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2巻
2-2
しおりを挟む荷造りは、いろんなところの女官の手を借りて、出発前日の真夜中まで行われた。
その作業中、一人の女官が溜息を吐いた。何か物憂げで、悲しそうで。どうしたのかしら?
彼女はまだ若くて、服装から、クリスティアーナ姫のところの女官だとわかった。
「お姉様の事が心配なのね」
これははったりよ。でも予想は的中した。
「クリスティアーナ姫……泣いていらっしゃらないかしら」
「泣く?」
「姫様、どうしてこの結婚をお断りにならなかったのです?」
女官が真顔で問いかけてくる。
「お父様の命令だから」
「では、エンデール殿下を愛していらっしゃるわけではないのですね?」
「愛……?」
あたしは沈黙した。愛、って。ちょっと考えてから口を開く。
「それが肩の荷物を降ろして楽になってほしいとか、ちょっとでいいから笑えるようになってほしいとか、力になってあげたいとか、そういうものだったとしたら」
あたしは悩みつつも答えた。
「多分あの方を愛している、と言っても過言ではないでしょうね」
しいん……とあたりが静まり返った。もしかして、皆聞いてた? あたしの顔に血が上る。
「愛し合う二人が結婚するのですね?」
女官の一人がきらきらした目で食いついてきた。あたしが嫌われ者の王女だっていうのを忘れたように。
「それは――」
「シンシアさん。そうに決まっているじゃないですか」
あたしの言葉を遮り、ヴァネッサが断言する。そこで初めて、その女官がシンシアという名前だと知った。お母様付きの女官さんだ。
「だって姫様、皇太子殿下に膝枕してましたもの!」
あたしは溜息を吐いた。クリスティアーナ姫が部屋を去った後、部屋に戻ってきたヴァネッサの足音でエンデール様は目を覚ましたのだ。おしゃべりよ、あなた。
「まあ素敵!」
女官たちが黄色い声を上げてはしゃぎだす。
あたしは荷物を担いだイリアスさんに、思わず問いかけた。
「ねえイリアス、なんで皆嬉しそうなの」
「荷造りを手伝いに来るくらいには、あんたを嫌いじゃない人たちなんですよ」
「なんであなたがそんなの知っているのかしら」
「洗濯物運ぶの手伝わされた時に、アリたちから聞きました」
アリはラジャラウトスからあたしについてきた女官だ。イリアスさんが言うに、シャーラさんやヴァネッサ、そしてアリが、女官たちのあたしに対する印象を、まっとうなものに変えたらしい。どうやったのかは謎だけれど。
「お姫さん」
イリアスさんが、それは嬉しそうな顔で言った。
「あんたがあの人を愛してるなら、よかった。それが心配だったんですよ」
「えっと」
あたしは言葉に詰まった。
「あんたは幸せにならなきゃいけないんです。だってずっと頑張ってたんですから」
「その、あの」
「お姫さんの花嫁衣装、楽しみだな」
イリアスさんが無茶苦茶いい顔で笑うから、あたしは否定を口に出せなくなる。
クリスティアーナ姫の女官は、そんなあたしを見て、溜息を一つ吐き出した。
* * *
私は目を覚ます。今日は大事な日だわ。
大事な日……? ええっと……思い出したわ、あの子がラジャラウトスの後宮に行く日。
お見送りをしなくちゃ。だって、あの子がやっと幸せになるんですもの。泣き顔なんて見せられないわ。
「お可哀想に、昨夜はずっと泣いていらっしゃいましたね」
女官の一人が私を見て悲しそうな顔をした。
そうだったかしら。目元を触ると、少し熱くなっているわ。
「冷やしたタオルでございます」
彼女から差し出されたそれを、瞼に当てる。
「姫様、二の姫ですら素晴らしいご縁に恵まれたのですから、姫様にはもっと幸せなご縁がありましょうとも」
小間使いが言う。思い出したわ、彼女はリリア。
「いつもありがとう」
古参の彼女は首を横に振る。
「いえ、姫様の御為なら当然です。お辛いでしょうけれど……姫様の絶世の美貌を見せつけて、二の姫にぎゃふんと言わせましょう!」
「あの子はぎゃふんなんて言うかしら?」
「言いますとも! あの方はいつも姫様の美貌をうらやみ、癇癪を起こしていたのですから!」
リリアの言葉に、女官がしみじみと呟く。
「最近はおとなしくていらっしゃいましたけれど……まさかラジャラウトスの皇太子を虜にするほどの事をなさるとは思いませんでしたわ」
「あの子は自分の魅力で彼に求婚させたのよ、悪く言わないで。あの子にはきっと、私たちにはわからない魅力があるのだわ。だからエンデール様は……私を選ばなかったの」
――本当にそう?
不意に疑問符が浮かんだ。でも私は気にしない事にする。
「皆、私はこのよき日に何を着るべきかしら?」
微笑んで聞くと、彼女たちは次々に衣装を持ってきた。こんなにたくさんの衣装、見た事がないわ。どうしましょう。迷っていると、リリアが女官たちに言う。
「白以外を」
そして選ばれたドレスは、淡い青の生地に海の生き物が刺繍された、さわやかなものだった。
「朝食の席に参りましょう」
「ええ」
リリアに頷いて歩き始めたら、足に違和感があったわ。
私、こんなに歩けたかしら。
気のせいね。だって私はあの子と違って、体に不自由なところなどないのだから。
朝食の席には、あの子が先に着いていた。
「おはようございます」
あの子が笑う。
「おはよう、バーティミウス」
私は微笑み返して朝食を食べ始める。食べ終わったら、あの子とはお別れ。
きっと、後宮での暮らしが落ち着くまで、会いに行けないわ。それが少し寂しい。
――これは本当に正しいの?
また疑問が頭に浮かぶ。今日は疑問ばかり頭に浮かんでしまうのね。不思議だわ。
食事が終わって廊下に出る。いつもは護衛の熊男と楽しそうにいろいろ話すあの子も、今日は緊張しているのか、あまり話さない。
さあ、お見送りしなきゃ。私は権力の甘い蜜を吸うために、おべっかを使ってくる人たちを押しのける。
「そこを通していただけますこと?」
私が言えば、誰もが道を空ける。その先であの子が私を見つめてきた。
「お姉様……」
「なあに、バーティミウス」
「わたくし、幸せになれるでしょうか」
かすかに瞳を揺らす妹には、多分違う国に行かなくてはいけない不安があるのだわ。
私は微笑んで頷いてあげる。
「もちろんよ、バーティミウス。今更怖くなったのかしら?」
「……ちょっと」
「大丈夫、あなたは私の自慢の妹よ。エンデール様もあなたを愛しているのだから、きっとうまくいくわ」
私が太鼓判を押すと、あの子は笑った。
「そうですよね」
「ええ。もちろん」
「お姉様」
あの子が見つめてくる。恋は人を変えると言うけれど……この子はこんなに、きれいな顔をするのね。幸せそうで、胸が痛くなる顔。
――これは本当に正しいのかしら。
また疑問が持ち上がってくる。醜い嫉妬ね。私はそれを頭から追い出す。
「幸せになってきます、お姉様も幸せになってください」
「当たり前よ、可愛いバーティミウス」
あの子がやっと、幸せそうに笑った。
「行ってきます」
今まで見せた事のないような明るい顔で、あの子は馬車に乗る。
護衛は? あの熊男は? 目で探すと、あの熊男は同乗しないようだった。
あの子があんなに信用している男を乗せないなんて変だわ。でも、花嫁の馬車に男が乗っていたら、それはそれで問題ね。だから彼はきっと、荷物の馬車に乗るんだわ。
ああ、馬車が行く。あの子が行ってしまう。
「バーティミウス!」
私は叫ぶ。
「幸せになってちょうだい!!」
馬車の中のあの子に聞こえるわけもない。でも、言いたかった。
気が付けば、涙が頬を伝っていた。
「姫様」
リリアがハンカチを渡してくれる。それで目元を押さえた。
――本当に、これでよかったのかしら。
また、疑問が浮かんだ。
おかしいわ。家庭教師の話を聞きながら首を傾げる。昨日の続きと言われたのに、全然思い出せないわ。
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わからない事を質問すると、先生がかみ砕いて説明してくださるわ。わかりやすくてとっても嬉しい。でも、どうして私、昨日習ったはずの事を、すぐには思い出せないのかしら。
「……ねえ、マーサ」
近くに控えていた女官に話しかける。一瞬だけ名前を思い出せなかったのは、きっと度忘れというものね。
「はい姫様」
「私、すぐには思い出せないの」
「何をですか?」
「いろんな事よ。私はどうして昨日、目が腫れるほど泣いてしまったのかしら」
「姫様……?」
マーサが怪訝な顔をするけれど、言っている間に思い出したわ。
そう、私はエンデール様に恋をしていたのに、あの子が花嫁に選ばれた。それが悲しくて。私じゃないのが辛くて。心も体も張り裂けそうなくらい苦しくて、泣いてしまったのね。
「ああ、思い出したわ。……恋ってこんな風に終わってしまうのね」
そして、こんなに呆気なく忘れてしまえるのね。恋心っていうものは。
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「姫様なら、もっと素敵な方が見つかりましょう!」
お茶の用意をしていたリリアが言う。
「私にすり寄ってくるのは、権力を握りたい野心家か、よっぽどの馬鹿ではなくって?」
私がさらりと言うと、女官たちは怪訝な顔をした。
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「私、何かおかしな事を言っているかしら?」
「……」
沈黙が返ってくる。それが答えね。皆正直。
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「姫様、なんだか泣きすぎて吹っ切れてしまったようですね」
「ええ、そうみたい」
リリアの言葉に私は笑う。笑った途端、皆が目を見開く。
「姫様、やっと笑ってくださったわ」
「ここのところ沈痛な顔ばかりなさっているから……皆で心配していたんです」
「あら、そうだったの。心配かけてごめんなさいね?」
「無意識でしたか……姫様、あなたのことは誰もが見ているのです。どうか、弱みを握られるような表情はおやめくださいませ」
「ええ」
皆、なんて主人思いなのかしら。こんな親切に教えてくれるなんて。
「私、幸せ者ね」
そう言って笑ったら、皆も笑ってくれたわ。
そこへ誰かが訪ねてきて、女官の一人が応対する。
「姫様、タルメリアーノ家のヴィヴィア様がいらっしゃいました」
タルメリアーノは、王家と幾度か婚姻を交わした家。その令嬢であるヴィヴィア様は、私のお友達としてちょうどいい家柄で、約束もなく面会を求めてきても許される相手だわ。
「お通ししてちょうだい。お茶の準備はできているかしら?」
「ただちに」
私は寝室の前にある、人と会うための部屋に入る。そこにいたのは、可愛らしい女の子。なんて可愛いのかしら。茶色の髪の毛、マルーンの宝石みたいな瞳。ぷっくりとした唇は桃色。
「ヴィヴィア様、お待たせしました」
「いえ、とんでもない」
微笑みかけると、彼女は両手を振った。それから私を見て、安心したように笑ったわ。
「姫様、思ったよりもお元気そうで嬉しいですわ」
「ふふ、ありがとう」
私が晴れやかに笑っているからかしら。彼女は真剣な顔で、こう聞いてきた。
「エンデール殿下の事は……もういいのですか?」
「そうね、もう諦めてしまったわ。あの子が嫁いでいったのだから、私が邪魔をするわけにもいかないでしょう?」
「姫様なら、きっと振り向かせられたのに」
「ねえ、ヴィヴィア様」
「なんでしょう?」
「出会いというのは必然しかないのだわ」
私の言葉に、ヴィヴィア様は怪訝そうな顔をする。
「……?」
「私があの子より先に彼に出会えなかったのは、必然なの。だって、第一王位継承者同士が恋に落ちたら、とても大変な事だわ」
両国はいろいろともめる。例えば後継ぎ問題、そして領土問題。下手をしたら、どちらかがどちらかを呑み込む。この場合、呑み込まれるのは小国……バスチアよ。
「私が選ばれていたら、バスチアは地図から消えたわ」
ヴィヴィア様が息を呑む。
「だから、あの子が嫁いでよかったの。あの国と有効な繋がりができたわ。エンデール様があの子が欲しいと我儘を言ったのだから、こちらに対して多少は礼儀というものをもって接するでしょう。あの子とエンデール様の出会いは、バスチアにとって必然だったのではないかしら」
「姫様は、お変わりになりましたね」
「そうかしら? 自分ではよくわからないの」
「今まで、そういう権力争いや勢力争いを、その……避けて通っているようでしたのに」
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そういえばそうだったわ。私、そういう事を言わなかったものね。
「恋を諦めたら、なんだかいろいろな事に目が向くようになりましたの」
「……いいんですか?」
「何が?」
「恋した方と結婚できなくて……」
ヴィヴィア様の戸惑いがちな声に、私は笑ってみせる。自然と笑いが込み上げてきたの。
「あら、ヴィヴィア様。王族に恋愛結婚などございませんわよ?」
「でも両陛下は……大恋愛の末に結ばれたでしょう?」
「そうね、お父様とお母様の愛は身分を超えたと聞いていますわ。でもそれは例外中の例外。王族の結婚は、いかに上手く国を治めるか。そのために行われるものですわ」
「そうと聞いてはいますが……」
ヴィヴィア様が困っているわ。困らせたいわけじゃないのだけれど。
「それに、第一王位継承者というものは、国のために自分を犠牲にできなくては務まりませんもの」
「……姫様、まるで別人のよう」
「そう?」
「今までは……あの、失礼だと思いますが……恋愛事ばかり気にしていらっしゃいましたもの」
「恋に敗れてしまったら、自分の責務に気がついてしまったようなの」
私が晴れやかに笑えば、ヴィヴィア様は感心したように言う。
「すごいですわ……」
「でも、恋の話ももちろん大好きですわ。ねえ、ヴィヴィア様はシュヴァンシュタイン公爵と婚姻なさるのですって?」
今日女官から聞いたことを話すと、彼女は花が咲くように笑ってくれた。
可愛らしい方だから、笑顔も本当に可愛い。
「はい! 公爵様はとっても素敵で……私のような者にはもったいないくらい素敵で」
「ふふ、あなたの花嫁衣装、楽しみにしているわ」
「姫様にそう言っていただけるなんて嬉しいです。姫様、明日の遠乗り、一緒に行かれませんか?」
「遠乗り? 私、馬には乗れないわ」
慌てて言えば、ヴィヴィア様がころころと笑った。
「ご冗談を。この前の遠乗りにも、一緒に行ったじゃありませんか」
私は記憶をさらった。そうだわ、私は馬には乗れるのだわ。
「あら、何か思い違いをしていたようですわ。乗れないのは大狼」
「大狼?」
「ラジャラウトスの獣ですわ。とても足が速くて……馬では勝ち目がありませんの」
「姫様は博識ですわ、私、そんな生き物の事は初めて聞きました」
「そうですわね……確かにバスチアでは聞かない名前ですもの」
「すみません、姫様、ヴィヴィア様」
リリアが近づいてきて、礼をとってから言う。
「アルフォンシーヌ様がいらっしゃいました」
アルフォンシーヌ様は、確かチューベル侯爵家のご令嬢。私の親友の一人だわ。彼女もよく、こうして会いに来てくれるのよ。
「あら、彼女も?」
「姫様が本日は庭園にお出にならなかったので、心配しての事だと思います」
「大丈夫なのに。ヴィヴィア様、ご一緒しても大丈夫?」
「はい」
そして部屋に通したアルフォンシーヌ様は……まるで台風だったわ。
「姫様!」
「アルフォンシーヌ様、息せき切ってどうなさったの?」
私の言葉に、アルフォンシーヌ様がわっとまくし立て始めた。その剣幕に、ヴィヴィア様が目を丸くするほど。
「悔しくはないのですか! あのようなろくでもない王女に恋した方を奪われて! 姫様が希えば、婚約だって撤回できたはずです! なのに、幸せになってなどと言ってお見送りなさって!」
「ではどうしろと?」
「陛下に言えば、姫様の幸せを第一に考えてくださいますわ! それに王位継承者は他にもいっぱいいるのです、姫様が嫁いだからといって――」
私は彼女の言葉を途中で止めた。
「アルフォンシーヌ様。私は恋のためにお父様に泣きついたりしないわ」
そうきっぱりと言った。
アルフォンシーヌ様が、色の濃い金髪を揺らして訴える。
「姫様があまりにもお可哀想です! 幸せになったっていいじゃないですか!」
「あら、私幸せですわ。だって心配してくださるお友達がいるんですもの。あなたのように」
当たり前の事を言えば、彼女は目を丸くした。
「あと、あの子を悪く言わないでちょうだい。あの子は自分の魅力であの方を虜にしたの。私にはその魅力がなんなのか、きっと一生わからないけれど……だからといって、あの子を貶めるのは王家に対する侮辱ですわ、控えなさい」
「事実を言って何が悪――」
「あの子は王家の者です。そして私の妹よ。それ以上言うなら頬を叩いてもよろしいかしら」
「……失礼しました。感情が高ぶりすぎていたようです」
アルフォンシーヌ様が気まずそうに一礼をする。
私は彼女に笑いかけた。心から。
「あの子が幸せになってくれれば、私も幸せなの」
「妹君は、あのような方ですのに……」
「あの子はずっと、一人ぼっちだった。誰もあの子を見なかったのに、エンデール様はあの子を見てくださった。そしてあの子をバスチアから解き放ってくれたの。あの子はあちらでなら幸せになれるわ。だって英雄姫なんですもの」
もう一度微笑めば、さすがのアルフォンシーヌ様も黙った。
椅子に座り、紅茶を一口飲む彼女。
「どうして姫様は、あの方にそんなにお優しいのです?」
私は自然と答えを返す。
「あの子が私のたった一人の妹だから。あの子の苦しみを、少しはわかるつもりでいるの。ねえ、想像した事はおあり? 誰も彼もが自分をいない者扱いする。出来損ないだと陰口を叩く。何を頑張っても……誰も顧みてくれない。誰も。誰も味方がいない。体が不自由だから、一人では動く事すらままならない。そんな自分を」
「……地獄ですわね」
想像したのか、ヴィヴィア様が寒気で体を震わせた。
「あの子はその地獄から解き放たれたの。それをお祝いする理由があっても、怒る理由はないわ」
「ですが」
アルフォンシーヌ様はまだ何か言いたそうだけれど、私は言葉を続けたわ。
「あの子は傷つく事すら厭わず、ラジャラウトスの英雄になったわ。その覚悟は私が持てないもので……あの子の本質だったのよ。とても崇高な。だから私は、あの子に幸せになってほしいの」
笑って紅茶を口に含む。あら、いい味。
「妹なんですもの」
その言葉に、アルフォンシーヌ様は口を一度開いてから閉じた。
「……姫様は、私たちが想像する以上に、お人よしでしたか」
そして出てきた言葉は、褒め言葉だったわ。
「ふふ、ありがとう。ねえ、ヴィヴィア様。遠乗りに、アルフォンシーヌ様も誘っていいかしら?」
それを聞いたアルフォンシーヌ様が、嬉しそうに笑って言う。
「もう誘われましたのよ」
「あら、そうだったの。どこまで行くのかしら?」
ヴィヴィア様に問いかければ、彼女はすらすらと答えてくれた。
「王家の森の湖までです。今の季節は湖が青くて……本当にきれいですから」
「楽しみだわ」
「そうだ、思い出しましたわ! ヴィヴィア様、ご婚約おめでとうございます!」
アルフォンシーヌ様が、晴れやかな声で友達を祝福した。
「ありがとうございます」
ちょっとだけ頬を赤らめるヴィヴィア様。
「あのシュヴァンシュタイン公爵がヴィヴィア様をお選びになったと聞いて、令嬢や女官のほとんどが泣いていますのよ」
「まあ、おおげさですこと」
私の言葉に、アルフォンシーヌ様が続ける。
「私も泣きたくなった一人です。だから姫様とは、失恋した者同士お話ができると思ったのに……姫様ったら物わかりがよろしくて」
ちょっと唇を尖らせたアルフォンシーヌ様も可愛い。
「可愛らしいお顔で怒らないでくださいな」
私の言葉に、もう、とアルフォンシーヌ様が膨れたわ。
そこからは婚礼衣装の流行についてお話をした。知らなかったわ、今はマーメイドラインも捨てがたいのね。でも、ふわふわの乙女らしい衣装がヴィヴィア様には似合うんじゃないかしら。
シュヴァンシュタイン公爵にも、会ったらお祝いを言わなくてはいけないわね。
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