【後日談追加】男の僕が聖女として呼び出されるなんて、召喚失敗じゃないですか?

佑々木(うさぎ)

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第五章 黎明

それぞれの想い

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 再び雷鳴が轟き、いくつもの稲妻が地面に降り注いだ。
 まるで光の矢だ。地面が金色に燃えている。

 ここまで雷の力が強いと、もう水の力は使えない。
 風を使って方向を狂わせ、転移で夜空に向かわせるくらいだ。
 バルツァールは遮蔽に終始している。
 一刻の猶予もない。

 僕の腕はリディアンに捕まれていて、こんな時なのに身動きできない。
 僕は、心に痛みを覚えながらも、リディアンの手を払った。
 
「これ以上は持ちません。マティアス王子の力を封じることが不可能となれば、僕に転移するしかないんです」
「あの黒い靄を発生させる元凶を、お前に移すって? 冗談じゃない」

 リディアンは僕に向き直り、肩を掴み直した。

「俺は、母のことを見てきた。父からピクスを移動させて、苦しみ喘ぐ母の姿を、これまで一度たりとも忘れたことはない。お前はまた俺に、同じ苦しみを味わわせ、耐えろというのか? 病気で苦しむのは本人だけじゃないんだ」

 リディアンは怒りとも哀しみともつかない感情を僕に曝け出した。
 マティアスの力を移動すればどうなるか。
 想像することしかできない。
 もしかしたら、僕自身に何らかの影響が及ぶことは確かに考えられる。
 でも──他に方法はない。

 リディアンの言うことは、尤もだ。
 僕が逆の立場なら、必死にリディアンを止めただろう。
 それでも、もう躊躇している時は過ぎた。
 覚悟を決めたからこそ、僕は作戦を決行したんだ。

 僕たちが言い争っている姿を見て、マティアスは哄笑した。

「リディアン。お前はまたそうやって、他人に縋って生きるわけか。味方になった人間の命を使い、お前はこれまで生きてきたんだったな」

 なんてひどいことを言うのか。
 事実無根だ。
 僕が怒鳴り返したいと思ったところで、マティアスは続ける。

「私には誰もいなかった。父も、母も、スティーナさえ。いつだってお前の側に立つ」

 僕は、言葉を失い、マティアスの顔を仰ぎ見た。
 
「それは違う。マティアス兄さん。お母様はいつだって、兄さんの味方でした」

 リディアンの言う通りだ。
 だからこそ、リディアンはアデラ城に一人引き離された。
 家族と暮らすこともできずに、父王に至っては年に数度しか顔が見られなかった。
 しかも、「2番でいろ」と言い続けられてきた経緯もある。
 それなのに、マティアスの言葉が真実なわけがない。

「嘘を吐くな! 母上はいつも言っていた。お前を守れと。弟は弱いのだから、守ってやらなければならないとな」

 リディアンの息を呑む気配がした。
 この雷が降り注ぐ中、棒立ちになってマティアスを見上げている。
 僕は遮蔽を使い、マティアスの攻撃からリディアンを守ろうとした。
 だが、この衝撃波では、何度掛けても押し返されて、すぐ壊されてしまう。

 マティアスは、顔を歪めて憎々しげに言う。

「どこが弱いって言うんだ? お前のどこが!! いつだって、皆がお前を誉めそやしていた。アデラ城で学ぶお前の成長をフェンテスが知らせてくるたびに、父も母も喜んでいたんだ。──結局最後は皆、お前を選ぶ」

 そして、両腕を広げて、バルツァールも照らし出す。
 見れば、長い体毛の一部が焦げ付いている。
 恐らく、その下には火傷もしているはずだ。
 早くこの場を押さえて回復を掛けなければ、バルツァールだって命が危うい。

「今だって見てみろ。私は一人だ。スティーナさえも、お前の側についた」

 マティアスがそう叫んだところで、スティーナの声がした。

「それは違います。わたくしはいつだって、あなたの傍で、あなただけを見てきました」

 赤い光の球が浮かび上がり、マティアスの傍まで飛んでいく。
 あれは、スティーナの姿だ。
 炎属性の力を使って火を操り、飛翔の力でマティアスに触れられる距離まで移動したようだ。

「スティーナ、戻れ!」

 バルツァールが叫んだが、スティーナは更にマティアスに近付いていく。
 火球の防御があるとはいえ、一撃を食らえば割れてしまう。
 スティーナの魔力は、それほど強くはない。
 マティアスが本気を出せば、敵う相手じゃない。

 最初の計画は、もう遂行することはできない。
 マティアスを説得して、最も近くにいるスティーナと纏わりをする。
 そんな段階は、通り過ぎてしまっている。
 今となっては、スティーナを逃がすしかないというのに。

 すると、マティアスは後退り、注意をスティーナに向けた。

「本当は、リディアンの傍にいたかったくせに。五つ違いの私よりも、歳の近いリディアンをお前は愛していた。だから、あの時だって、お前は俺を拒んだ」

 マティアスはそう言って両腕を振り、スティーナを追い払う仕草をした。
 風が巻き起こったのか、スティーナが後ろに飛ばされそうになっている。
 僕も転移して、スティーナを庇わなければ。
 そう思うのに、リディアンが僕を離そうとしない。

 その間にも、空中で二人は話を続けている。

「わたくしは、あなたを愛するほどに成熟していなかった。ただそれだけのことです。でも今はもう……わたくしはあなたの愛を拒むほど、幼くはありません」

 そして、マティアスの傍に膝を突き、祈るように手を組み合わせた。

「マティアス様、わたくしはずっとあなたを、お慕いしております」

 まるで許しを乞うようなスティーナの姿は痛々しく、僕は歯がゆい思いで二人を見比べた。今すぐにでも割って入らなければ、スティーナは持たない。

 マティアスは、額に手を当てて、渇いた笑い声を立てた。

「もう、遅い。すべて、手遅れだ。──あと数日もすれば、王都はピクス患者で溢れかえる。10年前の再来だ。あの時も、私のせいでピクスは蔓延したんだ」

 まさか、そこまでマティアスがしたのか?
 では、黒い靄は故意で、本気で王都を滅ぼすつもりだというのか。
 僕は、腹の中に湧き起こる怒りで身体が震えて、力尽くででもマティアスの力を奪いたくなった。

 マティアスは、スティーナから僕たちに向き直り、睨みつけながら続ける。

「父上が病気になったのも、私のせいだ。力がコントロールできずにピクスが蔓延した。ざまあみろと思った。リディアンを引き立て、私を蔑ろにした報いだと。だが……」

 そして、そこまで言うと、自身の顔を両手で覆った。

「母上が……自分自身に転移させるなんて……」

 僕はその言葉に文献を思い起こした。
 初代サガンが書いた手記にもそうあった。

「人を滅ぼすのは、人の罪」なのだと。

 では、あの時代にも同じように、力を暴走させた人物がいたのだろうか。
 そして、13代目の王妃がピクスで亡くなった理由も、もしかしたらアデラ王妃と同じだったのかもしれない。

 僕は、理解した。
 これが、アズミンの残した予言だ。

 リディアンが起こす厄災。
 王は予言に従い、リディアンを引き剥がし、王城の外に追いやった。
 アデラフィールド王妃も、予言を知っていたからこそ二人に言い聞かせてきたんだろう。

 だが、すべてが真逆の働きとなった。
 それもそのはずだ。
 リディアン自身が厄災ではなかったんだ。
 リディアンが生まれたことこそが、マティアスが厄災を引き起こす要因となった。
 
 まさか、こんな形で顕現するなんて。
 あまりにも、皮肉過ぎる。

 事実を知った衝撃に背筋が凍り、何もできないまま、今や誰もがマティアスの動向を見ていた。
 僕は一度目を瞑り、胸の中にわだかまるどす黒い感情を抑え込んだ。
 今僕がやるべきことは、復讐じゃない。
 僕は、僕にできることを、僕にしかできないことを実行するだけだ。

 リディアンの腕を掴んで離させ、僕は一歩前に進む。
 そして、胸に手を当ててから、マティアスに向かった。

「すべての罪を、僕が背負います。マティアス王子。だから、あなたのその能力を、僕に託してください。僕が国に蔓延る靄を消し去ります。──約束します」

 僕でなければ、黒い靄を発生させる元凶を取り除くことはできない。
 マティアスが有するすべての能力を僕が引き受ける。
 そして、黒い靄を消滅させる。
 マティアスが引き起こした罪と共に。
 そうすれば、この国は──この世界は何事もなかったこととして元に戻る。

 マティアスが初めて、僕の顔をしっかりと見つめてきた。
 金色の双眸が闇に光り、僕を捉えて放さない。
 ついに声が届き、心の奥へ入りこめたのか。
 今なら、転移を発動できる。
 僕が手を上げて、マティアスの方に向けようとした次の瞬間、リディアンが僕の前に立ち塞がった。

「リディ……」
「お前は、帰る……つもりなのか。すべての罪を自分のものとして。俺をこの地に捨てていく気か?」

 僕は、心の全てを読まれたことに動揺した。
 気付かれる前に、僕は実行して消えるつもりだった。

 僕には、転移門を開く力がある。
 この力を使えば、恐らく元の世界へ戻る門も開けるはずだ。
 でも、一度向こうの世界に行ってしまえば、僕はただの人に戻る。
 サガンであり続けることはできず、もちろん魔力も消えるだろう。
 
 だから、使用できるのは一度きり。
 この世界に──エイノックに帰ってくることはできない。

「俺も、連れて行ってくれ」

 心を掻きむしられたような心地がした。
 リディアンの言葉には、嘘も躊躇いもない。
 本気で、僕についてくるつもりでいる。

「リディを連れてはいけない。あなたは、この国の王となる存在です」

 マティアスは、王太子の地位を失うだろう。
 ここまでの罪を犯しておきながら、隠し通すことは不可能だ。
 場合によっては極刑。良くても流刑は免れない。
 その時に、次の王位継承権は、リディアンに移る。

 リディアンなら、素晴らしい国王になるはずだ。
 これほどに王となるのに相応しい人間はいない。
 エイノック国の未来の担い手を、僕が異世界に連れて行っていいわけがない。

 リディアンは唇を戦慄かせ、僕へ腕を伸ばしてくる。

「お前を失って、一人で王になれと? お前がしようとしているのは、母が父にしたのと同じことだ。残酷だとは思わないのか?」
「……っ」

 僕は言葉を失い、口を引き結んだ。
 心が揺さぶられて、今にも泣いてしまいそうだ。

 リディアンが、母のことでどれほど傷付いたのか。
 僕は傍で痛いほどに感じ取った。
 今同じことを、僕はリディアンにしようとしている。
 それでも、しなければエイノック国は滅ぶ。
 
 ──『スラファン・シュリカのサガンが破滅と創生をもたらす』

 僕は今、破滅から創生へ向けて、力を使おうとしている。

「帰るというのなら、俺も連れて行け。それができないのなら、俺はお前を命がけで止める」

 そう言ったかと思うと、リディアンの身体が青色に輝き始める。
 
「……リディ」

 僕は、その光を見ながら、自身の愚かさを呪った。
 これは、サガンであることを忘れて、リディアンを愛した罪だ。
 今、その報いを受ける時だ。
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