7 / 90
始まり
始まりと旅立ち3
しおりを挟む
ダンッ、と机を拳で叩きつける音が響いた。
「……ラファエル、もう一度言ってみなさい」
狩りから戻ったラファエルは簡単に湯浴みをして身支度を整え、その足で父がいるであろう執務室へと向かった。扉をノックし、自分であることを告げるとそのまま部屋に入る。一目で上等とわかる調度品や本の数々。父が座っている机の上に広がる書類はきっと重要なものなのだろう。
そんな父は今、ラファエルの発言により絶対零度の微笑みを浮かべていた。
「十六になったら旅に出ます。ハンターライセンスはもう習得済みですし、クエストももう何度もこなしてる。ギルドに知り合いも出来たし、僕は外の世界が見たい」
ラファエルとは全く違う冷たさと逞しさ、そして色気の香る顔をこれでもかというくらいに歪めて父はため息を吐いた。
「貴族がハンターになるなんてどうかしてる。お前にはエドウィンの補佐もお願いしたいし、何より大事な息子だ。そんな危ない場所に行かせる気は無い」
「エドウィン兄さんは素晴らしい才能をお持ちです。それにサポートというならもう手は足りてるでしょう?僕に残されている道は政略結婚かな。けどお父様はそんなことさせないでしょ?」
ローデン、という家名はこの国では貴族に当たる。
だがそこまで格式の高いものではなく、貴族界の中でも中の中。所謂平凡な位置だ。
父が治めるこの領地の跡取りももう長兄であるエドウィンと決まっているし、何よりラファエルは五人兄弟の末っ子。貴族においてはあまり利用価値のないポジションにあった。
「それにね、お父様。僕は一生帰ってこないなんて言ってないんだよ?外の世界を見て、知識を得て、それをこの領地にもって帰る。貿易だけじゃ手が回らないことでも、冒険者って立場なら細かい所まで見ていけると思うんだ。冒険者は野蛮だって言うかもしれないけど、その人達のお陰で回っている経済があることだってお父様も知ってるでしょ?僕はそういうところも見て、自分の見聞を広げたいんだ」
「……騎士学校へ行くという選択肢は無いのか」
机に身を乗り出し、目を輝かせながら語る息子を見て父は言葉に詰まった。言いたい事は十分に理解できる、だがしかしと眉間に深く皺を刻んで低く呟いてもその提案は天使よりも愛らしく可愛らしい息子によって一蹴される。
「あっはは、あんななよなよしたエリートコース真っしぐらの学校絶対楽しくない。どうせ騎士になるなら冒険者として経験を積み、一般の士官兵から登り詰めます」
貴族ではまずあり得ないあっけらかんとした物言いと笑い方に注意しようかと口を開きかけるが、彼はそれをしなかった。
この変化は望ましい事なのかもしれない、と幾分か前の目の前の息子を思い出して緩く頭を振った。人が変わったかのように活発になった末の息子は、それでも彼にとってかけがえのない大切な家族だった。
生きながら死んでいたあの時よりは、ずっと良い。
その思いから彼の口元に柔らかな笑みが浮かぶ。
「…私の天使は一度言い出したら聞かないからな。止めたとしても無理矢理にでも発つ気だっただろう、ラファエル?」
「ええ、勿論」
「……はー…、一体誰に似たんだこの頑固さと行動力は」
これ以上ないほどの重く深い溜息を吐く父の姿にエルはそこでようやく眉を下げた。
「…我儘を言っている自覚はあるんだ。けど、僕はどうしても外の世界を見たい。この世界にどんな人達が生きていて、どんな生活をしているのか、どんな景色があるのか、僕は自分の目で見たい。どうしても行きたいんだ。だから、お父様、お願いします」
『…ねえお父様、どうして私は…。…いいえ、なんでもありません。』
自分に対してラファエルが何かをお願いしてきたことなど、ただの一度もありはしなかった。あれはそういう性格だった。その内に抱えたものを誰に打ち明かすことなく、愛息子は倒れ、そして目覚めた息子はまるで別人だった。
今まで一切興味を示さなかった剣術に興味を示し、得意としていた楽器の演奏がまるでできなくなっていた。
目覚めた息子に何があったと問うた時は、彼は笑って「生まれ変わっただけだよ」と感情も読み取れない声音で告げるのみ。そんな馬鹿なことが、と激昂したことも一度や二度では無い。
けれど、ラファエルは確かに生きていた。
日々何かに追いかけられているかのように課題に励み、そして家族として常に中心で笑っていた。今にも消えてしまいそうな儚げな笑みではなく、希望に満ちた輝く笑顔を見たとき、泣きそうになったのを今でも覚えている。
「……わかった、許可しよう」
必死に頭を下げる愛息子の姿にわざとらしい溜息を吐きながら告げると、パッと顔を上げた天使がその顔に満面の笑みを浮かべるのを見て思わずつられる。
だがはっとして表情を引き締めると咳を一つ。
「んんっ、ただし!十六の誕生日までは絶対に屋敷にいてもらう。そして旅は一人では行かせん、誰か一人私の信用に足るものを連れて来て」
「あ、それはもうアルフに話を付けてあります」
ひくりと口角が引き攣るのがわかった。
アルフというのはラファエルの剣術指導者の弟子で、その腕前は確かだ。いつのまにそんな話を、と眉間に深く刻まれた皺をほぐすように揉んでいると愛息子が得意げに笑うのが視界の端に映った。
「ラファエル、」
「ありがとう、お父様。僕お父様の息子で良かった!」
そう言って去って行った息子の背中を見て、父は思う。
「……やっぱり取り消し、」
「されない方がよろしいかと、旦那様」
そばに控えていた家令であるセバスが音もなく机にハーブティーを置くのを見て、またしても深い溜息を吐くのであった。
「……ラファエル、もう一度言ってみなさい」
狩りから戻ったラファエルは簡単に湯浴みをして身支度を整え、その足で父がいるであろう執務室へと向かった。扉をノックし、自分であることを告げるとそのまま部屋に入る。一目で上等とわかる調度品や本の数々。父が座っている机の上に広がる書類はきっと重要なものなのだろう。
そんな父は今、ラファエルの発言により絶対零度の微笑みを浮かべていた。
「十六になったら旅に出ます。ハンターライセンスはもう習得済みですし、クエストももう何度もこなしてる。ギルドに知り合いも出来たし、僕は外の世界が見たい」
ラファエルとは全く違う冷たさと逞しさ、そして色気の香る顔をこれでもかというくらいに歪めて父はため息を吐いた。
「貴族がハンターになるなんてどうかしてる。お前にはエドウィンの補佐もお願いしたいし、何より大事な息子だ。そんな危ない場所に行かせる気は無い」
「エドウィン兄さんは素晴らしい才能をお持ちです。それにサポートというならもう手は足りてるでしょう?僕に残されている道は政略結婚かな。けどお父様はそんなことさせないでしょ?」
ローデン、という家名はこの国では貴族に当たる。
だがそこまで格式の高いものではなく、貴族界の中でも中の中。所謂平凡な位置だ。
父が治めるこの領地の跡取りももう長兄であるエドウィンと決まっているし、何よりラファエルは五人兄弟の末っ子。貴族においてはあまり利用価値のないポジションにあった。
「それにね、お父様。僕は一生帰ってこないなんて言ってないんだよ?外の世界を見て、知識を得て、それをこの領地にもって帰る。貿易だけじゃ手が回らないことでも、冒険者って立場なら細かい所まで見ていけると思うんだ。冒険者は野蛮だって言うかもしれないけど、その人達のお陰で回っている経済があることだってお父様も知ってるでしょ?僕はそういうところも見て、自分の見聞を広げたいんだ」
「……騎士学校へ行くという選択肢は無いのか」
机に身を乗り出し、目を輝かせながら語る息子を見て父は言葉に詰まった。言いたい事は十分に理解できる、だがしかしと眉間に深く皺を刻んで低く呟いてもその提案は天使よりも愛らしく可愛らしい息子によって一蹴される。
「あっはは、あんななよなよしたエリートコース真っしぐらの学校絶対楽しくない。どうせ騎士になるなら冒険者として経験を積み、一般の士官兵から登り詰めます」
貴族ではまずあり得ないあっけらかんとした物言いと笑い方に注意しようかと口を開きかけるが、彼はそれをしなかった。
この変化は望ましい事なのかもしれない、と幾分か前の目の前の息子を思い出して緩く頭を振った。人が変わったかのように活発になった末の息子は、それでも彼にとってかけがえのない大切な家族だった。
生きながら死んでいたあの時よりは、ずっと良い。
その思いから彼の口元に柔らかな笑みが浮かぶ。
「…私の天使は一度言い出したら聞かないからな。止めたとしても無理矢理にでも発つ気だっただろう、ラファエル?」
「ええ、勿論」
「……はー…、一体誰に似たんだこの頑固さと行動力は」
これ以上ないほどの重く深い溜息を吐く父の姿にエルはそこでようやく眉を下げた。
「…我儘を言っている自覚はあるんだ。けど、僕はどうしても外の世界を見たい。この世界にどんな人達が生きていて、どんな生活をしているのか、どんな景色があるのか、僕は自分の目で見たい。どうしても行きたいんだ。だから、お父様、お願いします」
『…ねえお父様、どうして私は…。…いいえ、なんでもありません。』
自分に対してラファエルが何かをお願いしてきたことなど、ただの一度もありはしなかった。あれはそういう性格だった。その内に抱えたものを誰に打ち明かすことなく、愛息子は倒れ、そして目覚めた息子はまるで別人だった。
今まで一切興味を示さなかった剣術に興味を示し、得意としていた楽器の演奏がまるでできなくなっていた。
目覚めた息子に何があったと問うた時は、彼は笑って「生まれ変わっただけだよ」と感情も読み取れない声音で告げるのみ。そんな馬鹿なことが、と激昂したことも一度や二度では無い。
けれど、ラファエルは確かに生きていた。
日々何かに追いかけられているかのように課題に励み、そして家族として常に中心で笑っていた。今にも消えてしまいそうな儚げな笑みではなく、希望に満ちた輝く笑顔を見たとき、泣きそうになったのを今でも覚えている。
「……わかった、許可しよう」
必死に頭を下げる愛息子の姿にわざとらしい溜息を吐きながら告げると、パッと顔を上げた天使がその顔に満面の笑みを浮かべるのを見て思わずつられる。
だがはっとして表情を引き締めると咳を一つ。
「んんっ、ただし!十六の誕生日までは絶対に屋敷にいてもらう。そして旅は一人では行かせん、誰か一人私の信用に足るものを連れて来て」
「あ、それはもうアルフに話を付けてあります」
ひくりと口角が引き攣るのがわかった。
アルフというのはラファエルの剣術指導者の弟子で、その腕前は確かだ。いつのまにそんな話を、と眉間に深く刻まれた皺をほぐすように揉んでいると愛息子が得意げに笑うのが視界の端に映った。
「ラファエル、」
「ありがとう、お父様。僕お父様の息子で良かった!」
そう言って去って行った息子の背中を見て、父は思う。
「……やっぱり取り消し、」
「されない方がよろしいかと、旦那様」
そばに控えていた家令であるセバスが音もなく机にハーブティーを置くのを見て、またしても深い溜息を吐くのであった。
487
あなたにおすすめの小説
有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います
緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。
知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。
花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。
十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。
寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。
見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。
宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。
やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。
次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。
アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。
ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
ドジで惨殺されそうな悪役の僕、平穏と領地を守ろうとしたら暴虐だったはずの領主様に迫られている気がする……僕がいらないなら詰め寄らないでくれ!
迷路を跳ぶ狐
BL
いつもドジで、今日もお仕えする領主様に怒鳴られていた僕。自分が、ゲームの世界に悪役として転生していることに気づいた。このままだと、この領地は惨事が起こる。けれど、選択肢を間違えば、領地は助かっても王国が潰れる。そんな未来が怖くて動き出した僕だけど、すでに領地も王城も策略だらけ。その上、冷酷だったはずの領主様は、やけに僕との距離が近くて……僕は平穏が欲しいだけなのに! 僕のこと、いらないんじゃなかったの!? 惨劇が怖いので先に城を守りましょう!
追放されたおまけの聖女♂は冷徹王太子の腕の中から離してもらえない〜今さら戻れと言われても、もうこの人の魔力しか受け付けません!〜
たら昆布
BL
聖女のおまけで召喚されたと思われて追放された不憫受けが拾われて愛される話
【完結】婚約破棄したのに幼馴染の執着がちょっと尋常じゃなかった。
天城
BL
子供の頃、天使のように可愛かった第三王子のハロルド。しかし今は令嬢達に熱い視線を向けられる美青年に成長していた。
成績優秀、眉目秀麗、騎士団の演習では負けなしの完璧な王子の姿が今のハロルドの現実だった。
まだ少女のように可愛かったころに求婚され、婚約した幼馴染のギルバートに申し訳なくなったハロルドは、婚約破棄を決意する。
黒髪黒目の無口な幼馴染(攻め)×金髪青瞳美形第三王子(受け)。前後編の2話完結。番外編を不定期更新中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる