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第14話 移動式禁呪
しおりを挟む禁呪の布はティルナに持たせると決まった。この布を中心に半径数メートルの中に入れば実体のない幽霊である私の姿を視認、更に言葉を交わすことも可能となる。
「わたくし以外の者に持たせるなら改造なんか致しませんからね!」
不貞腐れたクレイは禁呪の改造を拒否している。
「あっそう」
「じゃ、諸々の悪事プラス不敬罪で即処刑コースっスね」
しかし、ディーロとフレッドから抜き身の剣を突き付けられて観念したようで、渋々一部の呪文を書き換え始めた。最初から言うことを聞いておれば良いのに。
「おのれ、大司教たるわたくしに危害を加えようとは、神をも恐れぬ乱暴な輩ですね……」
先に神をも恐れぬ行いをしたのはクレイだからな?
「ジーク、この後はどうする? アリーラに会いに行くか?」
先ほど言い合いをしてから吹っ切れたローガンは、人前にも関わらず私の呼び方が愛称になっているし、妹である王妃のことも名前で呼んでいる。他の者とは立場が違うアピールだろうか。
『会いたいのはやまやまだが、こんな姿で現れたら驚かせてしまうかもしれん。せめて夜が明けてからだな』
アリーラは妊娠中だ。私が突然死んでショックを受けている中、更に驚かせたくはない。びっくりし過ぎて腹の子に何かあったらマズい。
「では、やはり調査か」
『私を狙った犯人の特定と並行し、我が国の滅亡の原因を探りたい』
「わかった。手配しよう」
こういう時に宰相ローガンは頼りになる。彼はすぐさまパスメナス家の隠密を呼びつけ、何やら指示を出していった。
「ティルスタン卿とガルデンディ卿に使いを出した。早ければ明日中には情報を携えて王宮に来るだろう」
この二名は我がロトム王国屈指の大貴族である。ティルスタン家は広大な領地を、ガルデンディ家は複数の鉱山を所有している。彼らから最新の国内情勢を教えてもらうことで滅亡の原因を探るつもりなのだ。
「禁呪の改造が終わりましたよ」
そうこうしているうちに魔法陣の修正が完了した。クレイは大判のテーブルクロスほどの禁呪が描き込まれた布を手に取り、ティルナの肩にふわりと掛けた。床に引き摺るほど長いマントの様である。
「あ、あの、大司教様? 例えばなんですけど、たたんでポケットに入れておくとかじゃダメなんですか?」
「呪文や魔法陣の大半が隠れてしまうと禁呪の効果が期待できなくなります。移動を前提とするのなら羽織っておくべきでしょう」
「えええ……」
「おや、嫌なのですか? 我が国で最も重要かつ栄えあるお役目が?では、やはりわたくしが代わりましょうか」
「ちょっと、王様ぁ」
クレイにウザ絡みされているティルナは嫌そうな顔を隠しもせず、私に恨みがましい目を向けてきた。
すまん。面倒を掛けて申し訳ないが、私が生き返るまでの僅かな期間だけ我慢してくれ。給与に禁呪手当を上乗せするよう頼んでおくから。
準備は整った。現在地は神殿の建物の最奥にある書庫である。ディーロが先導する形で部屋から出ると、全員の視線が私に集中した。移動式禁呪はきちんと効果を発揮しているようで、安堵の溜め息が其処彼処から聞こえてくる。
薄暗い廊下を進み、幾つかの扉を潜り抜けると神殿内で一番大きな空間、礼拝堂に出た。とっくに日が落ちた時間だが、ランプが灯されているため比較的明るい。
礼拝堂の祭壇上部には女神アスティレイアが座すのだが、禁呪の効果は私だけに有効で、素質のない者に神の姿は視認できないらしい。大司教とティルナ以外は平然と女神の目の前を通り過ぎていく。
『……女神よ、私はまだ生き返ってはいけないのか?』
他の者に聞こえぬよう小さな声で問うと、女神は両腕を用いて大きなバツ印を作ってみせた。まだ我が国滅亡の原因が判明していないと言いたいのだろう。光り輝く七色の髪の美しい姿を見上げ、ほんの少し落胆する。
「陛下、あまりお嬢さんから離れたらダメですよ。我々がお姿を見れなくなってしまいます」
『……済まない、いま行く』
ディーロに笑顔で返事をして、暗く沈みそうになる気持ちを無理やり奮い立たせる。女神に一礼してから、みなが待つ神殿の出口へと向かった。
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