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はじまり
Part 3
しおりを挟む「其方達は、ライトノベルなる物を読んだことはあるのけ?」
正座を解かれ、自由に投げ出した足を摩る我等男性陣。
「あるよ一応。転〇ラとかリ〇ロとか」
「あぁいいねムネリン。ど定番ナイスぅ」
「僕も勿論御座います。その二つは必読。他にも多数のラノベを読み漁り、愛しております」
ふむふむと頷きを小刻みに続け、僕達のラノベ力を図る知里ちゃん。
流石は部長というだけあって、彼女はかなりの読書家であり、その種類は多岐に渡る。
特に好きなジャンルというものは無いように思え、偏見などもなく凡ゆる書籍に手を出しまくり、小説だけに留まらず、哲学書や自己啓発本、医学書、図鑑。素材が紙で重なって纏めてあるものならば片っ端から手にとってしまう、言わば一種の強迫観念めいた本の虫。
ちなみに朝練と称した、朝の読書タイム等という小学生の頃が懐かしく思える時間を我がサークルは設けており、その時間内は指定された書物 (広辞苑、もしくは新字源) を読み続けなければならないという掟を作るほどの自己完結型とは対を成す存在。
「ときにムネリン。何故にラノベを書きたくなったのかね?」
「え? あー、理由はかなり傲慢の塊だけど怒らないでね?」
ふむ。と嘆息する知里。
「なんか最近のラノベってチート全開のご都合主義満載じゃない? 昔の勇気振り絞る某少年漫画系が少なくなった気がしてさ。それなら僕自身が創作すれば自己満足するんじゃないかと」
「なるほど納得。まぁムネリンの言いたいこともわからんじゃないな。極端にそういう作品が増えたのは素人目でもわかる。流行りってのはあるだろうが、その裏には日本人独特の薄暗い部分が隠れ潜んでそうで気持ち悪い感じは否めんな」
「だしょ? 振り切りまくってチート全開なら僕も好きなんだけど、他作品やこの流行りをディスってる風に書いてあるくせに、いや、言ってる側から軽くチートですやん! って思う作品にここ最近当たってばかりでゲンナリしてたんだ」
僕達二人の会話を苦虫奥歯に嵌め込まれたような顔して聞いている熊本くん。
「それで、自己昇華の為にラノベを書こうとしたわけだね。ほんで? タローはなんでそれを止めなかったの?」
「へ?」
知里ちゃんの言葉にポカンとする熊本くん。
むしろ僕も呆けている。
「なんでこんなクソみたいな理由でラノベが馬鹿にされてるのにお主は止めなかったって聞いてんだよ。駄犬」
凍てつく息でも吐いてんのか? と思うほどにこの場は凍りついた。
僕も熊本くんも理解が追いついていかず、ただただ知里ちゃんの無表情に変化が出るのを待つだけ。
「あぁ、内耳? 外耳? それとも脳が破裂したのかい? 私は今、質問をしているのだけれども」
「あっ、は、はい! すみません!」
やっと振り絞った謝罪。
熊本くんの行動に僕も呪縛が解け、一応謝らなければ! と、口を開こうとする。
「いやムネリンは謝る必要はないんだよ。いくらクソみたいな理由をその脳で弾き出したとしてもそれはムネリンの思考なのだから私には止めようも無いことなのだ。だが、ここにいるこの駄犬は、常時ラノベ好きを公表して歩いているような存在の癖に、これだけ昨今のラノベを馬鹿にされてもヘラヘラと笑って手を貸している。なんだ?死にたいのか?」
あん? と小首を傾げて駄犬の頭を鷲掴みにする知里ちゃん。
あー。逆鱗に触れてしまった。
僕の不用意な発言。
低脳で低俗でおよそ人間の仕業とは思えないような発言をしてしまっだが故に、僕の唯一の後輩は今、怖気を身体中に纏わせ、粟立つ肌を惜しげもなく見せつけ、小刻みに震え続けている。
「腹を切れ」
すまん。熊本くん。
来世で会おう。
と、言うのは流石になので
「ま、まあまあ。知里ちゃん。そ、そんな顔すると可愛い小麦色のマーメイドなファンシーでキュートすぎる御尊顔が勿体ないよハニー」
嗚呼、なんと善良な先輩だろう。
唯一の後輩のハラワタを見て発狂する未来をこの手で変えてしんぜる為に僕は最大限の賛辞をもって紡ぎ褒め絆す。
「マーメイド。ファンシーでキュートなハニー。んー、甘美だよねぇ。甘やかで優しい世界だよねぇ。カタカナの良さが最大限発揮されているよねぇ。ねぇ、ダーリン」
成功した!
マイハニーは機嫌を直し、顔を両手で覆いながらふるふる左右に揺れている。
「おい駄犬。マイダーリンの語彙力に感謝せよ。放免じゃ」
顔を覆っていた両手をパカっと開き、冷酷な御尊顔が現れ熊本くんの生命を取り留める言葉が発せられた。
「か、感謝致します! 立花殿!」
ははーっと両手と額を床に落とし僕に向き直った熊本くんは精一杯の感謝を述べた。
が、どう考えても彼の頭の中には僕にこの後どうやって仕返しをするか、それだけが原動力として渦巻いていることだろう。
「ちょっと気分良くなったからムネリンのラノベ書きたい衝動についての会話を広げてみようジャマイカ」
安定した情緒を取り戻した知里ちゃんは、近くに置いてあった椅子に座り、大層に足を組んで欠伸を一つ。
何事も無く? この場が取繕われたと判断した僕達はいつも通りと言わんばかりに、所定の椅子に座りなおす。
サークル外の人間が今の光景を始終見ていたとした場合、このサークルは異常と判断されなにかしらの処罰を大学側から受けかねないだろう。
だがしかし、これは日常のほんの一部であり、僕等からすればなんら大したことないのないいつも通りのサークル活動であった。
ここでついてこられていない方の為に情報を整理しよう。
知里千景なる魔王はこのサークルの部長であり、僕のラブリーハニー。
漆黒の長髪、怒った眉の下にはこれまた憤怒を帯びた切れ長の瞳。
顔面のインパクトが強め系美人なのだが、顔に似合わずコンマイ(色んな所が)のが特徴。
引きこもり気味で活字中毒な割には、小麦色に焼けた肌が快活さを表している。
もう交際して2年の若干落ち着き始めたディープ且つライトな関係。
僕にはあまり強く当たってこない彼女だが、前述の通り、他人を介入しての攻撃を時たま繰り出してくるので要注意である。
惚れられている。確信的にそう思えるのは彼女の赤面する姿や、日々の言動などでヒシヒシと伝わってくる故に、機嫌を直していただかなければ血の海と化す! という場合などは僕に一任されている。
こんな他人事のように冷静に説明している僕ではありますが、僕も全力で惚れている。これもまた事実である。
因みに僕に沸々と報復の火を燃やすこの熊本太郎の説明としては、1年後輩の生意気な奴。以上である。
「で? どんなモノが書きたいのかねムネリンくん」
腕組みした知里ちゃんが気を取り直して口を開いた。
先程までビクビクしていた熊本くんも、やっと落ち着いたと判断したのか、持参していたカントリーなマアムを頬張り携帯に目を落としている。
強いな、この子。
「いやぁこれといって決まってはいないんだけど、なんの特徴も無い普通の主人公がストーリーに翻弄されるって感じなのが良いなぁとぼんやり」
「なるほどねえ。普通普通と言いつつも全然普通ちゃうやん! ってならない普通をお求めと判断した。力も人並み、勇気も庶民並みな主人公か」
「そうそう。むしろ相方役が異常過ぎて埋もれてしまうくらいの主人公がいいよね!」
「ふむふむ。それはそれで面白そうではあるな。よしっ! 今期のサークル活動をその普通の主人公を題材にしたラノベを創作する事としよう!」
左手の人差し指をピンと立て、今学期のサークル目標を安易に決めてしまった我がサークルのトップオブザトップ。
「お! いいっスね。面白そうっス」
乗り気な熊本くん。
特にこれといって主だったサークル活動が規定されているわけではない我がサークルは、こうやってノリと勢いにより学期ごとの活動目標が決められる。
「なにか賞とか狙ってみる?」
「それも良いね。もしくはサイトに掲載して連載形式にするとか! それだったら随時更新する度にみんなで話し合ってストーリーを展開していく、ちょっとしたバ〇マン風な体験が出来るぞよ」
お。それは面白そうだ。
「いいね! 流石我等が部長!」
グヘヘと後ろ頭をかく可愛い小麦色のマーメイド貧乳黒髪ホビットなマイハニーは、いつも通りにサークルの指針を示し、僕らを楽しませてくれる。
暖かで甘やかで、刺激に満ちていて日々展開が変わっていくこの感じが、僕にはとても居心地がよく、生きていると感じさせてくれる。
これが幸福なのだと、僕は我ながららしくない妄言に心を弾ませながらその場を客観的に見ていた。
これから起こる現実が、小説よりも奇なりであるとは露とも知らずに。
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