キュートなSF、悪魔な親友

月那

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キュートなSF、悪魔な親友

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 鹿倉が堀と組んで東奔西走していた案件が、漸く一段落したようだと田村が知ったのは、自分と同じでデスクワークを嫌う鹿倉が堀に横からやいやい言われながらPCで報告書を作成している姿を見たからで。
 前日からずっと志麻と現場確認作業で事務所に顔を出せなかった田村としては、そんな姿を目にした今日こそは鹿倉と直接会って話がしたいと思い、ラインに家に来るようメッセージを入れた。
なのに、帰宅してからやっと“今日は無理”という、本当に素っ気ない返事が入った瞬間。
田村はそのまま電話をかけていた。
 そして、なかなか出ない鹿倉にイラつきながらもしつこくコールをし続けて。
「何だよもう。うっさいなー」
 鹿倉の、言葉と裏腹な、へらへらした声にムっとする。
 しかもどうやらスピーカーになっているようで、向こう側から「誰?」なんて声がして。
 それが。
 堀の声だったから。
 ショックなんだか、腹が立っているのか、もうわからない感情を抱えながら、
「どこ、いんの?」
と、まるで浮気を咎めるような口調で言ってしまう。
「んー。堀さんと呑んでる」
 田村の言葉に含まれている感情に気付いているのかいないのか、鹿倉はいつもの声で事実だけを伝えた。
「何? たむちゃんだろ? 来る?」
 堀の声が聞こえてきた。
「えー、ジャマすんなよお。やっと堀さん、二人で呑んでくれるってんのに」
 くふくふと笑いながら言う鹿倉の声が。田村が来るはずないと、そう言っているように聞こえて。
「今から、行くから」
「ああ、おいでおいでえ。ほら、表通りの“多津屋”ってトコ」
 鹿倉ではなく、堀のふにゃふにゃした声がそんな風に誘ってくる。それが、悔しくて。横で鹿倉がじゃれるように邪魔しているのが、一層腹立たしくて。
 頭にきたからそのままぶちっと回線を切る。
 わかっている。どうせ、こんな関係まともじゃないのだから、自分が切られることはわかっている。
 でも、ちゃんと二人で話がしたくて。
 とにかく一度堀の元から、鹿倉を連れ帰りたかったから。
 田村は自分の手で鹿倉を連れて帰る為に、車を出した。
 イライラしながらも、とにかくコインパーキングに車を停めると、堀からラインで送られて来ていた店に着く。
 その店は見るからに高級そうな料亭で。
 自分が鹿倉を、いや鹿倉だけじゃなくてどんな彼女だろうと、連れて来られるような場所じゃないことなんて明白で。
 完全に堀に負けている自分がより悔しくなる。
 でも。悔しいけれど、今はそんなことを言っている場合じゃないから。
 中に入ると堀が話を通していたらしく、店員がすぐに田村を奥へと通した。
 繁華街という土地なのにかなりの敷地面積で、中庭を囲うように廊下が繋がり個室が点在している。
 その雰囲気もさることながら、和服姿の店員の立ち姿さえもが高級感に溢れているから、もう大人しくそれに従うしかない田村としては、イライラを忘れてただひたすら緊張するしかなくなっていた。
中庭を通って奥まった場所にある個室という恐らくかなりのVIPルームであろう場所に通され、そっと扉を開けて中に入ると。
「まじで来るし」
という鹿倉のくふくふ笑いが田村を迎えた。
「俺……やっぱ、ヤだ」
 思わず、口から出てしまった言葉に、自分でも戸惑う。でも、本当に鹿倉が堀のモノになるのは、嫌だから。
 自分だけの鹿倉じゃなくてもいい。でも。堀のモノになるのは、どうしても我慢できない。
「あれ? 志麻ちゃんから聞いてるよね?」
「志麻さんは、とりあえず置いといていいです」
 ぐっと目に力を込めて、堀に対峙してはっきり言ったけれど、
「そーなん? おいらとしてはそろそろ、二人でもいいと思ってんだけどねー」
と、ふわふわとした言葉が返ってくる。
「ヤです。堀さんには、あげたくないです」
「ん? いや、俺は噛まないよ?」
 田村が言った瞬間、鹿倉が腹を抱えて笑いだしていた。
「田村さーん、一旦落ち着こうかー」
「かぐは黙ってて。俺、絶対かぐは本気じゃないって知ってんだから」
「えー? かぐちゃんはノリ気だよね? だからココ来たんだもんね?」
 その堀の言葉に、この後二人きりで繰り広げられる予定だったのだろう光景が田村の脳裏を過る。
 いつかの夢の中で堀の腕の中で蕩けていた鹿倉があまりにもリアルで。
「イヤだ。かぐ、堀さんのモノになんかなんないで」
 その姿を頭から振り払いながら鹿倉の腕を掴むと。
「なんねーよ、ばーか」
 鹿倉が言って手刀を食らわせた。それによって、田村が少しだけ自分を取り戻す。
「あれ? 志麻ちゃんあまり詳しい話はしてないかな?」
 田村の言葉に堀が首を傾げながら、「俺もどこまで話してんのか知らんしなー」と呟く。
 完全に齟齬をきたしている田村と堀の様子に、鹿倉はひとしきりけらけらと笑って。
「田村、おまえ可愛すぎるんだけど」
 わけがわからなくて目を白黒させている田村の頭をポンポンと撫でて。
「あー。まあ、詳しい話はかぐちゃんがOKくれたら話そうと思ってたんだけどね。ほら、志麻ちゃんが田村は大丈夫ってゆってたし」
「俺はOKだよ。むしろ、嬉しい」
 鹿倉がふわりと可愛く笑って言ったから。田村は泣きそうになった。
 こんな形で、二人の想いが通う瞬間を見るつもりなんてなかったのに。
 ちゃんと鹿倉を連れて帰って、自分の傍に置いておきたかったのに。
 まさか。本気で鹿倉が堀に惚れているなんて。
 ……いや、違う。薄々勘付いてはいたのだ。鹿倉がいつもへらへらと否定しているのが、本当は心の中で堀への想いを抱いていることに気付いていた。ただ、それを明確化したくなかったから。
 鹿倉を、取られたくなかったから。
 でも。
 本当に鹿倉が、堀の想いを「嬉しい」と受け止め、堀のモノになってしまうなんて。
 目の前でリアルに起こっている事実が、こんなにも苦しいなんて。
「最初にゆったの田村じゃん」
 と鹿倉がすとん、とはっきり言う。
「……ゆったけど……かぐ、違うって……」
「おまえ、楽しみってゆってたじゃん」
 鹿倉がくふくふ笑いながら続ける。いつもの、飄々と目の前のことを楽しみながら、本心を隠したちょっと意地悪な嗤い。
 その、笑顔の意味が掴めなくて。
「楽しみなんて、思ってないし。俺、かぐが本気なら仕方ないとは思ってたけど」
 本気なら、身を引くつもりはあったけれど。
 本当に今それが事実として目の前に突き付けられた今。
こんなにも自分が戸惑ってしまうなんて想像もしていなかった。
 だから、嫌だと。
 鹿倉は、自分のものだと。言いたくて。
「でも。俺、ヤなんだよ。かぐには」
「えっと。そろそろ切り替えようか?」
 俺の傍にいてほしい、と。言いかけた言葉を遮るように鹿倉が言った。
「え?」
「このまま突っ走ってくおまえ見てるのも面白いけど、さすがに堀さん、困っちゃうよね」
 くふくふ笑いで堀を見て。
「またかぐちゃん、たむちゃんで遊んでんのかよ? ほんと、鬼だな」
「だって堀さん、遊んでくんないじゃん」
「おいらはいつも遊ばれてやってんじゃん」
 堀と鹿倉の会話が見えなくて。
 田村が眉根を寄せた。
「田村、志麻さんから言われたってゆってたろ? 今度、俺と二人で一個仕事任せるって」
「…………うん」
 突然の、仕事の話に戸惑いながらも辛うじて頷いた。
「それ、ココの新店舗の話なんだって。ほら、田村って実家レストラン複数展開してるし、多少なりとも知識はあるじゃん? で、俺はココの本店の仕事で堀さんとずっと関わってたから。丁度いい案件だろって」
「ココ……って?」
「ココはココ。料亭“多津屋”。今は高級志向の料亭だけど、今後はもうちょっと気軽に入れる定食屋っぽい雰囲気の店を出していきたいって話があんの。それについて話しよってことで今日、田村もココ、呼んだの」
 いきなりの話の変わり方に全く頭が付いてきていない田村が、ただ茫然と鹿倉の言葉を聞いているしかなくて。
「ったく。いっつも堀さん、俺と二人で呑もって誘い逃げるのに、やーっとOKくれたと思ったら仕事の話だし。ちょーつまんねーじゃん」
「やだよ、かぐちゃんと二人呑みなんか」
「なんで? なんで俺の誘いだけはそーやって断るん?」
「かぐちゃん、おいらで遊ぶもん」
「なんだよ、カワイコぶってんじゃねーよ。遊ばれたいくせに」
 堀と鹿倉が、いつものようにイチャイチャし始めると、取り残された田村がその場に座り込んだ。
 意味が、わからない。
 いや、わかるんだけど。
 今、鹿倉が堀とイチャイチャしているから余計にややこしいのだけれど、でも、実際の話、仕事の案件で二人がやりとりしていたということが事実で。
「……ちょい、待て。かぐ。堀さんとおまえはその……」
「ヤだなー、田村。ジャマすんなよなー。俺今、堀さん口説いてんだから」
「え? おいら今口説かれてんの? 知らんかったけど」
「いつだって口説いてんじゃん」
「またそーやって。だからたむちゃんが不安になるんだろ。ほら、たむちゃんはかぐちゃんのこと大好きなんだから。ねえ?」
「はいー?」
 突然、堀にそんな風に振られて首を傾げる。
「たむちゃん、大好きなかぐちゃんと一緒なら大丈夫でしょ? ま、基本的に俺も志麻ちゃんもフォローはするから」
「俺はね、いいよ。俺ココ好きだし。大将も面白い人だし。あとは田村がOKならいんじゃないかなーって」
 そう、鹿倉が言った瞬間、二人の目の色が変わった。
 それまでふざけていた色が、ふっと消える。
 それが田村を現実へと引き戻した。
「俺も、やりたいです」
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