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第二章 ヒノデの国(下)
海神様
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雨で全身を濡らしながら走って向かう先は御伽噺の中にも出てきた港。
時間で言えばまだ昼過ぎだからかどれだけ悪天候でも真っ暗というわけではなく、雨さえ我慢すれば遠くを見ることも可能だった。
だが町は混乱を極めており、ほとんど半狂乱のように叫びながら少しでも海から離れようと住人が足をもつれさせながら走り、何人かとは肩がぶつかった。ただの言い伝えによる怯えでないということはラファエル達にもすぐにわかった。
その原因を探ろうと視線を港に向けて、ラファエルは足を止めた。
自分の目が限界まで開かれるのがわかって、自然と呼吸も止まった。
「おいおいなんだありゃあ」
「冗談でしょ…」
同じく足を止めたオヅラとマヅラが同じ方向を見て呆然と呟いた。
本来、魔物というのは何らかの要因で動物が巨大化したものを指す。だからこの世界には空想上の生き物は存在しない筈だった。
それなのに、今五人の目に映っているのは間違いなくその常識を超えた存在がいて、空に向かってそれが吼える度に応えるように雷鳴が轟いた。
蛇のようだがその身体はあまりにも大きく、頭部からは鬣のようなものが生えていてそれは背中に当たる箇所にまで続いている。前足だと思われる場所には鋭い爪があり、口からは牙が覗いていた。
「……龍…?」
「…さあな、けどあれが御伽噺の神様だっていうなら納得はいく」
荘厳ささえ漂わせるその魔物は間違いなく二人が対峙してきた中で一番の個体だった。
あの巨体が暴れれば確かに町一つ軽く消える。そう思わせるには十分な程、龍は大きい。
「間違いなくS級だ。どうする、五人で相手取るのは得策とは思えねえ」
S級。その存在こそ最早御伽噺なのではと思っていたが、その存在が目の前にいることにラファエルは固唾を飲んだ。無意識に止めていた息を細く吐き出してアルフレッドの言葉に頷き、硬直しているオヅラを見た。
「…この国に騎士団のような人たちはいますか」
「…いるにはいるがここに来るまでに時間がかかり過ぎる。言い伝え通りあのデカブツがなんかしやがったらそいつらを待ってる間に町が消える」
「…そ、そうは言っても、あんな魔物どうやって…」
「……港から引き離そう」
「はあ?」と方々から驚きの声が上がって視線がラファエルに集まる。けれどラファエルは頑として譲らなかった。
「港から引き離す。西の方に海岸があったから、そっちに誘き寄せよう。囮は僕がやる」
「駄目だ、俺がやる」
「アルフ」
雨が降る中二人の視線が交差する。無言のまま睨み合い、折れたのはアルフレッドだった。
「…大丈夫。できるよ」
「……今回はその言葉信じるぞ。先走るなよ」
ラファエルは頷いた。その顔にいつもの笑みは無い。そのことがこの状況がいかに切迫しているかを物語っていた。
「みんなは先に西の海岸に行ってて」
「あの!」
杖を強く握ったタリヤが声を上げて視線が集まる。それに少したじろぐがタリヤは一度大きく深呼吸をしてからラファエルを見た。
「オレもラファエルさんと囮側に回るっす。絶対邪魔にはならないようにするんで、お願いします。サポートするんで」
杖を握る手は震えていたが、その目は真っ直ぐにラファエルを見ていた。けれどとラファエルが答えを発する前にオヅラが息を吐いて腰に手を当てる。
「…心配いらねえよ。コイツはやる時はやる男だ。魔術の腕は俺らが保証する。連れて行って絶対に損はねえ。…タリヤ、気合い入れろよ」
「…はいっ!」
「無事に戻ってきたらキスしてあげるわ」
「あ。それはいいっす」
この状況で三人は笑っていて、そのことにラファエルは目を丸くしたがすぐに同じように口元を緩めた。
良いチームだと、素直にそう思う。
「よし、じゃあよろしくねタリヤ君。前には僕が立つから後方支援よろしく。…それじゃあみんな、また後で」
すらりと鞘から剣を抜いてラファエルは地を蹴った。その後に続いてタリヤも駆け出し、少し経つと二人の背中は雨の中に消えていく。それを見てから残された三人も西の海岸へと駆け出した。空には変わらず雷鳴が轟いている。
港まであと少しというところでタリヤが口を開いた。
「…なんで、戦おうって思ったんすか…っ?ここ、あなたの故郷でも、なんでもないっすよね?」
ラファエルの心は酷く凪いでいた。これから間違いなく命の危険が伴う場所に飛び込むというのに穏やかな心地といっても良いかもしれない。
「……似てるんだよ、故郷に」
「え?」
「あと、助けたい人がいるんだ。その人子供ができたんだって。今が間違いなく幸せなのに、それをあんなのに壊されたくないじゃん」
ここに来てラファエルは完璧に腹を括っていた。
脳裏に浮かぶおみつの笑顔は、記憶にある姉や母の笑顔とよく似ていた。到底誰にも理解されない感情だが、ラファエルはこう思っていた。
ようやく僕が助けられる番が来た。
どんなことをしてでもあの人たちを助けて見せる。たとえ刺し違えてでも。
ラファエルはスピードを上げた。風を切るように走るその姿を見て、タリヤは本能的に危険を察知した。
「ダメっすよラファエルさん‼︎」
声は確かに届いていた。けれどそれはラファエルを止める枷にはなり得ず、ラファエルは強大な魔物に向かって足を踏込んだ。
時間で言えばまだ昼過ぎだからかどれだけ悪天候でも真っ暗というわけではなく、雨さえ我慢すれば遠くを見ることも可能だった。
だが町は混乱を極めており、ほとんど半狂乱のように叫びながら少しでも海から離れようと住人が足をもつれさせながら走り、何人かとは肩がぶつかった。ただの言い伝えによる怯えでないということはラファエル達にもすぐにわかった。
その原因を探ろうと視線を港に向けて、ラファエルは足を止めた。
自分の目が限界まで開かれるのがわかって、自然と呼吸も止まった。
「おいおいなんだありゃあ」
「冗談でしょ…」
同じく足を止めたオヅラとマヅラが同じ方向を見て呆然と呟いた。
本来、魔物というのは何らかの要因で動物が巨大化したものを指す。だからこの世界には空想上の生き物は存在しない筈だった。
それなのに、今五人の目に映っているのは間違いなくその常識を超えた存在がいて、空に向かってそれが吼える度に応えるように雷鳴が轟いた。
蛇のようだがその身体はあまりにも大きく、頭部からは鬣のようなものが生えていてそれは背中に当たる箇所にまで続いている。前足だと思われる場所には鋭い爪があり、口からは牙が覗いていた。
「……龍…?」
「…さあな、けどあれが御伽噺の神様だっていうなら納得はいく」
荘厳ささえ漂わせるその魔物は間違いなく二人が対峙してきた中で一番の個体だった。
あの巨体が暴れれば確かに町一つ軽く消える。そう思わせるには十分な程、龍は大きい。
「間違いなくS級だ。どうする、五人で相手取るのは得策とは思えねえ」
S級。その存在こそ最早御伽噺なのではと思っていたが、その存在が目の前にいることにラファエルは固唾を飲んだ。無意識に止めていた息を細く吐き出してアルフレッドの言葉に頷き、硬直しているオヅラを見た。
「…この国に騎士団のような人たちはいますか」
「…いるにはいるがここに来るまでに時間がかかり過ぎる。言い伝え通りあのデカブツがなんかしやがったらそいつらを待ってる間に町が消える」
「…そ、そうは言っても、あんな魔物どうやって…」
「……港から引き離そう」
「はあ?」と方々から驚きの声が上がって視線がラファエルに集まる。けれどラファエルは頑として譲らなかった。
「港から引き離す。西の方に海岸があったから、そっちに誘き寄せよう。囮は僕がやる」
「駄目だ、俺がやる」
「アルフ」
雨が降る中二人の視線が交差する。無言のまま睨み合い、折れたのはアルフレッドだった。
「…大丈夫。できるよ」
「……今回はその言葉信じるぞ。先走るなよ」
ラファエルは頷いた。その顔にいつもの笑みは無い。そのことがこの状況がいかに切迫しているかを物語っていた。
「みんなは先に西の海岸に行ってて」
「あの!」
杖を強く握ったタリヤが声を上げて視線が集まる。それに少したじろぐがタリヤは一度大きく深呼吸をしてからラファエルを見た。
「オレもラファエルさんと囮側に回るっす。絶対邪魔にはならないようにするんで、お願いします。サポートするんで」
杖を握る手は震えていたが、その目は真っ直ぐにラファエルを見ていた。けれどとラファエルが答えを発する前にオヅラが息を吐いて腰に手を当てる。
「…心配いらねえよ。コイツはやる時はやる男だ。魔術の腕は俺らが保証する。連れて行って絶対に損はねえ。…タリヤ、気合い入れろよ」
「…はいっ!」
「無事に戻ってきたらキスしてあげるわ」
「あ。それはいいっす」
この状況で三人は笑っていて、そのことにラファエルは目を丸くしたがすぐに同じように口元を緩めた。
良いチームだと、素直にそう思う。
「よし、じゃあよろしくねタリヤ君。前には僕が立つから後方支援よろしく。…それじゃあみんな、また後で」
すらりと鞘から剣を抜いてラファエルは地を蹴った。その後に続いてタリヤも駆け出し、少し経つと二人の背中は雨の中に消えていく。それを見てから残された三人も西の海岸へと駆け出した。空には変わらず雷鳴が轟いている。
港まであと少しというところでタリヤが口を開いた。
「…なんで、戦おうって思ったんすか…っ?ここ、あなたの故郷でも、なんでもないっすよね?」
ラファエルの心は酷く凪いでいた。これから間違いなく命の危険が伴う場所に飛び込むというのに穏やかな心地といっても良いかもしれない。
「……似てるんだよ、故郷に」
「え?」
「あと、助けたい人がいるんだ。その人子供ができたんだって。今が間違いなく幸せなのに、それをあんなのに壊されたくないじゃん」
ここに来てラファエルは完璧に腹を括っていた。
脳裏に浮かぶおみつの笑顔は、記憶にある姉や母の笑顔とよく似ていた。到底誰にも理解されない感情だが、ラファエルはこう思っていた。
ようやく僕が助けられる番が来た。
どんなことをしてでもあの人たちを助けて見せる。たとえ刺し違えてでも。
ラファエルはスピードを上げた。風を切るように走るその姿を見て、タリヤは本能的に危険を察知した。
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