56 / 128
第2部2章
01 港にて
しおりを挟む潮風に、銀色の髪が揺れる。遠くから、ウミネコの声がする。眩しい太陽が反射する、コバルトブルーの海は、いつも以上に輝いているように見えた。間近で海を見るのは初めてだったこともあり、少し浮足たつような思いで、石畳の海岸沿いの道を日傘をさして歩いていれば、横から入り込むように、太陽にも負けない真紅のカーテンがゆらりと現れた。
「暑くないか?」
「暑いので日傘をさしているんですが?」
「そうじゃない。日焼けを気にしているのかもしれないが、露出の少ないドレスだと思ってな……もったいない」
「もったいないって……それは、殿下が見たかっただけですよね?」
そういう、殿下もいつもと同じようなかっちりと着込んだ軍服で、見ているこっちが暑くなってくる。しかし、今日向かう目的地は危険がないとは言えない場所――ゲベート聖王国跡地。現在、フォルモンド帝国の領土に組み込まれてはいるが、敵国・フルーガー王国の敵兵もちらほらとみられるようで、万全を期して出航に臨む。
ゲベート聖王国にいく理由はただ一つで――
「そうだが?」
「素直ですね。その下心、人がいるところでは隠してください」
「じゃあ、二人きりならいいのか? 空き倉庫があるが、そこまで――」
「そういう意味で言ったわけじゃありません! というか、それだと、私たちがいなくなったと誰かが捜しに来るでしょう!?」
「マルティンに、事情を伝えればいい。出航の時間を少し遅らせろとな」
「絶対、それ、マルティンさんに何をやるかバレるんですか!?」
「恥ずかしいのか? 何、俺たちはもういろいろと……」
「ああ、もう殿下はっ!」
くくく、と愉快そうに喉を鳴らし、殿下は、日傘を振り回した私から少し距離を取りいたずらっ子のように笑っていた。こういうところは、好かない、好きになれない。そういうことは、私は隠したい派だし、大っぴらに言うことでもないだろう。それに、まだ私たちは婚約者という立ち位置で、結婚をしているわけでもない。まあ、皇族の血を引く子供を身に宿したら、結婚は確実になるだろうが、あいにくその心配はない。結婚するまで、避妊魔法がかけられているからだ。だから、どれだけ激しい行為に及ぼうが、子供が出来る心配はない。それを、殿下は不満に思っているらしく、避妊魔法を解除しろと上に言ってくる、とか一度大暴れしそうなときがあった。番という関係な以上、もうそれだけで結婚する未来は確定だろうに、それでもまだ、殿下は私と自分をつなぎとめるものが欲しいらしい。
(……まあ、番契約を切るから、焦る気持ちもあるのかもしれないけれど)
「結婚式の後、新婚旅行? というものに行くらしいが、公女はどこに行きたい」
「話がいきなり飛躍しましたね。まだ、結婚の事、考えれてなくて」
「ほかの男がいいと? そのために番契約を切りたいというのか?」
「ああ、もうではなくて! 敵国との戦争……冷戦状態とはいえ、また悪化しているんでしょ? それもありますし、この間のシュニー嬢の口から出た、魔導士のことも気になります。フルーガー王国が、いくらゲベート聖王国とつながったとはいえ、強大な魔力を持っている魔導士がいるとは思えませんし」
「はあ……本当に、厄介なことをしてくれるな。俺と、公女の幸せな未来に」
「別に、それを狙っているわけではないと思いますが、たぶん」
シュニーの魔法は、やはり魔改造されたように強く、彼女本来の力ではなかった。実際、あの時シュニーの口からも「魔物の血を取り入れた人工的な魔法生物」とか言っていたし、そのすべを、帝国は知らないわけで、どこかから輸入してきた知識であることは間違いなかった。それが、敵国からなのか、それとも――というところで、調査は難航しているらしい。だが、フルーガー王国には、ゲベート聖王国の生き残りが流れてきたとはいえ、大魔導士と呼ばれていた者たちは、帝国が全員処分した、とも聞いているし。
(私が、かかわることじゃないわね。また、余計なことをして、殿下を悲しませたくないし)
殿下はそれに関わっているが、私がそれに首を突っ込む理由はなかった。それに、この問題については、イーリスが名を挙げて、協力しているらしいから、問題ない。まあ、そのせいで、イーリスと殿下が二人でいるところをーなんていう噂が耳に入ってくるのだけど。
「殿下、ロルベーア様」
「マルティンさん。お疲れ様です」
「あ、はい。お疲れ様です。出航の準備が整いましたので、お越しください」
「わかった。公女、行くぞ」
「はい。マルティンさん、ありがとうございます」
「いえいえ。殿下を見張っていてくださって、ありがとうございます」
目の下の隈が前よりもひどいことになっていた。今にも倒れそうなマルティンを見ていると、殿下に扱き使われていることがうかがえる。この人がいなかったら、殿下は本当の意味で暴走していただろうし、誰にも留められないだろう。皇太子の補佐官という仕事の重要性と、忙しさがうかがえ、本当にいつもありがとうございます、の意を込めて感謝の言葉を述べた。殿下は、「当たり前だろ、これくらいのこと」とどこに対抗心を燃やしているのか、不貞腐れていうので、私はマルティンに苦笑いを送り、殿下の後を追いかけた。
「もう少し、マルティンさんのこといたわってあげてください。殿下」
「なぜだ?」
「なぜって……貴方のために、あんなに一生懸命になってくれる人いませんよ」
「公女は、マルティンの肩を持つのか?」
「はあ……本当に、話を聞かないんですね」
日傘をたたみ、私は、殿下の案内で船の乗り場まで歩く。日差しがきつく、顔を上げたら、目が開けられないほどのまぶしい光にくらくらと頭が回る。そんなこと、気にも留めずに歩くので、私は、また殿下は……とため息が漏れそうになった。
(本当に、子供っぽい……)
殿下以外、恋愛感情をもって異性と接しているわけでもないのに、殿下は私が異性と話しているとすぐに嫉妬する。初めのうちは可愛いと思っていたが、今はただめんどくさいだけだ。機嫌も悪くなるし。
「それで、本当にいいんだな?」
「何がですか?」
「……番契約を切ることだ。本当に」
「はい、この間申し上げました通りです。シュニー嬢との一件もあって、これ以上殿下に迷惑をかけたくないので」
「迷惑だと思っていない。お前が、ピンチの時はすぐ駆けつけてやる。そのための番だ」
「……意思は変わりません。それに、殿下も、この前、納得してくれましたよね? 双方の同意あってのことだと思っていたのですが」
「……いい、好きにしろ」
機嫌が悪いのは、今日のこの船旅の目的が、番契約を切る方法を探しに行くためだからだ。だから、いつも以上に気がたっていて、機嫌が悪い。護衛についてきてくれる騎士たちも、震えあがるほどに、殿下の機嫌は最悪に悪かった。
(でも、決めたことよ……これ以上、アインの足枷にならないって。私なりに、考えたことだから)
彼は不安で仕方がないのだろう。自分と私をつなぐものがなくなることが。
私だって、不安じゃないわけではない。でも、大切な人を守るために、大切な人と自分をつなぐものを断ち切るだけだ。別にどこかに行くわけじゃない。ただ、目に見えた証がなくなるだけ。
(……そこは、価値観の違いね。全部わかってもらおうとは思ってないわ)
それでも……
真紅の髪が潮風に揺れ、マントのようにはためいている。私が、あの強い人を守るためにできることと言えば、それくらいで。それくらいだからこそ、させてほしい。
私が、愛している人のためにできる唯一のことだと思ったから。
「公女、掴まれ」
「……ありがとうございます。アイン」
手を取って、船の上に上がる。視界が一気に開け、遠くにぼんやりと見える島を確認し、私は、胸の前でぎゅっとこぶしを握った。
32
お気に入りに追加
948
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
番探しにやって来た王子様に見初められました。逃げたらだめですか?
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はスミレ・デラウェア。伯爵令嬢だけど秘密がある。長閑なぶどう畑が広がる我がデラウェア領地で自警団に入っているのだ。騎士団に入れないのでコッソリと盗賊から領地を守ってます。
そんな領地に王都から番探しに王子がやって来るらしい。人が集まって来ると盗賊も来るから勘弁して欲しい。
お転婆令嬢が番から逃げ回るお話しです。
愛の花シリーズ第3弾です。
番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ
紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか?
何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。
12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
獣人姫は逃げまくる~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかかって逃げたけどそのうちの一人と番になりました~ R18
鈴田在可
恋愛
獣人は番を得ると、その相手しか異性として見なくなるし、愛さなくなる。獣人は匂いに敏感で、他の異性と交わった相手と身体を重ねることを極端に嫌う。獣人は番を決めたら死ぬまで添い遂げ、他の異性とは交わらない。
獣人の少女ヴィクトリアは、父親である獣人王シドの異常な執着に耐え、孤独に生きていた。唯一心を許せるリュージュの協力を得て逃げ出したが、その先で敵である銃騎士の青年レインに見つかってしまう。
獣人の少女が、貞操の危機や命の危機を脱しながら番を決めるまでの話。
※マルチエンドでヒーロー(レイン、リュージュ、アルベール、シド)ごとにハッピーエンドとバッドエンド(レイン、リュージュのみ)があります
※⚠要注意⚠ 恋愛方面含む【どんでん返し】や【信頼していた人物からの裏切り行為】が数ヶ所あります
※ムーンライトノベルズにも掲載。R15版が小説家になろうにあります。
※【SIDE数字】付きの話は今後投稿予定のナディアが主人公の話にも載せます。ほぼ同じ内容ですが、ストーリーをわかりやすくするために載せています。
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる