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「やっぱりあん時瑞貴ちゃん、おまえに目え付けとったんじゃね? ほーんま、おまえってモテるよなー。羨ましいぜ、全く」
黙ったままで自分を見つめているのだろう和巳の視線を気にしながら、それでも決してそれに自分の視線を交わらせないよう、ただもそもそと煮しめを食べる。
だって、目を見たらなじってしまいそうだから。
そんな権利なんてないのに、自分に黙って彼女なんて作った和巳を、なじってしまいそうだから。
「祐斗……」
「じゃけえさ、俺に呼び捨てさせんでも彼女に呼び捨てにしてもらった方がええじゃろ?」
「祐斗!」
身を乗り出した和巳の手が、祐斗の手首を掴んだ。
「……か……」
「そこで切るな。ばか。和巳って、呼べよ」
びっくりしたせいで目が合って、和巳の目が真剣なことに気付いた祐斗は作り笑いをやめる。
「コンパは、行った。それは認める。おまえに黙ってたのは、彼女が俺かおまえのどちらかに来いって言ったから、おまえを行かせたくなかった。そんで、あのコンパでできあがったのは俺じゃなくて、小形だ」
早口でそれだけまくし立て、和巳は祐斗の手を放した。
そしてどのくらいの時間だろうか、二人は黙ったまま目を見合わせていた。
何も、言えない。
和巳の目はそれ以上祐斗に“彼女”の話をさせようとしなかったし、だからと言ってそのまま目を逸らせるほど柔らかいものではなくて。
「祐ちゃーん! ごめん、花香ちゃん捕まえて!」
沈黙を打ち破ったのは、そんな橋本の声だった。
と、同時にぱたぱたと廊下を駆けてくる小さな足音がする。
「花香!」
咄嗟に祐斗は立ち上がり、裸の暴走幼児を抱き上げた。
「やーん!」
「やん、じゃない。女の子がそんなカッコで走り回らんの!」
橋本がようやくバスタオルを抱えてやってくる。
「ごめんねえ。シャワー止めとる隙に逃げちゃって」
「いえいえ。はい、ちゃんと体を拭いて、とっととねんねしいや」
祐斗がお兄ちゃんらしく優しく言って、まだ濡れている髪を撫でてやる。
もう眠いのだろう花香がぐずり始め、橋本は彼女を抱いて奥の部屋へと去って行った。
「ごめん、祐斗。俺、やっぱもうあっち帰るわ」
気が削がれたらしい和巳はため息を吐きながら言った。
「あ、ごめん」
「いや。ただ……」
「ん?」
見送ろうと和巳の後を追うように廊下に出た祐斗は、和巳の表情が和らいでいるのに安心しながらその目を合わせた。
「俺は、おまえに、呼んでもらいたいって思ってる」
「え?」
その言葉の意味がわからなくて、祐斗がきょとんとした表情を見せた瞬間、和巳はその細長い指ですっと祐斗の頬に触れた。
「和巳って」
小さく言った和巳のその時の笑顔は、ほんの少し前に自分がうっとりと見つめていた“加寿美”のそれの、数十倍は綺麗だった。
黙ったままで自分を見つめているのだろう和巳の視線を気にしながら、それでも決してそれに自分の視線を交わらせないよう、ただもそもそと煮しめを食べる。
だって、目を見たらなじってしまいそうだから。
そんな権利なんてないのに、自分に黙って彼女なんて作った和巳を、なじってしまいそうだから。
「祐斗……」
「じゃけえさ、俺に呼び捨てさせんでも彼女に呼び捨てにしてもらった方がええじゃろ?」
「祐斗!」
身を乗り出した和巳の手が、祐斗の手首を掴んだ。
「……か……」
「そこで切るな。ばか。和巳って、呼べよ」
びっくりしたせいで目が合って、和巳の目が真剣なことに気付いた祐斗は作り笑いをやめる。
「コンパは、行った。それは認める。おまえに黙ってたのは、彼女が俺かおまえのどちらかに来いって言ったから、おまえを行かせたくなかった。そんで、あのコンパでできあがったのは俺じゃなくて、小形だ」
早口でそれだけまくし立て、和巳は祐斗の手を放した。
そしてどのくらいの時間だろうか、二人は黙ったまま目を見合わせていた。
何も、言えない。
和巳の目はそれ以上祐斗に“彼女”の話をさせようとしなかったし、だからと言ってそのまま目を逸らせるほど柔らかいものではなくて。
「祐ちゃーん! ごめん、花香ちゃん捕まえて!」
沈黙を打ち破ったのは、そんな橋本の声だった。
と、同時にぱたぱたと廊下を駆けてくる小さな足音がする。
「花香!」
咄嗟に祐斗は立ち上がり、裸の暴走幼児を抱き上げた。
「やーん!」
「やん、じゃない。女の子がそんなカッコで走り回らんの!」
橋本がようやくバスタオルを抱えてやってくる。
「ごめんねえ。シャワー止めとる隙に逃げちゃって」
「いえいえ。はい、ちゃんと体を拭いて、とっととねんねしいや」
祐斗がお兄ちゃんらしく優しく言って、まだ濡れている髪を撫でてやる。
もう眠いのだろう花香がぐずり始め、橋本は彼女を抱いて奥の部屋へと去って行った。
「ごめん、祐斗。俺、やっぱもうあっち帰るわ」
気が削がれたらしい和巳はため息を吐きながら言った。
「あ、ごめん」
「いや。ただ……」
「ん?」
見送ろうと和巳の後を追うように廊下に出た祐斗は、和巳の表情が和らいでいるのに安心しながらその目を合わせた。
「俺は、おまえに、呼んでもらいたいって思ってる」
「え?」
その言葉の意味がわからなくて、祐斗がきょとんとした表情を見せた瞬間、和巳はその細長い指ですっと祐斗の頬に触れた。
「和巳って」
小さく言った和巳のその時の笑顔は、ほんの少し前に自分がうっとりと見つめていた“加寿美”のそれの、数十倍は綺麗だった。
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