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外伝~女帝の熊と悪役令嬢~

餓鬼の癇癪に起こるってのも大人げないというのが見識なんだがね?

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話をいくつか聞けば、大体町の脆い部分はわかるという物だ。
商売人というのは得てしてそういう物であり、貴族だの兵士だのよりも、防備に対する観念が薄い。
話した事が、結果的に恐ろしい事態を招く、ってものを分かっていない事が多い。
ただ、それを利用して話を聞きだし、その相手の生活すら奪う俺は何なのか。
ちらりと思った後俺は、あの方の微笑みを思い出す。
迷ってなどいられない。
ためらう理由はどこにもない。
俺ぁあの方のために、あの方のためだけに生きながらえているのだから。
自嘲はかすかな物にして俺は、城に戻る。
そして戻る途中で、青い顔をした侍女に出くわした。
倒れそうである。
何なのかね。
女の日ってやつか。
だが血の匂いがしねぇな。
じゃあなんだ。
ここで倒れられても困るな、俺の所為じゃないとしたって。
そんな適当な思考回路で、俺は声をかけた。

「どうしたんです、顔色が真っ青ですよ」

具合でも悪いのですか、と俺が問いかければ、彼女はさっと手紙を隠した。
だが俺の動体視力を舐めてはいけねぇ。
宛名から何からくっきりだ。
その調子で問いかける。

「あなたは、たしかアリアノーラ姫の御付の侍女でしたね、どうしてクリスティアーナ姫あての手紙を?」

さああっと余計に青ざめる侍女。
なんかあるんだな。と鈍い奴だってピンとくるだろう。
俺は苦笑してから、言った。

「アリアノーラ姫に何か?」

「わ、わたくしは、止めたんです、でも二の姫様はやれと……っ!」

慌てふためくその調子、俺はさっと手紙を侍女の手から引き抜き、そこら辺にいたクリスティアーナ姫派の侍女を見やる。

「そこのあなた、どうやら手紙が間違って届いてしまったようですよ、一の姫にお届けに行ってもらえませんかねぇ」

侍女は怪訝な顔をした後に、手紙を見てから顔を明るくし、はいと頷いて去って行った。
残されたアリアノーラの侍女は、青ざめて倒れそうだ。

「二の姫に殺される……」

そんな呟きを聞き、俺ぁ侍女にこう言った。

「そんなら、俺を二の姫の所に連れて行ってもらえませんかねぇ、俺が手紙を奪ったと言いましょう」

事実を語るだけ、と俺が簡単に言えば、侍女は救われたという調子で顔を明るくして頷いた。

「……」

アリアノーラの部屋は、何処かの誰かが使ったままの物を、そのまま使わせている、という感じが否めない。
なんなんだこれは。
そんな事を思う程度には、違和感があるんだよ。
アリアノーラが使いそうにもない巨大な楽器や鏡台、アリアノーラが好きだとは思えないような調度品。
俺が勝手に思っているだけで、実はアリアノーラが好きな物なのかもしれねぇが。
なんというか違和感っつうのか、そんな物をじわじわとどころじゃなく感じるぜ。
そこに侍女に連れられて入った俺は、アリアノーラの命令を果たせなかった侍女が、震えた調子で報告するのを聞いた。
アリアノーラは車いすに座り、それは冷たい目をしていた。
感情の抜けきった瞳だ。
そしてその瞳で言った。

「わたくしの命令を守れないのかしら」

ずいぶん、怖い声で言うんだな、アリアノーラ。
俺はそんな事に感心した後に、すっと侍女たちの前に出た。
気配がないと再三、文句を言われまくっていた俺である。
これ位はお茶の子さいさいだ。
そしてアリアノーラは、俺を見やった後に怪訝そうな顔になる。

「イリアス様、お尋ねになるのでしたら、先ぶれを出してくださいな」

「ああ、悪かったですね、俺の我儘ですよ、俺が侍女さんの持っていた手紙を、本来の贈られた相手に渡すように指示したんです」

「あなたが、へえ、あなたもお姉様がいいのね」

傷ついた声というのにも、当てはまらない絶望のにじむ声だった。
俺はその声を、変えたいとどうしてか思った。
そして、気付けば口に出していた。

「いんや、というか俺はあれですね、アリアノーラ姫の評価を、アリアノーラ姫が貶める意味が見いだせねえというやつですよ」

「何が言いたいの」

「うんにゃ、この際はっきり言いますがね、アリアノーラ姫はアリアノーラ姫以外の何物にもなれない」

アリアノーラの瞳が瞬く。意味が分からないという視線に、俺は丁寧に言って見せる。

「アリアノーラ姫がどんなに姉姫をうらやんでも、姉姫にはなれないんですよ」

アリアノーラの口元が引きつり、ばっとその辺にあった置物を掴む。
俺はそれを見ていた。
見ていてあえて、避けなかった。
女の力であっても、非力な娘の力であっても、重量感のある置時計を投げつけられれば、痛い。
おいおい、このお姫様にはいろんな事情の何一つも話して、いないのかい。
俺は目前に迫った置時計を、目に当たらないように気付かれない程度に首を動かして受け止めた。
一拍遅れの鈍痛。
破片が飛び散ったのは、硝子の部分だろうな。

「二の姫!!」

流石に侍女たちが引きつった声を上げる。
他国、それも大国である帝国の近衛兵に対する無礼としては最大級だ。
下手したら外交問題以上の物になっちまう身の上が俺だ。
それでも俺は避けなかった。
避ける意味がなかったからだ。
俺はアリアノーラの葛藤その他もろもろを、ここで受け止めたわけである。
ぼたぼたと血がこぼれたのは、額に巻いた布を切り裂き、破片が額の一部を切り裂いたからだ。
目の上からこぼれる赤色を見やり、俺はアリアノーラに近付き、顔を覗き込んだ。

「アリアノーラ」

呼びかければ、俺のあまりの光景にアリアノーラは言葉も行動もできないでいる。

「この世に同じ人間は一人もいやしねえ。そうなりたくてもなれない奴は、五万といる」

だから。

「あんたはあんたとして、あんたが誇れる人間になるしか、逃げ道はねぇんだ。あんた自身があんたを誇れる、それはあんたを真正面から立たせ続ける物になる」

「っ……」

「あんたが姉姫になりたいと望んだその先に最初にあったのは、一体何だった? それがあんたの導になるだろう」

まだ顎から伝う赤色をぬぐい、俺は懐からそれを取り出した。

「ほらよ、あんたは誕生日の祝いの品物も、ろくにもらってねえって聞いたからな」

それはマダラの櫛だ。
やっぱりよ、俺みたいな男が持つよりも、女に身に着けてもらって飾られた方がいいだろう。
アリアノーラは理解できない、と俺を見て櫛を見て、言った。

「怒らないの」

「図体ばっかり大きくなっちまった餓鬼のかんしゃくに、怒ってどうするよ」

侍女たちは卒倒しそうな顔をしていた。
アリアノーラは疑いを知らないのか、俺のてから、俺の血にまみれちまった櫛を受け取った。

「……ありが、とう」

やっと言える、そんな調子のお礼の声に俺は、アリアノーラの頭をかき回して撫でてやった。

「いい子だ」

そして俺は侍女さんたちを見やってから、こう言った。

「この件は内密に、そちらに大変な問題が発生しますからね」
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