魔王軍に転生した元人事部長、三十路ボディで職場改革します~おっさん、異世界で“人事改革”はじめました

中岡 始

文字の大きさ
19 / 91
第4章 静かなる波紋、そして注目され始めるおっさん

偶然じゃないという証明

しおりを挟む
夕刻、魔王軍の南側にある作戦会議棟の一室では、演習直後の戦術報告会が行われていた。場所は質素な石造りの部屋で、長方形の卓を囲んで遊撃斥候部隊の中隊長や小隊長たちが顔を揃えている。

卓上には演習の記録板と報告用の魔導スクロールが並び、各自が必要な情報を確認しながら、順番に報告を進めていた。

空気は静かだったが、張り詰めた緊張というよりは、何かが“変わり始めた”ことへのざわめきに似た感触がそこにあった。

「では、第七小隊、報告を」

そう促され、バルグレム中隊長が一歩前へ出た。

彼は筋骨たくましく、戦場でも名を知られる斥候指揮官だが、今はどこか思案深げな表情をしていた。報告書を手にしながら、部屋の空気を一度切り裂くように口を開く。

「結果から述べる。今回の演習、我が隊の被害判定はゼロ。敵役の伏兵は、斥候信号によって予定より二分前に発見され、機先を制した」

それ自体は、斥候部隊にとって理想的な成果だ。だが、そこまでは前回も起きたことだった。  
問題は「それが再現された」ということだった。

バルグレムは言葉を区切り、手元の書類を卓に置いた。

「繰り返すが、これは偶然ではない。今回も初動の警戒信号を発したのは同じ兵士――ゴブタ、兵士番号G-784-βだ」

一部の隊長が顔をしかめる。「またあいつか」とでも言いたげな表情が広がる。

「どうせ運だろう。前回の演習で妙な成功をしたからって、あの下っ端が……」

「それが違うんだ」

バルグレムの口調には断定があった。

「俺も疑った。だから今回、奴には意図的に中央ではなく左翼の斜面寄りに配置させた。通信距離も遠く、視認性も悪い。だが、それでも奴は“正しい場所”を察知した」

ざわつきが広がる。

「証拠はあるのか?」

別の小隊長が問いかける。バルグレムは頷き、報告書を開く。

「この記録だ。伏兵の移動ルート、地形の読み取り、風向きによる音の変化――奴は、感覚でそれを読み取っている。報告のタイミングにもムラがない。しかも、初回と比べて明らかに改善されている」

「改善……?」

「訓練報告を見比べてくれ。初回は報告内容がやや曖昧だった。“気配がする”“音が違う”といった主観表現が多かった。だが今回は違う。“斜面下に複数の足音が交差”“風上から金属音”と、情報の質が明確に変わっている」

会議室の空気が変わった。

ただの奇跡でも偶然でもない。学習と観察に基づいた成果が、ここには確かにある。

「……ということは、あいつには本当に斥候の適性が?」

「少なくとも、配置された今の役割においては極めて有用だ。正直、補給雑用に置いていたのが馬鹿らしくなるレベルだ」

誰かが苦笑混じりに言った。

「じゃあ、その配置を決めたのは誰だ?」

バルグレムが一瞬黙り、そしてためらいなく口にした。

「“人事顧問”の推薦だ。あの異世界から来た人間――山本孝一と名乗っていたな」

再びざわめきが走る。人間、という言葉が持つ異質さが、自然と緊張を引き起こす。

「人間が? 魔王軍の配置を? 冗談だろ」

「だが現に、結果は出ている。少なくともゴブタの例を見る限り、あの男の目は節穴じゃない」

「……そもそも、どうやってそんな判断を下せたんだ。記録にも残ってなかった兵士だぞ。適性評価なんて書類上じゃ“ほぼ無評価”だったはずだ」

バルグレムは、あくまで冷静に言葉を継いだ。

「だからこそ“見る目”が必要なんだろうな。少なくとも、俺たちは“見る価値がない”と切り捨てた。あの男は、それを拾っただけだ」

部屋の中に、奇妙な沈黙が流れる。

誰もが心のどこかで「その通りだ」と思いながらも、それを認める言葉を選びかねていた。

「……人間風情に何がわかる」と呟いたのは、若手の副官だったが、その声は誰にも支持されなかった。

むしろ、その言葉が空回りするように、室内の空気は沈み、全員の思考がそれぞれの内側に潜っていく。

「人間がやったことだとしても、だ」

年配の隊長がゆっくりと口を開いた。

「魔王軍が今まで見捨ててきた可能性を拾い上げて、それが成果を出したなら、俺たちこそ問われるべきかもしれん。なぜ、それを見抜けなかったのか、とな」

誰も返さなかった。

やがて、報告会は淡々と終了した。だが、その場にいた者たちの胸の中には、確かな何かが残されていた。

小さな一兵卒の活躍。

人間の判断が引き起こした“異変”。

それらが偶然ではなかったことを、誰もが否応なく理解し始めていた。

そして、その名がごく自然に口にされるようになる。

「……山本孝一、人事顧問、か」

声に出した誰かのその言葉が、まるで風に乗って兵舎全体へと流れていくようだった。  
静かな波紋は、確かに広がりつつあった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

アワセワザ! ~異世界乳幼女と父は、二人で強く生きていく~

eggy
ファンタジー
 もと魔狩人《まかりびと》ライナルトは大雪の中、乳飲み子を抱いて村に入った。  村では魔獣や獣に被害を受けることが多く、村人たちが生活と育児に協力する代わりとして、害獣狩りを依頼される。  ライナルトは村人たちの威力の低い攻撃魔法と協力して大剣を振るうことで、害獣狩りに挑む。  しかし年々増加、凶暴化してくる害獣に、低威力の魔法では対処しきれなくなってくる。  まだ赤ん坊の娘イェッタは何処からか降りてくる『知識』に従い、魔法の威力増加、複数合わせた使用法を工夫して、父親を援助しようと考えた。  幼い娘と父親が力を合わせて害獣や強敵に挑む、冒険ファンタジー。 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...