【完結】我が国はもうダメかもしれない。

みやこ嬢

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第16話 元王子マティアス

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 夜の王宮敷地内で血を流して気を失っていた謎の男。男のすぐそばの茂みから現れたアストに事情を聞こうとした時、セオルドが「まさか」と驚きの声を上げた。

「この御方はマティアス様ではないでしょうか」
『マティアスだと?』

 意外な名前が出て、全員の視線が倒れている男に集中した。ゆるく波打つくすんだ金髪、青白い肌、特徴的な目の下のホクロ。暗くて視界が悪い上に、ここ数年会っていなかったからすぐには気付けなかったが確かにこの男に違いない。

 マティアス・ジーレーン。悪政を敷いた先代国王の嫡男で、つまり元王子である。私が即位した際に王都郊外の屋敷に幽閉された。ちなみに、先代国王は私の伯父で、マティアスは従兄弟にあたる。

 代々王宮医師を務めているセオルドはもちろん、ローガンや女官長も彼の顔を知っている。そして、過去に先代国王の下で働いていたアストとサヴェルも当然マティアスを知っている。

「なぜマティアス様が王宮に……」
「何者かが手引きしたのか?」

 ディーロとフレッドが混乱している。それもそのはず、マティアスは幽閉中の身。自由に外に出られるはずがないのだ。更に、今日はしくも私が毒殺された日でもある。何か良からぬことが起きていることは明白。

「まさか、貴様らが手引きしたのではなかろうな?」

 険しい表情でアストに詰め寄るローガン。彼は諜報部の二人をよく思っておらず、信用もしていない。このような場面に遭遇してしまっては、疑いは一層濃くなってしまう。関与を疑われたアストは憤慨し、怒りを露わにした。

「違うッ! オレらは怪しい奴がいないか王宮の周りを見張ってただけだッ!」
「ならば、なぜマティアス様がここに? 侵入される前に気付けたのでは?」
「知らねーよ、気付いたらコイツが中庭にいたんだ」

 アストの返答に納得できないローガンが更に問おうとした時、サヴェルが間に割り込んだ。

「ホントですよ。ボクらだってこの人の姿を見たのは七年ぶりくらいですもん。それに、忠誠心とか最初っからないですから」

 サヴェルの言葉をどう受け取ったのか、ローガンは「ふむ」と呟いて一旦退しりぞく。

 改めて、みなでマティアスの状態を観察してみる。

 セオルドが先ほど診た通り、多少の擦り傷はあるが命に関わるような怪我はしていない。目の下には濃いクマが出来ている。青白い顔色、やつれ気味の頬も相まって、重い病気にでも罹っているのかと心配になるほどだった。

『アスト。どこからマティアスを尾行していた』
「すぐ近くだよ。さっき行政区側の中庭で見つけて、怪しいから追い掛けてたんだ」
『この姿で中庭まで誰にも見つからずに侵入したのか?』

 王宮の構造は、まず手前に行政区と呼ばれる建物があり、広い中庭を挟んだ奥に神殿と王族の居住区の建物がある。中庭に入るには行政区を通らねばならず、外部から直接入る場合は高い城壁を乗り越えるほかない。身のこなしの軽い者……アストやサヴェル、ローガンお抱えの隠密以外には無理だろう。

 マティアスは現在幽閉中のため華美ではないが貴族の私服姿程度の装いをしている。だが、裾が土埃で汚れていたり、髪にも蜘蛛の巣がひっかかっており、とても王宮の建物内を通ってきたとは思えない有り様だ。

「ディーロ。第一発見者は何と言っていた?」
「は。確か『言い争うような声を聞いた』と」
「ふむ。となると、他に誰かがいたと考えられるが」

 再びローガンから視線を向けられたアストは首を横に振った。

「いや、コイツひとりだった。オレも含め、話せるくらい近くには誰もいなかったよ。なんか一人で喋ってたけど何を言ってるかまでは聞いてない」

 マティアスは誰と話をしていたというのか。手や首の傷はどうやって負ったのか。なぜ誰にも見つからずに幽閉先の屋敷から出て王宮の中庭に現れたのか。

「うっ……」

 不意に、ぐったりしていたマティアスが呻きながら身じろぎした。意識が覚醒し始めたようだ。

「大丈夫ですか? 喋れますか?」

 仰向け状態のマティアスを覗き込むようにして、セオルドが声を掛ける。まぶたが持ち上がるが、ぼんやりとしていて反応が薄い。

『寝台に寝かせたほうがいいんじゃないか』
「いや、意識が戻って事情聴取が終わったら直ちに幽閉先に送り返す。話さえ聞ければ場所などどこでもいい」
『しかし、怪我の手当てくらいしてやっても……』
「ジークは甘い。この男に昔何をされたか忘れたのか!」
『うっ……』

 過去の話を持ち出されると反論しづらい。

 私たちの話し声が聞こえたのか、先ほどまで薄目を開けたままぼんやりしていたマティアスが急に上体を起こした。驚いたセオルドが後ろに倒れ、女官長とエルマに支えてもらっている。

「……ジークヴァルト殿がいるのか?」

 マティアスは何度か瞬きをした後、キョロキョロと辺りを見回した。大勢に取り囲まれている状況にまず驚き、それから宙に浮いた私の姿を見て満面の笑みを浮かべた。

「嗚呼ッ、!」

 なんて???
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