前世でわたしの夫だったという人が現れました

第２話 アンリ様と、二人きり。の前に エリーズ視点

「エリーズ、報告が上がったぞ」

　ディミトリ様の誕生日パーティーが予想外の形で終わってから、６日後。アンリ様とふたりで過ごす、その１回目が行われる前日の夜のことでした。執務室に入ると、お父様が全３枚で構成された書類を見せてくださりました。

「アンリ殿――ダツレットス子爵家を調べてみたところ、あちらに『前世は恋人だった』と嘘をつくメリットは見当たらなかったのだ。ディミトリ殿が仰られていたように、他意があってのものではない、という可能性が客観的に見ても非常に高い」

　――前世の記憶が蘇ったなんて話は、これまで聞いたことがない――。

　――念のため探りを入れてみよう――。

　パーティーから戻ったあと一部始終を伝えると、お父様はすぐ動いてくださった。わたしが何かしらに利用されているのではないかと心配してくださり、調査が行われていたのです。

「……そう、なのですね……」
「むしろ、アンリ殿は――ダツレットス家は、ウチと関係性を作ってもほぼプラスにはならないはず。しかもあのような場であのように訴えたら、周囲の評判も悪くなってしまうのだからな。マイナスの方が多く、個人的には嘘を吐いていないと考えているよ」

　ダツレットス家は林檎と林檎を用いた加工品の生産元として有名で、我が家のどこにも目当てになりそうなものはありません。加えて仰られているように、今回の件でアンリ様に苦言を呈されている方がすでにいらっしゃりました。
　それらの点を考えると、やはり、そうなります。

「……前世で夫婦だった、しかも来世での関係を約束し合った仲、か。頭が痛くなる問題だな」

　お父様はため息をついたあとわたしの頭に手を乗せ、優しく撫でてくださりました。

　過去の約束を取るべきか。
　今の約束を取るべきか。

　必ずどちらかを選ばなくてはならず、記憶が戻っても戻らなくっても、人生最大の決断をくだすことになるでしょう。
　そんな状況に直面しているわたしの心を慮ってくださり、案じてくださりました。

「エリーズ。空の上に居るロールの分まで、私が相談に乗ると約束する。何かあったら何でも言っておくれ」
「はい。ありがとうございます、お父様」
「ディミトリ殿だけではなくサンフォエル卿も背中を押してくださっているし、私自身も出来る限りのバックアップを行うつもりだ。家や周りのことは、考えなくていい。自分の心に正直になるのだぞ？」
「分かりました。そう、させていただきます」

　目の前と、反対の北方向に向かって深々とお辞儀を行う。お父様とディミトリ様達に感謝を伝えたあとわたしは自室へと戻り、あれこれ考え、そうしていると夜が更けたため眠りに入ります。
　そうして今日という日が終わって、やがて明日という日が始まって――