一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

文字の大きさ
106 / 128
第3部2章

08 兆し

しおりを挟む


「公女!」
「あらあら、私には興味なかったんじゃないですか? 殿下」
「誰に似たんだ、その口は……」


 あの一件が功を奏してか、殿下は私を頻繁に求めてくるようになった。だが、行為中キスはしないし、愛の言葉は囁かない。体は満たされても、心は満たされず、彼の性欲のはけ口になっているのではないかとも思えてきた。それでも、彼の体が私を求めざるを得ないという優越感は少なからずあって、殿下のどこかに私が残っているならとそれを受け入れた。私も対外だと思う。
 しかし、少しずつ兆しはあるというか、興味を引いたのか彼は今日、私の家を訪ねこの間はつまらなそうだったお茶の場も積極的に話しかけてきた。といっても、前の自分にかかわることは避けているようだった。


「誰に似たんでしょうね。私の愛しの人ですかね」
「それは……いや、何でもない」


(ほら、聞かない。なんで聞かないの?)


 俺だろ? と、殿下なら言うはずなのに、なぜか彼は避けて通る。まるでそれが禁句とでも言わんばかりに彼は「何でもない」と歯切れ悪く言うのだ。


「だが、本当に不思議だな。俺の呪いが解けたことは」
「殿下にも、人を愛する心があったってことですよ」
「……そんなものとっくに死んだと思っていたがな」


 と、彼は紅茶を飲みながらいう。
 彼の話はマルティンから聞いているし、私も小説である程度は知っている。だが、それは描写や過去回想シーンが出てきたというだけで、彼の苦しみというのは、彼とかかわっても彼にしかわからないものだと思った。戦争は悲惨なものだ。でも、外側で悲惨というのと、現地の人間が悲惨というのでは重みが違う。それと一緒なのだ。
 それにどれだけ寄り添えるか。
 殿下は思いが通じ合ってからもしばらく自分の話をしなかった。弱いところを見せたくないという彼のプライド。でも、ヴァイスの一件後は、彼はぽつぽつと自分の中に生まれた弱さ、持っていた弱さについて口にしてくれた。それが、本当に私に心を開いてくれたようでうれしく、またそんな彼の心を守りたいと思った。彼の心の支えが私だというのなら、私は今以上に自分のことを愛してあげなければと、そう思ったのだ。


「公女は本当に変わっている」
「お褒めにあずかり光栄です。殿下」
「ほめて、いるのか? これは」
「ほめてると思いますよ。殿下は思ったことしか口にしないので」
「……」


 紅茶がこの間よりもおいしかった。はっきりと味と香りを楽しめる。
 少しだけ心に余裕が生まれた証拠だろう。イーリスに聞くと、たびたび彼女のもとを訪れるらしいが、それは彼女の研究者としての一面を買ってのような話であり、彼女に恋愛的興味を占めてしている感じではないらしい。また、イーリスに全くその気がないというのもあって、彼らはいとこのような、兄妹のような関係にも見えるのだとか。


(……本物のヒロインなのにね)


 イーリスがいい子過ぎで、彼女をねたんでしまった過去の自分を恥じたいくらい。イーリスが殿下に興味を示さなかったのも、恋心を抱かなかったのもまた不思議な話である。どこでこじれたのか。でも、それは私にとって喜ばしい誤算ではあった。


「……俺は、記憶を失う前、こうして公女のもとを訪れていたのか?」
「え?」


 先ほどまで固く閉じていた口を開き、殿下はそう質問してきた。あれほど避けていた質問を自ら……これは、記憶を取り戻そうとしている予兆なのではないかと、胸が脈打つ。
 焦ってはだめだとは思いつつも、前のめりに、そして冷静に、迅速に……私は「そうですよ」と答えて紅茶をすする。
 殿下は、そうか、といった後、顎に手を当てて何かを考えるそぶりを見せた。
 やはり、そう簡単にはいかないらしい。


(100%じゃないとはいえ、ヴァイスの魔法……きっと他にも何かあるんだわ)


 イーリスが解除できないのも大きなポイントだろう。手紙を通じて、難解な魔法がかけられていて一つ一つが巧妙に絡み合っていてすぐにはいかないとか。偵察に行った帝国の騎士たちによれば、フルーガー王国は君が悪いくらいに静からしい。いつも通りといえばいつも通りだが、それがかえって戦争の火ぶたが切られる予兆なのではないかともいう。そんな恐ろしいことを言わないでほしいが、ヴァイスがかかわっているのならやはり何かが……


「俺は、ここ二年程の記憶を早急に取り戻さなければならない。それは、俺が皇帝に即位するためにも必要なものだからだ」
「あ……そうですよね。殿下は、皇帝に」


 殿下の言葉を聞いて、舞い上がっていた自分の気持ちを上から押さえつけた。
 今殿下が焦って記憶尾を取り戻そうとしているのは、皇位を譲り受けるため。もとから現皇帝陛下に不満があり、戦争のない国を作ると目標を抱えた殿下にとって、自分が記憶喪失なことをいいことにその座に居座り続ける陛下が憎いのだろう。親子関係は呪いの一件もあって最悪だし、殿下からすればこんなところで足踏みしているわけにはいかないと。それも、記憶を失っているから二年という月日が経っているのに自分はまだその座につけていないと、もどかしさすら感じているのだろう。
 私との関係を取り戻すためでは決してない。
 それは二の次であり、必要ではあるが最優先事項ではない。


「どうした、公女」
「いえ。殿下は……殿下は、きっと皇帝になれます。というか、その話も進んでいたんですから」
「だろうな。二年もあって何もないわけがない。なのに俺はその座につけてすらいない。早く今の皇帝を引きずり降ろさなければならない。俺が記憶喪失になった原因もそこにあるだろうからな」


 ゲベート聖王国をつぶしたことが原因――と。でも実際は、ヴァイスの好奇心から生まれた戦争のようなもので、私たちは彼の手のひらの上で踊らされているに過ぎない。けど誘いに乗って滅ぼしてしまったのもまた事実。生まれた溝を埋めようと殿下は何度も和平交渉に臨んだが簡単にはいかなかった。結局は力を持っていたいという国同士のプライドが平和を邪魔しているのだ。


(そうね、いま私にできることをしましょう)


 殿下が記憶を取り戻したいと望むのなら、私の思いだけではなく、彼を優先しようと思った。私だって、彼の願いを知っているからそれをかなえてあげたいと思う。自分の感情を優先して動いていたが、それだけではだめなのだ。彼の隣に立って支えるとはそういうこと。未来の皇帝の、未来の皇后としての役割は――


「殿下、前にも言いましたよね。必ず殿下の記憶を取り戻して見せると」
「ああ、それがどうした?」
「私はいつだって貴方の味方です。貴方が覚えていなくても、私を愛してくれたという記憶は私の中にあります」


 自分に自信が持てなくて、意地を張って彼を拒んでしまった過去もあるけれど。それでも殿下は私を好きでいてくれた。彼の呪いが移ったとはいえ、彼は呪いにかかった私を目覚めさせてくれた。恩を返す、とはまた違う気がするけれど、私は彼に生涯をささげると決めている。
 だから、どんな方法を使ってでも、彼の記憶を取り戻して見せる。


「ですから、殿下、私に任せてください。貴方は私が守ります。貴方の記憶を必ず取り戻して見せますから、不安な顔、しないでください」
「俺が不安だと?」
「はい」


 たまに殿下は自分の感情に気づかない時がある。それは、彼の情緒が育ち切っていないことにも関係している。
 私はすっと立ちあがって彼の前に行くとひざをつき、彼の手を取った。まるで、忠誠を誓うみたいで、殿下も目を丸くしている。


「ドレスが汚れるぞ?」
「そんなこと些細なことです。ただ、私は貴方を安心させたい」
「だから俺は……」


 そう言って殿下は自分の手を見た。私握られた手がかすかにふるえていることに気づいてしまったのだろう。殿下はなぜ? と、自分でもわからないような顔をしていた。彼は忘れてしまっているけれど、ゲベート聖王国で弱さを受け入れてくれと私に言ってくれたから……だから、私の前だけでは不安な彼が顔を出すのだ。それは体が無意識に。


「……そうか。俺は……記憶を失う前の俺は、公女のことがそんなに大切だったんだな」


 すまない、と絞り出したような声は何を意味していたのだろうか。思い出せないこと? それとも今の自分は違うからということ?
 まあ、どちらでもよかった。彼が不安なら、それを包み込むのが私の役目だから。


「はい。私にとって殿下も……アインもとても大切な存在です。だから、安心して。貴方の未来と心は私が守ります。どうにかしますから」


 一言では言い切れない、表せない思いを顔に乗せて私は殿下に微笑みかける。
 彼の耳がポッと、その美しい真紅の髪と同じ色に染まったのは、見間違えじゃないと私は思いたい。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。 まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。 だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。 竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。 ※設定はゆるいです。

番探しにやって来た王子様に見初められました。逃げたらだめですか?

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はスミレ・デラウェア。伯爵令嬢だけど秘密がある。長閑なぶどう畑が広がる我がデラウェア領地で自警団に入っているのだ。騎士団に入れないのでコッソリと盗賊から領地を守ってます。 そんな領地に王都から番探しに王子がやって来るらしい。人が集まって来ると盗賊も来るから勘弁して欲しい。 お転婆令嬢が番から逃げ回るお話しです。 愛の花シリーズ第3弾です。

処理中です...