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奪われしもの編
41)お見舞い
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胃薬を飲んでひと休みした頃、リトヴァと数名のメイドたちが部屋にやってきて、外出のための身支度をしてくれた。
メイドのアリサが、衣装部屋から3着ワンピースを選んで持ってきた。
「どれになさいますか、お嬢様」
「うんと…、この青紫色のがいいかも」
「はい。ではこれにお召かえしましょうね」
リボンとレースをふんだんにあしらった、クラシカルなデザインのワンピース。シルクの肌触りにくすぐったさを感じて、キュッリッキは僅かに目を細めた。
この上に花模様で編まれた白いレースのケープを着せてもらい、頭には白いリボンを結んでもらう。そして胸元には、パッションフラワーを模した花のコサージュをつけてもらった。
すでに包帯は取り払われていたが、よりほっそりと痩せ細った右腕が隠れるように、ケープがすっぽり覆ってくれていた。
初夏の街にふさわしい外出着だ。一体いつの間に用意したのか、キュッリッキが不思議そうにしていると、
「お嬢様がいつ元気になられてもいいようにと、旦那様とアルカネット様が、これでもかと沢山ご用意してあるんですよ」
「ほええ…」
キュッリッキの部屋には衣装部屋も隣接してあり、そこには大量にキュッリッキのための衣装が揃えられているという。衣装選びは2人が入念におこなったらしい。
どのくらいあるんだろう、そう思う興味がほんのちょっと、あとはもう衣装部屋を見るのも怖かった。いつも動きやすくカジュアルな服が数着あるレベルの生活を送ってきたので、貴族の令嬢や資産家の娘のような、たくさんの衣装持ちは性に合わなかった。
身支度が整い、ルーファスとメルヴィンが部屋に呼ばれる。
ベッドの上に座り、フェンリルを膝の上に乗せているその姿は可憐な人形のようだ。あまりの愛らしい姿に、メルヴィンの表情がほころんだ。
「綺麗におめかししてもらったね、キューリちゃん」
ルーファスがにっこりと言うと、はにかんだようにキュッリッキは微笑んだ。
「では行きましょうか、リッキーさん」
そう言ってメルヴィンはキュッリッキを抱き上げた。
ゴンドラには寝椅子が設えられ、ゆったりできるようにクッションがいくつも置かれていた。そこへキュッリッキを寝かせ、前後にルーファスとメルヴィンが付き添う。
「お嬢様にこれを」
見送りのために出ていたリトヴァが、手にしていた白い帽子を差し出す。ふわりとした柔らかい水色のリボンが巻かれた、つば広の帽子だ。
ルーファスが帽子を受け取り、キュッリッキにかぶせてやる。
「いってらっしゃいませ」
頭を下げた使用人たちに見送られ、ゴンドラが緩やかに滑り出した。
「病院までは、どのくらいかかるの?」
「そうですね、30分くらいでしょうか」
「だな。このスピードじゃあね~」
歩くよりも遅いゴンドラの進みに、ルーファスはうんざりした顔を露骨に出していた。しかし今のキュッリッキの体調を考えれば、このくらいがちょうどいいのかもしれなかった。
「お花、萎れる前に到着すればいいな」
キュッリッキが手にしているのは、青紫色と白色のバラだった。ベルトルド邸の庭に咲いているバラだ。
数は少ないが、大きく綺麗なものを庭師に選んでもらって花束にした。最近フェンリルが全幅の信頼を置いているという、初老の男でカープロという。「何故庭師に信頼を?」とキュッリッキが尋ねると、秘密なのだそうだ。
ベルトルドが好きな花なら、病室に飾ってあげると喜ぶだろうとキュッリッキは思った。
ふと顔をあげて、街の風景を物珍しく眺める。
夏の空は真っ青で、白く柔らかな光を反射する城壁に照らされた街は、幻想的な淡い光に包まれている。温度管理もされているらしく、あまり蒸し暑くもなく、からりと乾いた過ごしやすい気温になっていた。
ゴンドラは病院へのルートをとっていたので、屋敷街のあたりは通らなかった。行政や軍事施設のそばの通路を走っていたので、初めて見る立派な建物の数々にキュッリッキは目を輝かせた。
「ファニーやハドリーにも、見せてあげたいなあ」
一緒に遊びに来よう、と誘って話していたのは、つい数週間前のことだ。
あの、ナルバ山の遺跡の中で。
そういえば、2人とも無事だろうか。怪我はしなかっただろうか。2人のことをこれまですっぽり忘れていたことに、白状な自分の神経に思わず凹む。
「2人共無事だったのかな…」
「怪我もなく大丈夫ですよ。カーティスさんたちと一緒に、イララクスまで戻ってきましたから」
キュッリッキの呟きを受けて、メルヴィンが答えた。
「よかったの…」
「そうだ、お見舞いにきてもらったらどうでしょうか?」
その提案に、キュッリッキの顔がパッと明るくなる。
「うん。ベルトルドさんに聞いてみる」
ゴンドラが病院前のターミナルに着くと、待っていたヴィヒトリが出迎えてくれた。
用意されていた車椅子にキュッリッキを座らせて、ヴィヒトリの案内でベルトルドの病室へ向かう。
「ちょっと今日はタイミング悪かったかも。閣下熱を出しちゃって、今眠ってるはずだよ」
「え!」
前を歩くヴィヒトリに顔を向けると、キュッリッキは車椅子から身を乗り出した。
「大丈夫なの? 酷いの??」
「リッキーさん危ないから、ちゃんと座って」
前のめりに倒れそうになって、ルーファスが慌てて支える。
「キューリちゃん、病院で怪我したら洒落にならないから、とにかく落ち着いて」
後ろの3人の様子に気づいて、ヴィヒトリは歩みを止めた。
ルーファスの腕にしがみついて、キュッリッキが泣きそうな顔で見上げてくる。周りにいる病院のスタッフたちが、怪訝そうに4人を見ていた。
「疲れからくるものだから、心配ないよ。ただの過労だから」
ヴィヒトリはその場にしゃがみこむと、キュッリッキと目線を同じにする。
「運び込まれて数日遅れで発熱するとか、やっぱ中年になると、代謝のテンポが遅くなるんだよね~。あのヒト見てくれだけは若いから。なので、そんな泣きそうになるほどの心配事じゃないよ。判った?」
嫌味を交えてにこにこと言われ、さすがにキュッリッキの顔が引きつった。ルーファスとメルヴィンが、大笑いしたいのを必死で堪えている。
陰で散々言われ放題のベルトルドに、妙に同情心が掻き立てられてしまった。
嫌味はともかく、ヴィヒトリがそう言うのならたぶん大丈夫なのだろう。
要人などの入院患者病棟に入り、最奥のベルトルドの病室に着いてセヴェリに出迎えられた。
車椅子に座り、バラの花束を胸に押し抱くキュッリッキを見て、セヴェリは僅かに眉を上げる。
「お嬢様のお顔色が、少々悪いように見えますが…」
「久しぶりの外出で疲れてるだけだから、大丈夫だよ。お見舞いが済んだらボクの診察室で、少し休んでいくといい」
そう言いおいて、ヴィヒトリは病室を出て行った。
広い病室の中央に置かれた大きなベッドに、ベルトルドは寝ていた。
「ベルトルドさん…」
キュッリッキはか細い声で、小さく呟く。ベッドの傍らに車椅子をつけてもらった。
熱のためか、白い頬が僅かに赤みを帯びている。薬が効いているようで、呼吸は安定していた。傲岸不遜でやんちゃな表情も、今はすっかり鳴りを潜め、美しい顔立ちの青年が寝ているだけだ。
点滴を受けている左腕はシーツの外に出されていて、いつも優しく頭を撫でてくれる大きな手は、力なくベッドに置かれていた。
キュッリッキは恐る恐る、その手にそっと自分の手をのせる。萎えて動きの鈍い右手も、苦労して持ち上げ甲に重ねた。
いつもよりずっと熱い手をしている。力強さもまるで感じられない。
こうして見舞いにきたと判れば、満面に笑みを浮かべてベッドから飛び上がって出迎えてくれそうなのに、今はぐっすりと眠っている。
(アタシのせいだ…)
毎日毎日夜中に泣き喚いて、そのせいでベルトルドもアルカネットも起きてしまう。そして「気にするな」「我慢しなくていい」そう言って逆に慰めてくれる。
作り物じゃない、心からの優しい笑顔を向けてくれるのだ。
このまま体調を崩して、余計悪くなったりしたらどうしよう。そう考えると、急に不安が全身を駆け抜けて、足元からジワジワと冷たいものが這い上がってきた。
(どうしよう…、ベルトルドさん死んじゃったらどうしよう…)
愛していると、初めてそう言ってくれた人だ。こんな自分を、大好きだと言ってくれた。それなのに、自分はベルトルドをこんな風にしてしまったのだ。
失うかもしれないという心細さに包まれ、キュッリッキはしゃくりあげ、ぽろぽろと涙を流して泣き出してしまった。
黙って後ろに控えていたメルヴィンとルーファスは、目の前でいきなり泣き出したキュッリッキに、ぎょっとして身を乗り出す。
「ど、どうしたのキューリちゃん!?」
「リッキーさん?」
2人は傍らにしゃがみこんで、オロオロと慰めにかかる。でも慰められると余計に悲しくなり、暫くキュッリッキは泣きじゃくっていた。
セヴェリは3人の様子を、離れたところで微笑ましそうに見ていた。
それはまるで、父親の見舞いに訪れた娘が心配のあまり泣き出して、年の離れた兄たちに慰められているかのようだ。
ベルトルド邸で働く使用人の殆どが、キュッリッキはベルトルドの娘だと信じて疑っていない。実際ベルトルドの女性遍歴は盛んで、どこかで子供が出来ていてもおかしくなかったからだ。
セヴェリとハウスキーパーのリトヴァだけは、2人に血のつながりがないことは判っているが、たとえ父娘であっても構わないとも思っていた。
いつまででも泣いていられそうだったが、身体のほうがその欲求に応えられず、キュッリッキは泣き疲れてくたりと眠ってしまった。
「泣くほど心配だったのね、キューリちゃん…」
頭をカシカシと掻きながら、ルーファスはふうっと息を吐いた。年齢に関係なく、泣いてる女の子は苦手なのだ。それはメルヴィンも同じで、どうすれば泣き止むのか、内心ハラハラしていた。戦場を走るよりも緊張してしまう。
「ヴィヒトリ先生のところへ行きましょうか」
キュッリッキを車椅子から抱き上げると、メルヴィンはセヴェリに目礼した。
「旦那様には、あとでお伝えしておきます」
「お願いします」
キュッリッキの泣き声にも目を覚まさないほどぐっすりと眠るベルトルドの顔を一瞥し、ルーファスはメルヴィンのあとを追って病室を出た。
* * *
邸の主であるベルトルドは入院中、もう一人の主人であり執事でもあるアルカネットは日中は軍に出仕していて留守。そして執事代理をしているセヴェリは、ベルトルドに付き添って病院で寝泊り。
かくして邸の全てを一手に仕切っているリトヴァは、帰宅したアルカネットにその日の報告をするのが日課に加わっていた。
報告は出迎えた玄関から、アルカネットの部屋まで歩きながら行われた。
一連の業務連絡から始まり、いくつかの指示のやり取り、朝食の献立などの打ち合わせを経て、キュッリッキの外出の話になるとアルカネットの表情が一変した。
「リッキーさんが見舞いへ…?」
驚いたように目を見張るアルカネットに、リトヴァはにこやかに答える。
「ずっと旦那様を心配しておられましたから、主治医のヴィヒトリ様のご許可を得ての外出でございました。久しぶりの外出でお疲れになり、今はもう、おやすみになっておられます」
全ての報告を終えて、リトヴァは軽く会釈をした。アルカネットは難しい表情をして、リトヴァから視線を外らせる。
「まだ回復していない身体で、病院まで出かけたのですか…」
あまり表情を崩さないアルカネットにしては珍しく、眉間に鋭くシワを寄せて顎を引いた。
「判りました。お下がりなさい」
一礼すると、リトヴァは速やかに部屋を辞していった。
アルカネットの部屋はベルトルドの部屋の隣にある。キュッリッキが来てからは、着替えと風呂でしか使っていない。仕事を持ち帰った時は、ベルトルドの部屋か書斎を使っている。
青い天鵞絨張りの長椅子に黒い手袋を脱ぎ捨て、襟元のスカーフを緩める。
「いくら包帯が取れたといっても、まだまだ安静にしていなくてはならないのに。ベルトルド様の見舞いごときで、悪化でもしたら洒落になりません」
何とも言えない、ざわざわとしたものが心の中を席巻していく。苛立ちを覚え、マントを乱暴に脱ぎ捨てた。
怪我は完治しておらず、体力だって回復していない。気力もだいぶ萎えていて、出会った頃の元気さはなりを潜めている。
「毎日そばにいるので判りますが、他人を気遣い見舞うことのできる身体ではないのです。それなのに…」
主治医のヴィヒトリが許可を出したのなら、外出が出来るくらいには治っているのだろうが、無理をさせるにはまだ早い。
それを思うと苛立ちが激しくなり、温和な表情は完全に掻き消え、険しさが際立つ。
拳で激しく長椅子のヘリを叩きつけ、唾を吐き捨てた。
食事と入浴をすませてから、キュッリッキの部屋に入る。部屋の中は薄暗く、ベッドサイドのテーブルに置かれたランプが、ほんのりと点いているだけだった。
「アルカネットさん?」
ベッドから小さく声がかけられた。その声に、アルカネットは表情を和ませる。
「ただいま、リッキーさん。眠っていなかったのですね」
優しい笑みを浮かべながら、アルカネットはベッドに腰を下ろして、キュッリッキの額へキスをする。
「さっき目が覚めちゃったの」
そうですか、と呟いて、キュッリッキの頭を優しく撫でた。
「無理に寝ようとしなくていいのですよ。無理をすれば、かえってストレスになってよくありませんから」
「うん。でもちゃんと寝ないと、朝起きれなかったらみんなに心配かけちゃうし」
キュッリッキは僅かに首をすくめて苦笑する。
「アルカネットさんのお見送りも出来なくなっちゃう」
その言葉に、アルカネットはより一層笑みを深めて、キュッリッキの左手をとった。
「お気持ちだけで充分ですよ。ありがとうございます」
アルカネットの微笑につられるように、キュッリッキも微笑み返した。
「いつものお茶を用意しますね」
アルカネットは立ち上がると、フェンリルの寝ている長椅子のそばのテーブルに行って、小さなガラス瓶を手にとった。
「今日はベルトルド様のお見舞いのために、外へ出られたのでしょう。きっと、まだその時の疲れや興奮が、落ち着いていないのでしょうね」
「そうかもしれない…のかな」
自分では歩いたりしていないのになあ、とぽつりと呟く。メルヴィンが抱き抱えてくれたり、ゴンドラや車椅子で移動しただけだ。それを思い出すと、胸がちょっとドキッとした。
ベルトルドの病室では思わず泣いてしまって、そのあとのことは覚えていない。気がついたら、帰りのゴンドラの中だった。
たったそれだけのことで、こんなにも疲れてしまうことに気落ちする。怪我をしてから随分と体力がなくなり弱くなった。そんな自身に情けなさを感じてがっかりだ。
これまでずっと一人で生きてきた。だから弱気になってはいけない、不健康じゃ働けない、頼るより自分でなんとかする。それが信条だ。
なのに今はどうだろう。たくさんの人々に支えられ、優しくされて、甘えきった生活をしている。昔ハドリーが読んでくれた物語の中に出てくる、お姫様のような暮らしをしているのだ。
たくさん甘えていいと言ってくれる大人たちがいる。このように恵まれすぎる環境が、自分を弱くしてしまっているのだろうか。
「これを飲めば、自然と眠くなるでしょう」
思考を停止して、天蓋に向けていた視線をアルカネットに戻す。
温かな湯気をくゆらせるティーカップを持って、アルカネットはベッドに座った。
キュッリッキはゆっくりと上半身を起こすと、アルカネットの手に支えられながら枕にもたれた。
受け取ったカップは、透明なガラスのシンプルなもので、黄緑色の透明なお茶が入っている。レモンのような香りが、ふわりと湯気に混じっていた。
口に含むとミントのような爽やかさが鼻腔を突き抜けていき、ほんのりとした甘味と、レモンのような香りが口に優しい。
「美味しい」
「飲みやすくて気分も良いでしょう。疲れているときは、これが一番です」
にこりとアルカネットは笑う。
「気に病むことが、一番身体に障ります。無理をせず、治るに任せていればいいのですよ」
アルカネットは無理強いしてこない。キュッリッキの嫌がることも、苦手なことも強制してこない。どこまでも優しい。
優しくされることに慣れていないキュッリッキは、最初の頃はそれがとてもこそばゆくて、戸惑うことのほうが多かった。しかし今は、少しずつ素直に受け入れられるようになってきている。
ベルトルドと同じように、アルカネットのことも大好きだ。
カップの中身を空にすると、ぼんやりとしたような眠気が、少しずつ身体を支配していった。落としそうになったカップを、アルカネットは素早く受け取った。そしてサイドテーブルにカップを置くと、瞼を閉じかかるキュッリッキをそっと寝かせ直してやった。
完全にキュッリッキが眠ってしまうと、アルカネットは立ち上がり、ガウンを脱いでベッドに入った。
* * *
「だから! なんで!! 俺を起こさなかった!!!」
仰向けに寝たままの姿勢で、拳をベッドにボスボスっと叩きつける。その様子に顔色一つかえず、セヴェリは深く頭を下げた。
「リッキーがわざわざ俺のために見舞いにきてくれていたというのに、話も出来なかったとは。労ってやれなかったし、可哀想なことをした」
「とは言いましても、熱を出されていたんですから、しょうがないじゃありませんか」
ヴィヒトリが肩をすくめながらツッコむ。熱を出すほうが悪い、と言外に露骨に漂わせながら。
すまし顔のセヴェリと、呆れ顔のヴィヒトリを交互にみやり、ベルトルドは憤然と鼻息を吹き出した。
さきほど目を覚まし、キュッリッキが回復もまだの身体をおしてまで健気に見舞いに訪れていた事実を聞かされて、たいそうご立腹状態だった。
いくら熱を出していたとはいえ、誰も起こしてくれなかった。当然のこととはいえ、そのことで機嫌を損ねている。拗ねまくりだ。
あまりの剣幕に、部屋付きの看護師が恐れおののいて、帰ろうとしていたヴィヒトリに泣きついてきた有様である。
今は離れ離れで会えない身――たった1週間だが――積もる話もあるし、とにかく会いたい。抱きしめてやりたい、頬ずりしたい。ああしたいこうしたいと、底の見えないほどの欲求で、ベルトルドは頭がどうにかなりそうだった。
無理をしてまで会いに来たということは、キュッリッキの頭の中は自分のことでいっぱい。いっときでも離れ離れになっていることに、耐えられないほど寂しがっているのだ。
キュッリッキの愛は、もう自分にしか向いていない!
(うむ、絶対そうにチガイナイ! 俺を案じ、俺を求め、俺が欲しくて濡らしているだろう!!)
ベルトルドは拳をグッと握り締め、天井をキリッと睨んだ。
(あの桜貝色の可憐な唇を、息が苦しくなるほど貪り、甘く甘く慰めてやりたい。ああ…早く、早く帰りたいぞっ)
ヴィヒトリは眼鏡をクイッと押し上げ、トリップしているベルトルドをじとーっと見つめた。
(絶対、よからぬ妄想に浸ってるんだろうなあ…。十中八九、キュッリッキちゃんオカズにされてる)
大当たりだ。
「ああ、それとだな、この鬱陶しいまでの花を撤去しろ。ただし、リッキーの持ってきたバラだけは、残しておけよ」
突如セヴェリに顔を向けて、ベルトルドは手をパタパタとさせた。
今すぐ切花店が開けるだけの、大量の花々に埋もれた部屋を嫌そうに一瞥して、ベルトルドは眉を顰めた。花の色々な香りがむせ返りすぎて、逆に気分が悪い。
毎日どこぞの貴婦人やら政治家やら商人からと、届けられる見舞いの花々である。
ベルトルドが入院した日と翌日は、ハーメンリンナの花屋すべての切花が売り切れるという事態だった。ハーメンリンナの数件の花屋だけでは足らず、イララクス中の花屋から花が消えた日でもある。
皇都中の花がこの一室に集まっている状態なのだから、それは凄まじいほどの花の匂いだろう。入りきらなかった花もある。
セヴェリもこれにはさすがに辟易していたので、快く応じてさっそく作業に取り掛かった。
キュッリッキが持ってきたバラの花を見て、ベルトルドの表情が自然と和んだ。
無理をしてまで自分に会いに来たキュッリッキの真心を思うと、寝ていたことが心底悔やまれてならない。
(今頃どうしているだろうか。もう寝ているか、それともまだ起きているかな)
日中たっぷりと睡眠をとったせいで、目が冴え渡っているベルトルドだった。
* * *
肘枕をしてキュッリッキのほうへ身体を向け横になっているアルカネットは、緩慢な動作で、そっと彼女の頭を何度も何度も撫でていた。
(愛おしくて、仕方がありません)
だが、それ以上に心は苛立っていた。
ベルトルドの見舞いへ出かけたことを、アルカネットは快く思っていない。見舞いなどと大げさなことをしなくても、あと数日で戻ってくる。
(今はここにいないベルトルドなど気にせず、こうしてそばにいる私のことだけを見ていればいいものを)
キュッリッキに裏切られたような気分にずっと苛まれていた。胸のあたりがザワザワして落ち着かない。
頭を撫でる手は顔に移り、線の細い輪郭をなぞるようにして、頬をそっと指で掬うように触れる。
肉付きは薄いが、柔らかな感触だった。そして、薄い下唇を指先でなぞる。
(本当に、よく似ている)
キュッリッキを見つめる瞳に、急に寂寥感が漂い始めた。
(髪の色も、顔立ちも、華奢な身体も。違うのは、瞳の色だけ)
アルカネットは身体を起こすと、キュッリッキの上に被さった。
(誰にも渡さない、汚させない――ベルトルドにも)
アルカネットは表情を険しくさせると、感情の全てをぶつけるようにキュッリッキの唇を貪った。舌を無理やりねじ込むが、キュッリッキの舌は絡んでこなかった。
さきほど飲ませたお茶は、強力な睡眠薬だ。茶葉自体に睡眠作用の成分が含まれていて、市場には出回っていない品種改良で開発されたものだ。
心を開かせたあの日から、キュッリッキは夜になると過去の記憶や辛い思い出を夢にみて、荒れる日々が続いた。そのことで精神的に疲れきっている。
睡眠薬を飲ませてゆっくりと休ませるべきだと主張するが、薬漬けに反対するベルトルドとは口論が絶えない。
「心に溜まり続けているものを吐き出させ、過去を受け入れていくしかないんだよ。封じ込め続けていれば、いつかリッキーは壊れてしまう」
ベルトルドはそう言うが、彼女の過去はあまりにも辛い。
もっともっと時間をかけて、ゆっくりと向き合えばいいのだ。怪我を治し、身体が回復したあとでも遅くはない。
それなのに荒療治をさせ続けた結果が、体力や気力の回復に歯止めをかけている。
ベルトルドが入院した日から、アルカネットは睡眠薬のお茶を飲ませ続けていた。キュッリッキはそれ自体が睡眠薬だとは知りもせず、毎晩飲んでいる。
今も薬の効果で眠りは深い。
アルカネットはそっと唇を離すと、上体を起こして馬乗りの姿勢になり、キュッリッキの寝間着の胸元のボタンを、ゆっくりと外し始めた。
両手で胸元を大きくはだけると、ほっそりした裸身が露わになる。
視線がすぐに吸い付いたのは、右肩から乳房の上まで無惨に残る傷痕だった。白い肌の中で、一際傷痕が目立つ。
ヴィヒトリともうひとりの医師によって処置された傷は、数ヶ月もすれば目立たなくなってくるだろうとのことだった。
見ているだけでも痛々しいその傷痕に、そっと指先で触れる。痛みはもう感じないのだろうか。それとも、まだ痛いのだろうか。
上体をかがめると、唇で傷痕に触れた。そして肩から乳房に向けて、舌先で傷痕をたどる。一旦動きを止め、膨らみの小さな乳房を掌で優しく愛撫し、再び舌を這わせた。
キュッリッキの身体から、ほんのりと甘い香りが立ちのぼる。香水などの香りではない、彼女自身が放つ匂いだ。
「こんなにも、優しく、甘やかな香りがするのですか…」
アルカネットはうっとりと呟くと、ふいに抑え込めないほどの激しい衝動が、腹の底からこみ上げてきた。
「あなたは、私だけを見ていればいいのです。心も、身体も、何もかも全て私のものなのですから」
それなのに、無理をしてベルトルドの見舞いに行った。許しがたい裏切りだ。
「お仕置きせねば、なりませんね…」
アルカネットは自身の上着のボタンを、もどかしげに荒々しく外す。そしてキュッリッキの寝間着の裾を、乱暴にたくしあげた。
ほっそりとした足があらわになり、ふくらはぎから太ももへと手を滑らせ、下着に手をかけた。その時、
「ぐっ!」
突如凄まじい激痛が頭に走り、アルカネットは額に手を当て呻き声をもらした。
(そこまでにしておけ、アルカネット!!)
ずしりと重く、脳裏に怒号が響く。苛烈なまでのその声に、アルカネットは口の端を軽く釣り上げ苦笑いする。
(………何故こんな時間に、あなたが起きているのですか)
(フンッ! 昼間寝すぎて眠れないだけだ)
病院にいるベルトルドの、超能力による遠隔攻撃だ。無防備なところへの直撃である。そこへ追い打ちをかけるように、更に強く念話が叩き込まれ、あまりの痛みで額に汗がにじんだ。
普段温和な顔は苦悶で歪みながらも、皮肉な笑みを口の端にのせた。
(覗きとは趣味が悪いですね。いいところなんですから、邪魔しないでくださいな)
(戯言を言うな! 間一髪で阻止できて俺は安堵しているんだぞ)
本当に眠れず暇を持て余していたベルトルドは、キュッリッキの様子を伺おうと自分の邸を透視していて、思わぬ現場を目撃してのことだった。
何も考えず、咄嗟に出た行動である。手加減は一切していない。直撃したアルカネットはさぞ痛いだろうと思うが、今回のことは許せる範囲を超えている。
(リッキーの衣服を整えてさっさと寝ろ! この強姦魔)
(愛し合っていただけです。強姦などと、人聞きの悪い)
不愉快そうに応じられ、ベルトルドは眉をしかめて念話の声を強めた。
(薬で眠らせておいて、好き勝手しているそれのドコが愛し合っているんだ馬鹿者!)
二度目の念動力攻撃が飛んできたが、これには防御魔法で対処して喰らわなかった。不意打ちじゃなければ、全て防御することは可能だ。
攻撃を防がれたことに、ベルトルドは忌々しげに舌打ちする。
2人が思念での攻防を巡らせていることにも気づかず、キュッリッキはよく眠っていた。その寝顔を見つめ、やがてアルカネットは小さくため息をついた。
このまま続けても、邪魔が入り続けるだけだろう。邸ごと吹っ飛ばしかねない。
横槍が入ってすっかり気が殺がれてしまったアルカネットは、キュッリッキの寝間着のボタンをかけなおし、自らの上着のボタンもかけ直した。
(あなたの邪魔が入ったことですし、もう寝ます。あなたもさっさと寝なさい)
(お前が寝るまでずっと監視しててやる)
(お好きにどうぞ。ああ…)
アルカネットはもう一度キュッリッキに被さると、透視しているベルトルドに見せつるように唇を重ねた。
脳裏にけたたましく怒号が飛ぶが、完璧に無視をする。
充分堪能したあと唇を離し、キュッリッキにぴったりと身を寄せて、横になり目を閉じた。
(ではおやすみなさい)
(………)
ベルトルドは拳を固く握り、ギリギリと歯ぎしりをした。
(俺のリッキーにどこまでもお前はああ!!)
しかしこの絶叫は、精神防御をしたアルカネットの耳には届いていなかった。
メイドのアリサが、衣装部屋から3着ワンピースを選んで持ってきた。
「どれになさいますか、お嬢様」
「うんと…、この青紫色のがいいかも」
「はい。ではこれにお召かえしましょうね」
リボンとレースをふんだんにあしらった、クラシカルなデザインのワンピース。シルクの肌触りにくすぐったさを感じて、キュッリッキは僅かに目を細めた。
この上に花模様で編まれた白いレースのケープを着せてもらい、頭には白いリボンを結んでもらう。そして胸元には、パッションフラワーを模した花のコサージュをつけてもらった。
すでに包帯は取り払われていたが、よりほっそりと痩せ細った右腕が隠れるように、ケープがすっぽり覆ってくれていた。
初夏の街にふさわしい外出着だ。一体いつの間に用意したのか、キュッリッキが不思議そうにしていると、
「お嬢様がいつ元気になられてもいいようにと、旦那様とアルカネット様が、これでもかと沢山ご用意してあるんですよ」
「ほええ…」
キュッリッキの部屋には衣装部屋も隣接してあり、そこには大量にキュッリッキのための衣装が揃えられているという。衣装選びは2人が入念におこなったらしい。
どのくらいあるんだろう、そう思う興味がほんのちょっと、あとはもう衣装部屋を見るのも怖かった。いつも動きやすくカジュアルな服が数着あるレベルの生活を送ってきたので、貴族の令嬢や資産家の娘のような、たくさんの衣装持ちは性に合わなかった。
身支度が整い、ルーファスとメルヴィンが部屋に呼ばれる。
ベッドの上に座り、フェンリルを膝の上に乗せているその姿は可憐な人形のようだ。あまりの愛らしい姿に、メルヴィンの表情がほころんだ。
「綺麗におめかししてもらったね、キューリちゃん」
ルーファスがにっこりと言うと、はにかんだようにキュッリッキは微笑んだ。
「では行きましょうか、リッキーさん」
そう言ってメルヴィンはキュッリッキを抱き上げた。
ゴンドラには寝椅子が設えられ、ゆったりできるようにクッションがいくつも置かれていた。そこへキュッリッキを寝かせ、前後にルーファスとメルヴィンが付き添う。
「お嬢様にこれを」
見送りのために出ていたリトヴァが、手にしていた白い帽子を差し出す。ふわりとした柔らかい水色のリボンが巻かれた、つば広の帽子だ。
ルーファスが帽子を受け取り、キュッリッキにかぶせてやる。
「いってらっしゃいませ」
頭を下げた使用人たちに見送られ、ゴンドラが緩やかに滑り出した。
「病院までは、どのくらいかかるの?」
「そうですね、30分くらいでしょうか」
「だな。このスピードじゃあね~」
歩くよりも遅いゴンドラの進みに、ルーファスはうんざりした顔を露骨に出していた。しかし今のキュッリッキの体調を考えれば、このくらいがちょうどいいのかもしれなかった。
「お花、萎れる前に到着すればいいな」
キュッリッキが手にしているのは、青紫色と白色のバラだった。ベルトルド邸の庭に咲いているバラだ。
数は少ないが、大きく綺麗なものを庭師に選んでもらって花束にした。最近フェンリルが全幅の信頼を置いているという、初老の男でカープロという。「何故庭師に信頼を?」とキュッリッキが尋ねると、秘密なのだそうだ。
ベルトルドが好きな花なら、病室に飾ってあげると喜ぶだろうとキュッリッキは思った。
ふと顔をあげて、街の風景を物珍しく眺める。
夏の空は真っ青で、白く柔らかな光を反射する城壁に照らされた街は、幻想的な淡い光に包まれている。温度管理もされているらしく、あまり蒸し暑くもなく、からりと乾いた過ごしやすい気温になっていた。
ゴンドラは病院へのルートをとっていたので、屋敷街のあたりは通らなかった。行政や軍事施設のそばの通路を走っていたので、初めて見る立派な建物の数々にキュッリッキは目を輝かせた。
「ファニーやハドリーにも、見せてあげたいなあ」
一緒に遊びに来よう、と誘って話していたのは、つい数週間前のことだ。
あの、ナルバ山の遺跡の中で。
そういえば、2人とも無事だろうか。怪我はしなかっただろうか。2人のことをこれまですっぽり忘れていたことに、白状な自分の神経に思わず凹む。
「2人共無事だったのかな…」
「怪我もなく大丈夫ですよ。カーティスさんたちと一緒に、イララクスまで戻ってきましたから」
キュッリッキの呟きを受けて、メルヴィンが答えた。
「よかったの…」
「そうだ、お見舞いにきてもらったらどうでしょうか?」
その提案に、キュッリッキの顔がパッと明るくなる。
「うん。ベルトルドさんに聞いてみる」
ゴンドラが病院前のターミナルに着くと、待っていたヴィヒトリが出迎えてくれた。
用意されていた車椅子にキュッリッキを座らせて、ヴィヒトリの案内でベルトルドの病室へ向かう。
「ちょっと今日はタイミング悪かったかも。閣下熱を出しちゃって、今眠ってるはずだよ」
「え!」
前を歩くヴィヒトリに顔を向けると、キュッリッキは車椅子から身を乗り出した。
「大丈夫なの? 酷いの??」
「リッキーさん危ないから、ちゃんと座って」
前のめりに倒れそうになって、ルーファスが慌てて支える。
「キューリちゃん、病院で怪我したら洒落にならないから、とにかく落ち着いて」
後ろの3人の様子に気づいて、ヴィヒトリは歩みを止めた。
ルーファスの腕にしがみついて、キュッリッキが泣きそうな顔で見上げてくる。周りにいる病院のスタッフたちが、怪訝そうに4人を見ていた。
「疲れからくるものだから、心配ないよ。ただの過労だから」
ヴィヒトリはその場にしゃがみこむと、キュッリッキと目線を同じにする。
「運び込まれて数日遅れで発熱するとか、やっぱ中年になると、代謝のテンポが遅くなるんだよね~。あのヒト見てくれだけは若いから。なので、そんな泣きそうになるほどの心配事じゃないよ。判った?」
嫌味を交えてにこにこと言われ、さすがにキュッリッキの顔が引きつった。ルーファスとメルヴィンが、大笑いしたいのを必死で堪えている。
陰で散々言われ放題のベルトルドに、妙に同情心が掻き立てられてしまった。
嫌味はともかく、ヴィヒトリがそう言うのならたぶん大丈夫なのだろう。
要人などの入院患者病棟に入り、最奥のベルトルドの病室に着いてセヴェリに出迎えられた。
車椅子に座り、バラの花束を胸に押し抱くキュッリッキを見て、セヴェリは僅かに眉を上げる。
「お嬢様のお顔色が、少々悪いように見えますが…」
「久しぶりの外出で疲れてるだけだから、大丈夫だよ。お見舞いが済んだらボクの診察室で、少し休んでいくといい」
そう言いおいて、ヴィヒトリは病室を出て行った。
広い病室の中央に置かれた大きなベッドに、ベルトルドは寝ていた。
「ベルトルドさん…」
キュッリッキはか細い声で、小さく呟く。ベッドの傍らに車椅子をつけてもらった。
熱のためか、白い頬が僅かに赤みを帯びている。薬が効いているようで、呼吸は安定していた。傲岸不遜でやんちゃな表情も、今はすっかり鳴りを潜め、美しい顔立ちの青年が寝ているだけだ。
点滴を受けている左腕はシーツの外に出されていて、いつも優しく頭を撫でてくれる大きな手は、力なくベッドに置かれていた。
キュッリッキは恐る恐る、その手にそっと自分の手をのせる。萎えて動きの鈍い右手も、苦労して持ち上げ甲に重ねた。
いつもよりずっと熱い手をしている。力強さもまるで感じられない。
こうして見舞いにきたと判れば、満面に笑みを浮かべてベッドから飛び上がって出迎えてくれそうなのに、今はぐっすりと眠っている。
(アタシのせいだ…)
毎日毎日夜中に泣き喚いて、そのせいでベルトルドもアルカネットも起きてしまう。そして「気にするな」「我慢しなくていい」そう言って逆に慰めてくれる。
作り物じゃない、心からの優しい笑顔を向けてくれるのだ。
このまま体調を崩して、余計悪くなったりしたらどうしよう。そう考えると、急に不安が全身を駆け抜けて、足元からジワジワと冷たいものが這い上がってきた。
(どうしよう…、ベルトルドさん死んじゃったらどうしよう…)
愛していると、初めてそう言ってくれた人だ。こんな自分を、大好きだと言ってくれた。それなのに、自分はベルトルドをこんな風にしてしまったのだ。
失うかもしれないという心細さに包まれ、キュッリッキはしゃくりあげ、ぽろぽろと涙を流して泣き出してしまった。
黙って後ろに控えていたメルヴィンとルーファスは、目の前でいきなり泣き出したキュッリッキに、ぎょっとして身を乗り出す。
「ど、どうしたのキューリちゃん!?」
「リッキーさん?」
2人は傍らにしゃがみこんで、オロオロと慰めにかかる。でも慰められると余計に悲しくなり、暫くキュッリッキは泣きじゃくっていた。
セヴェリは3人の様子を、離れたところで微笑ましそうに見ていた。
それはまるで、父親の見舞いに訪れた娘が心配のあまり泣き出して、年の離れた兄たちに慰められているかのようだ。
ベルトルド邸で働く使用人の殆どが、キュッリッキはベルトルドの娘だと信じて疑っていない。実際ベルトルドの女性遍歴は盛んで、どこかで子供が出来ていてもおかしくなかったからだ。
セヴェリとハウスキーパーのリトヴァだけは、2人に血のつながりがないことは判っているが、たとえ父娘であっても構わないとも思っていた。
いつまででも泣いていられそうだったが、身体のほうがその欲求に応えられず、キュッリッキは泣き疲れてくたりと眠ってしまった。
「泣くほど心配だったのね、キューリちゃん…」
頭をカシカシと掻きながら、ルーファスはふうっと息を吐いた。年齢に関係なく、泣いてる女の子は苦手なのだ。それはメルヴィンも同じで、どうすれば泣き止むのか、内心ハラハラしていた。戦場を走るよりも緊張してしまう。
「ヴィヒトリ先生のところへ行きましょうか」
キュッリッキを車椅子から抱き上げると、メルヴィンはセヴェリに目礼した。
「旦那様には、あとでお伝えしておきます」
「お願いします」
キュッリッキの泣き声にも目を覚まさないほどぐっすりと眠るベルトルドの顔を一瞥し、ルーファスはメルヴィンのあとを追って病室を出た。
* * *
邸の主であるベルトルドは入院中、もう一人の主人であり執事でもあるアルカネットは日中は軍に出仕していて留守。そして執事代理をしているセヴェリは、ベルトルドに付き添って病院で寝泊り。
かくして邸の全てを一手に仕切っているリトヴァは、帰宅したアルカネットにその日の報告をするのが日課に加わっていた。
報告は出迎えた玄関から、アルカネットの部屋まで歩きながら行われた。
一連の業務連絡から始まり、いくつかの指示のやり取り、朝食の献立などの打ち合わせを経て、キュッリッキの外出の話になるとアルカネットの表情が一変した。
「リッキーさんが見舞いへ…?」
驚いたように目を見張るアルカネットに、リトヴァはにこやかに答える。
「ずっと旦那様を心配しておられましたから、主治医のヴィヒトリ様のご許可を得ての外出でございました。久しぶりの外出でお疲れになり、今はもう、おやすみになっておられます」
全ての報告を終えて、リトヴァは軽く会釈をした。アルカネットは難しい表情をして、リトヴァから視線を外らせる。
「まだ回復していない身体で、病院まで出かけたのですか…」
あまり表情を崩さないアルカネットにしては珍しく、眉間に鋭くシワを寄せて顎を引いた。
「判りました。お下がりなさい」
一礼すると、リトヴァは速やかに部屋を辞していった。
アルカネットの部屋はベルトルドの部屋の隣にある。キュッリッキが来てからは、着替えと風呂でしか使っていない。仕事を持ち帰った時は、ベルトルドの部屋か書斎を使っている。
青い天鵞絨張りの長椅子に黒い手袋を脱ぎ捨て、襟元のスカーフを緩める。
「いくら包帯が取れたといっても、まだまだ安静にしていなくてはならないのに。ベルトルド様の見舞いごときで、悪化でもしたら洒落になりません」
何とも言えない、ざわざわとしたものが心の中を席巻していく。苛立ちを覚え、マントを乱暴に脱ぎ捨てた。
怪我は完治しておらず、体力だって回復していない。気力もだいぶ萎えていて、出会った頃の元気さはなりを潜めている。
「毎日そばにいるので判りますが、他人を気遣い見舞うことのできる身体ではないのです。それなのに…」
主治医のヴィヒトリが許可を出したのなら、外出が出来るくらいには治っているのだろうが、無理をさせるにはまだ早い。
それを思うと苛立ちが激しくなり、温和な表情は完全に掻き消え、険しさが際立つ。
拳で激しく長椅子のヘリを叩きつけ、唾を吐き捨てた。
食事と入浴をすませてから、キュッリッキの部屋に入る。部屋の中は薄暗く、ベッドサイドのテーブルに置かれたランプが、ほんのりと点いているだけだった。
「アルカネットさん?」
ベッドから小さく声がかけられた。その声に、アルカネットは表情を和ませる。
「ただいま、リッキーさん。眠っていなかったのですね」
優しい笑みを浮かべながら、アルカネットはベッドに腰を下ろして、キュッリッキの額へキスをする。
「さっき目が覚めちゃったの」
そうですか、と呟いて、キュッリッキの頭を優しく撫でた。
「無理に寝ようとしなくていいのですよ。無理をすれば、かえってストレスになってよくありませんから」
「うん。でもちゃんと寝ないと、朝起きれなかったらみんなに心配かけちゃうし」
キュッリッキは僅かに首をすくめて苦笑する。
「アルカネットさんのお見送りも出来なくなっちゃう」
その言葉に、アルカネットはより一層笑みを深めて、キュッリッキの左手をとった。
「お気持ちだけで充分ですよ。ありがとうございます」
アルカネットの微笑につられるように、キュッリッキも微笑み返した。
「いつものお茶を用意しますね」
アルカネットは立ち上がると、フェンリルの寝ている長椅子のそばのテーブルに行って、小さなガラス瓶を手にとった。
「今日はベルトルド様のお見舞いのために、外へ出られたのでしょう。きっと、まだその時の疲れや興奮が、落ち着いていないのでしょうね」
「そうかもしれない…のかな」
自分では歩いたりしていないのになあ、とぽつりと呟く。メルヴィンが抱き抱えてくれたり、ゴンドラや車椅子で移動しただけだ。それを思い出すと、胸がちょっとドキッとした。
ベルトルドの病室では思わず泣いてしまって、そのあとのことは覚えていない。気がついたら、帰りのゴンドラの中だった。
たったそれだけのことで、こんなにも疲れてしまうことに気落ちする。怪我をしてから随分と体力がなくなり弱くなった。そんな自身に情けなさを感じてがっかりだ。
これまでずっと一人で生きてきた。だから弱気になってはいけない、不健康じゃ働けない、頼るより自分でなんとかする。それが信条だ。
なのに今はどうだろう。たくさんの人々に支えられ、優しくされて、甘えきった生活をしている。昔ハドリーが読んでくれた物語の中に出てくる、お姫様のような暮らしをしているのだ。
たくさん甘えていいと言ってくれる大人たちがいる。このように恵まれすぎる環境が、自分を弱くしてしまっているのだろうか。
「これを飲めば、自然と眠くなるでしょう」
思考を停止して、天蓋に向けていた視線をアルカネットに戻す。
温かな湯気をくゆらせるティーカップを持って、アルカネットはベッドに座った。
キュッリッキはゆっくりと上半身を起こすと、アルカネットの手に支えられながら枕にもたれた。
受け取ったカップは、透明なガラスのシンプルなもので、黄緑色の透明なお茶が入っている。レモンのような香りが、ふわりと湯気に混じっていた。
口に含むとミントのような爽やかさが鼻腔を突き抜けていき、ほんのりとした甘味と、レモンのような香りが口に優しい。
「美味しい」
「飲みやすくて気分も良いでしょう。疲れているときは、これが一番です」
にこりとアルカネットは笑う。
「気に病むことが、一番身体に障ります。無理をせず、治るに任せていればいいのですよ」
アルカネットは無理強いしてこない。キュッリッキの嫌がることも、苦手なことも強制してこない。どこまでも優しい。
優しくされることに慣れていないキュッリッキは、最初の頃はそれがとてもこそばゆくて、戸惑うことのほうが多かった。しかし今は、少しずつ素直に受け入れられるようになってきている。
ベルトルドと同じように、アルカネットのことも大好きだ。
カップの中身を空にすると、ぼんやりとしたような眠気が、少しずつ身体を支配していった。落としそうになったカップを、アルカネットは素早く受け取った。そしてサイドテーブルにカップを置くと、瞼を閉じかかるキュッリッキをそっと寝かせ直してやった。
完全にキュッリッキが眠ってしまうと、アルカネットは立ち上がり、ガウンを脱いでベッドに入った。
* * *
「だから! なんで!! 俺を起こさなかった!!!」
仰向けに寝たままの姿勢で、拳をベッドにボスボスっと叩きつける。その様子に顔色一つかえず、セヴェリは深く頭を下げた。
「リッキーがわざわざ俺のために見舞いにきてくれていたというのに、話も出来なかったとは。労ってやれなかったし、可哀想なことをした」
「とは言いましても、熱を出されていたんですから、しょうがないじゃありませんか」
ヴィヒトリが肩をすくめながらツッコむ。熱を出すほうが悪い、と言外に露骨に漂わせながら。
すまし顔のセヴェリと、呆れ顔のヴィヒトリを交互にみやり、ベルトルドは憤然と鼻息を吹き出した。
さきほど目を覚まし、キュッリッキが回復もまだの身体をおしてまで健気に見舞いに訪れていた事実を聞かされて、たいそうご立腹状態だった。
いくら熱を出していたとはいえ、誰も起こしてくれなかった。当然のこととはいえ、そのことで機嫌を損ねている。拗ねまくりだ。
あまりの剣幕に、部屋付きの看護師が恐れおののいて、帰ろうとしていたヴィヒトリに泣きついてきた有様である。
今は離れ離れで会えない身――たった1週間だが――積もる話もあるし、とにかく会いたい。抱きしめてやりたい、頬ずりしたい。ああしたいこうしたいと、底の見えないほどの欲求で、ベルトルドは頭がどうにかなりそうだった。
無理をしてまで会いに来たということは、キュッリッキの頭の中は自分のことでいっぱい。いっときでも離れ離れになっていることに、耐えられないほど寂しがっているのだ。
キュッリッキの愛は、もう自分にしか向いていない!
(うむ、絶対そうにチガイナイ! 俺を案じ、俺を求め、俺が欲しくて濡らしているだろう!!)
ベルトルドは拳をグッと握り締め、天井をキリッと睨んだ。
(あの桜貝色の可憐な唇を、息が苦しくなるほど貪り、甘く甘く慰めてやりたい。ああ…早く、早く帰りたいぞっ)
ヴィヒトリは眼鏡をクイッと押し上げ、トリップしているベルトルドをじとーっと見つめた。
(絶対、よからぬ妄想に浸ってるんだろうなあ…。十中八九、キュッリッキちゃんオカズにされてる)
大当たりだ。
「ああ、それとだな、この鬱陶しいまでの花を撤去しろ。ただし、リッキーの持ってきたバラだけは、残しておけよ」
突如セヴェリに顔を向けて、ベルトルドは手をパタパタとさせた。
今すぐ切花店が開けるだけの、大量の花々に埋もれた部屋を嫌そうに一瞥して、ベルトルドは眉を顰めた。花の色々な香りがむせ返りすぎて、逆に気分が悪い。
毎日どこぞの貴婦人やら政治家やら商人からと、届けられる見舞いの花々である。
ベルトルドが入院した日と翌日は、ハーメンリンナの花屋すべての切花が売り切れるという事態だった。ハーメンリンナの数件の花屋だけでは足らず、イララクス中の花屋から花が消えた日でもある。
皇都中の花がこの一室に集まっている状態なのだから、それは凄まじいほどの花の匂いだろう。入りきらなかった花もある。
セヴェリもこれにはさすがに辟易していたので、快く応じてさっそく作業に取り掛かった。
キュッリッキが持ってきたバラの花を見て、ベルトルドの表情が自然と和んだ。
無理をしてまで自分に会いに来たキュッリッキの真心を思うと、寝ていたことが心底悔やまれてならない。
(今頃どうしているだろうか。もう寝ているか、それともまだ起きているかな)
日中たっぷりと睡眠をとったせいで、目が冴え渡っているベルトルドだった。
* * *
肘枕をしてキュッリッキのほうへ身体を向け横になっているアルカネットは、緩慢な動作で、そっと彼女の頭を何度も何度も撫でていた。
(愛おしくて、仕方がありません)
だが、それ以上に心は苛立っていた。
ベルトルドの見舞いへ出かけたことを、アルカネットは快く思っていない。見舞いなどと大げさなことをしなくても、あと数日で戻ってくる。
(今はここにいないベルトルドなど気にせず、こうしてそばにいる私のことだけを見ていればいいものを)
キュッリッキに裏切られたような気分にずっと苛まれていた。胸のあたりがザワザワして落ち着かない。
頭を撫でる手は顔に移り、線の細い輪郭をなぞるようにして、頬をそっと指で掬うように触れる。
肉付きは薄いが、柔らかな感触だった。そして、薄い下唇を指先でなぞる。
(本当に、よく似ている)
キュッリッキを見つめる瞳に、急に寂寥感が漂い始めた。
(髪の色も、顔立ちも、華奢な身体も。違うのは、瞳の色だけ)
アルカネットは身体を起こすと、キュッリッキの上に被さった。
(誰にも渡さない、汚させない――ベルトルドにも)
アルカネットは表情を険しくさせると、感情の全てをぶつけるようにキュッリッキの唇を貪った。舌を無理やりねじ込むが、キュッリッキの舌は絡んでこなかった。
さきほど飲ませたお茶は、強力な睡眠薬だ。茶葉自体に睡眠作用の成分が含まれていて、市場には出回っていない品種改良で開発されたものだ。
心を開かせたあの日から、キュッリッキは夜になると過去の記憶や辛い思い出を夢にみて、荒れる日々が続いた。そのことで精神的に疲れきっている。
睡眠薬を飲ませてゆっくりと休ませるべきだと主張するが、薬漬けに反対するベルトルドとは口論が絶えない。
「心に溜まり続けているものを吐き出させ、過去を受け入れていくしかないんだよ。封じ込め続けていれば、いつかリッキーは壊れてしまう」
ベルトルドはそう言うが、彼女の過去はあまりにも辛い。
もっともっと時間をかけて、ゆっくりと向き合えばいいのだ。怪我を治し、身体が回復したあとでも遅くはない。
それなのに荒療治をさせ続けた結果が、体力や気力の回復に歯止めをかけている。
ベルトルドが入院した日から、アルカネットは睡眠薬のお茶を飲ませ続けていた。キュッリッキはそれ自体が睡眠薬だとは知りもせず、毎晩飲んでいる。
今も薬の効果で眠りは深い。
アルカネットはそっと唇を離すと、上体を起こして馬乗りの姿勢になり、キュッリッキの寝間着の胸元のボタンを、ゆっくりと外し始めた。
両手で胸元を大きくはだけると、ほっそりした裸身が露わになる。
視線がすぐに吸い付いたのは、右肩から乳房の上まで無惨に残る傷痕だった。白い肌の中で、一際傷痕が目立つ。
ヴィヒトリともうひとりの医師によって処置された傷は、数ヶ月もすれば目立たなくなってくるだろうとのことだった。
見ているだけでも痛々しいその傷痕に、そっと指先で触れる。痛みはもう感じないのだろうか。それとも、まだ痛いのだろうか。
上体をかがめると、唇で傷痕に触れた。そして肩から乳房に向けて、舌先で傷痕をたどる。一旦動きを止め、膨らみの小さな乳房を掌で優しく愛撫し、再び舌を這わせた。
キュッリッキの身体から、ほんのりと甘い香りが立ちのぼる。香水などの香りではない、彼女自身が放つ匂いだ。
「こんなにも、優しく、甘やかな香りがするのですか…」
アルカネットはうっとりと呟くと、ふいに抑え込めないほどの激しい衝動が、腹の底からこみ上げてきた。
「あなたは、私だけを見ていればいいのです。心も、身体も、何もかも全て私のものなのですから」
それなのに、無理をしてベルトルドの見舞いに行った。許しがたい裏切りだ。
「お仕置きせねば、なりませんね…」
アルカネットは自身の上着のボタンを、もどかしげに荒々しく外す。そしてキュッリッキの寝間着の裾を、乱暴にたくしあげた。
ほっそりとした足があらわになり、ふくらはぎから太ももへと手を滑らせ、下着に手をかけた。その時、
「ぐっ!」
突如凄まじい激痛が頭に走り、アルカネットは額に手を当て呻き声をもらした。
(そこまでにしておけ、アルカネット!!)
ずしりと重く、脳裏に怒号が響く。苛烈なまでのその声に、アルカネットは口の端を軽く釣り上げ苦笑いする。
(………何故こんな時間に、あなたが起きているのですか)
(フンッ! 昼間寝すぎて眠れないだけだ)
病院にいるベルトルドの、超能力による遠隔攻撃だ。無防備なところへの直撃である。そこへ追い打ちをかけるように、更に強く念話が叩き込まれ、あまりの痛みで額に汗がにじんだ。
普段温和な顔は苦悶で歪みながらも、皮肉な笑みを口の端にのせた。
(覗きとは趣味が悪いですね。いいところなんですから、邪魔しないでくださいな)
(戯言を言うな! 間一髪で阻止できて俺は安堵しているんだぞ)
本当に眠れず暇を持て余していたベルトルドは、キュッリッキの様子を伺おうと自分の邸を透視していて、思わぬ現場を目撃してのことだった。
何も考えず、咄嗟に出た行動である。手加減は一切していない。直撃したアルカネットはさぞ痛いだろうと思うが、今回のことは許せる範囲を超えている。
(リッキーの衣服を整えてさっさと寝ろ! この強姦魔)
(愛し合っていただけです。強姦などと、人聞きの悪い)
不愉快そうに応じられ、ベルトルドは眉をしかめて念話の声を強めた。
(薬で眠らせておいて、好き勝手しているそれのドコが愛し合っているんだ馬鹿者!)
二度目の念動力攻撃が飛んできたが、これには防御魔法で対処して喰らわなかった。不意打ちじゃなければ、全て防御することは可能だ。
攻撃を防がれたことに、ベルトルドは忌々しげに舌打ちする。
2人が思念での攻防を巡らせていることにも気づかず、キュッリッキはよく眠っていた。その寝顔を見つめ、やがてアルカネットは小さくため息をついた。
このまま続けても、邪魔が入り続けるだけだろう。邸ごと吹っ飛ばしかねない。
横槍が入ってすっかり気が殺がれてしまったアルカネットは、キュッリッキの寝間着のボタンをかけなおし、自らの上着のボタンもかけ直した。
(あなたの邪魔が入ったことですし、もう寝ます。あなたもさっさと寝なさい)
(お前が寝るまでずっと監視しててやる)
(お好きにどうぞ。ああ…)
アルカネットはもう一度キュッリッキに被さると、透視しているベルトルドに見せつるように唇を重ねた。
脳裏にけたたましく怒号が飛ぶが、完璧に無視をする。
充分堪能したあと唇を離し、キュッリッキにぴったりと身を寄せて、横になり目を閉じた。
(ではおやすみなさい)
(………)
ベルトルドは拳を固く握り、ギリギリと歯ぎしりをした。
(俺のリッキーにどこまでもお前はああ!!)
しかしこの絶叫は、精神防御をしたアルカネットの耳には届いていなかった。
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