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第二章 ヒノデの国(下)
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「クソ、どうなってやがんだ…!」
「…人間で魔術が使えるヤツがいるように、魔物にもそんなヤツがいるんだろ。だが、まいったな」
波が収まりまだ砂浜に立っている人間達を見て魔物が怒り狂ったような声を上げ、猛然と砂は目掛けて突進し、勢いのままに長い尾で薙ぎ払う。その攻撃を難なく避けることのできた三人だが、違和感を感じていた。
静電気のようなものを感じたのだ、三人ともが。
嫌な予感がして一度下がり龍を見てみればパチ、パチンと何かが弾ける音が聞こえる。そして目を凝らすとそれが電流であることがわかり、三人は途方に暮れた。
「火も水も雷も操るなんて、なんなのアイツ神かなにか⁉︎」
「案外海神様って言い伝えもなまじ間違ってねえな。…状況があんまりにも不利すぎるだろ。擦りでもしたら一発であの世行きだ」
未だに空からは雨が降り、三人の身体は濡れている。そんな状態で近接戦に持ち込もうものならどんな結末が待っているかは想像に難くない。先程タリヤが命懸けで作り出してくれた活路を無駄にはしたくないが、それでもあまりに状況が悪い。
マヅラは苦悶の表情を浮かべた。
ここまでかと、そう頭に過った時だった。
「僕なら近付けると思う」
場違いな程前向きで真剣な声に三人の視線がそちらを向く。
そこに立っていたのはラファエルだった。
「…この状況でも死にたがり発動すんのか天使ちゃんよ。んな状況じゃねえこと見てわかんねえのか‼︎」
「わかってるから言ってる」
焦りから怒気を飛ばすオヅラを真正面から受け止めてラファエルは言い放つ。
「僕にはあの攻撃は当たらない。僕はそういう風になってる」
「エル…?」
心臓がドクドクと脈打ってうるさい。不安で胸が押し潰されそうだった。けれど、もうラファエルは決めたのだ。
「冗談でもからかってるわけでもない。…僕は並大抵のことじゃ死なない。そういう加護を受けてるんだ」
誰もがその言葉の意味がわからなかった。ずっとラファエルの側にいたアルフレッドでさえ、その言葉の意味を計りかねている。それ程までに不自然なことをラファエルは言っていた。けれど今はそれを確かめるような時間もない。
龍の口がまた赤く光る。ラファエルは剣を抜いて走った。
「待て‼︎」
アルフレッドの制止を振り切ってラファエルは龍の前へと躍り出た。
自分の右目を潰した相手だからだろう、龍の残った左目に剣呑な光が宿りその炎の行き先をラファエルただ一人に絞った。瞬く間に龍の口から灼熱が噴き上がりその熱波がアルフレッド達がいる場所にも届く。
魔力を持たないラファエルにあの炎を防ぐ術はなく、アルフレッドの表情が絶望に染まり止めようと伸ばした手はラファエルに届くこともなく宙を掻いた。
「エル!」
号哭にも似た声でアルフレッドが叫ぶのと、灼熱がラファエルを襲ったのはほぼ同時。禍々しく揺らめく炎の中にラファエルが掻き消されたのを目の前で見ることしか出来なかったアルフレッドは一拍の逡巡の後憎悪を激らせた。
目の前の魔物を必ず討ち取ると誓い、大剣の柄を握り直す。
ギャオオオオオオオオ‼︎
只事ではない龍の叫び声にオヅラ達が目を凝らす。
「なんだ⁉︎」
揺らめく炎の奥で赤が舞ったのを見た。
龍は痛みに悶え苦しみ何度も絶叫して無差別に長い尻尾を地面に叩きけ、己に傷を与えた人間を消そうと攻撃を繰り返す。
「…嘘でしょ」
マヅラの驚愕の声が落ちた。
「…マジで当たらねえ」
炎と熱気が雨によって消えたその先で繰り広げられた光景に二人は目を見開く。それはアルフレッドも同じだった。
地響きしそうな程重たく、そしてその巨躯には見合わない程の俊敏さで繰り出される攻撃はまるでラファエルをわざと避けているかのように当たらない。先程炎で焼かれた筈なのに目立った傷も見当たらず、避ける素振りを見せている訳でもないのにラファエルの身体は難なく龍に近づき、胴に剣を突き立てるが硬質な鱗の前に弾かれて舌打ちと共に後ろに下がる。
「アルフ!」
喉が張り裂けそうな程に叫ぶ。
「コイツの攻撃は僕が全部引き受ける!だから」
「そんなことさせられるわけないだろうが!」
隣に立とうと足を踏み出したアルフレッドの腕をオヅラが掴んで止める。
「任せていいんだなラファエル!」
「…うん!」
ラファエルは笑った。その場に似合わない心底嬉しそうな笑みを浮かべて、再び龍と対峙する。
「離せ。腕切り落とすぞ」
「てめえも冷静になれやアルフレッド。さっきの見ただろ、アイツにはマジで攻撃が当たらねえ」
「だからなんだ、万が一のことがあったら」
語気も荒く言い募り片腕で大剣を振りかざそうとした時、オヅラは叫んだ。
「男の覚悟を無駄にすんじゃねえよ‼︎」
ぴたりとアルフレッドの腕が止まる。
「…アイツの加護とかいうヤツもいつまで保つかわからねえ。俺達がしなきゃならねえのはこんな下らねえ言い争いじゃなくてあのバケモンを殺すための策を練ることだ。無駄にすんなよ、この時間はアイツが命懸けで作ってるもんだ」
雷を纏った龍の体がラファエルに向かって容赦なく振り下ろされる。当たることはないが、それでも全神経を集中して交わし反撃に転じるには相当な気力と体力を消耗する。雨で足場も視界も悪く、一瞬の油断がまさしく命取りになる。
アルフレッドはこんな状況をラファエルが最も好むことを知っていた。何より楽しそうに笑って命の危険に自ら首を突っ込む姿を数え切れないほど見てきた。
けれど今ラファエルは笑っていない。歯を食いしばって龍を睨み、全身で息をしながら先程の言葉通り全ての攻撃を引き受けている。
アルフレッドは固く目を閉じて、そして開ける。
その表情に先程までの憂いは無く、瞳には決意の光が宿っていた。
「…一撃で仕留めるぞ。お前らの力を貸してくれ」
「…人間で魔術が使えるヤツがいるように、魔物にもそんなヤツがいるんだろ。だが、まいったな」
波が収まりまだ砂浜に立っている人間達を見て魔物が怒り狂ったような声を上げ、猛然と砂は目掛けて突進し、勢いのままに長い尾で薙ぎ払う。その攻撃を難なく避けることのできた三人だが、違和感を感じていた。
静電気のようなものを感じたのだ、三人ともが。
嫌な予感がして一度下がり龍を見てみればパチ、パチンと何かが弾ける音が聞こえる。そして目を凝らすとそれが電流であることがわかり、三人は途方に暮れた。
「火も水も雷も操るなんて、なんなのアイツ神かなにか⁉︎」
「案外海神様って言い伝えもなまじ間違ってねえな。…状況があんまりにも不利すぎるだろ。擦りでもしたら一発であの世行きだ」
未だに空からは雨が降り、三人の身体は濡れている。そんな状態で近接戦に持ち込もうものならどんな結末が待っているかは想像に難くない。先程タリヤが命懸けで作り出してくれた活路を無駄にはしたくないが、それでもあまりに状況が悪い。
マヅラは苦悶の表情を浮かべた。
ここまでかと、そう頭に過った時だった。
「僕なら近付けると思う」
場違いな程前向きで真剣な声に三人の視線がそちらを向く。
そこに立っていたのはラファエルだった。
「…この状況でも死にたがり発動すんのか天使ちゃんよ。んな状況じゃねえこと見てわかんねえのか‼︎」
「わかってるから言ってる」
焦りから怒気を飛ばすオヅラを真正面から受け止めてラファエルは言い放つ。
「僕にはあの攻撃は当たらない。僕はそういう風になってる」
「エル…?」
心臓がドクドクと脈打ってうるさい。不安で胸が押し潰されそうだった。けれど、もうラファエルは決めたのだ。
「冗談でもからかってるわけでもない。…僕は並大抵のことじゃ死なない。そういう加護を受けてるんだ」
誰もがその言葉の意味がわからなかった。ずっとラファエルの側にいたアルフレッドでさえ、その言葉の意味を計りかねている。それ程までに不自然なことをラファエルは言っていた。けれど今はそれを確かめるような時間もない。
龍の口がまた赤く光る。ラファエルは剣を抜いて走った。
「待て‼︎」
アルフレッドの制止を振り切ってラファエルは龍の前へと躍り出た。
自分の右目を潰した相手だからだろう、龍の残った左目に剣呑な光が宿りその炎の行き先をラファエルただ一人に絞った。瞬く間に龍の口から灼熱が噴き上がりその熱波がアルフレッド達がいる場所にも届く。
魔力を持たないラファエルにあの炎を防ぐ術はなく、アルフレッドの表情が絶望に染まり止めようと伸ばした手はラファエルに届くこともなく宙を掻いた。
「エル!」
号哭にも似た声でアルフレッドが叫ぶのと、灼熱がラファエルを襲ったのはほぼ同時。禍々しく揺らめく炎の中にラファエルが掻き消されたのを目の前で見ることしか出来なかったアルフレッドは一拍の逡巡の後憎悪を激らせた。
目の前の魔物を必ず討ち取ると誓い、大剣の柄を握り直す。
ギャオオオオオオオオ‼︎
只事ではない龍の叫び声にオヅラ達が目を凝らす。
「なんだ⁉︎」
揺らめく炎の奥で赤が舞ったのを見た。
龍は痛みに悶え苦しみ何度も絶叫して無差別に長い尻尾を地面に叩きけ、己に傷を与えた人間を消そうと攻撃を繰り返す。
「…嘘でしょ」
マヅラの驚愕の声が落ちた。
「…マジで当たらねえ」
炎と熱気が雨によって消えたその先で繰り広げられた光景に二人は目を見開く。それはアルフレッドも同じだった。
地響きしそうな程重たく、そしてその巨躯には見合わない程の俊敏さで繰り出される攻撃はまるでラファエルをわざと避けているかのように当たらない。先程炎で焼かれた筈なのに目立った傷も見当たらず、避ける素振りを見せている訳でもないのにラファエルの身体は難なく龍に近づき、胴に剣を突き立てるが硬質な鱗の前に弾かれて舌打ちと共に後ろに下がる。
「アルフ!」
喉が張り裂けそうな程に叫ぶ。
「コイツの攻撃は僕が全部引き受ける!だから」
「そんなことさせられるわけないだろうが!」
隣に立とうと足を踏み出したアルフレッドの腕をオヅラが掴んで止める。
「任せていいんだなラファエル!」
「…うん!」
ラファエルは笑った。その場に似合わない心底嬉しそうな笑みを浮かべて、再び龍と対峙する。
「離せ。腕切り落とすぞ」
「てめえも冷静になれやアルフレッド。さっきの見ただろ、アイツにはマジで攻撃が当たらねえ」
「だからなんだ、万が一のことがあったら」
語気も荒く言い募り片腕で大剣を振りかざそうとした時、オヅラは叫んだ。
「男の覚悟を無駄にすんじゃねえよ‼︎」
ぴたりとアルフレッドの腕が止まる。
「…アイツの加護とかいうヤツもいつまで保つかわからねえ。俺達がしなきゃならねえのはこんな下らねえ言い争いじゃなくてあのバケモンを殺すための策を練ることだ。無駄にすんなよ、この時間はアイツが命懸けで作ってるもんだ」
雷を纏った龍の体がラファエルに向かって容赦なく振り下ろされる。当たることはないが、それでも全神経を集中して交わし反撃に転じるには相当な気力と体力を消耗する。雨で足場も視界も悪く、一瞬の油断がまさしく命取りになる。
アルフレッドはこんな状況をラファエルが最も好むことを知っていた。何より楽しそうに笑って命の危険に自ら首を突っ込む姿を数え切れないほど見てきた。
けれど今ラファエルは笑っていない。歯を食いしばって龍を睨み、全身で息をしながら先程の言葉通り全ての攻撃を引き受けている。
アルフレッドは固く目を閉じて、そして開ける。
その表情に先程までの憂いは無く、瞳には決意の光が宿っていた。
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