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記憶の糸を手繰る
第24話・真実への一歩
しおりを挟む「ゼノンは怪我を負う少し前、幾度か外出許可を得て町に出掛けていた。確か、昔の友人に会うのだと言っていた」
班のまとめ役であるジョルジュはゼノンから直接そう聞いたという。任務に支障が出ない程度ならば余暇の過ごし方は自由だ。町に出て買い物をしたり、食事をしたり。昼間でも酒を飲める店もある。
「アイツの昔馴染みっつったら孤児時代の知り合いくらいだろ。隊長に保護されてからは大体オレと一緒だったからな」
戦争終結間際の話だ。ゼノンとベニートは十年ほどの付き合いになる。先輩隊員たちから剣を習い、二人は戦いかたを身に付けた。ちなみに、当時の国境警備隊の任務は魔素溜まりの浄化ではなく敵対するロトム王国の兵士の侵入を防ぐための巡回だったのだが。
町の飲食店で聞き込みをしたところ、確かにゼノンは友人と食事をしに来ていたと証言が得られた。相手は紺色の髪の青年で、片眼を眼帯で覆っていたから特に印象に残っていたらしい。随分と親しげな様子だったが、会話の内容までは分からないという。
「やっぱり、聞き込みだけじゃ何があったかまでは分からないですね」
「そのようだ」
嘆息混じりの僕の呟きに隊長が頷く。ジョルジュ班の誰もが真相を知りたがっている。ゼノンに戻ってきてほしいと願っているからだ。
「ここ数日試してみたんですけど、ゼノンの記憶はまだ読めないんです。今までは時々真っ暗な夢の中でゼノンと話が出来たのに」
わずかに繋がっていたゼノンの魂が完全に体から離れてしまったのではないか、という恐れがあった。そうなると、僕が自分の体に戻る手立ても失われる。ゼノンの魂が戻っていない状態で僕の魂が抜けてしまえば、ゼノンの体は死ぬ。みんなを悲しませるような真似は出来ない。
「ゼノンと最後に繋がったのはいつの話だ」
ジョルジュに問われ、考える。
「確か、初めての巡回任務を終えた日です。みんなが隊長室に集まっていた時の」
「それ以前は?」
「ええと、昼より前の時間かな」
まだ医務室でお世話になっていた頃の話だ。マルセル先生にも確認したところ、大体それくらいの時間にうなされていたと教えてくれた。
「元の世界のサイチの体が眠っている時間帯に合わせたほうが成功率が高い。だが、異世界と時間の流れが同じとは限らない。何度か試すしかないと思う」
精神魔術も万能ではない。前例がないので、サイオスも手探りで試行錯誤している。
「一番手っ取り早いのは、サイチに一日中眠ってもらうことだな。そうすれば、いつかは繋がる時が来る」
「でも、僕とサイオスが二人とも任務を抜けるわけにはいかないんじゃ」
任務に支障が出るかもしれないと聞いたジョルジュが眉間にしわを寄せたが、隊長がなだめる。
「では、君たちの代わりに私が出よう。最近体を動かしていなかったから役には立たないかもしれないが」
「た、隊長が!?」
まさかの案に、ジョルジュが目を輝かせる。尊敬する隊長と一緒に夜間巡回に出られることが嬉しいようだ。しかし、マルセル先生が待ったをかけた。
「任務から抜ける人はサイチ君とサイオス君だけじゃない。ディノ君もです」
「えっ、ボク?」
「ディノ君の睡眠不足はまだ回復していない。そんな状態で任務に出るなんてさせられないよ」
数日分の睡眠を取り返すには同じだけ時間がかかる。僕と仲直りをして精神的には回復したけれど、肉体的な疲労はまだ抜けていない。安全のためにも、ディノは休んだほうがいい。
「となると、今夜は隊長と僕、ベニートの三人か」
「いいんじゃねえか? 隊長もまあまあ強えし」
「いやあ、戦争が終わってからは剣よりペンを持つ機会ばかりだけどね」
隊長、戦えるのか。どんどん話がまとまってきた。僕たちがいなくても、一、二日くらいならなんとかなりそうだ。
「そうと決まれば、夜に向けて仮眠を取らねば」
「あ、僕もお供いたします隊長!」
「オイ、もうすぐガロ班が帰ってくる時間だぞ!」
いそいそと寝に行こうとする隊長と、嬉々としてついて行こうとするジョルジュをベニートが真顔で引き止めている。本当に大丈夫だろうか、この三人。
「サイチ君には睡眠薬を処方しよう。ディノ君も飲むといい。効き目が強過ぎて普段は使えないけれど、任務を休むのなら問題ないからね」
マルセル先生のおかげで一日中眠ることが出来そうだ。
ガロ班と入れ替わりで夜間巡回任務に出掛ける三人を見送った後、食事と風呂を済ませた僕たちは医務室に集まった。マルセル先生の管理下で眠った状態でサイオスに精神魔術を掛け続けてもらうのだ。ゼノンの意識と繋がるまで眠り続けなければならないため、必要に応じて追加で睡眠薬を投与する。
「ディノ。眠りながらで構わないから、心の中でゼノンに呼び掛けてほしい」
「わ、分かった」
「マルセル先生も」
「そうだね、私も呼び掛けるよ」
「縁のある者からの声が聞こえれば少しは繋がりやすくなる、かもしれない。これはあなたがたにしか出来ないことだ」
いつになく真剣なサイオスの態度に呑まれ、ディノとマルセル先生は戸惑いながらも頷いた。
「任務に出た三人やガロ班にも頼んである」
「いつの間に」
「隊長に言伝してもらっただけだ」
精神魔術、あとはタイミングさえ合えば繋がるはずだ。それにプラスして、少しでも成功率を上げるために考えた策なのだろう。サイオスの意気込みを感じ、僕は気を引き締める。
「サイチ、おやすみ」
「おやすみ、ディノ」
睡眠薬を飲んでから、僕たちはそれぞれベッドに横になる。二つ並んだベッドの間に置かれた椅子に座ったサイオスが、僕を見てニコリと笑った。
「大丈夫、きっとうまくいく」
「うん。お願い」
普段無表情なサイオスが浮かべた寂しげな笑顔。いつかどこかで見たような気がしたけれど、思い出す前に睡魔に思考を奪われてしまった。
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