上 下
41 / 46

第40話 一緒に、やりたかったから

しおりを挟む
 内定者研修は通信教育のものもやってもらっている。
 途中経過や採点結果などは、本人だけではなく人事担当者宛にも随時送られてくることになる。

「うーん、やっぱり高得点だなあ。すごい」

 メールで業者から送られてきた通知。
 そこから管理画面に飛んでダイチくんの成績を確認すると、やはり予想通り良好な結果になっていた。
 思わずモニタに向かって褒めてしまった。

「あっという間に身につけてしまうんだろうなあ、ビジネスマナー」
「フフフ、嬉しいかね?」

 またニヤニヤして余計なことを言ってくる部長は放置するとして。

 ダイチくんは学校の成績やSPI試験の結果などを見ても明らかだが、彼はもともと頭が良い。
 いま現在進行形で、教わったことをどんどんと吸収しているのだろう。

 うちの会社に応募した当初の、「これはないわ」という部分も、単に知らなかったというだけなのだ。
 だから、今後は急速にそのような部分は消えていってしまうだろう。

「それとも、案外少し寂しかったりするのかな? フフフフ」
「寂しいのは部長の髪の毛でしょーが!」

 放置しきれなかった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 内定者研修の期間はあっという間に過ぎた。

 三月に入ったばかりのタイミングで、内定者たちにはまた本社会議室に集まってもらった。

 今回の会議室、ドーナツを潰したような楕円テーブルがあるのは他と同様だ。
 しかし位置が階の端にあるため、窓があるのが特徴である。
 だいぶ傾いているであろう太陽からの紅い陽射しが、閉じたブラインドのわずかな隙間から感じられた。

 内定者の五名は、全員無事に来てくれている。
 もちろん一人はダイチくんだが、研修が始まって以来会っていなかったため、彼についても久しぶりに顔を見たことになる。

 ……。
 うーむ。みんな、少し雰囲気が変わったかな?

「皆さん、内定者研修お疲れさまでした」

 まずは、講習会と通信教育の二種類の研修を終えた労をねぎらった。
 そして。

「お疲れのところ申し訳ありませんが、『研修を終えて』ということでレポートを出してもらいます。
 原稿用紙を渡しますが、A4の紙にパソコンで印字してもらっても構いません。切手を貼った封筒もお渡ししますので、来週中に投函をお願いしますね」

 そう説明した。
 会社からの課題である。

 内定者研修が始まる前に、最後に報告のレポートをだしてもらいますとは伝えている。
 それでも、内心はやはり嫌だろう。
 しかし誰も顔に出さない。さすがだ。
 ダイチくんも淡々と、封筒と原稿用紙を受け取った。

 あらためて、内定者たちを見る。

 やはり、少し、変わった気がする。
 気のせいではないようだ。

 姿勢が前より良いせいだろうか?
 いや、それだけではなさそうだ。
 目力や、仕草、佇まいなど、もっといろいろな複合的要因がありそうだが。

 なんだか、こう、学生っぽさが減ったような。

 ダイチくんもそうだ。
 大学生の中に一人高校生が混じって、子供っぽく見えるのは相変わらずだが、やはり以前より学生成分が減少した感じが。

 私は研修を受けていない。
 なので、内容を詳細に把握しているわけではないが、

 ――けっこう印象が変わるものなんだな。

 と思った。
 確実に雰囲気は良くなったと思う。
 研修、やはりやって正解だったんだろうな……うん。きっと。
 
 今日集まってもらった用件は、課題の説明のみだ。
 内定式のように食事会もない。
 交通費を渡して、内定者たちは解散。会社を後にした。

 内容的には、別に今日集まる必要などはなかったと思う。
 郵送のやり取りだけで事足りる。

 ただ他社の例では、やはりこれだけの用事であっても、会社まで来てもらっていることが圧倒的に多い。
 やはり内定式から入社まで一度も顔見せがないというのは、企業側としても怖いのだろう。

 うちは今回に限れば、土壇場での内定辞退や、音信不通者が出る心配はない。
 けれども来年以降のことがある。
 念のために他社に倣って招集をした。



 ということで。
 集まりが終わるとすぐに定時に。
 仕事は残っているが、残業する気にならず。終了後は私もすぐに帰ることにした。

 十二月に比べれば日が伸びているはずだけれども、定時にはもう外は暗い。
 ここは都会なので、空は黒くなく、ダークグレー。
 星も見えない。

「……」

 今日は以前よりもキリッとした内定者たちを見て、元気が貰えた……はずなのに。
 なぜかモヤっとした感じも同時にあった。

「あー、ソフトクリームが食べたい!」

 脳が季節外れのソフトクリームを求めているようだ。
 会社があるビルから、駅に向かう道を歩くとすぐにある、コンビニ。
 そこのソフトクリームはおいしいため、入ることにした。

 ここは定時脱出のサラリーマンが溜まりやすいのか、早く帰る日に見るといつも人がたくさんいる。
 特に雑誌のコーナー。
 週刊誌を立ち読みしているサラリーマンがずらっと並んでいる。

 今日も、うん。外から見るとよくわかる。隙間なくびっしり立ち読みがいる。

 あれ。一人だけ妙に若い……
 ……ってダイチくんじゃないの!

 私は外からガラスを叩こうとしたが、そのずいぶん手前から目が合った。
 彼も私に気づいたのだ。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 このコンビニには、小さいながらも中に座って食べることができるスペースがある。
 窓際に長いテーブルがあり、丸い椅子が並んでいるような形だ。

 会計を済ませた私たちは、ちょうど空いていた席に座ることにした。
 彼は先にどうぞという感じで、私を座らせてきた。
 二人並んで、外を見る感じになる。

「アオイさん、ソフトクリームですか」
「うん。スッキリしたかったから、かな? 頭が求めてたみたい」

 私のほうは、ホットコーヒーに、ソフトクリーム。
 彼はホットコーヒーだけだ。

「冬とソフトクリーム、合わないですよね」
「ダイチくんと週刊誌立ち読みだって全然合ってないやい」
「あー。普段は読まないですよ?」

 彼が頭を掻く。
 一度そこで会話が途切れ、お互い並んで座ったまま窓から外を見続ける形に。

 その沈黙を破ったのは、彼のほうからだった。

 私がソフトクリームを食べ終わったタイミングで、彼はいきなり、
「さっき、言うのを忘れてましたので……」
 と、立ち上がった。

「研修を受けさせていただきまして、ありがとうございました」

 彼は深々と頭を下げてきた。
 私は突然のことにビックリしてしまった。

「え!? いや、そちらがお礼を言うのはちょっと違うんじゃないの?」

 内定者研修の実施で「入社後の円滑な業務遂行」ができると考えれば……。
 それは内定者のためというよりも、会社のために実施するという意味合いが強い。

 むしろ、まだ社員じゃないのに時間を割いて受けてくれてありがとうと、会社側から感謝すべきことだろうと思う。

「でもあの研修、俺のためにやってくれたようなものなんですよね?」

 ――!?

「あれ? バレてた?」
「それはまあ、あの資料を見せられたら」
「あー。だよね」

 私は、部長に内定者研修の導入を提案するための『プレゼン資料』を、ダイチくん張本人に見せてしまっている。

 受け取ったダイチくんは、
「コレ、そういうことだよな?」
 と気づいたのだろう。

 自分でやっておいてなんだけど。
 あれは無神経だったのかもしれない。

 あのときから彼はずっと気にしていたのかな。
 何だか申し訳ないことをしてしまった。

 当時は企画を通すために必死だったので、相手のことまでは考えていなかった。
 人事担当者が内定者に負担をかけちゃいけないよね……反省。

 ……あ。

「あー」
「?」
「もしかしてテニス教えてくれたのって、そのお礼代わりだったりしたのかな? ダイチくん律儀だなー」
「……」

 ダイチくんの同級生、タカツカサさんは色々言っていたけど。
 彼の性格を考えると、まあそんな理由だったのかな……と、私は思った。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 お店を出た私たちは、一緒に電車に乗り。
 最寄り駅で一緒に降り。夜空の下を並んで歩き。そしてアパートまで到着した。

 私は、また彼の部屋のドアの前まで送った。

「今日はお疲れさまでした」
「お疲れさまでした」

 お互い向き合って、ねぎらい合う。

 彼の顔は、アパートの古い外照明にぼんやりと橙に照らされている。
 その表情は、前と比べてどうなのだろう。
 あらためて、じっくりと見る。

「……」

 今見ると、あまり変わっていないような。

「どうしました?」
「うん。顔を見てた」
「な、何でです?」

 少し橙に赤の成分が混じった。これは少しわかりやすい。

「なんか雰囲気が少し変わった感じがしたんだよね。あ、もちろん良い意味でだよ?」
「そ、そうですか。良い意味なら、うれしいですが」

「ふふふっ。今日はゆっくり休んでね」
「はい。アオイさんも研修の件、本当にありがとうございました」

 彼はそう言うと、またもや深々と頭を下げてきた。

「またお礼かあ。テニスを教えてくれた件といい、本当に律――」
「律儀じゃなくて、すみません」
「え?」

「……テニスを教えたのは、お礼代わりじゃありませんでしたので」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

ダブルスの相棒がまるで漫画の褐色キャラ

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
ソフトテニス部でダブルスを組む薬師寺くんは、漫画やアニメに出てきそうな褐色イケメン。 顧問は「パートナーは夫婦。まず仲良くなれ」と言うけど、夫婦みたいな事をすればいいの?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...