病名「幸せ」の貴方へ

兎束作哉

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第1章 幸せな出会い

09 断ろう

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◆◇◆◇◆


「こんにちは、海沢くん。今日も頑張ろうね」
「はい」


 愛想のいい笑顔を僕に向けて腕まくりをした、田代さんを見つつ、今日も頑張るぞという気合を入れて、僕は制服に着替え、エプロンを着用した。今日は、二時過ぎからのバイトのため、朝はゆっくりと出来た。
 昨日ぐるぐると幸のことを考えながら、今度幸がここに来たら何て言おうとずっと迷っていた。やっぱり、大人と高校生が付き合うのは違うと思うし、相互の思いがあれば成立するのかもしれないが、付き合うのはやめた方がいいんじゃないかと思った。友達とかなら、まだ成立するかもしれないけど、高校生相手に手を出したなんて言われた日にはたまったもんじゃないと。自分の保身に走りつつ、心のどこかでは、そんな「幸せ」はいらないという自分がいた。
 自分の奇病のことを考えたとき、もし、幸にほれ込んでしまって、幸せだなって感じるようなことがあれば、きっと幸を悲しませてしまうと思ったからだ。そういうことも考えて、今度幸がきたらこの間はごめん、やっぱり無理だ。ということを伝えようと思った。


「海沢くん、もしかしてあの子のこと考えていた?」
「え? どうしてわかったんですか?」
「海沢くんはね、結構顔に出るんだよ。それに、昨日よく眠れなかったんじゃない?」


と、田代さんは自分の目の下を指でなぞると僕の方を見た。

 化粧とかで隠せばよかったんだろうけど、生憎生活費は切り詰めているためそんなものを買う余裕もなく、隈に聞くパックも変えずじまいで、濃い隈がはっきり、くっきりした状態できてしまった。それを田代さんに指摘され、羞恥心がこみあげてくる。
 さすがは田代さんだ。僕が昨日なかなか寝付けなかった理由を言い当てるなんて、探偵にでもなれるんじゃないかと思った。


「まるで、探偵みたいですね。田代さん」
「そうかな? こう見えても、人のことを観察しているんだ。いつもよりも、繁華街の人通りが少ないとか、寒くなりそうだから暖かい飲み物を準備しようだとか、ね?」
「店長のかがみですね」


 そういえば、田代さんは満足げに笑っていた。
 そんな風に周りを見ている田代さんだからこそ、気づけることがいっぱいあって、毎回出す新作が好評なのだと思う。お客さんが欲しいものを的確に当てて準備する。売り上げがないと言っていたけど、そういう面でカバーしているのではないかとすら思った。僕も見習わなければ。


「そうで、海沢くんはどうしたいの?」
「どうしたい、とは?」
「あの子のことだよ。悩んだんでしょ。やっぱり、付き合うのはあれかなーって、なんて言い出せばいいか困ってるって顔してる」
「あはは……田代さんには本当にかないませんね」


 どこまで見抜いているのだろうか。と、ちょっと怖くなったが、絶えず笑顔を向けてくる田代さんを見ていると、そんな気も失せてしまった。田代さんはずっと僕のことを見ていてくれたし、何度も助けてくれていた。だからこそ、分かる、というのもあるのかもしれない。
 僕は頬をかきながら、思い切って相談してみようと田代さんの方を向く。田代さんは、どんとこい、と胸を張って受け止めてくれるようだった。


「田代さんは気づいていると思いますが、やっぱり、付き合うのはあれかなって思ったんです。僕は大人で、彼女はまだ高校二年生の子供。来年成人するといっても、高校にいるうちは学生ですから。なので、彼女の進路とか、この先のことを考えると、僕よりもいい人なんているだろうって思って、頭を下げようと思っているんです」


 そう、隠すことなく伝えれば、田代さんはうんうん、と相槌を打ってくれた。


「そうだね、あの子のことを考えるとそれがベストかもしれないね。海沢くんは優しいから、そこまで考えられるんだね」
「僕は優しくなんてないですよ」
「きっと、そういう優しいところに、あの子は惚れたんじゃないかな?」


と、田代さんは言った。

 優しいなんて、個性のない取柄を好きになられても……と思ってしまった。優しいことに越したことないし、優しさがあれば、人を笑顔にできる。でも、優しいから好き、は違う気がしたのだ。だからきっと、そうなのであれば幸は勘違いしているんじゃないかと。


(だったら、なおのこと付き合えないって言わないと)


 彼女は恋愛感情を間違えている。優しくしてもらったから好きになった。それを否定する気はないけれど、優しさだけじゃ彼女を幸せになんてしてあげられない気がしたのだ。


「でも、あの子来るかなあ?」
「来ると思います。昨日、連絡先ももらったので」
「ちゃっかりしてるんだね」


 田代さんはそう言って苦笑していた。僕と同じ感想を抱いていたこともあって、僕もぷっと吹き出してしまう。違いない。
 そう思っていると、カランコロンと店のベルが鳴った。


「いらっしゃいま……幸、さん」
「来ちゃいました。四葉さん!」


 噂をすればなんとやら。店のベルを鳴らし店内に入ってきたのは、僕の恋人の愛島幸だった。


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