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第4章 静かなる波紋、そして注目され始めるおっさん
偶然じゃないという証明
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夕刻、魔王軍の南側にある作戦会議棟の一室では、演習直後の戦術報告会が行われていた。場所は質素な石造りの部屋で、長方形の卓を囲んで遊撃斥候部隊の中隊長や小隊長たちが顔を揃えている。
卓上には演習の記録板と報告用の魔導スクロールが並び、各自が必要な情報を確認しながら、順番に報告を進めていた。
空気は静かだったが、張り詰めた緊張というよりは、何かが“変わり始めた”ことへのざわめきに似た感触がそこにあった。
「では、第七小隊、報告を」
そう促され、バルグレム中隊長が一歩前へ出た。
彼は筋骨たくましく、戦場でも名を知られる斥候指揮官だが、今はどこか思案深げな表情をしていた。報告書を手にしながら、部屋の空気を一度切り裂くように口を開く。
「結果から述べる。今回の演習、我が隊の被害判定はゼロ。敵役の伏兵は、斥候信号によって予定より二分前に発見され、機先を制した」
それ自体は、斥候部隊にとって理想的な成果だ。だが、そこまでは前回も起きたことだった。
問題は「それが再現された」ということだった。
バルグレムは言葉を区切り、手元の書類を卓に置いた。
「繰り返すが、これは偶然ではない。今回も初動の警戒信号を発したのは同じ兵士――ゴブタ、兵士番号G-784-βだ」
一部の隊長が顔をしかめる。「またあいつか」とでも言いたげな表情が広がる。
「どうせ運だろう。前回の演習で妙な成功をしたからって、あの下っ端が……」
「それが違うんだ」
バルグレムの口調には断定があった。
「俺も疑った。だから今回、奴には意図的に中央ではなく左翼の斜面寄りに配置させた。通信距離も遠く、視認性も悪い。だが、それでも奴は“正しい場所”を察知した」
ざわつきが広がる。
「証拠はあるのか?」
別の小隊長が問いかける。バルグレムは頷き、報告書を開く。
「この記録だ。伏兵の移動ルート、地形の読み取り、風向きによる音の変化――奴は、感覚でそれを読み取っている。報告のタイミングにもムラがない。しかも、初回と比べて明らかに改善されている」
「改善……?」
「訓練報告を見比べてくれ。初回は報告内容がやや曖昧だった。“気配がする”“音が違う”といった主観表現が多かった。だが今回は違う。“斜面下に複数の足音が交差”“風上から金属音”と、情報の質が明確に変わっている」
会議室の空気が変わった。
ただの奇跡でも偶然でもない。学習と観察に基づいた成果が、ここには確かにある。
「……ということは、あいつには本当に斥候の適性が?」
「少なくとも、配置された今の役割においては極めて有用だ。正直、補給雑用に置いていたのが馬鹿らしくなるレベルだ」
誰かが苦笑混じりに言った。
「じゃあ、その配置を決めたのは誰だ?」
バルグレムが一瞬黙り、そしてためらいなく口にした。
「“人事顧問”の推薦だ。あの異世界から来た人間――山本孝一と名乗っていたな」
再びざわめきが走る。人間、という言葉が持つ異質さが、自然と緊張を引き起こす。
「人間が? 魔王軍の配置を? 冗談だろ」
「だが現に、結果は出ている。少なくともゴブタの例を見る限り、あの男の目は節穴じゃない」
「……そもそも、どうやってそんな判断を下せたんだ。記録にも残ってなかった兵士だぞ。適性評価なんて書類上じゃ“ほぼ無評価”だったはずだ」
バルグレムは、あくまで冷静に言葉を継いだ。
「だからこそ“見る目”が必要なんだろうな。少なくとも、俺たちは“見る価値がない”と切り捨てた。あの男は、それを拾っただけだ」
部屋の中に、奇妙な沈黙が流れる。
誰もが心のどこかで「その通りだ」と思いながらも、それを認める言葉を選びかねていた。
「……人間風情に何がわかる」と呟いたのは、若手の副官だったが、その声は誰にも支持されなかった。
むしろ、その言葉が空回りするように、室内の空気は沈み、全員の思考がそれぞれの内側に潜っていく。
「人間がやったことだとしても、だ」
年配の隊長がゆっくりと口を開いた。
「魔王軍が今まで見捨ててきた可能性を拾い上げて、それが成果を出したなら、俺たちこそ問われるべきかもしれん。なぜ、それを見抜けなかったのか、とな」
誰も返さなかった。
やがて、報告会は淡々と終了した。だが、その場にいた者たちの胸の中には、確かな何かが残されていた。
小さな一兵卒の活躍。
人間の判断が引き起こした“異変”。
それらが偶然ではなかったことを、誰もが否応なく理解し始めていた。
そして、その名がごく自然に口にされるようになる。
「……山本孝一、人事顧問、か」
声に出した誰かのその言葉が、まるで風に乗って兵舎全体へと流れていくようだった。
静かな波紋は、確かに広がりつつあった。
卓上には演習の記録板と報告用の魔導スクロールが並び、各自が必要な情報を確認しながら、順番に報告を進めていた。
空気は静かだったが、張り詰めた緊張というよりは、何かが“変わり始めた”ことへのざわめきに似た感触がそこにあった。
「では、第七小隊、報告を」
そう促され、バルグレム中隊長が一歩前へ出た。
彼は筋骨たくましく、戦場でも名を知られる斥候指揮官だが、今はどこか思案深げな表情をしていた。報告書を手にしながら、部屋の空気を一度切り裂くように口を開く。
「結果から述べる。今回の演習、我が隊の被害判定はゼロ。敵役の伏兵は、斥候信号によって予定より二分前に発見され、機先を制した」
それ自体は、斥候部隊にとって理想的な成果だ。だが、そこまでは前回も起きたことだった。
問題は「それが再現された」ということだった。
バルグレムは言葉を区切り、手元の書類を卓に置いた。
「繰り返すが、これは偶然ではない。今回も初動の警戒信号を発したのは同じ兵士――ゴブタ、兵士番号G-784-βだ」
一部の隊長が顔をしかめる。「またあいつか」とでも言いたげな表情が広がる。
「どうせ運だろう。前回の演習で妙な成功をしたからって、あの下っ端が……」
「それが違うんだ」
バルグレムの口調には断定があった。
「俺も疑った。だから今回、奴には意図的に中央ではなく左翼の斜面寄りに配置させた。通信距離も遠く、視認性も悪い。だが、それでも奴は“正しい場所”を察知した」
ざわつきが広がる。
「証拠はあるのか?」
別の小隊長が問いかける。バルグレムは頷き、報告書を開く。
「この記録だ。伏兵の移動ルート、地形の読み取り、風向きによる音の変化――奴は、感覚でそれを読み取っている。報告のタイミングにもムラがない。しかも、初回と比べて明らかに改善されている」
「改善……?」
「訓練報告を見比べてくれ。初回は報告内容がやや曖昧だった。“気配がする”“音が違う”といった主観表現が多かった。だが今回は違う。“斜面下に複数の足音が交差”“風上から金属音”と、情報の質が明確に変わっている」
会議室の空気が変わった。
ただの奇跡でも偶然でもない。学習と観察に基づいた成果が、ここには確かにある。
「……ということは、あいつには本当に斥候の適性が?」
「少なくとも、配置された今の役割においては極めて有用だ。正直、補給雑用に置いていたのが馬鹿らしくなるレベルだ」
誰かが苦笑混じりに言った。
「じゃあ、その配置を決めたのは誰だ?」
バルグレムが一瞬黙り、そしてためらいなく口にした。
「“人事顧問”の推薦だ。あの異世界から来た人間――山本孝一と名乗っていたな」
再びざわめきが走る。人間、という言葉が持つ異質さが、自然と緊張を引き起こす。
「人間が? 魔王軍の配置を? 冗談だろ」
「だが現に、結果は出ている。少なくともゴブタの例を見る限り、あの男の目は節穴じゃない」
「……そもそも、どうやってそんな判断を下せたんだ。記録にも残ってなかった兵士だぞ。適性評価なんて書類上じゃ“ほぼ無評価”だったはずだ」
バルグレムは、あくまで冷静に言葉を継いだ。
「だからこそ“見る目”が必要なんだろうな。少なくとも、俺たちは“見る価値がない”と切り捨てた。あの男は、それを拾っただけだ」
部屋の中に、奇妙な沈黙が流れる。
誰もが心のどこかで「その通りだ」と思いながらも、それを認める言葉を選びかねていた。
「……人間風情に何がわかる」と呟いたのは、若手の副官だったが、その声は誰にも支持されなかった。
むしろ、その言葉が空回りするように、室内の空気は沈み、全員の思考がそれぞれの内側に潜っていく。
「人間がやったことだとしても、だ」
年配の隊長がゆっくりと口を開いた。
「魔王軍が今まで見捨ててきた可能性を拾い上げて、それが成果を出したなら、俺たちこそ問われるべきかもしれん。なぜ、それを見抜けなかったのか、とな」
誰も返さなかった。
やがて、報告会は淡々と終了した。だが、その場にいた者たちの胸の中には、確かな何かが残されていた。
小さな一兵卒の活躍。
人間の判断が引き起こした“異変”。
それらが偶然ではなかったことを、誰もが否応なく理解し始めていた。
そして、その名がごく自然に口にされるようになる。
「……山本孝一、人事顧問、か」
声に出した誰かのその言葉が、まるで風に乗って兵舎全体へと流れていくようだった。
静かな波紋は、確かに広がりつつあった。
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