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第二部 絆ぐ伝説
第四話一七章 口実になる
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「では、たしかに」
大公邸内の会議室席上。卓をはさんで大公サトゥルヌスと相対しているロウワンの厳かな声が響いた。
『卓をはさんで』と言っても、ひとつの卓をはさんでいるわけではない。ロウワンとサトゥルヌスはそれぞれ別の卓についていて、卓と卓との距離は優におとな三人分もはなれている。もちろん、これだけ卓と卓の距離があれば言葉もろくに通じないし、文書の受け渡しも不自由きわまる。
そこで、専門の使者がいて、お互いの卓を行き来しては声を伝え、文書を手渡す。普通にひとつの卓についていれば言葉も普通に伝わるし、文書のやりとりも簡単だというのに、わざわざよけいな一手間をかける。
これが仮に『暗殺を怖れて距離をとっている』というならまだ、実利的と言える。しかし、そのための距離ではない。わざわざ距離をとり、使者をおいているのはあくまでも貴族としての虚栄心。
『我々とお前とではこれだけの距離があるのだぞ。そのことを忘れるな』
その言葉を目に見える形で語っているのだ。
実際、ローラシア側の卓は相手側の卓よりも一段、高くなった床に置かれており、心理的威圧感を与えるように出来ている。
とにもかくにも、自分の立場を誇示し、相手にそのことを思い知らせずにはいられない。それがローラシア貴族の習性であり、救われなさというものだった。
だが、ロウワンにとってはこの際、ローラシア貴族の習性など意味はない。意味があるのはたったいま使者から渡された一枚の文書。大公サトゥルヌスの署名が記されたローラシア大公国の公文書である。
その公文書にはこう記されていた。
『ローラシア国外への移住を求めるものは貴族、平民、奴隷の区別なく、等しくその希望を認められるものとする』
それは、ローラシアが都市網国家の掲げる『出国の自由』を認めたという証であり、事実上の奴隷制の廃止を意味する文言だった。
メルクリウスの謀反はあっけなく終わった。
メルクリウスの死後も、そのことを知らない各部隊はそれぞれの場で抗戦をつづけていたが、メルクリウスの死を知らされると憑き物が落ちたかのように武器をすて、投降した。それまで、占領した建物に立てこもり、徹底抗戦の構えを見せ、弾も尽きよと銃を撃ちまくっていた兵士たちが途端に武器をすて、両手をあげて外に出てきたのだ。その変わり身の早さはいっそ、あっぱれと言いたくなるほどのものだった。
もとより、命令されて戦っていただけで、かの人たち自身に叶えるべき理想や、願いがあったわけではない。命令する立場の人間が死んだあとまでも戦う理由など誰にもなかったのだ。
もちろん、謀反人に荷担したからには相応の罪に問われることになる。しかし、そこは大陸一、上下関係の厳しいローラシアのこと。兵士たちに貴族の命令に逆らうことなどできるはずもなく、その事実は逆に『命令されてやっただけだよ。おれにはなんの責任もないね』という、ある種の気楽さにつながっている。
裁く側も似たようなもので、『道具』に過ぎない下っ端の兵までいちいち裁判にかけて処刑する……などという面倒事はしたくない。そもそも、一般兵などいくら処刑したところで没収する財産もないわけだし……。これが大貴族でもあれば没収して自分たちで分けあえる財産がたんまりあるので、どんどん処刑するのだが。
ともかく、一般兵など処刑したところで面倒なばかりでなんの旨味もない。そこで、一般兵士は『恩赦』という形で解放されるのが一般的なのだ。それは、もちろん『恩赦してやるから手間をかけさせずに投降しろ』という通告でもある。
兵士たちにしてみれば投降すれば身の安全は『ほぼ』保障されるのだから、戦いつづけて死ぬなど馬鹿馬鹿しい。そのことが、簡単な投降につながっている。
ある意味、首謀者が死んだあとまで戦いをつづけ、無駄な被害を出さないための合理的な仕組みとも言える。
ヨーゼフとベルンハルトのふたりもあっさりと捕まった。
『捕まった』と言うよりは、謀反の失敗とメルクリウスの死とによってすっかり自失状態であったので、自分では身動きひとつできず、まるで介護されるかのように運んで行かれたのだ。
とにかく、このふたりは生きのこった。
生き残りはした。
しかし、今後の人生は『幸福』とは縁のないものになるだろう。家を取りつぶされ、爵位を剥奪され、すべての財産を没収され、平民に落とされ、文字通り『身ぐるみはがされ』た状態で、世間の荒波のなかに叩き出されるのだから。
『平民として生きる』というローラシア貴族最大の悪夢を与えられたふたりの今後が、幸福なものになるはずがなかった。
ともかく、『メルクリウスの乱』はあっけなく終了した。それはいいのだが、問題は『誰が終了させたか』である。
賊軍の大公邸への侵入を阻止し、メルクリウスが切り札と頼んだ妖物、とんを退治したのは野伏である。
敵兵のなかに斬り込み、制圧したのはビーブである。
衛兵隊を指揮して戦い、首謀者メルクリウスの首をとったのはロウワンである。
大公サトゥルヌスをはじめ、ローラシアの『偉大なる貴族』たちは事態の解決になんの貢献もしてない。ロウワンたちがいなければいまごろ全員とんに食われ、死んでいたのだ。
その現実を前にしてはいかに、自分たちの特権を自明のものとして信じて疑わないローラシア貴族であろうともロウワンに譲歩しないわけには行かなかった。
ロウワンはその弱みにつけ込み、徹底的に強気に出て『出国の自由を認める』という一文を勝ちとった。言わば、売りつけた恩の代価をむしりとったわけだ。
もちろん、この『取り引き』はゴンドワナ商人の息子としても、自由の国の主催としても、誰に対しても恥じる必要のないもので、胸を張って誇れる成果だった。
「……これでよかろう。用がすんだならさっさと帰るがよい」
卓と卓との間を行き来する使者の口からサトゥルヌスのその言葉が届けられた。ロウワンは立ちあがって一礼すると、使者に対して返答を預けた。
「ありがとうございます。ローラシアがこの一文を守る限り、我ら、自由の国はローラシアの友でありつづけます」
答えを預けられた使者が無表情のままサトゥルヌスの卓に向かう。その感情というものを感じさせない動作はそれこそ、機械仕掛けの人形のようだった。
実のところ、ロウワンの言葉が正確にサトゥルヌスに届けられるかどうかはわからない。そもそも、使者の言葉が本当にサトゥルヌスのものかどうかもわからない。使者が自分の判断で、あるいは、なんらかの謀略によってまったくちがう言葉を届け、会談を操る、と言う可能性は常にある。
――少なくとも、そう疑うことは出来るし、そんな疑いをもっていてはうまく行くものも行かなくなる。互いに信頼して事に当たるためにはやっぱり、お互いが直接、話しあうのが一番だな。
自由の国では必ず、間に人をおいたりせずに直接、話しあうことで解決しよう。
ロウワンはそう心に誓った。
ロウワンは会議室を出て野伏と合流した。野伏は相変わらず太刀を手放すことを拒んだので、会議室に入ることが出来なかったのだ。もちろん、なにかあれば分厚い扉を切りやぶってなかに突入していたわけだが。
意外なことに、ロウワンを出迎えたのは野伏だけではなかった。ローラシアの衛兵たちもその場にまっていた。まるで、主君を出迎えるかのように整然と並んでいる。
「ロウワンどの」
と、衛兵隊の隊長が一歩、前に進み出た。
「お見事な指揮振りでした。そのお若さであの胆力、あの判断力。敬服いたしました」
そう言われて、ロウワンはにこやかに微笑んだ。
「とんでもない。実際に戦ってくれたのはあなた方です。あんな怪物を相手に一歩も引かない勇気、素早い反応、あなた方こそお見事でした。あなた方は立派な衛兵です」
ロウワンはその言葉とともに腕を胸に当て、頭をさげた。
ロウワンの言葉はまんざら『お世辞』というわけでもない。衛兵たちの反応の速さ、射撃精度の高さはいずれもロウワンの予測を超えていた。皇帝の飾り人形は飾り人形なりに鍛錬だけはしっかりこなしていたらしい。これは、ローラシア貴族としては相当にめずらしいことである。
見た目で選ばれただけあって、美丈夫ぞろいの衛兵たちの顔は誇らしげに輝いていた。
徹底した身分社会であるローラシアに生まれ、格上のものからは道具として扱われ、格下のものは賤民として見下す。それが当たり前だと思って生きてきた。こんなふうに素直に褒められたことも、感謝されたこともない。それだけに、ロウワンの態度は新鮮だし、嬉しいものだった。
「もったいないお言葉です。ですが、ロウワンどの。あなたのご功績は戦闘指揮だけではありませんぞ。あなたの言葉は確かに我々の心に美いた。『飾り人形』と呼ばれ、我々自身、それでいいと思っていたその心を、あなたの言葉がかえたのです。いまの我々はまちがいなく、衛兵としての立場に誇りをもっています。これからは、この誇りとともに真剣に任に当たる覚悟です」
「ええ。銃もつものとして、銃なきものを守るため、全力を尽くしてください」
「はい! ロウワンどのもなにかあれば遠慮なく我々に頼ってください。なんでも、自由の国はローラシアと友好を結ぶとか。ならば、我らは仲間。なんの遠慮もいりませんぞ」
「ええ。頼りにさせていただきます」
そう言われて――。
一斉に誇らしげな笑顔を浮かべた衛兵たちの見送りを受けて、ロウワンたちは大公邸をあにした。
「今回は大成果と言っていいのかしらね」
「キキキッ」
トウナが言うと、ビーブも声をあげた。
ロウワンはうなずいた。
「ああ。ローラシアに『出国の自由』を認めさせることが出来たのは大きい。これで、自由の国の理念に反することなくローラシアと協力関係を結べる」
メルクリウスに感謝だな。いや、そもそものきっかけを作ってくれたハルベルトに感謝かな。
ロウワンはそう付け加えた。
「しかし、そんな約束、当てにはなるまい」
そう釘を刺したのは野伏である。
「特権意識に凝り固まったやつらのことだ。他国の平民相手の約束を律儀に守るとは思えん」
「だろうな。だけど、公文書を手に入れたのは大きい。この公文書さえあれば奴隷身分の人たちの救出活動を手伝うことも出来る」
「救出活動? ローラシア国内にそんな動きがあるのか?」
「プリンスから聞いたわ」と、トウナ。
「ローラシアのあちこちに元奴隷からなる抵抗組織があって、奴隷身分の人たちの逃亡を助けているらしいわ」
「ガレノアも協力したことが何度かあるそうだ」
ロウワンが話を引き取った。
「だけど、この公文書さえあれば自由の国として堂々と救出活動を手伝える。なにしろ、国が『出国の自由』を認めているんだからな。それを阻もうとするものがいれば、そいつらこそがローラシアに対する反逆者と言うことになる。堂々と排除してやれる。それに……」
「それに?」
「もし、ローラシアそのものがこの約束を反故にしたなら、そのときは……」
「そのときは?」
「ローラシアに攻め込む口実となる」
大公邸内の会議室席上。卓をはさんで大公サトゥルヌスと相対しているロウワンの厳かな声が響いた。
『卓をはさんで』と言っても、ひとつの卓をはさんでいるわけではない。ロウワンとサトゥルヌスはそれぞれ別の卓についていて、卓と卓との距離は優におとな三人分もはなれている。もちろん、これだけ卓と卓の距離があれば言葉もろくに通じないし、文書の受け渡しも不自由きわまる。
そこで、専門の使者がいて、お互いの卓を行き来しては声を伝え、文書を手渡す。普通にひとつの卓についていれば言葉も普通に伝わるし、文書のやりとりも簡単だというのに、わざわざよけいな一手間をかける。
これが仮に『暗殺を怖れて距離をとっている』というならまだ、実利的と言える。しかし、そのための距離ではない。わざわざ距離をとり、使者をおいているのはあくまでも貴族としての虚栄心。
『我々とお前とではこれだけの距離があるのだぞ。そのことを忘れるな』
その言葉を目に見える形で語っているのだ。
実際、ローラシア側の卓は相手側の卓よりも一段、高くなった床に置かれており、心理的威圧感を与えるように出来ている。
とにもかくにも、自分の立場を誇示し、相手にそのことを思い知らせずにはいられない。それがローラシア貴族の習性であり、救われなさというものだった。
だが、ロウワンにとってはこの際、ローラシア貴族の習性など意味はない。意味があるのはたったいま使者から渡された一枚の文書。大公サトゥルヌスの署名が記されたローラシア大公国の公文書である。
その公文書にはこう記されていた。
『ローラシア国外への移住を求めるものは貴族、平民、奴隷の区別なく、等しくその希望を認められるものとする』
それは、ローラシアが都市網国家の掲げる『出国の自由』を認めたという証であり、事実上の奴隷制の廃止を意味する文言だった。
メルクリウスの謀反はあっけなく終わった。
メルクリウスの死後も、そのことを知らない各部隊はそれぞれの場で抗戦をつづけていたが、メルクリウスの死を知らされると憑き物が落ちたかのように武器をすて、投降した。それまで、占領した建物に立てこもり、徹底抗戦の構えを見せ、弾も尽きよと銃を撃ちまくっていた兵士たちが途端に武器をすて、両手をあげて外に出てきたのだ。その変わり身の早さはいっそ、あっぱれと言いたくなるほどのものだった。
もとより、命令されて戦っていただけで、かの人たち自身に叶えるべき理想や、願いがあったわけではない。命令する立場の人間が死んだあとまでも戦う理由など誰にもなかったのだ。
もちろん、謀反人に荷担したからには相応の罪に問われることになる。しかし、そこは大陸一、上下関係の厳しいローラシアのこと。兵士たちに貴族の命令に逆らうことなどできるはずもなく、その事実は逆に『命令されてやっただけだよ。おれにはなんの責任もないね』という、ある種の気楽さにつながっている。
裁く側も似たようなもので、『道具』に過ぎない下っ端の兵までいちいち裁判にかけて処刑する……などという面倒事はしたくない。そもそも、一般兵などいくら処刑したところで没収する財産もないわけだし……。これが大貴族でもあれば没収して自分たちで分けあえる財産がたんまりあるので、どんどん処刑するのだが。
ともかく、一般兵など処刑したところで面倒なばかりでなんの旨味もない。そこで、一般兵士は『恩赦』という形で解放されるのが一般的なのだ。それは、もちろん『恩赦してやるから手間をかけさせずに投降しろ』という通告でもある。
兵士たちにしてみれば投降すれば身の安全は『ほぼ』保障されるのだから、戦いつづけて死ぬなど馬鹿馬鹿しい。そのことが、簡単な投降につながっている。
ある意味、首謀者が死んだあとまで戦いをつづけ、無駄な被害を出さないための合理的な仕組みとも言える。
ヨーゼフとベルンハルトのふたりもあっさりと捕まった。
『捕まった』と言うよりは、謀反の失敗とメルクリウスの死とによってすっかり自失状態であったので、自分では身動きひとつできず、まるで介護されるかのように運んで行かれたのだ。
とにかく、このふたりは生きのこった。
生き残りはした。
しかし、今後の人生は『幸福』とは縁のないものになるだろう。家を取りつぶされ、爵位を剥奪され、すべての財産を没収され、平民に落とされ、文字通り『身ぐるみはがされ』た状態で、世間の荒波のなかに叩き出されるのだから。
『平民として生きる』というローラシア貴族最大の悪夢を与えられたふたりの今後が、幸福なものになるはずがなかった。
ともかく、『メルクリウスの乱』はあっけなく終了した。それはいいのだが、問題は『誰が終了させたか』である。
賊軍の大公邸への侵入を阻止し、メルクリウスが切り札と頼んだ妖物、とんを退治したのは野伏である。
敵兵のなかに斬り込み、制圧したのはビーブである。
衛兵隊を指揮して戦い、首謀者メルクリウスの首をとったのはロウワンである。
大公サトゥルヌスをはじめ、ローラシアの『偉大なる貴族』たちは事態の解決になんの貢献もしてない。ロウワンたちがいなければいまごろ全員とんに食われ、死んでいたのだ。
その現実を前にしてはいかに、自分たちの特権を自明のものとして信じて疑わないローラシア貴族であろうともロウワンに譲歩しないわけには行かなかった。
ロウワンはその弱みにつけ込み、徹底的に強気に出て『出国の自由を認める』という一文を勝ちとった。言わば、売りつけた恩の代価をむしりとったわけだ。
もちろん、この『取り引き』はゴンドワナ商人の息子としても、自由の国の主催としても、誰に対しても恥じる必要のないもので、胸を張って誇れる成果だった。
「……これでよかろう。用がすんだならさっさと帰るがよい」
卓と卓との間を行き来する使者の口からサトゥルヌスのその言葉が届けられた。ロウワンは立ちあがって一礼すると、使者に対して返答を預けた。
「ありがとうございます。ローラシアがこの一文を守る限り、我ら、自由の国はローラシアの友でありつづけます」
答えを預けられた使者が無表情のままサトゥルヌスの卓に向かう。その感情というものを感じさせない動作はそれこそ、機械仕掛けの人形のようだった。
実のところ、ロウワンの言葉が正確にサトゥルヌスに届けられるかどうかはわからない。そもそも、使者の言葉が本当にサトゥルヌスのものかどうかもわからない。使者が自分の判断で、あるいは、なんらかの謀略によってまったくちがう言葉を届け、会談を操る、と言う可能性は常にある。
――少なくとも、そう疑うことは出来るし、そんな疑いをもっていてはうまく行くものも行かなくなる。互いに信頼して事に当たるためにはやっぱり、お互いが直接、話しあうのが一番だな。
自由の国では必ず、間に人をおいたりせずに直接、話しあうことで解決しよう。
ロウワンはそう心に誓った。
ロウワンは会議室を出て野伏と合流した。野伏は相変わらず太刀を手放すことを拒んだので、会議室に入ることが出来なかったのだ。もちろん、なにかあれば分厚い扉を切りやぶってなかに突入していたわけだが。
意外なことに、ロウワンを出迎えたのは野伏だけではなかった。ローラシアの衛兵たちもその場にまっていた。まるで、主君を出迎えるかのように整然と並んでいる。
「ロウワンどの」
と、衛兵隊の隊長が一歩、前に進み出た。
「お見事な指揮振りでした。そのお若さであの胆力、あの判断力。敬服いたしました」
そう言われて、ロウワンはにこやかに微笑んだ。
「とんでもない。実際に戦ってくれたのはあなた方です。あんな怪物を相手に一歩も引かない勇気、素早い反応、あなた方こそお見事でした。あなた方は立派な衛兵です」
ロウワンはその言葉とともに腕を胸に当て、頭をさげた。
ロウワンの言葉はまんざら『お世辞』というわけでもない。衛兵たちの反応の速さ、射撃精度の高さはいずれもロウワンの予測を超えていた。皇帝の飾り人形は飾り人形なりに鍛錬だけはしっかりこなしていたらしい。これは、ローラシア貴族としては相当にめずらしいことである。
見た目で選ばれただけあって、美丈夫ぞろいの衛兵たちの顔は誇らしげに輝いていた。
徹底した身分社会であるローラシアに生まれ、格上のものからは道具として扱われ、格下のものは賤民として見下す。それが当たり前だと思って生きてきた。こんなふうに素直に褒められたことも、感謝されたこともない。それだけに、ロウワンの態度は新鮮だし、嬉しいものだった。
「もったいないお言葉です。ですが、ロウワンどの。あなたのご功績は戦闘指揮だけではありませんぞ。あなたの言葉は確かに我々の心に美いた。『飾り人形』と呼ばれ、我々自身、それでいいと思っていたその心を、あなたの言葉がかえたのです。いまの我々はまちがいなく、衛兵としての立場に誇りをもっています。これからは、この誇りとともに真剣に任に当たる覚悟です」
「ええ。銃もつものとして、銃なきものを守るため、全力を尽くしてください」
「はい! ロウワンどのもなにかあれば遠慮なく我々に頼ってください。なんでも、自由の国はローラシアと友好を結ぶとか。ならば、我らは仲間。なんの遠慮もいりませんぞ」
「ええ。頼りにさせていただきます」
そう言われて――。
一斉に誇らしげな笑顔を浮かべた衛兵たちの見送りを受けて、ロウワンたちは大公邸をあにした。
「今回は大成果と言っていいのかしらね」
「キキキッ」
トウナが言うと、ビーブも声をあげた。
ロウワンはうなずいた。
「ああ。ローラシアに『出国の自由』を認めさせることが出来たのは大きい。これで、自由の国の理念に反することなくローラシアと協力関係を結べる」
メルクリウスに感謝だな。いや、そもそものきっかけを作ってくれたハルベルトに感謝かな。
ロウワンはそう付け加えた。
「しかし、そんな約束、当てにはなるまい」
そう釘を刺したのは野伏である。
「特権意識に凝り固まったやつらのことだ。他国の平民相手の約束を律儀に守るとは思えん」
「だろうな。だけど、公文書を手に入れたのは大きい。この公文書さえあれば奴隷身分の人たちの救出活動を手伝うことも出来る」
「救出活動? ローラシア国内にそんな動きがあるのか?」
「プリンスから聞いたわ」と、トウナ。
「ローラシアのあちこちに元奴隷からなる抵抗組織があって、奴隷身分の人たちの逃亡を助けているらしいわ」
「ガレノアも協力したことが何度かあるそうだ」
ロウワンが話を引き取った。
「だけど、この公文書さえあれば自由の国として堂々と救出活動を手伝える。なにしろ、国が『出国の自由』を認めているんだからな。それを阻もうとするものがいれば、そいつらこそがローラシアに対する反逆者と言うことになる。堂々と排除してやれる。それに……」
「それに?」
「もし、ローラシアそのものがこの約束を反故にしたなら、そのときは……」
「そのときは?」
「ローラシアに攻め込む口実となる」
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