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記憶の糸を手繰る
第25話・ゼノンの記憶 1
しおりを挟む壊れかけた家の中で肩を寄せ合う子どもが三人。服はボロボロ、肌も髪も砂ぼこりまみれで、何日も体を洗っていない状態だとひと目で分かった。
「よーしよし、もう大丈夫だからな」
人の気配に怯えて縮こまっていた子どもたちは、頭上から降ってきた声に顔を上げた。食料を見せると、パッと明るい表情に変わる。全員に行き渡るようパンやハムを小分けにしてやりながら、つられて俺も笑顔になった。
「生き残りはコイツらだけか」
「ああ、酷い有り様だ」
国境に近いこの村は戦争に巻き込まれた。備蓄を根こそぎ奪われそうになって抵抗したのか、大人はみな無惨に殺されていた。残されたのは身を隠していた幼い子どものみ。
「連れていく気か? ゼノン」
「置いていったら死んじまうだろ」
「まあ、間違いなく死ぬだろうな」
眼帯に覆われていないほうの目をこちらに向けたヴァーロは、俺の腰にも届かないくらい小さな子どもたちを一瞥してから肩をすくめた。そして、ついてこいと言わんばかりに背を向ける。
保護した子どもの名前はミア、シオン、レイ。三人はそれぞれ別の村の出身だ。一番年長のミアが放浪中に二人を見つけ、共に行動し始めたばかりだという。シオンとレイはまだ幼く、誰かが守ってやらねばすぐに死んでしまいそうに見えた。
俺とヴァーロは戦争が始まる前から孤児だった。親がおらず、帰る家もない。狩りや釣りをして飢えをしのぎ、森や廃屋で寝泊まりをする生活を送っている。最近始まったアステラ王国とロトム王国間の戦争で普段使っていた寝ぐらが使えなくなり、転々としている真っ最中。なにか使えるものがないかと、兵士が蹂躙していった跡地を探していた。この村では鍋や水を入れる皮袋を手に入れている。役に立つ道具を頂戴した代わりに、生き残りの子どもたちを安全な場所まで連れていってやるつもりだった。
「ほら肉だ。しっかり焼いてから食えよ」
「すげえ。よく仕留められたな」
「オレの狩りの腕はよく知ってるだろぉ?」
「ああ。さすがヴァーロだ」
保護した子どもたちを俺が世話している間、ヴァーロが森で狩りをしてウサギを数羽獲ってきた。既に血抜きと皮剥ぎがされていて、あとは解体するだけの状態となっている。火をおこし、肉を焼いたり鍋で煮込んだりするのは俺の仕事だ。
戦争中にも関わらず食べるものに困ったことは一度もない。いつもヴァーロがどこからか調達してきてくれるからだ。だからこそ、自分も孤児でありながら他の子どもにも気を配る余裕が持てたのだと思う。
「ゼノンにいちゃん、おいしい」
「良かったな。よく噛んで食え」
「うんっ」
でも、劣悪な環境には変わりない。連日の野宿は負担が大きいようで、シオンとレイは熱を出したり嘔吐したりと体調を崩すことが多かった。俺とミアが付きっきりで看病し、ヴァーロが食料や薬草を調達する。そんな日が続いた。
幾つかの村や町で子どもたちを引き取ってもらえないかと打診してみたが、残念なことにどこも余裕はないようで断られてばかりだった。
「ミアを養子に?」
「ああ。あちらさんが乗り気でな。少し離れた町なんだが、すぐ連れてこいってさ」
そんなある日、ヴァーロが養子縁組の話を持ち帰った。保護した子どもたちの中で一番年長の女の子、ミア。引っ込み思案な彼女はいつも俺の手伝いをしてくれた。
「シオンとレイは」
「体が弱い。そもそも移動に耐えられねえだろ」
「そうだな。今の状態じゃ寝ぐらから動かせねえ」
わざわざ病弱な子を引き取りたがる物好きはいない。ミアはまだ十にも満たないが、出会ってから今まで体調を崩したことはなく健康そのものだ。
「ゼノンにいちゃん、今までありがとう」
「元気でな、ミア」
「うん。二人をよろしくね」
ミアはヴァーロに連れられて遠くの町へ行った。そして、帰還予定日が過ぎてもヴァーロは帰ってこなかった。
残されたシオンとレイは相変わらず熱を出して寝込んでいる。付きっきりで看病していたが、ついに手持ちの食料が尽きた。ただでさえも弱っている時に飢えさせれば命に関わる。いつもはヴァーロが調達してくれていた。狩りに使う武器もヴァーロが持っていってしまった。
俺は覚悟を決め、近くの村に行って盗みをした。薬は手に入らなかったが、食料は確保できた。何度か繰り返すうちに見つかり、とうとう警備兵に捕まった。
「最近この辺りで盗みを働いていたのは君か。まだ少年だが罪は罪。数日牢屋に入って反省してもらうぞ」
紫の髪をした警備兵の取りまとめ役と思しき若い男は、縛り上げられ地面に転がされた俺を見下ろしている。投獄すると言われ、青ざめた。俺が戻らなかったら弱ったシオンとレイは間違いなく死ぬ。縄を解こうともがくが、兵士に殴られ、更に押さえつけられた。
仕方なく、俺は事情を話した。
離れた場所にある廃屋に体調を崩した子どもが二人いること。彼らを生かすために盗みを働いたこと。周りの兵士たちは苦し紛れの言い訳だと鼻で笑ったが、紫の髪の男は違った。すぐさま俺の証言を信じて廃屋まで様子を見に行き、シオンとレイを保護して連れ帰ってきた。
「子どもたちには治療を施し、体調が安定したら王都の孤児院で受け入れてもらう。異論はないな?」
兵士の宿舎の一室が俺たちにあてがわれた。湯で体を洗い、清潔な衣服とあたたかな食事をとっただけで二人の状態はかなり良くなった。紫の髪の男は寝台で身を寄せ合って眠る幼子に優しい眼差しを向けている。
「済まない。世話になった。盗みをした罪は償う。俺は牢に入ればいいのか」
「いや。君が盗みを働いた理由は子どもたちを助けるためだ。君は悪くない。責任は戦争を止められなかった我々にある」
まさかの無罪放免に肩透かしを喰らった気持ちになった。同時に、こんな大人もいるのかと思った。
「俺はアンタの役に立ちたい。雑用でもなんでもする。恩を返させてくれ」
俺の申し出に、紫の髪の男は目を丸くした。そして、嬉しそうに口元をゆるめる。
「君は体格に恵まれている。これからきっと強くなる。いずれ私の隊で活躍してくれたら助かるよ」
それと、と言葉が続く。
「私の名前はウィリアムだ。ウィリアム・バスカルク。最近国境警備隊に配属されたばかりのしがない将校さ」
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