一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

文字の大きさ
117 / 128
第3部3章

09 おかえりなさい

しおりを挟む

「――シュタール!」


 血に濡れた彼の姿は恐ろしく、感情を削ぎ落された顔は何を考えているかわからなかった。もとからそういう顔だったのだとはわかっていても、悪魔を葬った男と考えるとその恐ろしさは際立つ。その灰色の髪は、オオカミのようにたなびいており、そして彼自身は静かに凪いでいる。これまで、自分をひどく冷遇してきた兄を手にかけることができたというのにまったく彼はうれしそうじゃなかった。まるで、当たり前のように、それが一つの作業のように彼は淡々とこなした。


「ハッ、生きてたの……この、愚図」
「愚図と言われる筋合いはありません。結局あなたは、自分の身を自分で滅ぼした。自分には魔法があると高をくくっていたから」
「……は、ハハハハハハ! 魔力のない君が……負け惜しみか」
「負け惜しみでも何でもありません。事実です」


 シュタールはもう一度その剣を振り下ろそうとしたが、私はそれを止めさせた。シュタールは、私に気づくとぺこりと頭を下げた。


「ご無事で何よりです。公女様」
「ぶ、無事……まあ、そうね。よくやったわ。ありがとう。アインに伝達してくれて」
「いえ……」


 短く返し、それからシュタールは再びヴァイスを見下ろした。ヴァイスの胸からはどくどくと血が流れ、傷口が広がっていくようだった。治癒魔法をかければ間に合うのかもしれないが、誰も彼を助けようとはしなかった。すべての元凶であり、彼を倒すことができれば、平和が戻るから。
 それにしても、ヴァイスはシュタールの気配に気づかないほど熱くなっていたということだろうか。まず私たちですらシュタールの気配に気づくことができなかったのだから、ヴァイスも……と考えられたが、きっと彼は私たちを殺すことに焦点を置きすぎたせいで視野が狭くなっていたに違いない。ヴァイスの悔しそうな顔を見てればすぐにわかる。


「ヴァイス、もう諦めなさい」
「ロルベーア。面白いことを言うね。魔法で自分自身を治すことができる僕からしてみれば、こんな傷……」


 と、ヴァイスは口から血を垂らしながらそうつぶやいたが、彼が思っていたようなことは起きなかった。自ら治癒できると豪語したが、彼の魔法は発動しなかったのだ。
 私たちも不思議に思っていたが、この状況を把握していたシュタールが口を開く。


「貴方はもう魔法が使えません」
「はったりにもほどがあるよ。負傷しているからうまく発動しないだけで……」
「いえ。もう二度と使えないです」


 シュタールは死刑宣告のようにそう言い放つ。私は訳が分からずに首をかしげるが、殿下のほうは理解したようで鼻で笑っていた。どうやらヴァイスもからくりに気づいたらしく、さらに顔をゆがめてシュタールを見ていた。


「貴方は俺に魔力がないといいました。それは確かにあっています。俺には魔力がありません。しかし、魔法を切るという特異な才能と、また、人の魔力を……もっと言えば、自身に向けられた魔力を吸い取る力があるんです」
「なっ……」


 どうやら、これを知らなかったらしいヴァイスは声を上げる。
 そんなことができるなんて私も信じられずシュタールを見るが、彼はそれが事実であるように言った後、息を吐いた。


「さんざん俺を苛め抜いてくれましたね。人間として価値がないと刷り込まれ続けた人生。生きる希望を失って、人間とすら自分のことを思えなくなった日々のこと……奴隷として生きていくしかない日々。貴方が一番気持ちいい時に絶望に叩き落してやろうと考えていたんです。どうですか。見下していた弟に見下ろされるのは」
「……さい、あくな気分だね。ぐっ……」


 出血が多いせいか、ヴァイスの目はだんだんととじていく。もうしばらくすれば彼の息はとまるだろう。シュタールの言っていたことが本当であれば、彼にはもう魔力が残っていないわけだ。そんな彼は無抵抗状態で、シュタールはこの後彼をどうするつもりだろうか。気になってみていれば、殿下のほうにシュタールは顔を向け、もう一度深く頭を下げた。


「いいのか? 自分の手で始末しなくて。貴様は、俺が思っているよりも根に持つやつみたいだからな。もっと苦しめて殺してもいいんだぞ?」
「いえ、俺はそんなこと望みません。それに、俺のこれからの目標は、彼を信仰していた魔導士たちの根絶です。魔力を失った魔導士は無価値……魔法を悪用する人間のためだけに俺は剣をふるい、この力を使います。ですから、皇太子殿下、あとは貴方に任せます」


 と、シュタールは言うと一歩後ろに引いた。本当によくわからない人だと思った。殺意も、憎悪もあるのに、それが全く表に出てこないし、感じない。兄を恨んでいたという割にはこれで済ませる優しさというか、でもそれがヴァイスにとっては一番屈辱的なことなのかもしれないと、私は思いながら殿下のほうを見る。
 このまま放っておいても死ぬだろうが、殿下も殿下で彼に対する恨みがある。私だって、そうだし、今回の場合彼には慈悲はいらないと思う。


「ロルベーアはどう思う?」
「私?」
「ああ、このまま放置してもこいつは死ぬだろう。だが、俺の手で終わらせることだってできる」
「……」


 私はちらりとヴァイスのほうを見た。これまでの笑みが嘘のように私たちをにらみつけ、悪人というように顔をゆがめている。こめかみがぴくぴくと動き、そして白い肌が怒りで赤く染まっている。こうなったのは自分のせいなのに、その怒りを私たちにぶつけるのかと。けれど、彼も人間で、最後に人間らしい表情が見えて、そこは少しだけ安心した。やはり、完璧な人間などどこにもいないのだと。


「アインの判断に任せます。すべての元凶を打ち取った英雄になるのもいいですし、彼をこのまま放置するのも……」
「そうか」


 どちらが苦しいだろうか。そんなことを考えてしまう自分の頭が恐ろしかったが、彼をここで放置しても一人で死ぬことになる。彼は孤独で死ぬことを別に恐ろしいとも思わないだろう。だったら、私たちの手で終わらせるのがいい――その意見は殿下も一致していたようで、彼に跳ね飛ばされていた剣を引き抜きそれを高く掲げた。夜明けの太陽が差し込み、彼の剣を白く照らす。


「ヴァイス・ディオス最後に言い残すことはないか」
「最後に? ふ、ハハッ、これがそう……断罪される人間の気持ちかあ、面白いね。でも、ちっとも怖くないや……」


 ヴァイスはそういうと、ビー玉の瞳をこちらに向けた。その瞳に私が映るが、何というか気持ち悪さは全くなかった。年相応というか、それよりも少し幼いような顔がこちらに向けられる。そして彼は、血を吐きながら微笑み最後の言葉だと震える唇を動かした。


「ロルベーア、愛してる」
「…………」


 刹那振り下ろされた殿下の剣。私は目を閉じ、それから顔をそらした。何かが切り落とされ、血が飛び散る音が聞こえる。
 脳裏に焼き付いた彼の笑みは、恋する男の顔ではなく、ただ恋心を抱いている風を装った……やはり人間らしくない表情だった。愛しているなどきっと嘘で、最後の最後まで気持ち悪い男だったと。私は彼を忘れないだろう。


「……ロルベーア、もういいぞ」
「終わったんですか? すべて」
「ああ……」


 殿下はヴァイスの死体から私を遠ざけるように肩を抱き、シュタールはヴァイスの死亡を確認した後、彼の頭にそっと布をかぶせた。


「あの、アイン」
「何だ?」


 すべてが終わった。長いようで短いような悪夢が幕を下ろす。思えばもうここにきて、殿下と出会って三年になると、私は玉座の間に差し込む朝日を見ながら思った。まぶしい光が目に入り込み、私は思わず目を細める。
 殿下はそれを見て笑っていた。
 先ほどは、謝罪が飛び出してしまったけれど、冷静になった頭が次に殿下に話さなければならない言葉をピックアップする。記憶が戻ってよかったということも言いたいし、すべて終わらせたんですね、ともあふれてくる言葉を一つに絞り切ることはできなかったが、上ってくる朝日の光を見つめ、私はこの言葉をかけようと決めた。


「アイン……」
「ロルベーア?」


 もしかしたら、その言葉はあっていないかもしれない。でも、本来の彼が戻ってきたという意味では、遠いところに言っていたという意味ではあっていると思って私は言葉を紡ぐ。


「――おかえりなさい、アイン」

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

番探しにやって来た王子様に見初められました。逃げたらだめですか?

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はスミレ・デラウェア。伯爵令嬢だけど秘密がある。長閑なぶどう畑が広がる我がデラウェア領地で自警団に入っているのだ。騎士団に入れないのでコッソリと盗賊から領地を守ってます。 そんな領地に王都から番探しに王子がやって来るらしい。人が集まって来ると盗賊も来るから勘弁して欲しい。 お転婆令嬢が番から逃げ回るお話しです。 愛の花シリーズ第3弾です。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

愛があれば、何をしてもいいとでも?

篠月珪霞
恋愛
「おいで」と優しく差し伸べられた手をとってしまったのが、そもそもの間違いだった。 何故、あのときの私は、それに縋ってしまったのか。 生まれ変わった今、再びあの男と対峙し、後悔と共に苦い思い出が蘇った。 「我が番よ、どうかこの手を取ってほしい」 過去とまったく同じ台詞、まったく同じ、焦がれるような表情。 まるであのときまで遡ったようだと錯覚させられるほどに。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...