アネモネの約束

兎束作哉

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第1章 一輪の白いアネモネ

case02 お世辞でもかっこいい

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「ねえ、なんで今日怒られたと思う?」
「そりゃ、お前が俺の顔に雑巾投げたからだろ」
「手が滑っただけだって。あ~その後ミオミオが怒ってほうきもって追いかけてくるから~」
「俺のせいかよ!?」


 クラス替えで浮かれていたのか、掃除の時間にやらかした。
 勿論わざとじゃないんだろうが、空の投げた雑巾が俺の顔に当たって学ランがベタベタになったから俺はその場の怒りで持っていたほうきを握りしめて空を追いかけ回してしまった。誰も俺達を止めようとせず傍観しており、結局最後は鬼怖の教頭にびっしり叱られ、反省文を書かされ下校時刻を過ぎてからの下校になってしまった。
 隣で俺よりもしょんぼりとしている空を見ていると、これ以上掘り返すのはあれだし、空のそんな顔を見たいわけでは無いのでと俺は話題を変えることにした。


「ほら、新作のゲームあんだろ。あれかったんだ。今日家でやらねえ?」
「え!?やるやる!あれでしょ?えーっと、なんだっけ」
「あれだよ、あれ!」
「ミオミオも言えてないじゃん。でも、分かるよ。あれでしょ、あれ。あーここ、喉のここまでかかってるのに出てこない!」


 空は俺に合わせてくれたのか、本気で出てこないのか、同じ言葉を繰り返す。
 それがおかしくて二人で笑い合う。 
 こんな何気ない会話でも俺は楽しいし嬉しい。空はどう思っているか分からないけど、それでも俺は空と一緒にいるだけで十分だった。
 他愛もない会話、変わらない平穏な日常。
 そこまで、考えて俺はふと足を止めてしまった。


(平穏な日常……本当にそうなのか?)


 いきなり足を止めた俺の方を振返り、同じくその足を止めた空は俺の顔をのぞき込んできた。


「どしたの、ミオミオ」
「いや……いや、平穏な……いや、ああ」
「辛いと思うから、無理に思い出さなくてもいいんじゃない?」


と、空は察したようにそう言うと困ったように笑った。少しふと目の眉がハの字にまがり、寂しげな表情になる。

 それは、まるで俺の記憶に蓋をしている何かが分かっていてそれを開けようとしている俺に釘をさすような、そんな感じがして。
 蓋の下にあるものが何か知っている。ふとしたときに閉めていても勝手に開いて這い出てこようとしている。思い出したくもない記憶。でも、忘れられない記憶。


「母ちゃん、元気にしてるか……な、天国で」
「ミオミオ」


 母ちゃんは数ヶ月前に死んだ。

 金目のものを狙った強盗に出くわして、無惨に殺されたのだ。家の中が荒らされており、金目のものを狙った強盗だろうと言うことで片付けられたが、警察とまた警察の中でも違った雰囲気の奴らが家の周りに集まっていた。姉ちゃん曰く公安警察。
 ただの強盗ではないだろうと、姉ちゃんは言ったが俺達には何も情報は入ってこなかった。残された事実は、母ちゃんが無惨に殺された。ただそれだけだった。
 ほんとに強盗だったのだろうか。真相は闇の中である。


「……姉ちゃんさ、進路変えるって言ってた。警察になるってよ」
「そうなの!?頭良くて、国公立狙ってたんじゃないの?」
「父ちゃんは反対してるけど、姉ちゃん頑固だし、そのまま押し切るんじゃね?母ちゃんを殺した犯人を捕まえるって、口には出してねえけど事件のこと調べてたし。でも、大学いってからの方があれなんだろ?キャリア組?とかになれるとか」
「オレは詳しく知らないなあ。でも、警察かあ……」


と、空は譫言のように言う。


「何だよ、警察興味あんのかよ」
「うん?えっと、別にそういうわけじゃないけど。それに、オレの夢はパイロットになる事だし!あの大空を自由に飛び回れるパイロットになるんだ」


 そう言って空は、顔を上げる。

 彼の目のように澄んだ青空が広がっており、日が傾き始めたこともあって遠くの方は色が変わっていた。そんな空をおうように俺も顔を上げる。
 この空の上に天国があるなら、きっと優しかった母ちゃんはそこに行っているんだろうなって。


「ねっ!ミオミオは、将来何になりたいの?」
「俺か?」
「やっぱり、陸上選手?」
「まだ何も言ってねぇし。でも、慣れたらいいなぁとは思ってる。格好いいだろ」
「そりゃ、ミオミオがとぶ姿はすっごく格好いいよ!って、毎回試合見に行ってるじゃん。言わせないでよ~」


と、俺の脇腹をこつく空。

 俺は悪ぃ、悪ぃ。といいながら、本当は空に「格好いい」と言わせたかっただけなのだ。
 俺が走って飛ぶ、その瞬間を空は目を見開いて見てくれる。俺だけをその跳ぶ一瞬、彼奴の目は俺だけを映してくれる。

 だから、俺は跳び続けた。

 空に見てもらえる。空の視線を俺だけのもに出来る。そんな優越感もあった。
 それに単純に陸上が好きだった。あの一瞬に込める思いが、一瞬に全てをかけるあの瞬間が俺は好きだ。地面と離れるその瞬間自由に、何でも出来る気がするのだ。
 そんなことを考えていると、ふと自分の足が止まっていることに気がついた。


「空、どうした?」
「ミオミオは格好いいよ」
「知ってるっての。俺はかっこいいんだぜ」
「うん。でも、ミオミオ小さい頃よりもずーっと、うーんと格好良くなってる。オレ、そんなミオミオが大好き」


と、空は照れくさそうに言った。

 大好き、そう言われて俺は思わずドキッとしてしまった。
 空は俺のこと友達としてしかみてないのは分かっている。その好きもきっとそういう好きじゃない。
 でも空の言葉一つでこんなにも一喜一憂している自分はいるわけで。


「ほらほら~ミオミオ、早く帰ろうよ。ゲームしたい」
「……っ、待ってくれよ。今日姉ちゃん遅いし、父ちゃんも遅番っつってたから、俺が鍵開けないと開かないぞ」
「じゃあ、早く開けて~」


(まあいいか、どっちにしろ『好き』って言って貰えるなら)


 俺はそう空から貰える「好き」の言葉をまた一つ胸に刻んで歩き出した。


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