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第二章 新領地への旅

第27話 エクレールの理由

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 俺はダークエルフを仲間に加えることにした。
 エルフのシューさんに交渉を依頼する。

「シューさん。ダークエルフとの交渉をお願いできますか?」

 シューさんは、眉根を寄せて厳しい目で俺を見た。
 何か気に障ることを言っただろうか?
 ダークエルフは、エルフの一支族だと言っていたので、近しい種族のシューさんに交渉してもらった方が確実だろうと思ったのだが……。

「ダメですか?」

「ノエルが自分で口説くべきだ。あのダークエルフは、ノエルたちを殺そうとした刺客だ。敵から寝返らせて味方につけなくてはならない。私が熱心に口説いたところで、ダークエルフは表面上従ってみせるだけだ。それでは、セバスチャンが言っていたように、いつ寝首をかかれるかわからない」

「自分で口説いて心服させろと?」

「そう。苦言を呈させてもらうと、ノエルは緊張感が足りない。のほほんとし過ぎ。貴族のわりには話しやすいので、ノエルの美点ではあるけれど、敵に狙われているのだから、もっとしっかりしないと! 貴族のお坊ちゃんだから仕方がないでは済まされない。ノエルとマリーの命がかかっている」

 厳しい言葉だが、傾聴に値する。
 正直、思い当たることが多い。
 俺は、まだまだ貴族家当主として自覚が足りない。
 それに前世日本の感覚が抜けていない。

 気を引き締め直そう。

 俺はロープで縛られたままのダークエルフに近づく。
 ネコネコ騎士のみーちゃんが、さりげなく俺とダークエルフの間にいつでも割って入れる位置に立った。

「話は終ったかい? このネコに痛めつけられた腕が痛いんだ。ポーションをちょうだい」

 ダークエルフが勝ち気な笑みをたたえながら、俺に話しかけてきた。
 女性にしては低い、少しかすれたセクシーな声だ。

 あちらから話しかけてくるということは、コミュニケーションを求めているのかな?
 良い傾向だ。
 無言を貫かれるよりは、よっぽど良い。

 ポーションは薬草を原料にして作られる魔法薬だ。
 低級、中級、高級と効能と原材料によって、三種類ある。

 俺は執事のセバスチャンに低級ポーションを持ってくるように命じた。

「低級と言わずに、高級ポーションでも良いのに」

「贅沢言うニャ!」

 みーちゃんが吠える。
 ネコなのに。

 執事のセバスチャンがシブシブと低級ポーションを持ってきた。
 無表情でダークエルフに話しかける。

「痛いのはどちらの腕でしょう?」

「こっち」

「……」

 執事のセバスチャンは、無言でダークエルフの腕にポーションをかける。
 緑色の淡い光が、ダークエルフの腕を包み、ダークエルフはフウと息を吐いた。
 痛みはひいただろう。
 俺はダークエルフに話しかける。

「どうかな? 話し合いが出来そうかな?」

「ロープもほどいて欲しいね」

「あなたが信用出来ると思ったらロープをほどく」

「ふふ……。じゃあ、こうしたら信用してくれるかな?」

 ダークエルフは、キスをするように口を尖らせた。

「何をしているのです! 無礼ですよ!」

「この! 色気エルフ! 止めるニャ!」

 執事のセバスチャンとみーちゃんが咎め、ダークエルフにつかみかかろうとする。
 俺は右手を挙げて、二人を抑える。

「よせ! 気にするな!」

「しかし――」

「良いんだ」

 執事のセバスチャンがダークエルフをにらみながら後ろに下がる。
 みーちゃんは剣の柄をカチャンと鳴らし、ダークエルフを無言で威圧した。

 俺はゆっくりとダークエルフの正面にあぐらをかいて座った。
 ニコリと笑い自己紹介をする。

「既に知っていると思うが、改めて挨拶しよう。俺がノエル・エトワール伯爵だ。エトワール伯爵家の当主だ。名前を教えてもらえるかな?」

「エクレール」

 ダークエルフの名前は、エクレールか……。

「エクレール。俺たちの話を聞いていたか?」

「ああ。聞こえた」

「なら単刀直入に行こう。俺はエクレールを雇いたい。ちゃんと金を払う。仲間にならないか?」

「断る」

 即答かよ……。
 秒で断られた。

「理由は……?」

「童貞坊やが主じゃ、ヤル気が出ないのさ」

「ど、ど、童貞ちゃうわ!」

「ハハハハ! 無理するなよ!」

 思い切り動揺してしまった。
 人の心をえぐりに来るとは、ダークエルフ恐るべし!

 俺はコホンと咳払いを一つして仕切り直した。

「断るなら君の身柄は、そこにいるジロンド子爵に引き渡す。ジロンド子爵は領主だから、君を縛り首にするだろう」

「あっ、そう」

「……」

 エクレールは縛り首だと脅しても微動だにしない。
 おかしいな……。
 怖くないのだろうか?

 考えろ。
 なぜ、縛り首が怖くない?
 なぜ、俺に寝返らない?

 一つ目の疑問は、闇魔法だろうとアタリをつけた。

「エクレールは、闇魔法が得意なようだね。とすると……、俺がジロンド子爵にエクレールを引き渡す。するとエクレールが闇魔法を使って脱出する。例えば、ジロンド子爵たちを闇魔法で眠らせるとか……。そして、再度俺たちの命を狙う……。そんなところかな?」

「……」

 今度はエクレールが黙った。
 どうやら正解らしい。

 エクレールの態度に余裕があったのは、いつでも隙を見て脱出する自信があったからだ。
 ますます欲しい人材だな。

 だが、わからないのは、なぜ、寝返らないかだ。
 エクレールの態度、発言、身にまとう雰囲気から推測すると、エクレールは執事のセバスチャンのような忠誠心の高いタイプではなさそうだ。

 で、あれば……、俺に寝返ってもおかしくないと思う。
 なのになぜ?

 ちょっと奮発してみるか……。

「ねえ。エクレール。倍額だすよ」

「倍?」

「そう。俺を暗殺する報酬の倍額を出すよ。即金で。今、この場で払う」

「いらない」

「倍額にプラスして、毎月給料も出す。希望額を言ってくれ」

「だから、いらないって!」

 俺は、おやっと思った。
 好条件を提示したが、エクレールはなびかない。
 ということは、金じゃない。

 忠誠心でもなく、金でもない……。

 何か特別な物?

「エクレール。俺のことは、依頼主から聞いているよね? 俺は正真正銘の伯爵なんだ。伯爵は貴族の中でも高位の爵位で、色々と顔を利かせられる」

「……」

 エクレールの目がチラリとこちらを見た。
 興味を示している。

 俺は焦らずに、誠実に話を続けた。

「エクレール。君が必要としている物、欲しい物を教えて欲しい。俺が手に入れる手伝いをしよう。例えば、何かの許可が必要なら俺が交渉する。特別な物が欲しいなら、エクレールが手に入れられるように力を貸す。貴族のコネクションも提供するよ」

「……」

 エクレールが下を向いてジッと考え込んだ。
 手応えがあった!
 俺はエクレールの返事を待つ。

 しばらくして、エクレールが顔を上げた。

「希望を言えば、かなえてくれるのか?」

「ああ。仲間になってくれるなら、エクレールの望みをかなえるよ」

「では……エリクサーが欲しい。持っているなら譲って欲しい」

「エリクサーか!」

 エリクサーは、最上級の魔法薬だ。
 上級ポーションのさらに上のランクの魔法薬で、あらゆる怪我や病気を治すと聞いたことがある。
 エリクサーで治せないのは、老い――寿命だけらしい。

 貧乏だったエトワール伯爵家には、ポーションすら置いてなかった。
 エリクサーなんて見たことがない。

 俺はエルフのシューさんに視線を移した。

「シューさん。エリクサーは値段が高いのですか?」

「値段はあってないような物。エリクサーは物が少ないから出回らない」

 時価ってことか……。
 執事のセバスチャンが、シューさんの説明に補足をしてくれた。

 エリクサーは、高位の薬師がスキルを使って作るので市場に出回りにくく、薬師にエリクサーの購入予約をして順番を待つのが一般的らしい。

 王族や高位の貴族家なら暗殺や戦いに備えて常に数本ストックをしているそうだ。
 つまりエリクサーは、王族や高位貴族の命綱ということか……。

 エクレールは、俺が伯爵で高位貴族だからエリクサーを持っていると思ったのだろう。
 困ったな。
 そんな高額な物はなかった。
 あったとしても、とっくに売り飛ばしてしまっただろう。

「エクレールは、なぜ、エリクサーが欲しいんだ? よかったら理由を教えてくれないか?」

 エクレールは、ポツリとつぶやいた。

「妹が病気なんだ」

「病気?」

「ポーションを飲ませたり、珍しい薬草から作った薬を飲ませたりした。医者にも診せたが治らない」

「どんな症状なんだ?」

「日に日に痩せている。体が痛いらしい。もう、長くなさそうなんだ……」

「そうか……かわいそうだな……」

 俺は自分の妹マリーを見た。
 妹のマリーが病気になった姿を想像して、俺は胸が痛くなった。
 人ごとながら、何とかしてやりたいと思った。

 しかし、エリクサーは手元にない。
 町の商店にも売っていそうにない。
 どうしたものだろうか……。
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