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本編

55話:もしもの世界

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「えっ、アリスの仕業だったの!?」

「……ごめんなさい、お兄さま」


 驚く兄に対し、アリスは項垂れながら謝罪した。

 以前失敗した『アデルに女性が近付かない理由』をアシオンが改めて占い、エルマとアルマが抗術を掛け直すのを忘れていたため明らかとなった。


「え、じゃあ、クラスの女子が必要最低限しか喋ってくれなかったのも」

「ええ」

「上級生や下級生の女子が僕を見るなり走って逃げていくのも」

「はい」

「……よ、夜の指導役の女性が見つからなかったのも?」

「私がみなさまにお願いしました」

「……ええ~……」


 アリスの告白を聞いたアデルは天を仰いだ。
 まさかの真実にかなりの衝撃を受けている。

 女性とお近付きになれなくて落ち込み、毎日のようにアリスに泣き言をこぼしては励ましてもらっていたというのに、元凶はアリスだったのだ。

 アデルは深く長い溜め息を吐き出した。


「なんでそんなこと……」

「大好きなお兄さまを他の令嬢に取られたくなかったんです。……ごめんなさい。怒っておられますか?」


 答えながら、アリスは上目遣いにアデルを見上げた。潤んだ瞳がアデルを捕える。可愛い妹にここまで言われては怒るわけにはいかない。
 それに、アリスがアデルから女性を遠ざけたおかげで出来た縁もある。

 アシオンは当初、占いを強要してくる女生徒たちから自分の身を守るためにアデルに近付いた。アデルが女性から避けられていたからだ。
 もしそうでなければ、入学初日にアシオンから声を掛けてくることはなく、仲良くなることはなかっただろう。

 アルタリオとは、あまりにも女生徒から避けられまくって落ち込んでいる時に話し掛けられたのがきっかけで親しくなった。あの時アデルが弱音をこぼし、涙を見せたからアルタリオは庇護欲を刺激された。
 もしアデルが女性と普通に話せていたら、元々ヴィクランド家に良い感情を持っていないアルタリオからは敵視されたままだった。

 カナンや生徒会の面々とは、ヴィレオを通じて親しくなれたとは思う。

 ラグロとも、何か切っ掛けさえあれば普通程度には交流していただろう。でも、弱ったところを見せなければここまで仲良くはなれなかった。


 ──カインは違う。


 もしアリスの妨害がなければ、閨の勉強はアランが雇った娼婦から教わっていた。そうなれば、カインと再会して親交を深めることもなく、元々憧れてはいたが、当然恋心を抱くことはなかった。ここまで惹かれることはなかった。

 隣国との戦争も他人事で、みんなと協力して元凶を捕まえようだなんて考えもしなかったはずだ。下手をすれば戦争に負けていた。戦争に負けるということは、最前線で戦うカインの身も危ういということだ。

 自分の知らないところでカインが傷付く。そういう未来が有り得たのだと気付いて、アデルはぞっとした。

 色んな偶然が重なって今がある。


「……お兄さま?」

「怒ってないよ、アリス。むしろ僕はアリスにお礼を言わなくちゃ」


  『もしもの世界』に未練はない。
 アデルは何一つ後悔なんかしていないのだから。







 カインと入れ替わるように王宮お抱え魔術師のルシアスの父親とラグロの母親が北から戻ってきた。
 その話を生徒会室で聞きながら、アデルは普段通り生徒会役員の仕事をこなしていた。


「アデル君って騎士団長と知り合いなんだっけ?」

「え? あっ、はい」


 突然リトアールから話を振られ、アデルは顔を上げた。書類を持つ手がわずかに震える。


「あのひと凄いよね~! 北にいる間ずっと休みなく戦場に出てくれてたんだよ。アレッティ家ウチの兵は気性が荒いヤツばっかなんだけど、そんなの相手にも礼儀正しくてさ~。最後のほうはみんな騎士団長の前だとお行儀よくなってたんだ」

「……ふふ、そうなんですね」


 どこへ行っても誰が相手でも真面目に働くカイン。その光景が目に浮かぶようで、思わずアデルは目を細めて笑った。


「父様がすっかり気に入っちゃってね~。兵の指導に来てほしいって本人に頼んでたんだ。まさか引き受けてくれるとは思わなかったけど」


 北へは望まれて行ったのだ。
 カインの人柄や働きが認められたのは素直に嬉しい。喜ぶべきだとアデルは思う。それでも、やはり遠くに行ってしまわれると悲しい。しかも今度は一年半は確実に帰ってこない。

 ちなみに、リトアールの実家であるアレッティ家は今回の戦争での功績で地方伯から辺境伯へと陞爵しょうしゃくした。国境の守りが重要視されたことと、一時的に治安が悪くなったことで近隣の領主が逃げ出し、統治する地域が一気に拡大したからだ。カインに声を掛けたのも、優秀な指導者としての即戦力が必要だったからだろう。


「リトアール先輩、卒業したら領地に帰るんですか?」

「やだやだ、考えたくなーい! 王都のが楽しいし、北はまだ物騒だしさぁ。まあ、一度は帰らないといけないだろうけど」

「じゃあ騎士団に入るとか」

「俺は騎士ってガラじゃないよ~! でもな~、卒業後のことも考えないとな~」


 確かにリトアールには規律正しい団体活動は向いていない、と生徒会メンバー全員が思った。彼は三男坊だから跡継ぎではない。決まったレールが敷かれているわけではないのだ。しかし、アレッティ家の置かれた状況を考えると、おそらく兄弟で領地を分割して管理することになるだろう。


「ルシアス先輩は?」

「俺は修業だな! いずれ跡目を継ぐために魔術師としての経験を積まねばならん」

「ラグロ君も将来王宮お抱え魔術師になるのかな」

「どうだろうな。あいつはあの通りだから王宮に出仕するには向かん。流石に誰とも会わんわけにはいかんからな」

「確かに」


 ラグロは目を合わせたり言葉を交わすと相手の心が読める。裏表の差が有り過ぎる人と対面すると体調を崩してしまうため、普段は限られた人以外と話すことはない。虚実入り混じる王宮は苦手だと本人も言っていた。

 アデルは卒業後、アランの補佐をしながら当主の仕事を覚えていく予定だ。貴族学院入学当初に掲げた人脈作りも男性限定ではあるが順調に進んでいる。

 アリスが妨害をやめたおかげで、徐々に女生徒たちとも交流できるようにもなった。




 アデルの心にはまだ迷いがあった。
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