恋月花

月那

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 和巳が転入してきた初日は、つつがなく終わった。
 何しろ和巳はこれで転校回数は二桁を数えているわけで、挨拶も対応も慣れたものである。
 教壇の横でぺこりとおじぎをして名前を呟き、顔をあげたらとっとと空いている席へと着く。
 そして授業が終わる毎の休憩時に好奇心の一番強い者が近寄ってくるから、それに対応して。
 まあ、今回に限ってはその対応も祐斗たちがやったわけだが。

「帰ろうか」
 放課後、中浦たちが部活に勤しむために教室を出て行き、立ち上がった和巳は隣の席の祐斗を振り返って言った。
 その席は担任が、顔見知りである祐斗の隣がいいだろうと配慮してくれたのである。

「うん……」
「どうした?」
 自分を見る和巳の目が今朝までと全く違う様子なのを、祐斗は訝っているのだ。
 今まで自分が何度も話しかけて、その度に冷たくあしらわれていたというのに、あの時自分の名前を呼んだ瞬間から和巳が普通の友達と同じように反応してくれるようになって。

「いや、別に……」
 嬉しい半面、不思議でもあるから。

 朝、祐斗の周りをいつも取り囲んでいる連中に、友達面で嬉し気に紹介した時。
 それまでの和巳ならきっと無愛想にしているだろうと思われた。
 実際、月屋旅館の客として仕事しているからということで一番自分が近い位置にいるのだと、ちょっと優越感を持っていたのは確かだし。
 そんな祐斗のことを、多分またイヤな顔をしているのだろうと思っていたのに、今日の和巳は喋ることこそ殆どなかったものの、ゆったりと微笑んでいて。
 まるで、祐斗とは長く友達でいたのだという風にちゃんと見せて。

「助かったよ」
 和巳がぽつりと言った。
「え?」
「いつもの転校より、気が楽だ」
 その台詞に祐斗はようやく和巳の変貌の理由を掴めたのだった。

「あ、ああ、なんだ。そうか」
 それまではやたらと強がっていただけで、本当はきっと不安だったのだろう。
 祐斗はようやく納得がいった。

 実際学校に来るまでは、慣れた職場――稽古場――で自分の仕事をしていればいいのだから何の不安もないだろうし、祐斗に対しても強がっていられたのだ。
 けれど、こうして実際“転校生”という立場で学校に来れば、何度も経験しているとはいえ慣れない場所であることには間違いない。
 そんな不慣れな場所で自分の知っている存在である祐斗が傍にいれば、それなりに安心もするだろう。
 だから、きっと自分がとった朝からの当って砕けろな“友達になろう”作戦も、砕けなくてすんだというわけだ。

「おまえさ、もっと喋ればええのに。新しい学校行く度にいつもそんなに無口じゃったら、友達作るの大変なんじゃないん?」
 慣れてしまえばこっちのものである。
 祐斗にしてみれば、座員関係の子供に接するのはいつものことで、こうやって世話をするのは嫌いじゃない。
 どんどん話しかけてどんどん自分の連れに紹介していけばいいのだから。

「俺は結構こっちから話しかける方じゃけど、このクラスの連中でも自分からは話しかけにくいって人間のんが多いし。おまえから話しかけてったらもっと友達できると思うぞ?」
 転校生ならえてしてそんな技術は身に付けていそうなものだが。

「いや……。あまり、喋るなって言われてるし」
「はあ? 何じゃそりゃ?」
「おかみが……母さんがさ。外見と合わないからあまり喋るなって」
「ああ、そっか。声変わりしとるけえ」
「うん。一応これでも女優やってるわけだし。なのにぶっとい声で喋るとイメージが壊れるらしい」
 和巳の言葉に祐斗は思わず吹き出した。

「あ、あはは。ほんま、おばさんが言うんわかる気はする。綺麗な顔しちょるもんなー、おまえって」
「まあな」
 笑っていたがそんな風にあっさりと返されてあっけにとられる。
「……そこで肯定するかよ?」
「顔が綺麗なのは昔から認めてんだよ、俺は。でなきゃ女優なんかやるかよ」
「そ……か」
 俺も惚れたくらいだし、と祐斗はしっかり納得した。
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