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第2章 おっさんの本領発揮、組織分析開始!
面談という名の魔法
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訓練場の片隅にある、控え兵の休憩所。粗末な屋根と腰掛け用の石台があるだけの、陽をしのぐための仮設小屋だった。
日暮れ前の薄曇りの空の下、訓練を終えた若い兵士たちが、汗を拭いながら息を整えている。
山本孝一は、その一角に自然な足取りで近づいていった。
無理に声を張らず、威圧もなく、だが確実に存在感を漂わせながら。
その年齢を思わせない若返った容貌と、異国の服装が場にそぐわないはずなのに、不思議と違和感を与えていない。
それは彼の“話しかけ方”に理由があった。
「少し、話を聞かせてもらっていいかな。疲れてるところ申し訳ないが」
そう言われて、最初に反応を見せたのは、口元に薄い傷のある魔族兵だった。
肩幅が広く、皮膚は濃い青灰色。だがその目は時折、他の者の様子を窺っており、威圧というより自己防衛の色が強い。
「俺たちに、何か問題でも……?」
声には警戒心があった。見知らぬ人間の“上役”とおぼしき者に対する、当然の反応だ。
山本は笑った。
「いや、問題を探しているわけじゃない。むしろ、解決の糸口を知りたい。どうすれば、君たちがもっと安心して、無駄なく動けるか。それを聞かせてもらえれば」
「……そういうのは、上の仕事だろ」
「その“上”が何を見てるか、下はいつも知らされないだろう?」
兵士は、少しだけ黙った。そして、仕方なさそうに視線を逸らした。
「……俺は、どうせ下っ端だ。名前もろくに呼ばれない。班長が交代しても、誰も報告しないし、装備の調整だって自分でやってる」
「つまり、班内の情報が共有されていない。リーダーが機能してない、あるいは任されていない」
山本は穏やかに頷き、懐から革の手帳を取り出して、さらさらと何かをメモした。
「君は、誰かを支えるのが上手い。リーダーには向かないかもしれないが、サブリーダーとしてはかなり優秀そうだ」
「そんなこと、言われたことないぞ」
兵士が目を丸くした。
「言われなかっただけで、実際そうだ。周囲の空気をよく見てるし、自分のことよりまず他人の状態に目が向く」
兵士は苦笑し、照れたように肩をすくめた。
「……なんだか、話してよかった気がするな」
それを皮切りに、山本は他の兵士たちにも、順に声をかけていった。
次に話をしたのは、無愛想な斥候兵だった。
細身の体つき、フードを深く被っていて、口数が少ない。こちらの目を見ようとせず、何かを恐れているような雰囲気をまとっている。
「斥候というのは、精神的にも消耗が大きい仕事だと聞いた」
山本が静かに切り出すと、男は小さく頷いた。
「……はい。前に、仲間が……戻ってこなかったことがあって。それ以来、足がすくむときがある」
「それは当然の反応だ。恐れないほうが異常だよ」
「でも、怖いと思ってるなんて言ったら……」
「弱さじゃない。危険察知能力が高いということだ。むしろ適性だ」
斥候兵は驚いたように目を見開いた。そして、ごく僅かに、口元が緩んだ。
「俺の感じていた不安が……役に立つ?」
「もちろんだ。君のような繊細な観察力は、むしろ分析班や索敵支援に向いている」
山本はまた手帳にメモを取る。「再配置候補。索敵後方支援向き。感受性強」
斥候兵は、その様子を黙って見つめていた。
最後に声をかけたのは、新入りらしい若い兵士だった。
見た目はやや小柄で、まだ鍛え上げられていない身体つき。落ち着きなく手を擦り合わせていたが、山本が近づくと、緊張でさらに動きがぎこちなくなった。
「初めての戦場?」
「は、はい……」
「訓練ではうまくやれてる?」
「動きは……そこそこ。でも、叫び声とか、血とか、正直、怖くて……」
「君は、武器を持つことに向いていない」
その言葉に、新兵は顔を伏せた。だが、山本は続けた。
「それは欠点じゃない。“向いてない”と自覚できることは、大きな才能だ。誰もが無理に戦う必要はない。補給班や、戦場整理を担う隊が必要になる。戦後処理、負傷者支援、武具回収、そういったところで力を発揮できる」
「……自分でも、そんなことができるんですか?」
「できるとも。誰かが“やりたがらないけど必要な仕事”に向いている人材は、どんな組織でも重宝される」
新兵はぽつりと、息を吐いた。
「……なんだか、話してよかった気がします」
山本は穏やかに頷いた。
「それは良かった。こっちは話してもらえて、助かったよ」
手帳を開き、再び走り書きをする。「補給向き。戦闘適性低。心理ケア検討」
面談の最後、彼は三人の兵士に共通して伝えた。
「君たちのことは、上にちゃんと伝える。無理な配置が続けば、組織の力は落ちる。それを防ぐのが、俺の役目だ」
兵士たちは、それぞれの思いを胸に、静かに頷いた。
魔王軍という、混沌の軍隊の中にあって、ただ“聞いてくれる存在”がいるという事実。それは、想像以上に大きな意味を持っていた。
山本は再び歩き出す。リリシアが少し離れた場所で、腕を組んでこちらを見ていた。何も言わないが、その視線は冷静な評価と、わずかな驚きを孕んでいた。
「言葉一つで、人は変わる。それを信じてやってきたからな」
山本は小さく呟き、革の手帳を閉じた。
そこには、三つの小さな可能性が記されていた。だが、それはきっと――新しい魔王軍の第一歩だった。
日暮れ前の薄曇りの空の下、訓練を終えた若い兵士たちが、汗を拭いながら息を整えている。
山本孝一は、その一角に自然な足取りで近づいていった。
無理に声を張らず、威圧もなく、だが確実に存在感を漂わせながら。
その年齢を思わせない若返った容貌と、異国の服装が場にそぐわないはずなのに、不思議と違和感を与えていない。
それは彼の“話しかけ方”に理由があった。
「少し、話を聞かせてもらっていいかな。疲れてるところ申し訳ないが」
そう言われて、最初に反応を見せたのは、口元に薄い傷のある魔族兵だった。
肩幅が広く、皮膚は濃い青灰色。だがその目は時折、他の者の様子を窺っており、威圧というより自己防衛の色が強い。
「俺たちに、何か問題でも……?」
声には警戒心があった。見知らぬ人間の“上役”とおぼしき者に対する、当然の反応だ。
山本は笑った。
「いや、問題を探しているわけじゃない。むしろ、解決の糸口を知りたい。どうすれば、君たちがもっと安心して、無駄なく動けるか。それを聞かせてもらえれば」
「……そういうのは、上の仕事だろ」
「その“上”が何を見てるか、下はいつも知らされないだろう?」
兵士は、少しだけ黙った。そして、仕方なさそうに視線を逸らした。
「……俺は、どうせ下っ端だ。名前もろくに呼ばれない。班長が交代しても、誰も報告しないし、装備の調整だって自分でやってる」
「つまり、班内の情報が共有されていない。リーダーが機能してない、あるいは任されていない」
山本は穏やかに頷き、懐から革の手帳を取り出して、さらさらと何かをメモした。
「君は、誰かを支えるのが上手い。リーダーには向かないかもしれないが、サブリーダーとしてはかなり優秀そうだ」
「そんなこと、言われたことないぞ」
兵士が目を丸くした。
「言われなかっただけで、実際そうだ。周囲の空気をよく見てるし、自分のことよりまず他人の状態に目が向く」
兵士は苦笑し、照れたように肩をすくめた。
「……なんだか、話してよかった気がするな」
それを皮切りに、山本は他の兵士たちにも、順に声をかけていった。
次に話をしたのは、無愛想な斥候兵だった。
細身の体つき、フードを深く被っていて、口数が少ない。こちらの目を見ようとせず、何かを恐れているような雰囲気をまとっている。
「斥候というのは、精神的にも消耗が大きい仕事だと聞いた」
山本が静かに切り出すと、男は小さく頷いた。
「……はい。前に、仲間が……戻ってこなかったことがあって。それ以来、足がすくむときがある」
「それは当然の反応だ。恐れないほうが異常だよ」
「でも、怖いと思ってるなんて言ったら……」
「弱さじゃない。危険察知能力が高いということだ。むしろ適性だ」
斥候兵は驚いたように目を見開いた。そして、ごく僅かに、口元が緩んだ。
「俺の感じていた不安が……役に立つ?」
「もちろんだ。君のような繊細な観察力は、むしろ分析班や索敵支援に向いている」
山本はまた手帳にメモを取る。「再配置候補。索敵後方支援向き。感受性強」
斥候兵は、その様子を黙って見つめていた。
最後に声をかけたのは、新入りらしい若い兵士だった。
見た目はやや小柄で、まだ鍛え上げられていない身体つき。落ち着きなく手を擦り合わせていたが、山本が近づくと、緊張でさらに動きがぎこちなくなった。
「初めての戦場?」
「は、はい……」
「訓練ではうまくやれてる?」
「動きは……そこそこ。でも、叫び声とか、血とか、正直、怖くて……」
「君は、武器を持つことに向いていない」
その言葉に、新兵は顔を伏せた。だが、山本は続けた。
「それは欠点じゃない。“向いてない”と自覚できることは、大きな才能だ。誰もが無理に戦う必要はない。補給班や、戦場整理を担う隊が必要になる。戦後処理、負傷者支援、武具回収、そういったところで力を発揮できる」
「……自分でも、そんなことができるんですか?」
「できるとも。誰かが“やりたがらないけど必要な仕事”に向いている人材は、どんな組織でも重宝される」
新兵はぽつりと、息を吐いた。
「……なんだか、話してよかった気がします」
山本は穏やかに頷いた。
「それは良かった。こっちは話してもらえて、助かったよ」
手帳を開き、再び走り書きをする。「補給向き。戦闘適性低。心理ケア検討」
面談の最後、彼は三人の兵士に共通して伝えた。
「君たちのことは、上にちゃんと伝える。無理な配置が続けば、組織の力は落ちる。それを防ぐのが、俺の役目だ」
兵士たちは、それぞれの思いを胸に、静かに頷いた。
魔王軍という、混沌の軍隊の中にあって、ただ“聞いてくれる存在”がいるという事実。それは、想像以上に大きな意味を持っていた。
山本は再び歩き出す。リリシアが少し離れた場所で、腕を組んでこちらを見ていた。何も言わないが、その視線は冷静な評価と、わずかな驚きを孕んでいた。
「言葉一つで、人は変わる。それを信じてやってきたからな」
山本は小さく呟き、革の手帳を閉じた。
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