40 / 46
第39話 この時間なら会いやすいとか、あるのかな
しおりを挟む
時間というものは、過ぎるのが早い。
一月からは次年度の計画資料作成などで非常に忙しかったこともあり。
あっという間に二月を迎えてしまった。
ダイチくんには、たまに偶然の遭遇があるため、まったく会っていなかったわけではない。
正月については、私は実家に帰った。
が、彼のほうはメールで聞いたところ、「帰らない予定」とのことだった。
一月三日に戻ってきてから、お土産の和菓子『月厚化粧』だけ渡しに行った。
そうしたら、彼の対応に違和感を覚えた。
もちろん、顔が変わった、体形が変わった、ファッションに変化があった、などということではない。
「ご丁寧にありがとうございます」
と言われ、両手で受け取られたのだ。
それ自体はもちろん当たり前のこと。
だが、前なら単に「ありがとうございます」だったはずだ。
最悪、片手で受け取っていたはず。
彼の様子は、かなりぎこちなく、思い出しながらのような言動だった。
少なくとも、私から見て自然ではなかった。
そして私はそのまま戻ろうとしたのだが、彼の部屋の中に連れ込まれ。
ちゃぶ台に座らされ。
お茶と一緒に、渡した和菓子が出てきた。
何ぞこの教科書的対応は。
そう思った私は、本人に事情を聞いてみた。
すると、
「二月に内定者研修があるので、その予習をしています。お土産の受け取り方も本に書いてあったので」
ということだった。
本を買って自分でマナーを勉強しているらしい。
真面目な性格をしているのは前から知っている。
だが、内定者研修自体が社会人になるための予習のようなものだ。
予習の予習とは、これ如何に。
……というのは置いといて。
おそらく私としては、
人事担当者としてうれしい。今後もその調子で――
そう思わないといけないはずだ。
けれども私は、
「私の前では普通で、今まで通り適当でいいよー?」
と言ってしまった。
どうしてそう言ってしまったのだろう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
さて。
予定通り、内定者研修が始まる。
実施予定の内定者研修は大きく二種類。
セミナー参加と、教材を使った通信教育だ。
どちらも社内で実施することは難しいため、外部の業者を使っている。
自身で提案し、今年から始めることなので当然ではあるが。
私が新卒で入社したときには、研修は存在しなかった。
私のときは……内定をもらうと、内定式に出席した後は入社式まで何もなしだった。
しかも、入社後の新入社員研修すらもキチンとしたものはなし。
OJT(On the Job Training・仕事をしながらの教育)という名の、事実上の放置だった。
結局、社会人としてのマナーや仕事をする上での心構えについて、今に至るまできちんと教わったことがないのだ。
なので。
むしろ私が研修を受けたいくらいだ。
今回の内定者たちが少しだけうらやましい。
まあ、そんな心情を部長に吐露してみたら、何を言っとるんじゃ的なことを言われた。
こういうのは時代の流れの問題なので仕方がないかな?
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
今日、内定者は外部のセミナーを受けているはずだ。
ダイチくんは製造職採用なので、大卒の総合職採用四人とは違うセミナーを受講している。
社会人としての基本姿勢や考え方、そしてビジネスマナーなどのメニューがあるのは、総合職向けと同様。
だが、作業現場の労働安全などの内容が入っている点が違う。
うーむ。
資料を見るに、ただの講義という形式ではなかった。
グループでなんやかんやとやるような時間が多そうだった。
彼は大丈夫だろうか。
きちんと輪に入れているかな?
「フフフ。心配かね? アオイくん」
また部長が煽ってくる。
しかも、他の人が聞いて邪推される・されないのギリギリのラインを突いて楽しんでくる。
趣味が悪い。
「あら、何の話ですかね」
「ほう。とぼける作戦か」
すっとぼけてみたが、ニヤニヤしながら追撃してくる。
こちらも嫌味で返すことにした。
「年寄りのたわ言につきあう気はありません」
「……私は将棋だけでなく囲碁もやるんでな。そのセリフ、出所が丸わかりだが」
見破ったりというドヤ顔の部長。
後方から差し込んでいる光を反射し、禿げた頭頂部が光る。
ヤバい。
大好物の漫画『ピカールの碁』からセリフをパクったら速攻でバレたようだ。
「まあ、あっちから『ご心配なく』と電話でも来るかもしれないな」
「ちょ……」
その発言は際どすぎる。
ホラ、向かいのイシザキくんが完全に聞き耳モードじゃないの。
というかまだ午前中だ。
セミナーは夕方までやるのに、今のタイミングで電話など来るわけが……。
――プルルル。
「アオイさん。内定者の佐藤ダイチさんからお電話です」
「って、何でかかって来るねん!!」
「フフフ。私の予言的中か?」
くそぅ……この流れでは……席で電話を取りたくない。
いちおう、保留して応接室などに設置されている電話機で取るという手はある。
人事の仕事では、この管理本部内でも聞かれてはマズい電話のやりとりはあるので、そうすることもある。
けれども今回そうしたら、「何の話をしたんです?」とイシザキくんに突っ込まれるのは必至。
イシザキくんは本社営業管理部のお局さんと仲がいい。
お局さん経由で全社に怪情報が出回るのは、火を見るよりも明らかだ。
ここで取って無難にやり過ごすしかない。
「はい。お電話かわりました。アオイです」
「アオイさんですか? ダイチです。午前中のセミナーが終了しました」
「あっ、そうなんだ? それは丁寧にどうも」
報告の電話だった。
うーん、でもそれをわざわざ会社に電話って、丁寧すぎるというか。
ちょっと邪推を招……
「報告・連絡・相談の授業で、最後に『では実際に内定先の人事担当者に報告しましょう』ってなりまして――」
あ、なるほど。
「そういうことだったのね。びっくりした。えっと、大丈夫? ちゃんとやれてる?」
「あ、はい。やれてると思います。大丈夫ですよ。ご心配なく」
「そっかー良かった。じゃあ、午後も頑張ってね」
「はい。ありがとうございます」
電話終了。
よし。
ダイチくんも現地できちんとやれてそうだし、今の電話も別に不自然ではなかったはずだ。
冷や汗びっしょりの私は、ひとまず安堵した。
――プルルル。
また電話だ。
「アオイさん。内定者のヤマモトさんからお電話です」
総合職採用の内定者、長兵バイオ大学バイオハザード学部のヤマモトくんだ。
あれ? これはもしかして、全員から電話がかかってくるやつかな?
午前中のプログラムは、総合職向けも製造職向けも大差なかった気がするし。
……。
さては。
確か参加しているセミナーは、結構有名な会社が主催しているものだ。
そのセミナーで内定者研修を実施している会社は数多くあるはず。
部長はセミナーの内容を……社外の誰かから詳しく聞いていたのではないか?
そしてそろそろ電話が来るだろうということも知っていたのでは?
その上で私をからかって遊んでいた、と。
「ジジイ……」
勝ち誇ったようにニヤニヤしている部長を睨みつけてから、私は電話を取った。
一月からは次年度の計画資料作成などで非常に忙しかったこともあり。
あっという間に二月を迎えてしまった。
ダイチくんには、たまに偶然の遭遇があるため、まったく会っていなかったわけではない。
正月については、私は実家に帰った。
が、彼のほうはメールで聞いたところ、「帰らない予定」とのことだった。
一月三日に戻ってきてから、お土産の和菓子『月厚化粧』だけ渡しに行った。
そうしたら、彼の対応に違和感を覚えた。
もちろん、顔が変わった、体形が変わった、ファッションに変化があった、などということではない。
「ご丁寧にありがとうございます」
と言われ、両手で受け取られたのだ。
それ自体はもちろん当たり前のこと。
だが、前なら単に「ありがとうございます」だったはずだ。
最悪、片手で受け取っていたはず。
彼の様子は、かなりぎこちなく、思い出しながらのような言動だった。
少なくとも、私から見て自然ではなかった。
そして私はそのまま戻ろうとしたのだが、彼の部屋の中に連れ込まれ。
ちゃぶ台に座らされ。
お茶と一緒に、渡した和菓子が出てきた。
何ぞこの教科書的対応は。
そう思った私は、本人に事情を聞いてみた。
すると、
「二月に内定者研修があるので、その予習をしています。お土産の受け取り方も本に書いてあったので」
ということだった。
本を買って自分でマナーを勉強しているらしい。
真面目な性格をしているのは前から知っている。
だが、内定者研修自体が社会人になるための予習のようなものだ。
予習の予習とは、これ如何に。
……というのは置いといて。
おそらく私としては、
人事担当者としてうれしい。今後もその調子で――
そう思わないといけないはずだ。
けれども私は、
「私の前では普通で、今まで通り適当でいいよー?」
と言ってしまった。
どうしてそう言ってしまったのだろう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
さて。
予定通り、内定者研修が始まる。
実施予定の内定者研修は大きく二種類。
セミナー参加と、教材を使った通信教育だ。
どちらも社内で実施することは難しいため、外部の業者を使っている。
自身で提案し、今年から始めることなので当然ではあるが。
私が新卒で入社したときには、研修は存在しなかった。
私のときは……内定をもらうと、内定式に出席した後は入社式まで何もなしだった。
しかも、入社後の新入社員研修すらもキチンとしたものはなし。
OJT(On the Job Training・仕事をしながらの教育)という名の、事実上の放置だった。
結局、社会人としてのマナーや仕事をする上での心構えについて、今に至るまできちんと教わったことがないのだ。
なので。
むしろ私が研修を受けたいくらいだ。
今回の内定者たちが少しだけうらやましい。
まあ、そんな心情を部長に吐露してみたら、何を言っとるんじゃ的なことを言われた。
こういうのは時代の流れの問題なので仕方がないかな?
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
今日、内定者は外部のセミナーを受けているはずだ。
ダイチくんは製造職採用なので、大卒の総合職採用四人とは違うセミナーを受講している。
社会人としての基本姿勢や考え方、そしてビジネスマナーなどのメニューがあるのは、総合職向けと同様。
だが、作業現場の労働安全などの内容が入っている点が違う。
うーむ。
資料を見るに、ただの講義という形式ではなかった。
グループでなんやかんやとやるような時間が多そうだった。
彼は大丈夫だろうか。
きちんと輪に入れているかな?
「フフフ。心配かね? アオイくん」
また部長が煽ってくる。
しかも、他の人が聞いて邪推される・されないのギリギリのラインを突いて楽しんでくる。
趣味が悪い。
「あら、何の話ですかね」
「ほう。とぼける作戦か」
すっとぼけてみたが、ニヤニヤしながら追撃してくる。
こちらも嫌味で返すことにした。
「年寄りのたわ言につきあう気はありません」
「……私は将棋だけでなく囲碁もやるんでな。そのセリフ、出所が丸わかりだが」
見破ったりというドヤ顔の部長。
後方から差し込んでいる光を反射し、禿げた頭頂部が光る。
ヤバい。
大好物の漫画『ピカールの碁』からセリフをパクったら速攻でバレたようだ。
「まあ、あっちから『ご心配なく』と電話でも来るかもしれないな」
「ちょ……」
その発言は際どすぎる。
ホラ、向かいのイシザキくんが完全に聞き耳モードじゃないの。
というかまだ午前中だ。
セミナーは夕方までやるのに、今のタイミングで電話など来るわけが……。
――プルルル。
「アオイさん。内定者の佐藤ダイチさんからお電話です」
「って、何でかかって来るねん!!」
「フフフ。私の予言的中か?」
くそぅ……この流れでは……席で電話を取りたくない。
いちおう、保留して応接室などに設置されている電話機で取るという手はある。
人事の仕事では、この管理本部内でも聞かれてはマズい電話のやりとりはあるので、そうすることもある。
けれども今回そうしたら、「何の話をしたんです?」とイシザキくんに突っ込まれるのは必至。
イシザキくんは本社営業管理部のお局さんと仲がいい。
お局さん経由で全社に怪情報が出回るのは、火を見るよりも明らかだ。
ここで取って無難にやり過ごすしかない。
「はい。お電話かわりました。アオイです」
「アオイさんですか? ダイチです。午前中のセミナーが終了しました」
「あっ、そうなんだ? それは丁寧にどうも」
報告の電話だった。
うーん、でもそれをわざわざ会社に電話って、丁寧すぎるというか。
ちょっと邪推を招……
「報告・連絡・相談の授業で、最後に『では実際に内定先の人事担当者に報告しましょう』ってなりまして――」
あ、なるほど。
「そういうことだったのね。びっくりした。えっと、大丈夫? ちゃんとやれてる?」
「あ、はい。やれてると思います。大丈夫ですよ。ご心配なく」
「そっかー良かった。じゃあ、午後も頑張ってね」
「はい。ありがとうございます」
電話終了。
よし。
ダイチくんも現地できちんとやれてそうだし、今の電話も別に不自然ではなかったはずだ。
冷や汗びっしょりの私は、ひとまず安堵した。
――プルルル。
また電話だ。
「アオイさん。内定者のヤマモトさんからお電話です」
総合職採用の内定者、長兵バイオ大学バイオハザード学部のヤマモトくんだ。
あれ? これはもしかして、全員から電話がかかってくるやつかな?
午前中のプログラムは、総合職向けも製造職向けも大差なかった気がするし。
……。
さては。
確か参加しているセミナーは、結構有名な会社が主催しているものだ。
そのセミナーで内定者研修を実施している会社は数多くあるはず。
部長はセミナーの内容を……社外の誰かから詳しく聞いていたのではないか?
そしてそろそろ電話が来るだろうということも知っていたのでは?
その上で私をからかって遊んでいた、と。
「ジジイ……」
勝ち誇ったようにニヤニヤしている部長を睨みつけてから、私は電話を取った。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ダブルスの相棒がまるで漫画の褐色キャラ
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
ソフトテニス部でダブルスを組む薬師寺くんは、漫画やアニメに出てきそうな褐色イケメン。
顧問は「パートナーは夫婦。まず仲良くなれ」と言うけど、夫婦みたいな事をすればいいの?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる