男子高校生を生のまま食べると美味しい

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落

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第32話 お世辞じゃありませんように

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「まずはそこの線のところに立ってください」
「ここ? こんなに前に?」

 ダイチくんに指示されたところは、コートの後ろの線のところではなかった。
 コートの四分の一ほどネット方向に進んだあたりの横線――これは『サービスライン』と呼ばれる線だ――のところだった。

「最初はお互いサービスラインのところに立って、この距離でミニラリーをやります」
「この距離でまず慣れるってこと?」
「はい。ウォーミングアップと、硬式の打球感に慣れるためですね」
「へぇー」

 ラケットの握り方のときといい、やけによどみなく指示と説明が出てくる。
 あらかじめどう教えるか考えていたのだろうか?

 ……。

 小さい打球音。
 ダイチくんが右手に持ったボールをフワッと放し、フォアハンドでこちらにボールを打ってきた。

 ネットを少しこえたところでワンバウンド。
 私から見ると、けっこう前方で弾んだ。しかしそこからのバウンドがソフトテニスのボールとは全然違う。
 より大きく弾み、ちょうど私にとってちょうどいいところまで伸びてくる。

 それに対し、私はラケットを出していく。
 距離が近いので、思いっきりブンブン振り回そうという気にはならない。
 自然と、スッと軽く合わせるように振る打ち方になる。

 ソフトテニスと違って、ラケットの面にボールがへばりつく感じがない。
 ボールとラケットが反発する感じがより強く、打った瞬間の衝撃もけっこうある。

「同じテニスって名前が付くけど、ソフトテニスと全然違うなあ」
「はい。みんなそう言いますよ」
「でも合わせるだけで結構飛んでいくんだね。おもしろっ」

 私はダイチくんとは違い、打ったボールが左右に散ってしまう。
 しかし彼はフォア、バックともに正確に打ち返し、私の打ちやすいところに返してくる。

「あれ? ダイチくんってバックハンドは片手で打つんだ?」
「はい。好きだった選手が片手打ちだったんで。マネしました」
「あははは。なんかかわいいね、それ」
「え、あっ――」

 手元が狂ったのだろうか、初めて彼のボールが乱れた。
 強く打ち過ぎたようで、私のところまでノーバウンドで飛んできた。

「わっ」
「あ、すみません」

 ラケットは出したが間に合わず、そのボールは私の後方にそのまま飛んでいった。
 フェンスに当たる音。

「ふふっ、大丈夫!」

 拾いに行こうとすると――。

「あ、そろそろいいと思うので、お互い後ろに下がってやってみましょうか」

 ということで、ウォーミングアップ終了。
 後ろのラインのところに立ってラリーすることに。
 これがいわゆる普通の位置だ。

「じゃあアオイさん、お願いします」

 私は拾ったボールを打つ。
 ソフトテニス出身者によくあると言われるホームランにはならなかった。
 さっきのミニラリーの感覚が残っているのか、きちんと相手コートにおさまった。

 ダイチくんがそのボールをフォアハンドで打ち返す。
 肘を少し高く挙げてラケットを引いて……さっきのミニラリーよりもダイナミックに見える。
 ……というか、とてもかっこいいフォームだ。

 打球音とともに、ボールが返ってきた。
 軽く打ってるように見えるのに、ボールが意外に速い。
 それでもさっきのミニラリーの感覚を思い出して、ラケットを合わせる。

 ――おお、返った!

「アオイさん、上手ですよ」

 ほ、褒められたッ!!
 これはもう、ますます元気出ちゃうよー?



 あまり波乱もなく、徐々にラリーが続くようになった。

 ダイチくんの打つボールは、完全に接待モード。
 私のフォア側、バック側とも、あまり動かなくてもいいようなところにしか返ってこない。

 ただ、たまに少しボールが弾むと、私は返球に苦しんだ。
 体感的には、肩よりも高く弾むとラケットの振りが窮屈になり、力が入れにくくなる気がする。

「高く弾むと、少し打ちにくそうですね」

 察しがいい。すぐに突っ込んでくる。

「うん! 打ちにくいー! いい方法あるの?」

 私がそう答えると、彼は私のほうにスタスタとやってきた。

「えっと……見てると、高いボールに対してラケットを振るときに、無理に上から抑えようとして高いところから振り始めてるみたいです。
 それだと窮屈なんで、ボールが高くてもラケットは少し下から振り出したほうが楽に打てると思います」

 彼はそう言うと私にさらに近づき、私のラケットのフレームを握り、
「こんな軌道です」
 と動かした。

「へー。確かにこれなら楽にラケットが出せそうだけど。でもこんなに下から出して大丈夫なの?」
「はい。面さえ上に向かないようにすればホームランにはなりませんから。大丈夫です」

 ダイチくんはネットの向こう側に戻り、ラリーは再開。
 そして彼は、おそらくわざと少し高さのあるボールを打ってきた。

 ええと。無理にボールを抑えようとせずに、下から上に、と。
 おお!
 楽に返るじゃないの!

「アオイさん、バッチリです!」

 やったあああ!



 ダイチくんの「少し休憩しましょう」という提案で、いったんコートの横にあるベンチで休むことに。
 二人並んで腰かける。

「ソフトテニスをやっていたおかげですかね? アオイさん最初から上手だと思います」

 彼はそう言うけれども。
 それは私がどうこうというよりも、ダイチくんの教え方が上手なおかげであるように感じる。

 けっこう「あるある」な話として、やり上手が教え上手とは限らなかったりする。
 しかし、これはもう間違いない。
 彼は教え上手でもある。

 彼は普段無口だし、一見するとコミュニケーションは下手な人種に見えてしまう。
 けれども、きちんと段取りができて、きちんと相手に合わせて最善の説明をすることができる人なのだ。

 まあ、もうちょっと愛想笑いが多くて表情豊かなほうが、いろいろ楽なのかもしれないけどね。

「たぶん、ソフトテニスをやっていたおかげじゃないと思うよ」
「え?」

 私が首を横に向けてそう言うと、彼もこちらを向いた。

「ダイチくんの教え方が上手だからだよ」
「――!」

 彼の顔がボワッと赤くなった。
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