21 / 91
第4章 静かなる波紋、そして注目され始めるおっさん
魔王の命令は、突然に
しおりを挟む
玉座の間は、朝から低く張り詰めた空気に包まれていた。
黒曜石の壁が光を鈍く跳ね返し、深紅の絨毯の中央には、堂々とそびえる漆黒の玉座が据えられている。その玉座に腰かけるのは、この国の主――魔王ヴァルグラド。
その姿は威容そのものだった。
肩幅は広く、黒銀の甲冑はまるで生き物のように身に馴染み、背には濃い紫色の外套が垂れている。まだ若き王でありながら、その眼光には支配者としての力と狂気が宿っていた。
その前に、幹部たちが一列に並んでいる。
戦略軍将、暗黒騎士団長、魔術監、補給総官――いずれも一軍を率いる猛者たちだ。
そしてその末列に、ひときわ異質な姿があった。
山本孝一。人間。スーツの上から軍用の簡易マントを羽織り、右手には革の手帳を携えていた。
この場に呼ばれた理由は、まだ告げられていない。
だが、ここに立っている時点で、何か“大きな節目”が迫っていることは、容易に察せられた。
ヴァルグラドの眼が、集まった一同をゆっくりと見渡した。
そして、重い声が響いた。
「遊撃隊の動きが良いらしいな」
誰も答えなかった。
沈黙の中、ヴァルグラドの視線が山本に向けられる。
その圧は凄まじく、言葉を伴わなくとも、骨の芯にまで届くようだった。
「人間。お前の手か」
唐突な問い。
山本はわずかに口元を引き締めたが、動揺の色は見せなかった。
「私がしたのは、正しい配置を提案しただけです。
実際に動いたのは、兵士たちです。判断したのは、部隊の指揮官です」
淡々とした口調だった。
言い訳でも虚勢でもない。事実としての説明に徹していた。
玉座の上で、ヴァルグラドが鼻を鳴らした。
「ふん、謙遜か。だが結果は事実として残っている」
彼が手を軽く振ると、側近が手渡した報告書を指で弾いた。
「連絡の速さ、損耗率の減少、部隊士気の安定――これまでの軍とは思えん数字が並んでいる」
幹部たちの間にざわめきが走る。
「それは遊撃隊の特性による偶発的な結果にすぎません」
「いや」
ヴァルグラドの声が空気を裂くように響いた。
「偶発ではない。人間が仕組んだのだ。
ならば――その手腕、次は全軍規模で見せてみろ」
その言葉に、幹部の列が揺れた。誰かが思わず言葉を漏らす。
「な……全軍だと?」
「馬鹿な。我が部隊の内政に、人間の手を入れるなど……」
「我が軍の統制が崩れたとでも?」
否定、驚愕、侮蔑。それぞれの思惑が、口々にあふれ出す。
だが、誰も正面から魔王の命令に逆らおうとはしなかった。
ヴァルグラドは、興味深そうにその混乱を見ていた。
そして、再び山本を見据える。
「お前に一月の猶予を与えたのは、“役立てば”という条件付きだった。
どうやら、それなりの成果を出したようだ。
ならば――次は組織の骨格そのものに、メスを入れてみろ」
山本は目を伏せ、一瞬だけ思考を巡らせた。
それが命令である以上、断れば命はないだろう。
しかし、受ければ全軍の視線が自分に集まる。
もはや“外野”ではいられない。踏み込むなら、次は“組織の中核”に切り込むことになる。
静かに顔を上げる。
山本の瞳には、光が宿っていた。
覚悟、というよりは“道が見えた”者の目だった。
「わかりました」
それだけだった。無駄のない返答。だが、芯の通った声だった。
ヴァルグラドの口元に、わずかな笑みが浮かんだように見えた。
「ならば、動け。部隊構成の見直し、配置案、能力評価――すべてを自由に調べていい。
ただし、一月以内に“目に見える結果”を出せ。
できなければ、その命、ここで終わりだ」
「承知しました」
山本は再び静かに頭を下げた。
幹部たちは、言葉を失っていた。
この男がここまでの圧力の中で一切動じず、むしろ一歩踏み出したその事実が、彼らの警戒心を刺激していた。
会議はそこで解散となった。
山本が玉座の間を出ると、リリシアが無言のまま脇を歩いていた。
彼女の横顔には、まだ読み切れない感情の波が潜んでいた。
山本は歩きながら、自分の手帳をそっと開いた。
真っ白なページの最上段に、ひとつだけ言葉を書き加える。
『全軍配置再編――起点:斥候遊撃隊実績』
手帳を閉じる音が、夜の石廊下に小さく響いた。
命令は下された。
それは試練であり、挑戦であり――あるいは、希望だった。
黒曜石の壁が光を鈍く跳ね返し、深紅の絨毯の中央には、堂々とそびえる漆黒の玉座が据えられている。その玉座に腰かけるのは、この国の主――魔王ヴァルグラド。
その姿は威容そのものだった。
肩幅は広く、黒銀の甲冑はまるで生き物のように身に馴染み、背には濃い紫色の外套が垂れている。まだ若き王でありながら、その眼光には支配者としての力と狂気が宿っていた。
その前に、幹部たちが一列に並んでいる。
戦略軍将、暗黒騎士団長、魔術監、補給総官――いずれも一軍を率いる猛者たちだ。
そしてその末列に、ひときわ異質な姿があった。
山本孝一。人間。スーツの上から軍用の簡易マントを羽織り、右手には革の手帳を携えていた。
この場に呼ばれた理由は、まだ告げられていない。
だが、ここに立っている時点で、何か“大きな節目”が迫っていることは、容易に察せられた。
ヴァルグラドの眼が、集まった一同をゆっくりと見渡した。
そして、重い声が響いた。
「遊撃隊の動きが良いらしいな」
誰も答えなかった。
沈黙の中、ヴァルグラドの視線が山本に向けられる。
その圧は凄まじく、言葉を伴わなくとも、骨の芯にまで届くようだった。
「人間。お前の手か」
唐突な問い。
山本はわずかに口元を引き締めたが、動揺の色は見せなかった。
「私がしたのは、正しい配置を提案しただけです。
実際に動いたのは、兵士たちです。判断したのは、部隊の指揮官です」
淡々とした口調だった。
言い訳でも虚勢でもない。事実としての説明に徹していた。
玉座の上で、ヴァルグラドが鼻を鳴らした。
「ふん、謙遜か。だが結果は事実として残っている」
彼が手を軽く振ると、側近が手渡した報告書を指で弾いた。
「連絡の速さ、損耗率の減少、部隊士気の安定――これまでの軍とは思えん数字が並んでいる」
幹部たちの間にざわめきが走る。
「それは遊撃隊の特性による偶発的な結果にすぎません」
「いや」
ヴァルグラドの声が空気を裂くように響いた。
「偶発ではない。人間が仕組んだのだ。
ならば――その手腕、次は全軍規模で見せてみろ」
その言葉に、幹部の列が揺れた。誰かが思わず言葉を漏らす。
「な……全軍だと?」
「馬鹿な。我が部隊の内政に、人間の手を入れるなど……」
「我が軍の統制が崩れたとでも?」
否定、驚愕、侮蔑。それぞれの思惑が、口々にあふれ出す。
だが、誰も正面から魔王の命令に逆らおうとはしなかった。
ヴァルグラドは、興味深そうにその混乱を見ていた。
そして、再び山本を見据える。
「お前に一月の猶予を与えたのは、“役立てば”という条件付きだった。
どうやら、それなりの成果を出したようだ。
ならば――次は組織の骨格そのものに、メスを入れてみろ」
山本は目を伏せ、一瞬だけ思考を巡らせた。
それが命令である以上、断れば命はないだろう。
しかし、受ければ全軍の視線が自分に集まる。
もはや“外野”ではいられない。踏み込むなら、次は“組織の中核”に切り込むことになる。
静かに顔を上げる。
山本の瞳には、光が宿っていた。
覚悟、というよりは“道が見えた”者の目だった。
「わかりました」
それだけだった。無駄のない返答。だが、芯の通った声だった。
ヴァルグラドの口元に、わずかな笑みが浮かんだように見えた。
「ならば、動け。部隊構成の見直し、配置案、能力評価――すべてを自由に調べていい。
ただし、一月以内に“目に見える結果”を出せ。
できなければ、その命、ここで終わりだ」
「承知しました」
山本は再び静かに頭を下げた。
幹部たちは、言葉を失っていた。
この男がここまでの圧力の中で一切動じず、むしろ一歩踏み出したその事実が、彼らの警戒心を刺激していた。
会議はそこで解散となった。
山本が玉座の間を出ると、リリシアが無言のまま脇を歩いていた。
彼女の横顔には、まだ読み切れない感情の波が潜んでいた。
山本は歩きながら、自分の手帳をそっと開いた。
真っ白なページの最上段に、ひとつだけ言葉を書き加える。
『全軍配置再編――起点:斥候遊撃隊実績』
手帳を閉じる音が、夜の石廊下に小さく響いた。
命令は下された。
それは試練であり、挑戦であり――あるいは、希望だった。
1
あなたにおすすめの小説
アワセワザ! ~異世界乳幼女と父は、二人で強く生きていく~
eggy
ファンタジー
もと魔狩人《まかりびと》ライナルトは大雪の中、乳飲み子を抱いて村に入った。
村では魔獣や獣に被害を受けることが多く、村人たちが生活と育児に協力する代わりとして、害獣狩りを依頼される。
ライナルトは村人たちの威力の低い攻撃魔法と協力して大剣を振るうことで、害獣狩りに挑む。
しかし年々増加、凶暴化してくる害獣に、低威力の魔法では対処しきれなくなってくる。
まだ赤ん坊の娘イェッタは何処からか降りてくる『知識』に従い、魔法の威力増加、複数合わせた使用法を工夫して、父親を援助しようと考えた。
幼い娘と父親が力を合わせて害獣や強敵に挑む、冒険ファンタジー。
「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
魔力値1の私が大賢者(仮)を目指すまで
ひーにゃん
ファンタジー
誰もが魔力をもち魔法が使える世界で、アンナリーナはその力を持たず皆に厭われていた。
運命の【ギフト授与式】がやってきて、これでまともな暮らしが出来るかと思ったのだが……
与えられたギフトは【ギフト】というよくわからないもの。
だが、そのとき思い出した前世の記憶で【ギフト】の使い方を閃いて。
これは少し歪んだ考え方の持ち主、アンナリーナの一風変わった仲間たちとの日常のお話。
冒険を始めるに至って、第1章はアンナリーナのこれからを書くのに外せません。
よろしくお願いします。
この作品は小説家になろう様にも掲載しています。
憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる