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第17話 隣国の王子ガルティヤ(故)
しおりを挟む「ジークヴァルト殿! やはり君も死んだのだな!」
嬉しそうに笑いながら、マティアスは聞き捨てのならない発言をした。
なんだか様子がおかしい。彼は従兄弟である私を『ジークヴァルト殿』や『君』などと呼んだことはない。『おい』または『ジーク』だ。『やはり君も死んだのだな』に至っては意味が分からない。マティアスは顔色こそ悪いが生きてはいるし、そもそも幽霊の私の姿が見えていることに何の疑問もなさそうだ。頭を打ったせいでおかしくなったのだろうか。
「マティアス殿、貴殿はなぜ幽閉先の屋敷から王宮へ? どうやって侵入してきたのですか」
発言のおかしさを無視したローガンが矢継ぎ早に疑問をぶつけていく。すると、マティアスはまた笑顔を見せた。
「やあ、君は確かパスメナス家の。今もジークヴァルト殿の右腕をやっているのかい?」
「はあ?」
やはりおかしい。マティアスはローガンが宰相位に就いていると知っているし、『君』ではなく『貴様』または『下級貴族』などと呼んでいた。幼少期からずっとそうだったはずだ。こんなに親しげに話し掛けたことなどない。故に、頭を打って一時的に記憶がない又は数年分の記憶が飛んだ状態とも異なる。
「よろしいですか、陛下」
『どうしたクレイ』
頭上に疑問符を浮かべていると、クレイが上半身だけ起こしてニコニコしているマティアスを指差した。
「どうやら、マティアス様に何者かが乗り移っているようです。先ほどから様子がおかしいのはそのせいかと」
『なんだと?』
予想外の展開に、つい大きな声を出してしまった。
「わたくしの目は誤魔化せません。宰相殿、ちょっとマティアス様を軽く叩いてみていただけますか」
「こうか?」
クレイから頼まれた瞬間、ローガンは何の迷いもなくマティアスの頬を思いっきり引っ叩いた。マティアスの首がぐるんと半周し、血しぶきが飛んだように見えたが大丈夫だろうか。
「あっ」
「えっ?」
すると、叩かれた衝撃でマティアスの体がブレて見えた。マティアスに乗り移っているという誰かの姿だ。一瞬だけ見えた顔には覚えがある。隣国カサンドール王国の王子、ガルティヤ・フローガだ。彼とは幼い頃から親交があったが、残念ながら十年ほど前に毒殺されている。
『まさか、ガルティヤ殿か?』
「そうだよ、ジークヴァルト殿。久しぶりだね、元気だった? あっ、君も死んでるんだったね、アハハ」
呑気でマイペースな話しかた、お気楽な性格。見た目はマティアスだが、中身はガルティヤ王子で間違いない。彼はマティアスの肉体に乗り移って王宮までやってきたのだ。
『貴殿が亡くなったのは私の即位前だから十年以上経つと思うが、なぜ今頃になって』
「さあ。いつもは世界中を飛び回っているんだけど、たまたまロトム王国に遊びに来たらマティアス殿の中に入れちゃってね」
『そ、そうか』
入れちゃってね、じゃないだろう。他人の体を使って不法侵入するとは。幽霊は法で裁けないかもしれないが、マティアスは普通に捕まるんだぞ。
『いや、だとしてもどうやって王宮の中庭まで来たのだ。警備の者や衛兵に遭遇しなかったのか?』
「マティアス殿が抜け道を知っていたから、そこを通ってきたんだよ」
私の問いに、なんてことのないようにガルティヤ王子が答えた。
「ぬ、抜け道……」
「そんな馬鹿な」
そばで聞いていたローガンや女官長が驚愕している。王宮の建物内にある隠し通路や隠し部屋は死んでから存在を知ったが、それとは別の抜け道なるものがあるのか。
「ジークヴァルト殿は知らないのかい。王都中心街の枯れ井戸から王宮の中庭に通じる地下通路があるんだ。さっき初めて通ったけど、なかなか雰囲気のある場所だったよ」
アハハと笑いながら国家機密級の情報を暴露するガルティヤ王子。
私の即位は革命によるもので、正式な王位継承とは経緯が異なる。故に隠し通路などの引き継ぎもされていない。抜け道も、本来は有事の際に王族が王宮から脱出するために造られたものだろう。先代国王の嫡男で王位継承権第一位だったマティアスが知っていてもなんら不思議ではない。
「……色々納得いかんが、まあいい。それで、王宮に侵入した理由は? 何をしに来たんですか」
眉間のしわを更に深くしたローガンが苦虫を噛み潰したような顔でガルティヤ王子に問う。既に私という前例があるから他の幽霊に関しても存在を認めざるを得ず、モヤモヤとした気持ちを抱えているようだ。
「ジークヴァルト殿に会いに来たんだよ。でも、マティアス殿が嫌がるものだから途中でケンカになってしまって。言い争ってるうちに誰かが来て、慌てて隠れようとしたら転んじゃったんだ」
第一発見者である女性使用人の証言と一致した。
どうやらマティアスは完全に意識を乗っ取られているわけではなく、一つの体を二人で共有していたらしい。恐らく、クレイやティルナとはまた違うタイプの霊感体質なのだろう。
「よりにもよって、この方が今日王宮に来たってとこが引っ掛かるな。もしや陛下を毒殺したのは……」
ディーロが疑いの目をマティアス/ガルティヤ王子に向ける。
この場にいる誰もが考えていたことだ。マティアスは私に恨みがあり、動機がある。そして、次代の王になるはずだった男だ。誰よりも王宮内部の構造に詳しい。忍び込むことさえ出来れば犯行も不可能ではない。
「いや、だから、陛下の食事は配膳前にオレが毒見してんだよ。てゆーか、近くにコイツがいたら流石に分かるし」
アストが異議を唱えると、ローガンが鼻で笑った。
「そのような証言当てにならん。おまえたちは先代国王の子飼いだ。マティアス殿に従っていてもおかしくはない」
「てめえ……」
「は? 聞き捨てなんないんだけど?」
またしてもローガンとアスト、サヴェルが言い争いを始めてしまった。本当に仲が悪過ぎる。
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