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第40話 一緒に、やりたかったから
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内定者研修は通信教育のものもやってもらっている。
途中経過や採点結果などは、本人だけではなく人事担当者宛にも随時送られてくることになる。
「うーん、やっぱり高得点だなあ。すごい」
メールで業者から送られてきた通知。
そこから管理画面に飛んでダイチくんの成績を確認すると、やはり予想通り良好な結果になっていた。
思わずモニタに向かって褒めてしまった。
「あっという間に身につけてしまうんだろうなあ、ビジネスマナー」
「フフフ、嬉しいかね?」
またニヤニヤして余計なことを言ってくる部長は放置するとして。
ダイチくんは学校の成績やSPI試験の結果などを見ても明らかだが、彼はもともと頭が良い。
いま現在進行形で、教わったことをどんどんと吸収しているのだろう。
うちの会社に応募した当初の、「これはないわ」という部分も、単に知らなかったというだけなのだ。
だから、今後は急速にそのような部分は消えていってしまうだろう。
「それとも、案外少し寂しかったりするのかな? フフフフ」
「寂しいのは部長の髪の毛でしょーが!」
放置しきれなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
内定者研修の期間はあっという間に過ぎた。
三月に入ったばかりのタイミングで、内定者たちにはまた本社会議室に集まってもらった。
今回の会議室、ドーナツを潰したような楕円テーブルがあるのは他と同様だ。
しかし位置が階の端にあるため、窓があるのが特徴である。
だいぶ傾いているであろう太陽からの紅い陽射しが、閉じたブラインドのわずかな隙間から感じられた。
内定者の五名は、全員無事に来てくれている。
もちろん一人はダイチくんだが、研修が始まって以来会っていなかったため、彼についても久しぶりに顔を見たことになる。
……。
うーむ。みんな、少し雰囲気が変わったかな?
「皆さん、内定者研修お疲れさまでした」
まずは、講習会と通信教育の二種類の研修を終えた労をねぎらった。
そして。
「お疲れのところ申し訳ありませんが、『研修を終えて』ということでレポートを出してもらいます。
原稿用紙を渡しますが、A4の紙にパソコンで印字してもらっても構いません。切手を貼った封筒もお渡ししますので、来週中に投函をお願いしますね」
そう説明した。
会社からの課題である。
内定者研修が始まる前に、最後に報告のレポートをだしてもらいますとは伝えている。
それでも、内心はやはり嫌だろう。
しかし誰も顔に出さない。さすがだ。
ダイチくんも淡々と、封筒と原稿用紙を受け取った。
あらためて、内定者たちを見る。
やはり、少し、変わった気がする。
気のせいではないようだ。
姿勢が前より良いせいだろうか?
いや、それだけではなさそうだ。
目力や、仕草、佇まいなど、もっといろいろな複合的要因がありそうだが。
なんだか、こう、学生っぽさが減ったような。
ダイチくんもそうだ。
大学生の中に一人高校生が混じって、子供っぽく見えるのは相変わらずだが、やはり以前より学生成分が減少した感じが。
私は研修を受けていない。
なので、内容を詳細に把握しているわけではないが、
――けっこう印象が変わるものなんだな。
と思った。
確実に雰囲気は良くなったと思う。
研修、やはりやって正解だったんだろうな……うん。きっと。
今日集まってもらった用件は、課題の説明のみだ。
内定式のように食事会もない。
交通費を渡して、内定者たちは解散。会社を後にした。
内容的には、別に今日集まる必要などはなかったと思う。
郵送のやり取りだけで事足りる。
ただ他社の例では、やはりこれだけの用事であっても、会社まで来てもらっていることが圧倒的に多い。
やはり内定式から入社まで一度も顔見せがないというのは、企業側としても怖いのだろう。
うちは今回に限れば、土壇場での内定辞退や、音信不通者が出る心配はない。
けれども来年以降のことがある。
念のために他社に倣って招集をした。
ということで。
集まりが終わるとすぐに定時に。
仕事は残っているが、残業する気にならず。終了後は私もすぐに帰ることにした。
十二月に比べれば日が伸びているはずだけれども、定時にはもう外は暗い。
ここは都会なので、空は黒くなく、ダークグレー。
星も見えない。
「……」
今日は以前よりもキリッとした内定者たちを見て、元気が貰えた……はずなのに。
なぜかモヤっとした感じも同時にあった。
「あー、ソフトクリームが食べたい!」
脳が季節外れのソフトクリームを求めているようだ。
会社があるビルから、駅に向かう道を歩くとすぐにある、コンビニ。
そこのソフトクリームはおいしいため、入ることにした。
ここは定時脱出のサラリーマンが溜まりやすいのか、早く帰る日に見るといつも人がたくさんいる。
特に雑誌のコーナー。
週刊誌を立ち読みしているサラリーマンがずらっと並んでいる。
今日も、うん。外から見るとよくわかる。隙間なくびっしり立ち読みがいる。
あれ。一人だけ妙に若い……
……ってダイチくんじゃないの!
私は外からガラスを叩こうとしたが、そのずいぶん手前から目が合った。
彼も私に気づいたのだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
このコンビニには、小さいながらも中に座って食べることができるスペースがある。
窓際に長いテーブルがあり、丸い椅子が並んでいるような形だ。
会計を済ませた私たちは、ちょうど空いていた席に座ることにした。
彼は先にどうぞという感じで、私を座らせてきた。
二人並んで、外を見る感じになる。
「アオイさん、ソフトクリームですか」
「うん。スッキリしたかったから、かな? 頭が求めてたみたい」
私のほうは、ホットコーヒーに、ソフトクリーム。
彼はホットコーヒーだけだ。
「冬とソフトクリーム、合わないですよね」
「ダイチくんと週刊誌立ち読みだって全然合ってないやい」
「あー。普段は読まないですよ?」
彼が頭を掻く。
一度そこで会話が途切れ、お互い並んで座ったまま窓から外を見続ける形に。
その沈黙を破ったのは、彼のほうからだった。
私がソフトクリームを食べ終わったタイミングで、彼はいきなり、
「さっき、言うのを忘れてましたので……」
と、立ち上がった。
「研修を受けさせていただきまして、ありがとうございました」
彼は深々と頭を下げてきた。
私は突然のことにビックリしてしまった。
「え!? いや、そちらがお礼を言うのはちょっと違うんじゃないの?」
内定者研修の実施で「入社後の円滑な業務遂行」ができると考えれば……。
それは内定者のためというよりも、会社のために実施するという意味合いが強い。
むしろ、まだ社員じゃないのに時間を割いて受けてくれてありがとうと、会社側から感謝すべきことだろうと思う。
「でもあの研修、俺のためにやってくれたようなものなんですよね?」
――!?
「あれ? バレてた?」
「それはまあ、あの資料を見せられたら」
「あー。だよね」
私は、部長に内定者研修の導入を提案するための『プレゼン資料』を、ダイチくん張本人に見せてしまっている。
受け取ったダイチくんは、
「コレ、そういうことだよな?」
と気づいたのだろう。
自分でやっておいてなんだけど。
あれは無神経だったのかもしれない。
あのときから彼はずっと気にしていたのかな。
何だか申し訳ないことをしてしまった。
当時は企画を通すために必死だったので、相手のことまでは考えていなかった。
人事担当者が内定者に負担をかけちゃいけないよね……反省。
……あ。
「あー」
「?」
「もしかしてテニス教えてくれたのって、そのお礼代わりだったりしたのかな? ダイチくん律儀だなー」
「……」
ダイチくんの同級生、タカツカサさんは色々言っていたけど。
彼の性格を考えると、まあそんな理由だったのかな……と、私は思った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
お店を出た私たちは、一緒に電車に乗り。
最寄り駅で一緒に降り。夜空の下を並んで歩き。そしてアパートまで到着した。
私は、また彼の部屋のドアの前まで送った。
「今日はお疲れさまでした」
「お疲れさまでした」
お互い向き合って、ねぎらい合う。
彼の顔は、アパートの古い外照明にぼんやりと橙に照らされている。
その表情は、前と比べてどうなのだろう。
あらためて、じっくりと見る。
「……」
今見ると、あまり変わっていないような。
「どうしました?」
「うん。顔を見てた」
「な、何でです?」
少し橙に赤の成分が混じった。これは少しわかりやすい。
「なんか雰囲気が少し変わった感じがしたんだよね。あ、もちろん良い意味でだよ?」
「そ、そうですか。良い意味なら、うれしいですが」
「ふふふっ。今日はゆっくり休んでね」
「はい。アオイさんも研修の件、本当にありがとうございました」
彼はそう言うと、またもや深々と頭を下げてきた。
「またお礼かあ。テニスを教えてくれた件といい、本当に律――」
「律儀じゃなくて、すみません」
「え?」
「……テニスを教えたのは、お礼代わりじゃありませんでしたので」
途中経過や採点結果などは、本人だけではなく人事担当者宛にも随時送られてくることになる。
「うーん、やっぱり高得点だなあ。すごい」
メールで業者から送られてきた通知。
そこから管理画面に飛んでダイチくんの成績を確認すると、やはり予想通り良好な結果になっていた。
思わずモニタに向かって褒めてしまった。
「あっという間に身につけてしまうんだろうなあ、ビジネスマナー」
「フフフ、嬉しいかね?」
またニヤニヤして余計なことを言ってくる部長は放置するとして。
ダイチくんは学校の成績やSPI試験の結果などを見ても明らかだが、彼はもともと頭が良い。
いま現在進行形で、教わったことをどんどんと吸収しているのだろう。
うちの会社に応募した当初の、「これはないわ」という部分も、単に知らなかったというだけなのだ。
だから、今後は急速にそのような部分は消えていってしまうだろう。
「それとも、案外少し寂しかったりするのかな? フフフフ」
「寂しいのは部長の髪の毛でしょーが!」
放置しきれなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
内定者研修の期間はあっという間に過ぎた。
三月に入ったばかりのタイミングで、内定者たちにはまた本社会議室に集まってもらった。
今回の会議室、ドーナツを潰したような楕円テーブルがあるのは他と同様だ。
しかし位置が階の端にあるため、窓があるのが特徴である。
だいぶ傾いているであろう太陽からの紅い陽射しが、閉じたブラインドのわずかな隙間から感じられた。
内定者の五名は、全員無事に来てくれている。
もちろん一人はダイチくんだが、研修が始まって以来会っていなかったため、彼についても久しぶりに顔を見たことになる。
……。
うーむ。みんな、少し雰囲気が変わったかな?
「皆さん、内定者研修お疲れさまでした」
まずは、講習会と通信教育の二種類の研修を終えた労をねぎらった。
そして。
「お疲れのところ申し訳ありませんが、『研修を終えて』ということでレポートを出してもらいます。
原稿用紙を渡しますが、A4の紙にパソコンで印字してもらっても構いません。切手を貼った封筒もお渡ししますので、来週中に投函をお願いしますね」
そう説明した。
会社からの課題である。
内定者研修が始まる前に、最後に報告のレポートをだしてもらいますとは伝えている。
それでも、内心はやはり嫌だろう。
しかし誰も顔に出さない。さすがだ。
ダイチくんも淡々と、封筒と原稿用紙を受け取った。
あらためて、内定者たちを見る。
やはり、少し、変わった気がする。
気のせいではないようだ。
姿勢が前より良いせいだろうか?
いや、それだけではなさそうだ。
目力や、仕草、佇まいなど、もっといろいろな複合的要因がありそうだが。
なんだか、こう、学生っぽさが減ったような。
ダイチくんもそうだ。
大学生の中に一人高校生が混じって、子供っぽく見えるのは相変わらずだが、やはり以前より学生成分が減少した感じが。
私は研修を受けていない。
なので、内容を詳細に把握しているわけではないが、
――けっこう印象が変わるものなんだな。
と思った。
確実に雰囲気は良くなったと思う。
研修、やはりやって正解だったんだろうな……うん。きっと。
今日集まってもらった用件は、課題の説明のみだ。
内定式のように食事会もない。
交通費を渡して、内定者たちは解散。会社を後にした。
内容的には、別に今日集まる必要などはなかったと思う。
郵送のやり取りだけで事足りる。
ただ他社の例では、やはりこれだけの用事であっても、会社まで来てもらっていることが圧倒的に多い。
やはり内定式から入社まで一度も顔見せがないというのは、企業側としても怖いのだろう。
うちは今回に限れば、土壇場での内定辞退や、音信不通者が出る心配はない。
けれども来年以降のことがある。
念のために他社に倣って招集をした。
ということで。
集まりが終わるとすぐに定時に。
仕事は残っているが、残業する気にならず。終了後は私もすぐに帰ることにした。
十二月に比べれば日が伸びているはずだけれども、定時にはもう外は暗い。
ここは都会なので、空は黒くなく、ダークグレー。
星も見えない。
「……」
今日は以前よりもキリッとした内定者たちを見て、元気が貰えた……はずなのに。
なぜかモヤっとした感じも同時にあった。
「あー、ソフトクリームが食べたい!」
脳が季節外れのソフトクリームを求めているようだ。
会社があるビルから、駅に向かう道を歩くとすぐにある、コンビニ。
そこのソフトクリームはおいしいため、入ることにした。
ここは定時脱出のサラリーマンが溜まりやすいのか、早く帰る日に見るといつも人がたくさんいる。
特に雑誌のコーナー。
週刊誌を立ち読みしているサラリーマンがずらっと並んでいる。
今日も、うん。外から見るとよくわかる。隙間なくびっしり立ち読みがいる。
あれ。一人だけ妙に若い……
……ってダイチくんじゃないの!
私は外からガラスを叩こうとしたが、そのずいぶん手前から目が合った。
彼も私に気づいたのだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
このコンビニには、小さいながらも中に座って食べることができるスペースがある。
窓際に長いテーブルがあり、丸い椅子が並んでいるような形だ。
会計を済ませた私たちは、ちょうど空いていた席に座ることにした。
彼は先にどうぞという感じで、私を座らせてきた。
二人並んで、外を見る感じになる。
「アオイさん、ソフトクリームですか」
「うん。スッキリしたかったから、かな? 頭が求めてたみたい」
私のほうは、ホットコーヒーに、ソフトクリーム。
彼はホットコーヒーだけだ。
「冬とソフトクリーム、合わないですよね」
「ダイチくんと週刊誌立ち読みだって全然合ってないやい」
「あー。普段は読まないですよ?」
彼が頭を掻く。
一度そこで会話が途切れ、お互い並んで座ったまま窓から外を見続ける形に。
その沈黙を破ったのは、彼のほうからだった。
私がソフトクリームを食べ終わったタイミングで、彼はいきなり、
「さっき、言うのを忘れてましたので……」
と、立ち上がった。
「研修を受けさせていただきまして、ありがとうございました」
彼は深々と頭を下げてきた。
私は突然のことにビックリしてしまった。
「え!? いや、そちらがお礼を言うのはちょっと違うんじゃないの?」
内定者研修の実施で「入社後の円滑な業務遂行」ができると考えれば……。
それは内定者のためというよりも、会社のために実施するという意味合いが強い。
むしろ、まだ社員じゃないのに時間を割いて受けてくれてありがとうと、会社側から感謝すべきことだろうと思う。
「でもあの研修、俺のためにやってくれたようなものなんですよね?」
――!?
「あれ? バレてた?」
「それはまあ、あの資料を見せられたら」
「あー。だよね」
私は、部長に内定者研修の導入を提案するための『プレゼン資料』を、ダイチくん張本人に見せてしまっている。
受け取ったダイチくんは、
「コレ、そういうことだよな?」
と気づいたのだろう。
自分でやっておいてなんだけど。
あれは無神経だったのかもしれない。
あのときから彼はずっと気にしていたのかな。
何だか申し訳ないことをしてしまった。
当時は企画を通すために必死だったので、相手のことまでは考えていなかった。
人事担当者が内定者に負担をかけちゃいけないよね……反省。
……あ。
「あー」
「?」
「もしかしてテニス教えてくれたのって、そのお礼代わりだったりしたのかな? ダイチくん律儀だなー」
「……」
ダイチくんの同級生、タカツカサさんは色々言っていたけど。
彼の性格を考えると、まあそんな理由だったのかな……と、私は思った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
お店を出た私たちは、一緒に電車に乗り。
最寄り駅で一緒に降り。夜空の下を並んで歩き。そしてアパートまで到着した。
私は、また彼の部屋のドアの前まで送った。
「今日はお疲れさまでした」
「お疲れさまでした」
お互い向き合って、ねぎらい合う。
彼の顔は、アパートの古い外照明にぼんやりと橙に照らされている。
その表情は、前と比べてどうなのだろう。
あらためて、じっくりと見る。
「……」
今見ると、あまり変わっていないような。
「どうしました?」
「うん。顔を見てた」
「な、何でです?」
少し橙に赤の成分が混じった。これは少しわかりやすい。
「なんか雰囲気が少し変わった感じがしたんだよね。あ、もちろん良い意味でだよ?」
「そ、そうですか。良い意味なら、うれしいですが」
「ふふふっ。今日はゆっくり休んでね」
「はい。アオイさんも研修の件、本当にありがとうございました」
彼はそう言うと、またもや深々と頭を下げてきた。
「またお礼かあ。テニスを教えてくれた件といい、本当に律――」
「律儀じゃなくて、すみません」
「え?」
「……テニスを教えたのは、お礼代わりじゃありませんでしたので」
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