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2巻
2-1
しおりを挟む大国ラジャラウトスに留学していた第二王女が、小国バスチアに帰還してから数日後の事。
一人の人物が、ひそやかに闇色の街の中を歩いていた。
不意に揺らいだ空間を見やり、そっとそちらへ足を運んだ。そこに現れたのは一軒の家で、はがれかかった看板が医院の類である事を示している。
軽く扉を叩くと、応えの声を待たず、静かな足取りで中に滑り込む。
顔中に入れ墨を刻んだ青年が囲炉裏端に座り込み、火を囲っていた。その青年が音のした方に目をやり、ああと悲しげな表情を作る。
「おやおや、その体はぼろぼろだね」
知っていた。この腐っていくような体は、もう長くは持ちこたえられないだろう。
そういう荒業をやり続けているという、自覚はあった。
手足など、最盛期の六割も動かない。すべては咒のせいだ。
遅効性の猛毒のように体を侵食していく咒。息もひどく臭うようになってきた。
このままでは、近いうちに体は動く事を止める。そんな予感があった。
ずっと、世界を呪って生きてきた。なぜ自分だけ、と呪って生きてきた。
運命に支配され、自分の意思とは別の物によって進んできたこの人生。
そんな人生が悪くないなどと、冗談でも言えやしない。
「もう、限界が近いよ」
医者が言う。付き合いの長い、なじみの闇医者。頭のおかしい治療ばかりしてきた結果、医療院を追い出され、医師の資格を剥奪されたやつだ。
しかし腕は尋常ではない。神業と言ってもいい腕を持ち、見立ても確かだった。
まあ、病状を遠回しに言う事もあるが、今の自分には率直な事しか言わない。それだけ猶予がないのだろう。それは十分に知っている。
「その体、長く見積って一年。どうするのさ。その咒に満ちた体と同じだけの体を見つけられないのは知っているでしょう?」
そう宣告する相手を、軽く睨みつける。そんなものどうだっていいのだ。
まだ、世界を呪い足りない。まだまだ呪いたいのだ。この運命を。
それに似た事を伝えれば、医者は溜息を吐く。
「君がそう言うならいいけれどね? 気を付けな、猟犬どもが嗅ぎ回っている。僕もそろそろ移動だね」
「お得意の神霊を使ってか?」
「まあ、ね。この国じゃ違法だけれど、僕が百の蟲を共食いさせて、命を懸けて生み出したこの子は一流。なんだってできるよ。呪うのも殺すのも、『生かす』のだって一流さ。僕の最高の相棒だよ」
手元の濁った色をした物体――神霊に唇を落として、医者が言う。
「ねえ、僕の患者」
目の前の医者は、滅多な事では相手の名前を呼ばない。名前など医者にとってはどうでもいいらしい。ただ、自分の患者と認識して治療するだけだ。
「君のそれは、完全になったら手に負えない。もうすでに、手に負えないほど膨れ上がっている。僕のこの子にだって抑え込めない」
その医者の言葉には、何も返さない。そんな事実は十分にわかっているのだ。それでも医者が言葉を続けるのは、医者としての責務だろう。
「それがどういう意味か、君はもうわかっているでしょう?」
「ええ」
「……本当に?」
「ええ、わかっています」
そう言い切れば、医者は少しばかり悲しげな目をして、こう言った。
「君の事を思ってくれてる人たちを、軒並み殺していくだろうね、それは」
それが一体なんだと言うのだろうか。
自分が呪い続けた世界に生きている相手など、自分は何とも思わないのに。
そんな表情を浮かべれば、医者はどうしようもない患者を診る時のような笑顔になった。
「君は本当に可哀想」
「同情なんて吐き気がする」
そう吐き捨てれば、そっか、と医者が笑う。そして思い出したように言い始める。
「先日僕の方にも、猟犬どもが来てね。どうも最近、殺しを専門にする咒屋がいるらしい」
「咒は元々、殺すための手段だろ?」
「そうとも言うね。僕みたいに癒しのために自分の体を食わせているやつなんて例外。やつら、僕が殺しに走ったと思ったらしくてね……ちょっと脅して遠ざけた。尻尾はつかませていないし、隠れ場所も多少変えたしね。まあしばらくは静かだろうよ」
そろそろ移動すると言っておきながら、実はもう移動していたのか。医者の言葉は時折こちらの理解力を試すようなものになる。
「多分あれだね、ラジャラウトスの誇る大鉱山に、おっかないものが出たからだろうね。あれは蠱毒によって生まれた神霊の可能性が高い。このバスチアの第二王女がそれをやっつけたとか。彼女がやっつけなかったらその咒屋は怪物を手に入れていたかもしれない」
医者はそう言って、ころころと笑った。
「さあ、飲み薬を出してあげる。息はそれで誤魔化せるよ」
用意された丸薬はあまりにも少ない。そして提示されたのは冗談のような高額である。
分割払いは危険が伴うので、一括で支払う。足がつく事を実は恐れている。
「お金持ちっていいよね」
きらきらと輝き、両手で掬えるほどある金貨の革袋に手を突っ込み、音を楽しむ医者。
その非正規の医療院を出ると、途端に道が消える。なるほど、あの神霊に結界でも作らせたのだろう。
空を見上げる。
ああ、まばゆいほどの満月が二つ。星空は銀をばらまいたよう。
そういう夜は顔が見えやすい。注意深くフードを被り、人に気付かれないように、そっと歩き出した。
* * *
「あー、どうしよ」
あたしはそんな言葉を口に出した。敷物に散らばる古代文字の書物のそばで、だらしなく寝転がりつつ、今までの事を心の中で整理する。現実逃避だ、でも仕方がない。
あたしは大好きだった乙女ゲーム【スティルの花冠】の世界に生まれ変わってしまった。それもヒロインの王女ではなく、どのルートを辿っても破滅しかない悪役――ヒロインの妹バーティミウスに生まれ変わったわけだ。
それを思い出したのは王道ルートの一番初めのイベント、つまりあたしがオークに襲われて殺されるという出来事のさなか。
しかしあたしがそこで殺されていれば、こうしてどうしようなんて言っていないわけで。そう、あたしは助かったのだ。ゲームには存在すらしなかった大男、イリアスさんの登場によって。
そしてヒロインの上にシャンデリアが落ちそうになったり、蠱毒と呼ばれる禁術を使った疑いで牢屋に入れられたりとすったもんだあって、最終的に隣国ラジャラウトスまで攫われたわけだ。
ラジャラウトス屈指の鉱山である大鉱山に、恐ろしい化け物がいて、それを倒すための鍵を皇太子のエンデール様が探していた。彼は、あたしのような古代文字が読める人間を必要としていたのだ。
エンデール様たちと一緒に大鉱山まで行ったあたしは、イリアスさんの協力により化け物を退治する事に成功したわ。それが終わってから故郷バスチアに戻ったのだけれど、ここからが問題で。
エンデール様からの求婚の使者が来て、もう十日も経っているのよ。
お城の中は、その噂で持ち切りだ。ちょっと聞く限り、国中に広まっているとかなんとか。
あたしは情報伝達の速さに、かなりびっくりしている。
バスチアは小国だけど、十日で国中を駆け巡る噂なんて前代未聞と言ってもいいはずだもの。
そりゃまあ、こんな醜い王女に求婚してきたのが王子様……それも大国の皇太子ってのが意外すぎるんでしょうけど。
エンデール様もなんでいきなり求婚してきたのかしら。
確かに『嫁のもらい手がなければ嫁に来い』って言われた時、あたしを待って彼自身の結婚を先延ばしにしないでくださいとは言ったわよ。
でもなんでこうなった。
そんな気分でいっぱいだし、宮廷内を歩けば人々がひそひそと何かしら言うのよ。別にひそひそやられるのは、大した事じゃないわ、気にならない。
でもね。
「あんな姫が求婚されるなんて……」
「黒魔術でも使ったんじゃないか?」
「それとも蠱毒をこっそり……」
そんな事ばっかり聞こえてきたら、げんなりするし嫌にもなるわ。
さっさと破談なりなんなりさせてもらって、使者であるロットーさんにはエンデール様のところに帰ってほしい。それがあたしの本音だわ。
でもお父様は今回の話を、ものすごく慎重に扱っている。だから、あたしはうかつに動けない。
世間知らずのお姫様が、外交上のなんやかんやをぶち壊すわけにもいかないのよ。
王位継承権が八番目のあたしに、お父様は帝王学を習わせなかったし。
もちろん、第一王位継承者はお姉様よ。
基本的に、当代国王の血を優先するバスチアで、お兄様が死んだ後の王位継承者はお姉様。
続いて叔父様二人。次が従兄たち三人。さらに従弟が一人。そしてあたしという順番だ。あたしの順位が低いのは、男児が優先されるから。直系の長子であるお姉様が第一位になったのは割と最近の事だ。確か八年くらい前だったような。
ここでお父様の庶子でも現れた日には、王位継承順がひっくり返るのは間違いなし。当代の王様の血、そして男児を優先するという慣習は、そういう意味では不安定。
まあそれはさておいて。
あたしは今日もどう時間を潰すかを考えているわけ。
外に出ればいろいろ言われて不愉快だわ。かといって、部屋にこもっているのも飽きた。
「イリアスは非番にしてあげたし……」
あたしは珍しく隣にいない相手の事を呟く。
バスチアに戻ってから今まで、ろくな休日をあげられなかった。あたしなんかに仕えている物好きなイリアスさんに、今日は休みをあげたのだ。
いいんですか、と不思議がる彼に、もちろん、なんて返したわ。
ラジャラウトスで再会してからずっと、あたしの脇で周りに目を光らせていてくれたから、ちょっとくらい休ませてあげたいなって思って。
たまには街に出てやりたい事をしたら? なんて言って、部屋から追い出したのよね。
「さてどうしようか……」
あたしは伸びをして、そういえばもうお昼を過ぎていたわね、と思い出す。お昼ご飯も食べた事だし、ここにある古文書は皆読んでしまったし、やる事がない。
「あーあ」
あたしは立ち上がって欠伸をしつつ、窓を開けた。目に飛び込んできたのは、何かの催し物が終わって、片付けが始まっている光景だった。
「ねえ、今日は何かあったのかしら」
「バスチアが誇る武術大会がありましたよ」
ふくよかな女官のシャーラさんが、あたしにそう答えてくれた。
「そうなの?」
「はい。だからヴァネッサが半日お休みが欲しいと駄々をこねたのでしょう」
「そうだったの」
あたしは弾むように元気な、新米女官のヴァネッサを思い浮かべた。確かにそういうものが好きそうな子だったわね。
「残念だわ、私も見てみたかった」
「来年もありますよ」
シャーラさんがそう慰めてくれた時だ。
だんだん、と扉が少し強めに叩かれた。誰かしら。疑問に思ったあたしが声をかけようとしたら、先に声が聞こえてきた。
「俺だ、アリア」
え……なんで?
思わず声がひっくり返りそうになったわ。だって。
「エンデール様!?」
そう、隣国にいるはずのエンデール様が、なんとあたしの部屋の前に来ているのだ! びっくりする以外どうしろと言うのか。
あたしは慌てて杖をひっつかみ、扉の方へ向かう。ゲームのバーティミウスは足が悪い設定で、現実でもそうなのだ。
扉を開けた途端に、エンデール様と正面から見つめ合う事になったわ。どこかで訓練でもしていたのか、汗の匂いが少しする。黒髪も少し濡れている。瞳は相変わらず猛禽のような金色をしているけれど、あたしを見る時は少し柔らかくなっているわね。
「なんでいるの」
「ここの武術大会は評判がいいからな、一度参加してみたいと親父にごねて来た。……中に入れろ、渡したいものがある」
なるほど、武術大会に参加したのね、納得だわ。あたしは頷いて部屋の中に入れた。シャーラさんがいるから、二人きりじゃないわけだしね。
中に入ったエンデール様は、床に散らばった書物を見て苦笑する。
「相変わらず、散らかしまくって読んでいるな、アリア」
「癖よ、癖。それで、渡したいものって何かしら?」
「これだ」
エンデール様が差し出してきたのは、勲章だった。
「は?」
「この国の風習で、武術大会で手に入れた勲章は惚れた女にやると聞いたからな。お前にくれてやる」
あたしの手の中に落とされた勲章には、『優勝者に与える』と書かれていた。
「あ、あなた優勝したの!?」
「お前の護衛の……イリアスと言ったか、あの男が持っていたバールを取り落としたからな。気に食わん、正々堂々と戦って勝ちたかった」
エンデール様はそう言うと、あたしの方をじっと見つめてきた。
「受け取るよな? アリア。それ以外は許さないぞ」
「……あたし、あなたの事友達だと思ってるんだけど」
「そのうちそれ以上になるつもりだ」
何がおかしいのか、口元に笑いを含ませるエンデール様。
「外野がうるさい、ここで少し匿ってくれ」
そう言って、あたしが散らかしたものを拾い始めた。
「何、外野って」
「優勝した途端に色目を使ってくる女どもだ。しつこくてかなわん。ここで休ませろ、とにかく恐ろしく疲れた」
エンデール様は乱暴な仕草で敷物の上に座り込み、深々と息を吐き出した。
「しょうがないわね。シャーラ、疲れがとれるお茶を用意してちょうだい」
「……かしこまりました」
シャーラさんは少し間を空けて返事をし、一礼して出ていった。あたしの身を案じたものの、王女直々の命令なのと、あたしに求愛してくるエンデール様がそこまで悪い人じゃないと判断したからだろう。
「膝を貸せ、アリア」
二人きりになった途端、エンデール様がそんな事をねだってきたわ。
「は? なんで」
「いいだろう、減るものでもなし」
「減らないけどね、普通はそんなの――」
「うるさい、貸さなかったら俺はお前を抱き枕にして昼寝をする」
あたしはこの人が有言実行なのをしっかりわかっていたから、しょうがなしに座って膝を叩いた。
「ほら、どうぞ」
「話が早くて結構だ」
エンデール様はものすごく嬉しそうな顔で、あたしの膝に頭をのせる。そして、そのまま本当に寝入ってしまった。
……ちょっと可愛いかもしれない、と思って彼の髪を撫でていた時だ。
「バーティミウス?」
不意に声が聞こえてきて、扉が開く。あたしの許可なく部屋に入れるのは、両親かお姉様くらい。そしてこの声は――
「え……」
乙女ゲームのヒロイン……金髪に緑の目をした超絶美少女が、あたしとエンデール様を見て固まる。一瞬唇を引き結んだかと思うと、扉を閉めてどこかへ走り去ってしまった。
……完全に誤解されたわね。後で誤解を解かなくちゃ。
エンデール様はしばらく昼寝をしたら、さっさと帰ってしまった。あなたは何がしたかったのか。あたしの硬い膝枕で眠るだなんて、変な人。
あたしは、その日の夜にクリスティアーナ姫の部屋を訪ねた。
「お姉様、あの、誤解を解こうと思って」
開口一番、あたしは彼女にそう言った。すると儚げな表情で問い返してくる。
「誤解って何? あなたとエンデール様は恋人同士じゃないの?」
「もちろん!」
あたしは断言した。だってあたしたちは恋人なんてものじゃないのだから。
「じゃあ……私が彼と結ばれる事に、協力してくれるの?」
クリスティアーナ姫はエンデール様が好きなのだ。
ヒロインのまっすぐな瞳に、あたしは頷いた。
「お父様に逆らわない事ならば、協力しますわ」
裏を返せば、お父様に結婚しろと言われたら結婚する。あたしはそう言っていた。
次の日。部屋で本を読んでいたら、お父様からお呼びがかかった。クリスティアーナ姫も呼ばれているらしい。
「何かしらね」
「婚約の話ではないですかね」
イリアスさんが脇で呟く。そうよね、あたしまで呼び出すような話って、それしかないものね。
あたしは杖を引き寄せた。男物のような杖だけれど、これはドワーフたちからの心のこもった贈り物。使い勝手が抜群にいいから、誰も文句が言えない逸品だ。
杖を片手に立ち上がり、優雅に見えるよう背筋を伸ばして歩く。背中を丸めていたら、みっともないじゃない?
その後をのそのそとついてくるイリアスさん。靴音も間延びしているけど、その音を聞くと、背筋は勝手に伸びるわね、イリアスさんの前でみっともなくなれないから。
「遅れて申し訳ありません」
国王の私室に入ると、お父様とお母様、クリスティアーナ姫がすでに待っていた。
遅れを詫びたら、構わない、とお父様に手を振られる。
「此度のバーティミウスに対する結婚の申し込みについてだが――」
来たか。あたしは身構えた。議会にもこの問題をかけていたようだけど、ついに結論が出たのね。
さあ、どう来る。
「バーティミウス」
クリスティアーナ姫が震えた声で呟き、あたしの手をつかんできた。
「大丈夫ですよ」
何が大丈夫だ、保証もできやしないのに。そんな事を思いつつ、あたしはお父様の言葉に耳を傾けた。
「バーティミウスと、エンデール殿下の婚約を決定した」
ひゅう、と息を呑む音がした。誰のものかはわからない。
ぎゅうっと痛いほど手を握られる。失神してしまいそうなクリスティアーナ姫が、隣でかろうじて立っていた。あたしは彼女を支える。
「二年後に婚礼を行うという事で、ラジャラウトスとも合意した。場所はラジャラウトスの大聖堂だ。ただ、バーティミウスには明後日から向こうの国に渡ってもらう」
「なぜですの?」
クリスティアーナ姫が、平静を装って問いかける。そりゃそうだ。あまりに急すぎて、輿入れの品も何もそろえられないじゃない。
それとも、あっちで買い求めると言うのか。宝石はあっちの方がかなり安い。ただし最高級品は、買ったらバスチアが破産する値段だったりもした。
前にエンデール様と行ったお店の品物は、最高級品ばっかりで、とてもじゃないけど欲しいなんて言えなかった。エンデール様、楽しそうにいろいろあてがってきたけど。
「向こうの風習に馴染ませるためだよ、愛しい娘や」
クリスティアーナ姫にそう答える、お父様。
「二年も前からあちらへ行くなんて……」
あたしは思わず声に出した。これ、完全にゲーム世界からの退場フラグじゃないのか。それって喜ぶべきか悲しむべきか、どっち。まあ、波瀾万丈な人生からは逃げられるから、きっと喜ぶべきなのだ。でも、その間に何か事件とか厄介事があったらどうするのだろう。
「あなた、本当にバーティミウスをラジャラウトスに嫁がせるおつもり? こんな未熟な子を」
お母様、いい事を言う。
「これだけ傷だらけでも、構わないと言ってくださるのだ。こんないい縁談はもう来ないだろう」
その言葉で改めて、自分の状況を知ったような気分になった。あたしの右腕には、男の人が嫌がるほどの傷痕がある。結婚するには致命的な傷をもつ女なのだ。
大鉱山の化け物を倒した時の傷。男だったら名誉の勲章でも、女の傷は傷でしかない。値打ちを下げるものでしかない。
お父様の言葉は世間一般の貴族の言葉に等しかった。
あたし自身は傷がついたとは思ってなくても、周りはそう思うのだ。
「大丈夫ですの? ただでさえ、バーティミウスはあまりにも……」
お母様が口をつぐんだ。そんなお母様に、お父様が言う。
「少し前から、バーティミウスは立派な王女になったと思わないかね、妻や?」
「ええ。落ち着きも出て、本当に変わりましたけれど」
「ならば問題はなかろう?」
微笑むお父様。
「バーティミウス。まさか嫌とは言わないだろう?」
あたしは大きく息を吸い込んだ。
「謹んでお受けいたします」
他にどう言えただろう。クリスティアーナ姫の事が気になるけれど、今視線をそちらに向けるわけにはいかない。
「馬車の手配をしよう。荷造りは腕のいい女官を回すから、お前は自分が必要なものだけを持ってお行き」
「はい」
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