動くだけ。それでも国を動かすきっかけにはなれるわ」
「……時羽姫は、あの男と結婚したかったのですか?」
10
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
【書籍化】番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました
降魔 鬼灯
恋愛
コミカライズ化決定しました。
ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。
幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。
月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。
お茶会が終わったあとに義務的に届く手紙や花束。義務的に届くドレスやアクセサリー。
しまいには「ずっと番と一緒にいたい」なんて言葉も聞いてしまって。
よし分かった、もう無理、婚約破棄しよう!
誤解から婚約破棄を申し出て自制していた番を怒らせ、執着溺愛のブーメランを食らうユリアンナの運命は?
全十話。一日2回更新 完結済
コミカライズ化に伴いタイトルを『憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜』から『番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました』に変更しています。
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる