魔王軍に転生した元人事部長、三十路ボディで職場改革します~おっさん、異世界で“人事改革”はじめました

中岡 始

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第2章 おっさんの本領発揮、組織分析開始!

光る背中を見る男

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訓練場は、砦の内壁に囲まれた広大な土の広場だった。地面には踏み固められた無数の足跡が刻まれ、中央には木製の人形や標的、戦闘訓練用の器具がずらりと並んでいた。石で組まれた簡素な観覧台のような場所から、数名の教官らしき魔族が鋭い目を光らせている。

その場に差しかかった瞬間、山本は自然と足を止めていた。

若い魔族の兵士たちが、掛け声と共に模擬戦を行っている。二人一組での斬撃の応酬、三人での連携訓練、単独での突撃走。筋肉のつき方も動きのキレも十分にある。見た目には、非常に優秀な訓練環境に見えた。

しかし、山本が見ていたのは、彼らの“背中”だった。

不意に、視界の中で何かが揺らめいた。

初めは錯覚かと思った。だが、それはすぐに確信へと変わった。

各兵士の背中に、色と形を持った光が浮かんでいた。まるで目に見えるオーラのように、個々が異なる輝きを放っていた。

一人の若者の背中からは、赤く燃える炎のような光が立ち上っていた。跳ねるように動き、言葉にもならない情熱を帯びている。攻撃時の踏み込みには迷いがなく、まっすぐ突き進む。判断も単純だが、行動は力強い。

別の兵士の背中には、濃い紫の渦がゆっくりと蠢いていた。動きは慎重で、相手の出方を見てから対応するタイプ。数手先を読む癖がある。手数は少ないが、すべてが効率的に見える。

また一人、淡い水色の光を纏った兵がいた。光は薄く、柔らかく揺れている。動きには優しさすらあり、相手との距離感を常に保ち、極端な動きは避ける。直接戦闘よりも、補佐や治癒に向いているように見えた。

山本は目を細めて、その光の形や動きを一つずつ確認していった。

形は一定ではない。火柱、渦、霧、風のようなものまである。色も明確に違う。赤、青、緑、紫、金、黒。混じり合っている者もいれば、極端に弱く見える者もいる。

「これは……適性の可視化、ってやつか」

山本はつぶやいた。

自分の目にだけ、兵士たちの背中にオーラのような光が見える。まるで職務経歴書や性格診断が、ビジュアル化されて背負われているかのようだ。戦闘経験も、性格傾向も、得意不得意も、そこに現れている。

「見えてしまうんだな……この世界じゃ、俺の“人を見る目”が、文字通りのスキルになってるわけか」

皮肉めいた思考と共に、軽い感心が湧いた。

長年、人事畑を歩いてきた中で、面接の表情、履歴書の行間、部下との雑談から本質を見抜く力を養ってきた。だがそれらは、感覚でしかなかった。今、こうして可視化されている光は、まさに“それ”の延長線にある。

「面白いな……職務経歴書なしで、ここまでわかるとは」

思わず口元が緩んだ。

だがその声は、周囲にいた者の耳にも届いたらしい。

「なにをぶつぶつ言っている、人間」

低い声が背後から響いた。

山本が振り返ると、筋骨たくましい魔族の男が仁王立ちしていた。角は二本、瞳は赤く、首筋には軍章の刺青が彫られている。鋼鉄製の肩当てには刃こぼれが目立ち、彼の現場主義ぶりを物語っていた。

「貴様、部外者のくせに視察とは随分とご熱心だな。何か文句でもあるのか」

言葉には棘がある。表面的には冷静だが、視線の奥には敵意が宿っていた。

山本は穏やかに笑って首を振った。

「いいえ。むしろ感心してましたよ。若い兵士たちの動き、なかなか鋭い。将来有望な人材が揃ってる」

「……ふん。おだてても何も出んぞ。こいつらはまだ半人前だ」

「半人前でも、素材の段階で見る目を持つのが、人事の仕事ですから」

山本の言葉に、魔族の教官は目を細めた。明らかに“面倒なことを言う奴だ”という色が瞳に浮かんでいる。

「人事? お前の世界じゃそういう部署があるのか?」

「はい、評価と配置と育成を扱う部署ですね。組織の底上げを図るのが仕事です」

「そんな軟弱なもんで、戦ができるかよ」

教官は吐き捨てるように言ったが、山本は即座に否定しなかった。

「おっしゃる通りです。ただ、戦う以前に、誰がどこで力を発揮するか。それを間違えると、せっかくの戦力が“無駄死に”になる」

「……」

「誰が最前線に立つべきか。誰が補給を支えるか。誰が指揮を執り、誰が後方で情報を整理するか。そこを間違えなければ、無駄な敗北は避けられます」

魔族の教官は黙って山本を見下ろした。身長差は頭一つ以上ある。威圧感もある。だが、山本はその圧力に負けず、目を逸らさなかった。

「なるほどな。言葉だけなら立派だ」

教官が低く言い捨てると、踵を返して訓練場の中心に戻っていった。声を荒げることもなく、無言のまま兵士たちを睨みながら、再び指導を再開する。

山本はその背中を見送りつつ、小さく息を吐いた。

軽口の一つも返されなかったということは、少なくとも“無視”はされていない。あの手の現場主義の男は、完全に不要な者には言葉すらかけない。

「少しずつでいい。まずは、顔を覚えてもらうところからだな」

彼は再び訓練中の兵士たちを見渡す。

光る背中。動くオーラ。才能の気配。

そのひとつひとつが、次の一手の“材料”だった。自分に何ができるかを示すには、まず“誰が、何を持っているのか”を見抜く必要がある。

それができる目を、自分は手に入れてしまった。

ならば、使わない理由はない。

山本は静かに歩き出した。目の前に広がるのは、まだ何者にもなっていない力の原石たち。配置を間違えれば消耗され、正しく使えば未来を支える柱になる存在。

戦場に出る前の戦いが、もう始まっている。

静かに、だが確かに。
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