34 / 41
運命を切り拓く方法
第34話・親友との再会
しおりを挟む体中がじんわりと痛い。重いまぶたを気合いでこじ開けると薄暗い部屋の天井が目に入った。ピッ、ピッ、という規則正しい電子音と壁を隔てた遠くのざわめきが耳に届く。腕を上げようとしたが力が入らず、かすかに指の先を曲げただけで終わった。
僕の体はベッドに寝かされていた。腕には点滴の針が固定されている。何度か瞬きをして室内の暗さに目を慣らすと、そばに誰かがいることに気が付いた。閉じたブラインドの隙間から射し込む陽光を背に受けているからか、誰かの顔はよく見えない。
「……目が覚めたか」
低く穏やかな声に問われ、首をわずかに動かして頷く。彼はベッド傍に置かれた丸椅子に腰掛け、僕を見下ろしていた。
「痛みで眠れなくて睡眠薬もらったんだってな。あれから半月しか経ってないし、すぐには治らないよな」
いつでもバトンタッチ出来るよう、検査や来客に邪魔されないようにと、ゼノンを通じて看護師さんに睡眠薬の投与をお願いしていたのだ。まだ薬が抜け切っていないせいか、頭が回らない。なんと答えていいかも分からない。もし普通に喋れたのなら言いたいことがたくさんあるというのに。
なにも返さない僕に、彼は言葉を詰まらせた。逆光のせいで表情は見えないけれど、きっと辛そうな顔をしているはずだ。片手で口元を覆い隠し、なにかを必死に堪えている。
「……、……ごめん。看護師さん呼んでくる」
震える声を誤魔化すように、そのまま彼は立ち上がった。僕に背を向け、病室から出て行く。
どうやら僕の意識は無事自分の体に戻れたらしい。頑丈で回復が早いゼノンとは違い、ヒョロくて弱い僕の体はまだロクに立つことすら出来ない。怪我をして半月。体の怪我はともかく頭を強く打っているため、ありとあらゆる検査と治療を施されている真っ最中なのだと担当の看護師さんが教えてくれた。
「十日前くらいに意識が戻ってからはおかしなことばかり口走っていたので、脳に異常が起きたのかもって大騒ぎになったんですよ」
「そうなんですか」
「一時的に記憶が混乱しちゃったんでしょうね。ごく稀にあるんですよ、頭を強く打ってしまうと」
お医者さんや看護師さんも驚いただろうけど、ゼノンもびっくりしたよな。目を覚ましたら見知らぬ場所で、知らない人から意味不明なことばかり言われて。僕もあっちの世界で同じ経験をしたからよく分かる。
「あの、さっきの彼は」
尋ねると、看護師さんは肩をすくめた。
「私を呼びにきた後すぐ帰っちゃったわ。毎日お見舞いに来てるし、明日も来るんじゃないかしら」
毎日見舞いに来てくれていたのか。彼はどんな気持ちで眠る僕を見ていたのだろう。記憶が混乱した、中身がゼノンの僕にも会ったのだろうか。
「才智さんが心配で仕方がないって感じだったわ。仲が良いのね」
テキパキと処置をしながら話す看護師さんに、僕は口元をゆるめて答えた。
「……はい。僕の、いちばんの友だちなんです」
「才智ィ~! やっと正気に戻ったんだな!」
「と、鳥居、痛い」
翌日、見舞いに来るなり鳥居が涙目で抱きついてきた。僕はベッドの上で上半身を起こしているが、頭や腹部には包帯が巻かれ、腕には点滴の針が刺さっている。まだ衝撃に耐えられない状態だ。抗議すると、鳥居は「悪い悪い」と体を離した。
「意識が戻ってから何度か話したけど、オレのこと知らんとか言うしさぁ。オレもう悲しくてさぁ」
「ご、ごめん。頭を打ったショックで混乱してたみたいで。もちろん鳥居のことは忘れてないから」
「ほんと良かったぁ」
どうやら、ゼノンから素っ気なく扱われて精神的なダメージを受けたらしい。フォローすると、鳥居はホッと安堵の息を吐いた。
「オレが余計なこと教えちまったせいだよな。オマエが怪我して病院に担ぎ込まれたって聞いた時はもう生きた心地がしなかったよ」
あの日、たまたまバッタリ会った鳥居から話を聞き、その足で慎之介の家に向かった。そこで慎之介の父親から暴行を受け、僕は怪我を負った。自分があんな話さえしなければ、と鳥居はずっと悔いていたらしい。
「鳥居のせいじゃない。僕が考えなしに行動したからだ。僕の自業自得だよ」
「さ、才智ィイ~ッ!」
再び抱きつこうとした鳥居は、騒ぎを聞きつけてやってきた看護師さんによって病室から摘み出されていった。さっきまで騒がしかった病室内が一気に静まり返る。異世界ではディノと同室だったし、宿舎には必ず誰かが居た。急に一人にされ、心細くなってしまう。
「みんな、うまくやってるかな」
ヴァーロとドレイクを森に誘き出し、そこでゼノンと意識を入れ替えた。あの場にはサイオスがいるし、森の外には武装した第一分隊と王国軍の応援部隊が控えている。迷いを乗り越えたゼノンならば、きっと自分が納得できる結果を得られるはずだ。
「僕も向き合わなくちゃ」
コンコン、と病室の扉がノックされた。訪ねてきた人物が誰なのか、今の僕にはすぐ分かる。
「どうぞ」
入室の許可を出すと、しばらくしてから扉がゆっくり開かれた。
「来てくれてうれしいよ、慎之介」
「……正哉」
今日は窓のブラインドは上がっている。昼間の光に照らされた慎之介の顔は昨日みたいに泣きそうに歪んでいた。
1
お気に入りに追加
65
あなたにおすすめの小説

なんでもアリな異世界は、なんだか楽しそうです!!
日向ぼっこ
ファンタジー
「異世界転生してみないか?」
見覚えのない部屋の中で神を自称する男は話を続ける。
神の暇つぶしに付き合う代わりに異世界チートしてみないか? ってことだよと。
特に悩むこともなくその話を受け入れたクロムは広大な草原の中で目を覚ます。
突如襲い掛かる魔物の群れに対してとっさに突き出した両手より光が輝き、この世界で生き抜くための力を自覚することとなる。
なんでもアリの世界として創造されたこの世界にて、様々な体験をすることとなる。
・魔物に襲われている女の子との出会い
・勇者との出会い
・魔王との出会い
・他の転生者との出会い
・波長の合う仲間との出会い etc.......
チート能力を駆使して異世界生活を楽しむ中、この世界の<異常性>に直面することとなる。
その時クロムは何を想い、何をするのか……
このお話は全てのキッカケとなった創造神の一言から始まることになる……
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
【完結】悪役令嬢が可愛すぎる!!
佐倉穂波
ファンタジー
ある日、自分が恋愛小説のヒロインに転生していることに気がついたアイラ。
学園に入学すると、悪役令嬢であるはずのプリシラが、小説とは全く違う性格をしており、「もしかして、同姓同名の子が居るのでは?」と思ったアイラだったが…….。
三話完結。
ヒロインが悪役令嬢を「可愛い!」と萌えているだけの物語。
2023.10.15 プリシラ視点投稿。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。


モブで可哀相? いえ、幸せです!
みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。
“あんたはモブで可哀相”。
お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる