一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

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第2部2章

02 番契約を切る方法

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「――番契約を切りたい……だと?」
「はい」
「正気か? 公女」


 それは、出航の一週間前。
 シュニーの件も落ち着き、いつも通りの日常が戻ってきたある日の昼下がり。私は、意を決して、殿下に番契約を切りたいということを伝えに行った。もちろん、いろいろ考えた上の決断だったし、一人で決めきれることではないので、殿下に――と。
 殿下は、予想通り動揺しており、この間の比ではなく、机に載っていた資料を床にすべて落としてしまうくらいには、焦っていた。私のもとによって来ると、痛いくらいに、肩を掴み、揺さぶる勢いで「なぜだ」と、瞳孔が見開かれた瞳で訴えかけてきた。


「痛いです。殿下」
「理由をいえ」
「……いったん落ち着いて話し合いましょう」
「…………」
「殿下?」
「……悪い」


と、そのまま押し倒されるのではないかと、そんな覚悟もしていったのだが、殿下は、自らを収めるように首を横に振ると、私から手は離さなかったものの、その手に込める力を緩め、俯いた。

 番から、契約を切りたいと言われたら、誰だって動揺するだろう。私でも、動揺すると思う。この間、ようやく心が通じ合ったばかりで、この仕打ち。私も申し訳ないとは思っているが、殿下もきっと理解はしてくれるだろうと、まっすぐと彼を見た。
 刹那の放心状態の後、殿下は、座って話そうと、扉に防音の魔法がかかる魔法石を埋め込み、私を先に座らせた後、深く向かい側のソファに腰かけた。


「それで……理由を聞いてもいいか? ロルベーア」
「……先日の、シュニー嬢の件で私は深く反省しました。番契約は、私たちをつなぐものであると同時に、大きな弱点になると。以前、狩猟大会で、敵国の人間に襲われたことがありましたよね……あの時から、ずっと、悩んでいたんです。殿下が助けに来てくれたから、事なきを得た。けれど、一歩遅かったら?」
「必ず助ける。約束する。だから、そんなことをいわないでくれ」


 睨みつけるように、殿下は低くそういった。けれど、その声が、どこか震えち得て、かすれていたのもまた事実だった。


「不確定要素は消すべきです。貴方がいったんじゃありませんか。先立たれては困ると。番としか、子をなせない、性行為もできない。私が死んだら、殿下は孤独に苛まれるでしょう」
「……」
「これからも一緒にいるためには、番契約を切るべきだと思うんです。私たちを縛る、枷はいらない。そんなものがなくても、私たちはもう大丈夫ですから」 


 こんな言葉で、彼の不安を消せないのは分かっていた。
 でも、足かせになること、弱点になることは、殿下もうすうす気づいているはずだ。それ以前に、番であるが故の弊害というのか、祝福というのか。相手の考えていることが、感情が流れ込んでくるという特性。殿下は、いつか私に番契約を切りたいと言われるのを予見していたのではないか。
 取り繕っていても、彼が不安であるという感情が痛いほどに流れ込んできた。私たちの始まりであり、乗り越えた障害……思い入れがないわけではない。けれど……


「ドロップ伯爵令嬢の入れ知恵か」
「……確かに、彼女に言われて気づきました。これで、二回目。貴方をこれ以上巻き込みたくありません」
「巻き込まれていると思っていない。むしろ、俺のせいで……」
「そう思っているのなら、なおさら切るべきだはと思いませんか? 番契約を切ったところで、何かが変わるというわけではありません。私たちの関係が、契約一つで変わるんですか? 違いますよね」
「公女の気持ちは分かった。だが、どうやって切るんだ? その方法を知っているというのか?」


 これもまた、衝撃で、反論してくると思っていたが、殿下は落ち着いて返してきた。その、あっさりさに拍子抜けしてしまい、反応が遅れたことで、彼の眉間にしわが寄る。
 やっぱり、殿下もどこか負い目を感じていたのかもしない。そう思うと、一人でもう決めた、というような切り出し方はよくなかったのではないかと反省する。


「そ、それがなんですけど……これも、シュニー嬢が言っていたことなので、定かではありませんが、『ゲベート聖王国に、番契約を切る方法がある』と」
「不確かな情報だな。だが、番契約は、もともとゲベート聖王国が編み出したものでもあるしな。その線は、濃厚かもしれないな」
「……し、信じてくれるんでですか?」
「は? 当たり前だろ。何を、とぼけたことをいっている」


 さも当たり前であるかのように、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
 その殿下の態度に、どうしても引っ掛かりを覚えてしまい、爪が食い込みそうなほどこぶしを握りこむと、それを見ていた、殿下が言い直すように、足を組み替え口を開いた。


「愛する者の言葉を、信じられない番がどこにいる。それとも、俺がそんな薄情な奴に見えたか?」
「い、いえ……」
「別に……俺も、この間の事で、少し思うところがあったんだ。お前を巻き込んだことを、後悔している。お前が、俺を巻き込んだことを後悔しているようにな。お互いさまってやつだな」


と、殿下は真紅の髪を掻きむしりながら言う。

 私が思っていた以上に、彼は大人で、取り乱し一人で考えを貫こうとした私の方が子供のようにも思えた。反省をしつつ、彼もそう感じてくれているのなら、話は進みそうだと、そこは安堵する。


「お互い様……ですかね」
「それで? 番契約を切るために、ゲベート聖王国に行きたいというのなら、船を出すが、それでいいのか?」
「それでって……方法が分からない以上、そこに行くのが。ああ、敵国の人間が、徘徊しているっていう噂が」
「ああ。だから、本当に行くとなると、少し時間がかかるぞ? それに、番契約を切るだなんて、前代未聞だ。番を殺す以外の方法でな」
「……」
「そう、硬くなるな。公女が俺のことを思って、その決断に至ったことは知っている。責める気もない。ただ、寂しくなるとは思うが」
「私も、寂しいですよ。近くに殿下を感じられなくなるのは」
「本当か? 来た時には、すでに全て決めているといったような顔できたが?」
「あ、あれは、少し焦ってしまって。もう少し、頭を冷やしてから殿下の元を訪れるべきでした。そ、そこは反省しています」


 いじわるに、私の上げ足を取り笑う殿下はいつもの調子だった。
 私は、自分の幼稚さをこれ以上指摘されたくなくて、床に散らばった書類を拾い上げ、机の上に積んでいく。


「そんなもの、後でマルティンにでもやらせればいいだろう。公女がわざわざ、汚い床に手を付ける必要はない」
「私のせいなので。それに、マルティンさんにばかり頼っていては、殿下、生きていけませんよ?」
「報告書を書くのが嫌いなだけだ。書類仕事は性に合わない。身体を動かすことなら得意だがな」


 殿下は、はあ……とため息をついて、ソファに倒れこむ。長い真紅の髪は、床につきそうで、先ほど汚い床に、といった人の態度ではないと思った。


「殿下、髪が床につきます」
「いいだろう。洗えば……そうだ、公女。また、一緒に風呂でも入らないか?」
「いきなりですね。嫌です」
「なぜだ? 俺たちがまだ番になったばかりのころ、一緒に入っただろ? 今更恥ずかしがる必要も……」
「今だからです! 今あなたと一緒に入ったら、何をされるか分かりません。じ、じろじろ見ないでください!」


 獲物を狙うような目がそこにあった。散らばった書類をそそくさと拾い上げ、私は、拾った紙で顔を隠す。


「何をされるか分からない? どんなことを期待していたんだ。公女、相変わらずだな」
「揶揄わないでください! 」
「揶揄っているわけじゃない。ただ、俺の番は……俺のロルベーアは、素直じゃないと思っただけだ。そこが、可愛くて、からかいたく……おっと」
「揶揄いたいって今言いましたよね!?」
「言っていない。公女の空耳だろう。俺は、性行為抜きにしても、公女と風呂に入りたいし、一緒に寝たい。番だからという義務感からじゃない。俺がそうしたいから言っているだけだ」
「……」
「公女は?」
「……いです」 


 殿下は、私の言葉を待つように、じっとこちらを見つめる。
 その視線が恥ずかしくて、思わず俯いてしまったけれど、彼はそのまま待っていた。殿下の誠実な態度に私は本当に参っていると思う。立場的には私が断れないのをいいことに……そんな悪態さえ浮かんでしまう始末だ。でも、彼にそこまでさせてしまっていてはダメなのだと分かるから、私も意を決して顔をあげた。


「別に構わないです」
「最初からそう言え。だが、公女が、その気にさせたからな。今一緒に風呂でも入ったら、長風呂になってしまいそうだ」
「じゃあ、一人で入ってください」


 話はついたため、私は、以前の二の舞にならないよう部屋を後にした。後ろで、嬉しそうに笑う殿下の声が聞こえたが、今は自分の身体が一番だと、その場を後にした。


(……でも、受け入れてもらえてよかった)


 番契約を切る――それが、本当にできれば、彼に結び付けた足枷が一つ減る。私の中に渦巻く不安もなくなって、互いにいいのではないか。
 そんなことを思いながら、皇宮の廊下を駆け抜けた。

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