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第3章 希望の一手、最下級兵ゴブタの発見
適材、適所の鍵
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山本孝一の部屋は、夜の静寂に包まれていた。
魔王城の一角、石造りの簡素な私室。冷えた空気が肌を撫でるが、山本はそれを気にする様子もなく、机に向かっていた。天井に吊るされた魔導灯が淡く揺れ、机上の手帳と羊皮紙を照らしている。
食堂や訓練場での喧騒が嘘のように、ここは静かだった。魔族の軍務は昼に集中し、夜は休息を優先するようになっているらしい。そのおかげで、執務の時間は確保しやすかった。
山本は、今日一日で得た情報を書き留めた手帳を広げると、傍らの分厚い名簿――「魔王軍人員概況録」を開いた。
用紙の表面には、見覚えのある名前と数字の羅列が並んでいる。役職、部隊、適正、過去の配置歴、最近の任務内容。記録は散発的で、不完全なものも多い。
しかし、それでも十分だった。
山本はゆっくりと目を閉じ、意識の深部へと手を伸ばすように、自分の内に語りかけた。
「配置最適化、発動」
その瞬間、手帳と人材リストの上に淡い光が走った。
ページの文字がにじむように変化し、各兵士の項目が“光の網”でつながれ始めた。
まるで組織図が脈を打つかのように、ページ全体が微細な光の粒で覆われていく。青、緑、赤、紫。様々な色が浮かび上がり、それぞれが特定の役割と特性を示していた。
山本の視界の中に、立体的な図が浮かび上がる。魔王軍全体の「適正マップ」だ。
兵士一人ひとりが光の点となり、それぞれの能力に応じて色と位置が定まっている。前衛向き、後衛支援型、斥候、補給、指揮補佐。重なり、距離、密度。そのすべてが直感的に把握できるかたちで表現されていた。
「これは……すごいな。まるで、組織の神経図を覗いているようだ」
彼は感嘆を抑えきれなかった。
その中で、特に強い光を放っていた点がひとつあった。
ゴブタ。
名簿の中では最下級の兵士として、辺境部隊の末端に記録されている男。その名の横には、はっきりとした光が渦巻いていた。
属性:斥候
適性指数:92
適応分野:遊撃、機動戦、危機対応、地形認識、警戒伝達
その評価は、山本の目を引くのに十分すぎるものだった。
「この数値……他の斥候候補と比べても群を抜いてる。なのに現場は雑用扱い?」
山本は目を細め、名簿の他の部分に目を走らせた。斥候部隊に所属する兵士たちの適性指数は平均で65前後。中には70台の者もいたが、ゴブタの92は飛び抜けていた。
「これはもう、やらない手はないな」
静かに呟き、手帳を閉じる。
次に山本が手に取ったのは、魔王軍内で使用される転属申請用の羊皮紙だった。軍規第六章に定められた人材再配置の規定に基づき、指揮官または軍事顧問が推薦を提出することで、最長一ヶ月の「仮転属」が認められるという条文がある。
それを何度も読み返しながら、山本はペンを取り、書き始めた。
推薦者:山本孝一(特任軍顧問)
被推薦者:兵士番号G-784-β(通称:ゴブタ)
現所属:補給支援隊・雑務班
推薦先:遊撃戦斥候部隊 第七遊撃隊(指揮官:バルグレム中隊長)
推薦理由:
当該兵士は現職では評価されていないが、視野の広さ、危機察知能力、周囲との非言語連携において高い適性を示している。短距離偵察任務及び連絡補助業務においてその能力が発揮されることが期待され、本人の成長促進および組織効率向上の観点から、仮配置転属を申請する。
書き終えた後、山本は一度ペンを置き、背もたれに体を預けた。
石造りの椅子は固く、背筋が伸びる。しかしその不快感よりも、確かな手応えのほうが胸に残っていた。
「これで通れば、組織に風穴を開けられる。たとえ小さくても、確実な一歩になる」
魔王軍の中では“能力”だけでは人は動かない。制度、慣習、立場。すべてが積み重なって個々を縛っている。
だがだからこそ、最初の一手が重要だ。
不公平な評価。型に嵌められた人材。無駄に消耗されている可能性。
そうしたものを一つずつ可視化し、言葉に変えて、仕組みの中に押し戻す。それが彼の仕事だった。
山本は転属申請書を丁寧に巻き上げ、封を施すと、明朝の提出のために書類棚に置いた。
明日、リリシアに提出を持ちかけよう。
彼女がこれをどう見るかはわからない。だが、根拠のない直感ではない。数値と観察に裏付けされた提案だ。否定されるとしても、何が足りないのかを知るきっかけにはなる。
山本は机の上を片づけ、最後に魔導灯の明かりを弱めた。
暗がりの中に浮かぶのは、革の手帳。そこには今、ただ一つの名前が刻まれている。
ゴブタ――斥候適性、極めて高。
山本はそのページに目を落とし、ひとつ深く息を吐いた。
「一人でいい。まずは、適所に置くことができれば……そこからは、きっと自分で伸びていく」
部屋は静かだった。
だが、その小さな灯の下で、一つの改革が密やかに始まりつつあった。
魔王城の一角、石造りの簡素な私室。冷えた空気が肌を撫でるが、山本はそれを気にする様子もなく、机に向かっていた。天井に吊るされた魔導灯が淡く揺れ、机上の手帳と羊皮紙を照らしている。
食堂や訓練場での喧騒が嘘のように、ここは静かだった。魔族の軍務は昼に集中し、夜は休息を優先するようになっているらしい。そのおかげで、執務の時間は確保しやすかった。
山本は、今日一日で得た情報を書き留めた手帳を広げると、傍らの分厚い名簿――「魔王軍人員概況録」を開いた。
用紙の表面には、見覚えのある名前と数字の羅列が並んでいる。役職、部隊、適正、過去の配置歴、最近の任務内容。記録は散発的で、不完全なものも多い。
しかし、それでも十分だった。
山本はゆっくりと目を閉じ、意識の深部へと手を伸ばすように、自分の内に語りかけた。
「配置最適化、発動」
その瞬間、手帳と人材リストの上に淡い光が走った。
ページの文字がにじむように変化し、各兵士の項目が“光の網”でつながれ始めた。
まるで組織図が脈を打つかのように、ページ全体が微細な光の粒で覆われていく。青、緑、赤、紫。様々な色が浮かび上がり、それぞれが特定の役割と特性を示していた。
山本の視界の中に、立体的な図が浮かび上がる。魔王軍全体の「適正マップ」だ。
兵士一人ひとりが光の点となり、それぞれの能力に応じて色と位置が定まっている。前衛向き、後衛支援型、斥候、補給、指揮補佐。重なり、距離、密度。そのすべてが直感的に把握できるかたちで表現されていた。
「これは……すごいな。まるで、組織の神経図を覗いているようだ」
彼は感嘆を抑えきれなかった。
その中で、特に強い光を放っていた点がひとつあった。
ゴブタ。
名簿の中では最下級の兵士として、辺境部隊の末端に記録されている男。その名の横には、はっきりとした光が渦巻いていた。
属性:斥候
適性指数:92
適応分野:遊撃、機動戦、危機対応、地形認識、警戒伝達
その評価は、山本の目を引くのに十分すぎるものだった。
「この数値……他の斥候候補と比べても群を抜いてる。なのに現場は雑用扱い?」
山本は目を細め、名簿の他の部分に目を走らせた。斥候部隊に所属する兵士たちの適性指数は平均で65前後。中には70台の者もいたが、ゴブタの92は飛び抜けていた。
「これはもう、やらない手はないな」
静かに呟き、手帳を閉じる。
次に山本が手に取ったのは、魔王軍内で使用される転属申請用の羊皮紙だった。軍規第六章に定められた人材再配置の規定に基づき、指揮官または軍事顧問が推薦を提出することで、最長一ヶ月の「仮転属」が認められるという条文がある。
それを何度も読み返しながら、山本はペンを取り、書き始めた。
推薦者:山本孝一(特任軍顧問)
被推薦者:兵士番号G-784-β(通称:ゴブタ)
現所属:補給支援隊・雑務班
推薦先:遊撃戦斥候部隊 第七遊撃隊(指揮官:バルグレム中隊長)
推薦理由:
当該兵士は現職では評価されていないが、視野の広さ、危機察知能力、周囲との非言語連携において高い適性を示している。短距離偵察任務及び連絡補助業務においてその能力が発揮されることが期待され、本人の成長促進および組織効率向上の観点から、仮配置転属を申請する。
書き終えた後、山本は一度ペンを置き、背もたれに体を預けた。
石造りの椅子は固く、背筋が伸びる。しかしその不快感よりも、確かな手応えのほうが胸に残っていた。
「これで通れば、組織に風穴を開けられる。たとえ小さくても、確実な一歩になる」
魔王軍の中では“能力”だけでは人は動かない。制度、慣習、立場。すべてが積み重なって個々を縛っている。
だがだからこそ、最初の一手が重要だ。
不公平な評価。型に嵌められた人材。無駄に消耗されている可能性。
そうしたものを一つずつ可視化し、言葉に変えて、仕組みの中に押し戻す。それが彼の仕事だった。
山本は転属申請書を丁寧に巻き上げ、封を施すと、明朝の提出のために書類棚に置いた。
明日、リリシアに提出を持ちかけよう。
彼女がこれをどう見るかはわからない。だが、根拠のない直感ではない。数値と観察に裏付けされた提案だ。否定されるとしても、何が足りないのかを知るきっかけにはなる。
山本は机の上を片づけ、最後に魔導灯の明かりを弱めた。
暗がりの中に浮かぶのは、革の手帳。そこには今、ただ一つの名前が刻まれている。
ゴブタ――斥候適性、極めて高。
山本はそのページに目を落とし、ひとつ深く息を吐いた。
「一人でいい。まずは、適所に置くことができれば……そこからは、きっと自分で伸びていく」
部屋は静かだった。
だが、その小さな灯の下で、一つの改革が密やかに始まりつつあった。
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