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第4章 一輪の青いアネモネ
case05 考えさせてくれ
しおりを挟む狂った犯行理由に、狂った愛情か。
目の前で、きっと初めて人に頭を下げた、真剣に頼った綾子を見ていると力になりたい、力を貸してほしいという思いになった。彼女が4年以上、下手すると7年以上も抱えてきたものを思うと、動かないわけにもいかなかった。
やるせなさや、後悔。それは俺も今現在でも背負っているものだ。だからこそ、同じだと自分と重なってしまう。だが、一般人を巻き込むのはどうかとブレーキもかかってしまう。
「高嶺刑事、頼む。アタシを――――」
「考えさせてくれねぇか?」
「え……」
綾子は断られるとは思っていなかったようで、口を開いたまま固まってしまっていた。流れ的に、俺も承諾する感じだったし、それは否定しない。それに、そういう方向で行こうとも思っている。だが、その前に1つ確認しなければならないことがあった。
「お前にとって、明智はどういう存在だったんだ?」
「それは、先ほどの答えと論点がずれている。何故、アタシの頼みを聞いてくれない?」
「それは後から答えてやるから、まず俺の質問に答えろ。協力するのはこっち側だ」
少し強く言い過ぎた気がしたが、これぐらいしか綾子を黙らせられなかった。彼女は不服ながらに、前のめりになり立ち上がってしまっていた為、腰を下ろす。苛立ったように、自らの手の甲に爪を食いこませていた。だが、その爪は決して長いとは言えない。定期的に切っているようにも思えた。
「お前、今何をしている?」
「質問が多いぞ、高嶺刑事。何をって、職業のことか?アタシは、看護師になった、この春から。ずっと、目標でなりたかったものだったから」
と、自分の夢と職業に誇りを持ったような言い方をする綾子は、本当に目指してきたんだろうなというのが一目でわかった。ずっと努力してきたという言い方で、俺も何だか羨ましく思う。
「それとこれとは、別で……話を戻すが、私にとって明智探偵は恩人なんだ。母からの最期のプレゼントであるマモ……猫をいつも探して必ず贈り返してくれる、それも1度や2度じゃない」
俺は綾子の言葉に相槌を打つ。
そんなこと言われなくても、明智から聞いているのだ。一応は、明智と綾子の関係を知っているつもりだった。綾子は、そのことを父親に暴露されて、怒っていたとも明智から聞いた。確かに、恩人と言われれば恩人だが。
「アタシと関わったがために、殺されてしまった。だから、罪悪感があるんだ」
「お前のダチは、お前の周りの人間を排除しようとしてたのか?
「ああ、簡単に言うとそうだな。だから、母も……父は死ななかったものの、職場で爆破被害にあっている。これ以上家族を周りの人を巻き込まないためには、アタシが彼奴を止めるしかないと思ったんだ。そう決断するのが遅かった」
と、綾子は言って目を伏せた。
深い後悔は永遠に付きまとうものだと、俺は知っている。だからこそ覚悟を決めて前を向こうとしている綾子の背中を押したいと思った。
もう、懺悔も理由も十分だろう。
「分かった、その頼み聞いてやる」
「本当か!?」
「だが、この事件は管轄外だ。表立って調査はできない。それに、本来であれば公安の仕事になるだろうし、俺達は独自調査、秘密裏に調査しねぇといけねぇ。それでもいいか?」
「あ、ああ」
綾子は、戸惑いながらもうなずいた。
俺もすべてを把握しているわけじゃないが、この事件を俺達一課に持ってこられたところで動けはしないだろう。だから、俺が独自に進めていたように、個人調査ということになってしまう。それも、一般人を巻き込んでだ。これが上にばれたらどうなるか分からない。そんなリスクもあったが、俺は引き受けることにした。
仇を討つと誓ったから。
それから暫くして、様子を見に来た後輩に綾子のことを任せ、また後日連絡をすると彼女に連絡先を渡した。綾子を無事送り届けた後、後輩は何の話だったのかと俺に聞いてきた。
「それで、何の話だったんですか。先輩」
「あーいや、因縁の相手っつぅか、ダチとの約束を果たすための手がかりっつぅか」
「先輩のご友人ですか」
「ああ、まあ3人とも死んじまってるけどな。だから、俺が仇を討つって約束、誓ったんだよ」
いつもならここまで詳しく言わないが、少し気分が良かった俺はそう後輩にこぼした。後輩は俺のダチのことなど一切知らないし、俺が墓参りに行っていることも何も知らない。だからこそ言えたのかもしれない。
覚えているのも、彼奴らを知っているのも自分だけで十分だと思った。
(約束、どうにか果たせそうだぜ……空)
本当は、空が仇を打つと神津と明智に誓ったが、彼奴も死んじまったし、彼奴の意思を俺が受け継いでいるだけだった。神津も明智に仇なんて取らなくていいといっただろうし、明智も空に仇を取ってくれともいわなかっただろう。勿論、空も俺に言っていない。だから、これは個人的に彼奴らに誓った約束なんだ。
4年の時を経て、ようやくあの事件が動く。このチャンスを逃してなるものかと、俺は一層気を引き締めた。
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