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第3章 幸せな告白
06 早起きは三文の徳?
しおりを挟むお母さんが珍しい行動をしてか時は経って朝日が昇っていた。
「早く起きすぎた……なんか、損した気分」
土曜日だというのに早く起きてしまったことに、ショックを受けつつも、お母さんのことや、四葉さんのことが朝から頭の中をぐるぐると回っていた。
お母さんは何で昨日あんなふうに声をかけたんだろうか。塾に行った方がいいんじゃない? 今頃母親の顔をするのは何故だろうか。遅すぎるんじゃないか。そう思いつつも、私は一方的であったが、話しかけられたことが朝になってようやく嬉しいと感じていた。でも下に降りればお母さんはすでに出かけていた。土日でも普通に出勤がある。そんな会社に勤めている。
私は、キッチンに行って冷蔵庫を開け、ヨーグルトを丸いガラスのコップに流し込んで、硬いジャムの便を空けて、真っ赤なイチゴジャムを一さじすくって、ヨーグルトの上に落とした。そんなに食欲はなかったが、ヨーグルトが食べたい気分だった。
朝日が差し込むリビングにイチゴジャムヨーグルトをもっていき、テレビをつけて着席する。朝なんて面白い番組なんてやっていなかった。天気予報や、ちょっとした話題のニュース。その話題のニュースの中に、奇病の患者が……というものがあった。それに食い入るように私は見ながら、奇病患者の実態について知る。けれど、そのニュースはすぐに流れて行ってしまった。以前、奇病患者を取り上げたドキュメンタリー番組があり、少しずつ社会に受け入れられつつある奇病。しかし、まだその壁は大きいものだった。
私はテレビの電源を落として、ヨーグルトをかき混ぜる。真っ白なヨーグルトが混ぜるたびにその色を変えていく。マーブル、そしてピンク色にかわり、所々種や果肉の塊が見える。それを、木のスプーンですくって口へ運ぶ。少し酸味がかったヨーグルトと、甘いイチゴジャムが舌の上で溶ける。
そうして、ふとこのジャムやヨーグルトなんかをあのシフォンケーキに掛けたらおいしいだろうなとも思った。生地にイチゴパウダーを混ぜて、ヨーグルトをかける、みたいな。そんなことを想像しつつ、今日もあのカフェに行ってみようと思った。今日なら四葉さんがいるかもしれないと。食べ終わったコップを流しに持っていき、軽く水ですすいで手洗いし、付近で水をよくふき取った後棚に戻した。それから部屋に戻って服に着替え、家の施錠を行う。
それから、寄り道せずにカフェに向かったが、まだお店は開いていなかった。裏の入り口を好奇心からのぞいてみようと思い体の向きを変えると、見知った人物に出会う。
「おはよう。どうしたんだい? 愛島ちゃん」
「あ、お、おはようございます。田代店長」
そこに立っていたのは田代店長で、まだエプロンを付けていない普通の私服姿だった。お世辞にもカッコいいとは言えない、柄物のパーカーとジーパンをはいていた。
「もしかして、海沢くんを探しに来たのかな」
「あ、はい。そうです。話したいことがあったので……で、でも、まだ来てませんよね。すみません」
こんな朝早くに迷惑だっただろう。そんな思いで俯けば、田代店長は優しく「顔を上げて」と言ってくれた。
「愛島ちゃんが海沢くんに何を話したいのか分からないけど、その気持ちは大事にしてね。彼は、ちょーっと隠し事が多い子だから」
「そうなんですね。でも、誰しも言えない悩みとかあると思います」
「うん、そうだね。ああ、でも残念だけど今日、海沢くんは休みだよ」
「そ、そうなんですか?」
「うん、朝方連絡が入ってね、今日は休ませてくださいってことだった。彼、ほとんど毎日出勤しているからね。うちは、従業員が少ないから甘えてて。もしかしたら、それで身体にガタが着ちゃったのかもしれない」
と、田代店長は眉を下げた。本当に申し訳ないよ、とここにはいない四葉さんに対して謝るように。
私は、田代店長にお礼を言ってお店を後にした。田代店長は「またおいでね」と手を振りながら見送ってくれた。
今日も四葉さんはいない。
思えば、私は四葉さんのことを何も知っていないんだなあって改めて実感した。知りたいけど、会えない。会っても、何から話せばいいかまとまらなかった。そんなことを思っているうちに大通りに出て、遠くに病院の建物の一部が見えた。もしかしたら、病院にいるかもしれない。そう思って歩き出せば、後ろから声を掛けられた。
「お、おはよ、幸」
「幸太郎?」
私に声をかけてきた人物は、怯えたように私に挨拶をする。声をかけにくかったというような顔をしていた為、思わず眉間にしわが寄ってしまった。ここは、私の家から遠くないし、裏を返せば幸太郎の家からも遠くない。だから、出会うということはありえないことではないのだが、こんな早朝に遭遇するなんて珍しかった。
「何よ、私忙しいんだけど」
「……それって、あの男のことで?」
「何でもいいじゃない」
そうぶっきらぼうに返せば、幸太郎は浅く俯いた。そんなに強く言ったつもりじゃなかったけど、傷つけてしまったんじゃないかと、ズキンと良心が痛む。
謝ろうか、どうしようかと思っていると、幸太郎は頭を上げたのち、今度は深く頭を下げた。
「この間のこと、謝ろうと思って。ごめん、幸」
いきなりそんなことを言われ、頭を下げられ、私は困惑のあまり言葉を失った。
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