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第二部 絆ぐ伝説
第四話序章
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イスカンダル城塞群。
それは、大陸の北西、始祖国家パンゲアとローラシア大公国とを結ぶアドニス回廊の西、ローラシア側に築かれた城塞群である。
パンゲアとローラシアの国境は南はサラスヴァティー長海、北は氷の大地と極寒の気候に閉ざされた紅蓮地獄によって隔てられており、細長い平原地帯であるアドニス回廊だけが唯一、陸路で結ばれた場所である。
自然、長い歴史を誇る両国の争いはこのアドニス回廊を舞台に行われることになる。となれば、どちらの国もこの回廊の端に拠点となる城を築くのは当然のことであった。そのうち、ローラシア側の城がイスカンダル城塞群と言うわけだ。
城塞群、というその名の通り、主城であるイスカンダル城と、それを取り囲む大小いくつもの支城によって形成された、ローラシアの誇る一大防衛拠点である。支城を含め、すべての城にはローラシア側から引かれた地下水路によって豊富な水が供給され、大規模な食糧倉庫も完備してある。
城の一つひとつに相応の規模の軍勢とその指揮官とが配置されており、ひとつの城が攻撃されれば他の城の軍勢がそれぞれの判断で出撃して奇襲、遊撃、補給線の分断……といった戦術行動を行う。
敵軍が城攻めを中断して他の軍勢を追えば、その軍勢は敵軍を引きずりまわしながら、さっさと自分の城に引きあげる。そして、攻められていた城から軍勢が出撃して敵軍の後背を襲う。仮に、どこかの城が制圧されれば他の城の軍勢が一斉に出解して取り囲み、殲滅する。
この機動防御によってイスカンダル城塞群は難攻不落を誇り、大陸最強を謳われるパンゲア騎士団を幾度となく撃退してきた。
パンゲアにとってやっかいなのはイスカンダル城塞群だけではない。ローラシアとゴンドワナの同盟関係もまた、侵攻を難しくしている要素である。
パンゲアとゴンドワナはサラスヴァティー長海によって隔てられており直接、国土を接してはいない。このサラスヴァティー長海はその名の通り、内陸深くにまで切り込んだ細長い海であり、いわゆる『川』とは規模がちがう。幅が広すぎで橋を架けることは不可能なため、各所に小さな港を作り、船で行き来する。
そして、内陸国であるパンゲアには海軍が存在しない。
かつては、レムリア伯爵領に大規模な海軍が存在していたのだが、レムリア伯爵領それ自体がパンゲアから分離し、実質的な独立を果たしてしまった。その時点で所属していた海軍も丸ごと失われた。それは同時に造船技術の喪失も意味していた。
一方のゴンドワナは交易を中心とした商人国家であり当然、海路での交易も盛ん。それらの船を守るための傭兵船団も多数、抱えている。
パンゲアがまるで定期的に発症する病ででもあるかのように『大陸統一』の目的を掲げて兵を挙げるつど、ローラシアはイスカンダル城塞群に拠って守りを固めて侵攻を阻む。その間に、ゴンドワナが傭兵船団を動員してパンゲアの港を攻撃する、という形になる。
パンゲアにしてみれば、自分たちの港をゴンドワナに制圧されてしまえばそこから本土を攻撃されることになる。それ以前に、施設の一部であろうと敵国に制圧されてしまえば『神の国』、『大陸最強の騎士団国家』という面目が丸つぶれになる。各所の港をゴンドワナ海軍から守るために多くの兵力を割かなければならず、イスカンダル城塞群の攻略に全兵力を向けることが出来ない。
当然、パンゲアも両国の同盟を断とうと謀略を重ねてはきた。だが、ローラシア、ゴンドワナ共に同盟の重要さをよく理解していた。
ローラシアはゴンドワナを『貴族制を否定する平民国家』として憎んでいたし、ゴンドワナはローラシアのことを『古臭い価値観にこだわる時代遅れの遺物』として嫌っていた。
しかし、それ以上に、どちらの国も単独ではパンゲアに対抗出来ず、この同盟が失われてしまえば共にパンゲアの『神の使命』によって侵略され、征服されてしまうことを承知していた。そのために、パンゲアの度重なる離間策にもかかわらず同盟を維持しつづけ、表向きは笑顔で握手を交わしつつ、腹のなかでは舌を出しあう心温まる関係をつづけてきたのである。
結局、パンゲアは両国の同盟を崩せないまま、ローラシアに侵攻してはイスカンダル城塞群の強固な守りに阻まれ、ゴンドワナの奇襲に悩まされ、野戦においては常に圧倒しながらも決定的な勝利を得ることが出来ず、戦いは長引くばかり。双方共に被害の大きさと資金の浪費とに耐えられなくなり停戦。そして、また、パンゲアの侵攻がはじまる……という歴史を繰り返してきた。
それだけに、今回のパンゲアの侵攻に対してもローラシア、ゴンドワナ共に楽観していた。
「どうせまた、いつも通りの結果になるだけさ」
そううそぶき、神の名のもとに同じ結果を繰り返すパンゲアの頑迷さを嗤うだけの余裕があった。
もちろん、大陸最強のパンゲア騎士団を相手にするとなればローラシア、ゴンドワナ共に被害は大きい。
しかし、ローラシアは徹底した身分社会であり、戦いの矢面に立つのは常に奴隷。犠牲者が奴隷である限りにおいては誰ひとりとして心を痛める必要を感じなかった。当の奴隷たち以外は。そして、この奴隷たちには国内におけるいかなる権利もなかった。
また、ゴンドワナは『商人国家』という特性上、自前の軍隊をもたず、戦力はすべて傭兵団を雇うことで賄われている。いくら戦ったところで死んでいくのは自国の民ではない。『好きでやっている』傭兵たち。となれば、こちらもどれほどの被害が出ようと気にする必要はない。むしろ、
「戦だ、戦だ! 一儲けする機会だぞ!」
と、国を挙げて盛りあがるのが常だった。
今回もそれと同じ。
いままでの歴史の繰り返し。
誰もがそう思っていた。
そう信じていた。
いや、『信じる』という認識もないままに、そうなるものだと思い込んでいた。
ローラシアの貴族たちは奴隷たちを戦場に送り出しながら自分たちは連日連夜、宴を開いて楽しんでいたし、ゴンドワナの商人たちはこの機に少しでも稼いでやろうと商売に精を出していた。
両国の国民たちも自分のところにまで戦火が及ばないことを知っていた。そのために、さして不安になることもなく、いままで通りの暮らしを送っていた。
かの人たちにとって『戦争』とは、どこか別の場所で、別の人間たちによって行われる異次元の出来事だったのだ。だが――。
長年つづいた、その『ゲーム』のルールが根本から覆されるときが来た。
それは、イスカンダル城塞群に姿を現わした一群の鎧騎士たちからはじまった。
それは、大陸の北西、始祖国家パンゲアとローラシア大公国とを結ぶアドニス回廊の西、ローラシア側に築かれた城塞群である。
パンゲアとローラシアの国境は南はサラスヴァティー長海、北は氷の大地と極寒の気候に閉ざされた紅蓮地獄によって隔てられており、細長い平原地帯であるアドニス回廊だけが唯一、陸路で結ばれた場所である。
自然、長い歴史を誇る両国の争いはこのアドニス回廊を舞台に行われることになる。となれば、どちらの国もこの回廊の端に拠点となる城を築くのは当然のことであった。そのうち、ローラシア側の城がイスカンダル城塞群と言うわけだ。
城塞群、というその名の通り、主城であるイスカンダル城と、それを取り囲む大小いくつもの支城によって形成された、ローラシアの誇る一大防衛拠点である。支城を含め、すべての城にはローラシア側から引かれた地下水路によって豊富な水が供給され、大規模な食糧倉庫も完備してある。
城の一つひとつに相応の規模の軍勢とその指揮官とが配置されており、ひとつの城が攻撃されれば他の城の軍勢がそれぞれの判断で出撃して奇襲、遊撃、補給線の分断……といった戦術行動を行う。
敵軍が城攻めを中断して他の軍勢を追えば、その軍勢は敵軍を引きずりまわしながら、さっさと自分の城に引きあげる。そして、攻められていた城から軍勢が出撃して敵軍の後背を襲う。仮に、どこかの城が制圧されれば他の城の軍勢が一斉に出解して取り囲み、殲滅する。
この機動防御によってイスカンダル城塞群は難攻不落を誇り、大陸最強を謳われるパンゲア騎士団を幾度となく撃退してきた。
パンゲアにとってやっかいなのはイスカンダル城塞群だけではない。ローラシアとゴンドワナの同盟関係もまた、侵攻を難しくしている要素である。
パンゲアとゴンドワナはサラスヴァティー長海によって隔てられており直接、国土を接してはいない。このサラスヴァティー長海はその名の通り、内陸深くにまで切り込んだ細長い海であり、いわゆる『川』とは規模がちがう。幅が広すぎで橋を架けることは不可能なため、各所に小さな港を作り、船で行き来する。
そして、内陸国であるパンゲアには海軍が存在しない。
かつては、レムリア伯爵領に大規模な海軍が存在していたのだが、レムリア伯爵領それ自体がパンゲアから分離し、実質的な独立を果たしてしまった。その時点で所属していた海軍も丸ごと失われた。それは同時に造船技術の喪失も意味していた。
一方のゴンドワナは交易を中心とした商人国家であり当然、海路での交易も盛ん。それらの船を守るための傭兵船団も多数、抱えている。
パンゲアがまるで定期的に発症する病ででもあるかのように『大陸統一』の目的を掲げて兵を挙げるつど、ローラシアはイスカンダル城塞群に拠って守りを固めて侵攻を阻む。その間に、ゴンドワナが傭兵船団を動員してパンゲアの港を攻撃する、という形になる。
パンゲアにしてみれば、自分たちの港をゴンドワナに制圧されてしまえばそこから本土を攻撃されることになる。それ以前に、施設の一部であろうと敵国に制圧されてしまえば『神の国』、『大陸最強の騎士団国家』という面目が丸つぶれになる。各所の港をゴンドワナ海軍から守るために多くの兵力を割かなければならず、イスカンダル城塞群の攻略に全兵力を向けることが出来ない。
当然、パンゲアも両国の同盟を断とうと謀略を重ねてはきた。だが、ローラシア、ゴンドワナ共に同盟の重要さをよく理解していた。
ローラシアはゴンドワナを『貴族制を否定する平民国家』として憎んでいたし、ゴンドワナはローラシアのことを『古臭い価値観にこだわる時代遅れの遺物』として嫌っていた。
しかし、それ以上に、どちらの国も単独ではパンゲアに対抗出来ず、この同盟が失われてしまえば共にパンゲアの『神の使命』によって侵略され、征服されてしまうことを承知していた。そのために、パンゲアの度重なる離間策にもかかわらず同盟を維持しつづけ、表向きは笑顔で握手を交わしつつ、腹のなかでは舌を出しあう心温まる関係をつづけてきたのである。
結局、パンゲアは両国の同盟を崩せないまま、ローラシアに侵攻してはイスカンダル城塞群の強固な守りに阻まれ、ゴンドワナの奇襲に悩まされ、野戦においては常に圧倒しながらも決定的な勝利を得ることが出来ず、戦いは長引くばかり。双方共に被害の大きさと資金の浪費とに耐えられなくなり停戦。そして、また、パンゲアの侵攻がはじまる……という歴史を繰り返してきた。
それだけに、今回のパンゲアの侵攻に対してもローラシア、ゴンドワナ共に楽観していた。
「どうせまた、いつも通りの結果になるだけさ」
そううそぶき、神の名のもとに同じ結果を繰り返すパンゲアの頑迷さを嗤うだけの余裕があった。
もちろん、大陸最強のパンゲア騎士団を相手にするとなればローラシア、ゴンドワナ共に被害は大きい。
しかし、ローラシアは徹底した身分社会であり、戦いの矢面に立つのは常に奴隷。犠牲者が奴隷である限りにおいては誰ひとりとして心を痛める必要を感じなかった。当の奴隷たち以外は。そして、この奴隷たちには国内におけるいかなる権利もなかった。
また、ゴンドワナは『商人国家』という特性上、自前の軍隊をもたず、戦力はすべて傭兵団を雇うことで賄われている。いくら戦ったところで死んでいくのは自国の民ではない。『好きでやっている』傭兵たち。となれば、こちらもどれほどの被害が出ようと気にする必要はない。むしろ、
「戦だ、戦だ! 一儲けする機会だぞ!」
と、国を挙げて盛りあがるのが常だった。
今回もそれと同じ。
いままでの歴史の繰り返し。
誰もがそう思っていた。
そう信じていた。
いや、『信じる』という認識もないままに、そうなるものだと思い込んでいた。
ローラシアの貴族たちは奴隷たちを戦場に送り出しながら自分たちは連日連夜、宴を開いて楽しんでいたし、ゴンドワナの商人たちはこの機に少しでも稼いでやろうと商売に精を出していた。
両国の国民たちも自分のところにまで戦火が及ばないことを知っていた。そのために、さして不安になることもなく、いままで通りの暮らしを送っていた。
かの人たちにとって『戦争』とは、どこか別の場所で、別の人間たちによって行われる異次元の出来事だったのだ。だが――。
長年つづいた、その『ゲーム』のルールが根本から覆されるときが来た。
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