上 下
19 / 104
2巻

2-2

しおりを挟む


 荷造りは、いろんなところの女官の手を借りて、出発前日の真夜中までおこなわれた。
 その作業中、一人の女官が溜息をいた。何か物憂ものうげで、悲しそうで。どうしたのかしら?
 彼女はまだ若くて、服装から、クリスティアーナ姫のところの女官だとわかった。

「お姉様の事が心配なのね」

 これははったりよ。でも予想は的中した。

「クリスティアーナ姫……泣いていらっしゃらないかしら」
「泣く?」
「姫様、どうしてこの結婚をお断りにならなかったのです?」

 女官が真顔で問いかけてくる。

「お父様の命令だから」
「では、エンデール殿下を愛していらっしゃるわけではないのですね?」
「愛……?」

 あたしは沈黙した。愛、って。ちょっと考えてから口を開く。

「それが肩の荷物を降ろして楽になってほしいとか、ちょっとでいいから笑えるようになってほしいとか、力になってあげたいとか、そういうものだったとしたら」

 あたしは悩みつつも答えた。

「多分あの方を愛している、と言っても過言かごんではないでしょうね」

 しいん……とあたりが静まり返った。もしかして、皆聞いてた? あたしの顔に血がのぼる。

「愛し合う二人が結婚するのですね?」

 女官の一人がきらきらした目で食いついてきた。あたしが嫌われ者の王女だっていうのを忘れたように。

「それは――」
「シンシアさん。そうに決まっているじゃないですか」

 あたしの言葉をさえぎり、ヴァネッサが断言する。そこで初めて、その女官がシンシアという名前だと知った。お母様付きの女官さんだ。

「だって姫様、皇太子殿下に膝枕ひざまくらしてましたもの!」

 あたしは溜息をいた。クリスティアーナ姫が部屋を去った後、部屋に戻ってきたヴァネッサの足音でエンデール様は目を覚ましたのだ。おしゃべりよ、あなた。

「まあ素敵!」

 女官たちが黄色い声を上げてはしゃぎだす。
 あたしは荷物をかついだイリアスさんに、思わず問いかけた。

「ねえイリアス、なんで皆嬉しそうなの」
「荷造りを手伝いに来るくらいには、あんたを嫌いじゃない人たちなんですよ」
「なんであなたがそんなの知っているのかしら」
「洗濯物運ぶの手伝わされた時に、アリたちから聞きました」

 アリはラジャラウトスからあたしについてきた女官だ。イリアスさんが言うに、シャーラさんやヴァネッサ、そしてアリが、女官たちのあたしに対する印象を、まっとうなものに変えたらしい。どうやったのかは謎だけれど。

「お姫さん」

 イリアスさんが、それは嬉しそうな顔で言った。

「あんたがあの人を愛してるなら、よかった。それが心配だったんですよ」
「えっと」

 あたしは言葉に詰まった。

「あんたは幸せにならなきゃいけないんです。だってずっと頑張ってたんですから」
「その、あの」
「お姫さんの花嫁衣装、楽しみだな」

 イリアスさんが無茶苦茶いい顔で笑うから、あたしは否定を口に出せなくなる。
 クリスティアーナ姫の女官は、そんなあたしを見て、溜息を一つ吐き出した。


   * * *


 は目を覚ます。今日は大事な日だわ。
 大事な日……? ええっと……思い出したわ、がラジャラウトスの後宮に行く日。
 お見送りをしなくちゃ。だって、あの子がやっと幸せになるんですもの。泣き顔なんて見せられないわ。

「お可哀想に、昨夜はずっと泣いていらっしゃいましたね」

 女官の一人が私を見て悲しそうな顔をした。
 そうだったかしら。目元をさわると、少し熱くなっているわ。

「冷やしたタオルでございます」

 彼女から差し出されたそれを、まぶたに当てる。

「姫様、二の姫ですら素晴らしいご縁に恵まれたのですから、姫様にはもっと幸せなご縁がありましょうとも」

 小間使いが言う。思い出したわ、彼女はリリア。

「いつもありがとう」

 古参の彼女は首を横に振る。

「いえ、姫様の御為おんためなら当然です。お辛いでしょうけれど……姫様の絶世の美貌びぼうを見せつけて、二の姫にぎゃふんと言わせましょう!」
「あの子はぎゃふんなんて言うかしら?」
「言いますとも! あの方はいつも姫様の美貌びぼうをうらやみ、癇癪かんしゃくを起こしていたのですから!」

 リリアの言葉に、女官がしみじみとつぶやく。

「最近はおとなしくていらっしゃいましたけれど……まさかラジャラウトスの皇太子をとりこにするほどの事をなさるとは思いませんでしたわ」
「あの子は自分の魅力で彼に求婚させたのよ、悪く言わないで。あの子にはきっと、私たちにはわからない魅力があるのだわ。だからエンデール様は……私を選ばなかったの」

 ――本当にそう?


 不意に疑問符が浮かんだ。でも私は気にしない事にする。

「皆、私はこのよき日に何を着るべきかしら?」

 微笑んで聞くと、彼女たちは次々に衣装を持ってきた。こんなにたくさんの衣装、見た事がないわ。どうしましょう。迷っていると、リリアが女官たちに言う。

「白以外を」

 そして選ばれたドレスは、淡い青の生地に海の生き物が刺繍ししゅうされた、さわやかなものだった。

「朝食の席に参りましょう」
「ええ」

 リリアにうなずいて歩き始めたら、足に違和感があったわ。
 私、こんなに歩けたかしら。
 気のせいね。だって私はあの子と違って、体に不自由なところなどないのだから。
 朝食の席には、あの子が先に着いていた。

「おはようございます」

 あの子が笑う。

「おはよう、バーティミウス」

 私は微笑み返して朝食を食べ始める。食べ終わったら、あの子とはお別れ。
 きっと、後宮での暮らしが落ち着くまで、会いに行けないわ。それが少し寂しい。


 ――これは本当に正しいの?


 また疑問が頭に浮かぶ。今日は疑問ばかり頭に浮かんでしまうのね。不思議だわ。
 食事が終わって廊下に出る。いつもは護衛の熊男くまおとこと楽しそうにいろいろ話すあの子も、今日は緊張しているのか、あまり話さない。
 さあ、お見送りしなきゃ。私は権力の甘い蜜を吸うために、おべっかを使ってくる人たちを押しのける。

「そこを通していただけますこと?」

 私が言えば、誰もが道を空ける。その先であの子が私を見つめてきた。

「お姉様……」
「なあに、バーティミウス」
「わたくし、幸せになれるでしょうか」

 かすかに瞳を揺らす妹には、多分違う国に行かなくてはいけない不安があるのだわ。
 私は微笑んでうなずいてあげる。

「もちろんよ、バーティミウス。今更怖くなったのかしら?」
「……ちょっと」
「大丈夫、あなたは私の自慢の妹よ。エンデール様もあなたを愛しているのだから、きっとうまくいくわ」

 私が太鼓判を押すと、あの子は笑った。

「そうですよね」
「ええ。もちろん」
「お姉様」

 あの子が見つめてくる。恋は人を変えると言うけれど……この子はこんなに、きれいな顔をするのね。幸せそうで、胸が痛くなる顔。


 ――これは本当に正しいのかしら。


 また疑問が持ち上がってくる。みにく嫉妬しっとね。私はそれを頭から追い出す。

「幸せになってきます、お姉様も幸せになってください」
「当たり前よ、可愛いバーティミウス」

 あの子がやっと、幸せそうに笑った。

「行ってきます」

 今まで見せた事のないような明るい顔で、あの子は馬車に乗る。
 護衛は? あの熊男くまおとこは? 目で探すと、あの熊男くまおとこは同乗しないようだった。
 あの子があんなに信用している男を乗せないなんて変だわ。でも、花嫁の馬車に男が乗っていたら、それはそれで問題ね。だから彼はきっと、荷物の馬車に乗るんだわ。
 ああ、馬車が行く。あの子が行ってしまう。

「バーティミウス!」

 私は叫ぶ。

「幸せになってちょうだい!!」

 馬車の中のあの子に聞こえるわけもない。でも、言いたかった。
 気が付けば、涙が頬をつたっていた。

「姫様」

 リリアがハンカチを渡してくれる。それで目元を押さえた。


 ――本当に、これでよかったのかしら。


 また、疑問が浮かんだ。


 おかしいわ。家庭教師の話を聞きながら首を傾げる。昨日の続きと言われたのに、全然思い出せないわ。
 いいえ、違う。一拍遅れて思い出すの。一呼吸ぶん時間を空ければ、不思議と思い出す。どうして?
 ノートを開くときれいな文字が書かれているわ。優雅な筆記体。私が書いたはずなのに、今の私の書く文字は恐ろしく汚い。
 わからない事を質問すると、先生がかみ砕いて説明してくださるわ。わかりやすくてとっても嬉しい。でも、どうして私、昨日習ったはずの事を、すぐには思い出せないのかしら。

「……ねえ、マーサ」

 近くに控えていた女官に話しかける。一瞬だけ名前を思い出せなかったのは、きっと度忘れというものね。

「はい姫様」
「私、すぐには思い出せないの」
「何をですか?」
「いろんな事よ。私はどうして昨日、目がれるほど泣いてしまったのかしら」
「姫様……?」

 マーサが怪訝けげんな顔をするけれど、言っている間に思い出したわ。
 そう、私はエンデール様に恋をしていたのに、あの子が花嫁に選ばれた。それが悲しくて。私じゃないのが辛くて。心も体も張り裂けそうなくらい苦しくて、泣いてしまったのね。

「ああ、思い出したわ。……恋ってこんな風に終わってしまうのね」

 そして、こんなに呆気あっけなく忘れてしまえるのね。恋心っていうものは。
 なんて便利なのかしら。私の中にはもう、あの人をしたう感情が見当たらない。それはきっと、とても幸せな事。

「姫様なら、もっと素敵な方が見つかりましょう!」

 お茶の用意をしていたリリアが言う。

「私にすり寄ってくるのは、権力を握りたい野心家か、よっぽどの馬鹿ではなくって?」

 私がさらりと言うと、女官たちは怪訝けげんな顔をした。

「姫様……? 今日は一体どうなさったのです?」
「私、何かおかしな事を言っているかしら?」
「……」

 沈黙が返ってくる。それが答えね。皆正直。
 私は第一王位継承者ですもの。結婚は強制的に決められると言ってもいいはず。あの子みたいに愛し愛され、なんていうのは夢物語。
 私に近寄ってくるのは、自分の家の権力をより強くしたい野心家か、私の容姿につられた見る目のない阿呆。だって私はあの子のように、素敵な性格はしていないもの。

「姫様、なんだか泣きすぎて吹っ切れてしまったようですね」
「ええ、そうみたい」

 リリアの言葉に私は笑う。笑った途端、皆が目を見開く。

「姫様、やっと笑ってくださったわ」
「ここのところ沈痛ちんつうな顔ばかりなさっているから……皆で心配していたんです」
「あら、そうだったの。心配かけてごめんなさいね?」
「無意識でしたか……姫様、あなたのことは誰もが見ているのです。どうか、弱みを握られるような表情はおやめくださいませ」
「ええ」

 皆、なんて主人思いなのかしら。こんな親切に教えてくれるなんて。

「私、幸せ者ね」

 そう言って笑ったら、皆も笑ってくれたわ。
 そこへ誰かが訪ねてきて、女官の一人が応対する。

「姫様、タルメリアーノ家のヴィヴィア様がいらっしゃいました」

 タルメリアーノは、王家と幾度か婚姻を交わした家。その令嬢であるヴィヴィア様は、私のお友達としてちょうどいい家柄で、約束もなく面会を求めてきても許される相手だわ。

「お通ししてちょうだい。お茶の準備はできているかしら?」
「ただちに」

 私は寝室の前にある、人と会うための部屋に入る。そこにいたのは、可愛らしい女の子。なんて可愛いのかしら。茶色の髪の毛、マルーンの宝石みたいな瞳。ぷっくりとした唇は桃色。

「ヴィヴィア様、お待たせしました」
「いえ、とんでもない」

 微笑みかけると、彼女は両手を振った。それから私を見て、安心したように笑ったわ。

「姫様、思ったよりもお元気そうで嬉しいですわ」
「ふふ、ありがとう」

 私が晴れやかに笑っているからかしら。彼女は真剣な顔で、こう聞いてきた。

「エンデール殿下の事は……もういいのですか?」
「そうね、もうあきらめてしまったわ。あの子がとついでいったのだから、私が邪魔をするわけにもいかないでしょう?」
「姫様なら、きっと振り向かせられたのに」
「ねえ、ヴィヴィア様」
「なんでしょう?」
「出会いというのは必然しかないのだわ」

 私の言葉に、ヴィヴィア様は怪訝けげんそうな顔をする。

「……?」
「私があの子より先に彼に出会えなかったのは、必然なの。だって、第一王位継承者同士が恋に落ちたら、とても大変な事だわ」

 両国はいろいろともめる。例えば後継ぎ問題、そして領土問題。下手をしたら、どちらかがどちらかを呑み込む。この場合、呑み込まれるのは小国……バスチアよ。

「私が選ばれていたら、バスチアは地図から消えたわ」

 ヴィヴィア様が息を呑む。

「だから、あの子がとついでよかったの。あの国と有効な繋がりができたわ。エンデール様があの子が欲しいと我儘わがままを言ったのだから、こちらに対して多少は礼儀というものをもって接するでしょう。あの子とエンデール様の出会いは、バスチアにとって必然だったのではないかしら」
「姫様は、お変わりになりましたね」
「そうかしら? 自分ではよくわからないの」
「今まで、そういう権力争いや勢力争いを、その……避けて通っているようでしたのに」
「自分から話題にしたのが、おかしいのかしら?」

 そういえばそうだったわ。私、そういう事を言わなかったものね。

「恋をあきらめたら、なんだかいろいろな事に目が向くようになりましたの」
「……いいんですか?」
「何が?」
「恋した方と結婚できなくて……」

 ヴィヴィア様の戸惑いがちな声に、私は笑ってみせる。自然と笑いが込み上げてきたの。

「あら、ヴィヴィア様。王族に恋愛結婚などございませんわよ?」
「でも両陛下は……大恋愛の末に結ばれたでしょう?」
「そうね、お父様とお母様の愛は身分を超えたと聞いていますわ。でもそれは例外中の例外。王族の結婚は、いかに上手く国を治めるか。そのためにおこなわれるものですわ」
「そうと聞いてはいますが……」

 ヴィヴィア様が困っているわ。困らせたいわけじゃないのだけれど。

「それに、第一王位継承者というものは、国のために自分を犠牲にできなくては務まりませんもの」
「……姫様、まるで別人のよう」
「そう?」
「今までは……あの、失礼だと思いますが……恋愛事れんあいごとばかり気にしていらっしゃいましたもの」
「恋に敗れてしまったら、自分の責務に気がついてしまったようなの」

 私が晴れやかに笑えば、ヴィヴィア様は感心したように言う。

「すごいですわ……」
「でも、恋の話ももちろん大好きですわ。ねえ、ヴィヴィア様はシュヴァンシュタイン公爵と婚姻なさるのですって?」

 今日女官から聞いたことを話すと、彼女は花が咲くように笑ってくれた。
 可愛らしい方だから、笑顔も本当に可愛い。

「はい! 公爵様はとっても素敵で……私のような者にはもったいないくらい素敵で」
「ふふ、あなたの花嫁衣装、楽しみにしているわ」
「姫様にそう言っていただけるなんて嬉しいです。姫様、明日の遠乗り、一緒に行かれませんか?」
「遠乗り? 私、馬には乗れないわ」

 慌てて言えば、ヴィヴィア様がころころと笑った。

「ご冗談を。この前の遠乗りにも、一緒に行ったじゃありませんか」

 私は記憶をさらった。そうだわ、私は馬には乗れるのだわ。

「あら、何か思い違いをしていたようですわ。乗れないのは大狼だいろう
大狼だいろう?」
「ラジャラウトスのけものですわ。とても足が速くて……馬では勝ち目がありませんの」
「姫様は博識ですわ、私、そんな生き物の事は初めて聞きました」
「そうですわね……確かにバスチアでは聞かない名前ですもの」
「すみません、姫様、ヴィヴィア様」

 リリアが近づいてきて、礼をとってから言う。

「アルフォンシーヌ様がいらっしゃいました」

 アルフォンシーヌ様は、確かチューベル侯爵家のご令嬢。私の親友の一人だわ。彼女もよく、こうして会いに来てくれるのよ。

「あら、彼女も?」
「姫様が本日は庭園にお出にならなかったので、心配しての事だと思います」
「大丈夫なのに。ヴィヴィア様、ご一緒しても大丈夫?」
「はい」

 そして部屋に通したアルフォンシーヌ様は……まるで台風だったわ。

「姫様!」
「アルフォンシーヌ様、息せき切ってどうなさったの?」

 私の言葉に、アルフォンシーヌ様がわっとまくし立て始めた。その剣幕けんまくに、ヴィヴィア様が目を丸くするほど。

「悔しくはないのですか! あのようなろくでもない王女に恋した方を奪われて! 姫様がこいねがえば、婚約だって撤回できたはずです! なのに、幸せになってなどと言ってお見送りなさって!」
「ではどうしろと?」
「陛下に言えば、姫様の幸せを第一に考えてくださいますわ! それに王位継承者は他にもいっぱいいるのです、姫様がとついだからといって――」

 私は彼女の言葉を途中で止めた。

「アルフォンシーヌ様。私は恋のためにお父様に泣きついたりしないわ」

 そうきっぱりと言った。
 アルフォンシーヌ様が、色の濃い金髪を揺らして訴える。

「姫様があまりにもお可哀想です! 幸せになったっていいじゃないですか!」
「あら、私幸せですわ。だって心配してくださるお友達がいるんですもの。あなたのように」

 当たり前の事を言えば、彼女は目を丸くした。

「あと、あの子を悪く言わないでちょうだい。あの子は自分の魅力であの方をとりこにしたの。私にはその魅力がなんなのか、きっと一生わからないけれど……だからといって、あの子をおとしめるのは王家に対する侮辱ぶじょくですわ、控えなさい」
「事実を言って何が悪――」
「あの子は王家の者です。そして私の妹よ。それ以上言うなら頬を叩いてもよろしいかしら」
「……失礼しました。感情が高ぶりすぎていたようです」

 アルフォンシーヌ様が気まずそうに一礼をする。
 私は彼女に笑いかけた。心から。

「あの子が幸せになってくれれば、私も幸せなの」
「妹君は、あのような方ですのに……」
「あの子はずっと、一人ぼっちだった。誰もあの子を見なかったのに、エンデール様はあの子を見てくださった。そしてあの子をバスチアから解き放ってくれたの。あの子はあちらでなら幸せになれるわ。だって英雄姫なんですもの」

 もう一度微笑めば、さすがのアルフォンシーヌ様も黙った。
 椅子に座り、紅茶を一口飲む彼女。

「どうして姫様は、あの方にそんなにお優しいのです?」

 私は自然と答えを返す。

「あの子が私のたった一人の妹だから。あの子の苦しみを、少しはわかるつもりでいるの。ねえ、想像した事はおあり? 誰も彼もが自分をいない者扱いする。出来損できそこないだと陰口を叩く。何を頑張っても……誰もかえりみてくれない。誰も。誰も味方がいない。体が不自由だから、一人では動く事すらままならない。そんな自分を」
「……地獄ですわね」

 想像したのか、ヴィヴィア様が寒気で体を震わせた。

「あの子はその地獄から解き放たれたの。それをお祝いする理由があっても、怒る理由はないわ」
「ですが」

 アルフォンシーヌ様はまだ何か言いたそうだけれど、私は言葉を続けたわ。

「あの子は傷つく事すらいとわず、ラジャラウトスの英雄になったわ。その覚悟は私が持てないもので……あの子の本質だったのよ。とても崇高すうこうな。だから私は、あの子に幸せになってほしいの」

 笑って紅茶を口に含む。あら、いい味。

「妹なんですもの」

 その言葉に、アルフォンシーヌ様は口を一度開いてから閉じた。

「……姫様は、私たちが想像する以上に、お人よしでしたか」

 そして出てきた言葉は、褒め言葉だったわ。

「ふふ、ありがとう。ねえ、ヴィヴィア様。遠乗りに、アルフォンシーヌ様も誘っていいかしら?」

 それを聞いたアルフォンシーヌ様が、嬉しそうに笑って言う。

「もう誘われましたのよ」
「あら、そうだったの。どこまで行くのかしら?」

 ヴィヴィア様に問いかければ、彼女はすらすらと答えてくれた。

「王家の森の湖までです。今の季節は湖が青くて……本当にきれいですから」
「楽しみだわ」
「そうだ、思い出しましたわ!  ヴィヴィア様、ご婚約おめでとうございます!」

 アルフォンシーヌ様が、晴れやかな声で友達を祝福した。

「ありがとうございます」

 ちょっとだけ頬を赤らめるヴィヴィア様。

「あのシュヴァンシュタイン公爵がヴィヴィア様をお選びになったと聞いて、令嬢や女官のほとんどが泣いていますのよ」
「まあ、おおげさですこと」

 私の言葉に、アルフォンシーヌ様が続ける。

「私も泣きたくなった一人です。だから姫様とは、失恋した者同士お話ができると思ったのに……姫様ったら物わかりがよろしくて」

 ちょっと唇をとがらせたアルフォンシーヌ様も可愛い。

「可愛らしいお顔で怒らないでくださいな」

 私の言葉に、もう、とアルフォンシーヌ様がふくれたわ。
 そこからは婚礼衣装の流行についてお話をした。知らなかったわ、今はマーメイドラインも捨てがたいのね。でも、ふわふわの乙女らしい衣装がヴィヴィア様には似合うんじゃないかしら。
 シュヴァンシュタイン公爵にも、会ったらお祝いを言わなくてはいけないわね。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。