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第6話 視える子!?霊感少女ティルナ
しおりを挟むアストとサヴェルが隠し部屋から去った後、隠し通路を探検した。どうせ王宮内を移動するなら廊下を通ろうが隠し通路を使おうが同じことだ。決して遊んでいるわけではない。
しばらく進むと通路が行き止まりになっていたため、仕方なく壁を擦り抜けて表に出た。どうやら行き過ぎたようで、行政区ではなく使用人の仕事場に出てしまった。掃除や洗濯に従事する者たちが忙しなく行き交っている。
『こんなにたくさんの者が裏で働いているのだな』
王宮の廊下や部屋、庭園が綺麗に保たれているのは毎日毎日維持管理してくれている使用人たちのおかげなのだ。間違えて来てしまったとはいえ、生きている時には入らせてもらえなかった場所だ。しっかりと皆の働きぶりを見ておかなくては。
厨房や洗濯部屋、裁縫部屋を見て回るうちに裏庭へと出た。綺麗に整えられた中庭とは違い、物干し場や薪置き場、物置小屋などがあるだけの場所である。使用人の姿はほとんど見当たらない。
だが、視界の端に人影が見えた。物置小屋と生垣のわずかな隙間だ。そんなところでする作業などあるのだろうか。興味がわいた私は空中を漂いながら人影へと近付いた。
『むっ』
そこにいたのは若い女性使用人だった。物置小屋の壁に背を預け、地面に座り込んでいる。体調が悪いのか、顔色はあまり良くない。思わず『大丈夫か』と声を掛けてしまった。返事などあるはずがないというのに。
「あ、大丈夫です。少し休んだら戻りますんで」
『そうか。なら良かった』
どうやら疲れて休憩していただけらしい。もうすぐ夕刻。朝から働いていれば疲れが出る頃だ。体調不良ではないと聞き、安堵の息をつく。
……おや、普通に返事がきたぞ?
一瞬遅れて私が疑問に思った時、彼女もまた異常に気付いた。反射的に顔を上げ、キョロキョロと辺りを見回す。そして、宙に浮かんでいる私を視界に捉えて動きを止めた。
「あれ、なんか王様みたいな服着た人がいる」
『王様だからな』
「ははは、まさかぁ笑」
私を見上げた彼女は乾いた笑いをこぼした。
『君は私が見えているのか!』
「え。だってそこにいますよね」
真っ直ぐ目を見て言われた言葉に目頭が熱くなる。やはり彼女には私の姿が見えているし、しっかり声も聞こえている。魂だけの存在となってから会話が成り立ったのは女神と彼女だけ。そばにいるのに誰からも認知されず、たった半日で心が折れそうになっていた私は嬉しくてたまらなくなった。
「幽霊がウロウロしてちゃダメですよ。神殿に行かないと悪いものになっちゃいます。早く女神様の元に導いてもらわないと」
『わ、私はまだ死んだわけではない。たぶん』
「そんなことあるんですか?」
『あるのだ。私に限っては、だが』
「ふふっ、なにそれ。おかしい」
私の死はまだ一般に公表されておらず、故に同じ王宮にいても末端の使用人まで情報は行き届いていない。彼女もまさか自分の目の前にいる幽霊が国王だとは夢にも思っていないようだった。
「そろそろ仕事に戻らなきゃ。じゃあ失礼します」
少し雑談をした後、彼女は私を置いてどこかへ行こうとした。ようやく会話できる相手を見つけたのだ。逃すわけにはいかない。
『待て、君に頼みたいことがある』
「はいはい。また今度聞きます」
『私はいま話を聞いてほしいのだ』
食い下がる私を気にも留めず、彼女は物干し場に吊るされている衣服を取り込んでいく。いっぱいになったカゴをかかえ、勝手口から洗濯部屋へと入っていった。すると、女性使用人が数人集まってきて、共に洗濯物をたたみながらワイワイと話し始める。
「ティルナ、あんたどこに行ってたの!」
「どうせまた怠けてたんでしょ」
「すみません」
彼女……ティルナは申し訳なさそうにうつむいて謝っている。隠れて休んでいたのは事実だが、仕事が嫌で怠けていたわけではない。
『体調不良だと説明すればいいだろう』
「……」
私の声は聞こえているはずだが、ティルナは返事をしなかった。当たり前だ。二人きりの時ならともかく、人前で見えざる存在と話をすれば同僚から奇異の目で見られてしまう。
この場で声を掛けることを諦め、彼女の仕事が終わるまで洗濯部屋の片隅で待った。
「すみません、お待たせしました」
『いや、勝手に待っていただけだ』
仕事を終えたティルナは、宿舎へと帰る同僚たちを見送ってから私のほうに振り返った。
「さっきも言いましたけど、早めに神殿に行ったほうがいいですよ。大司教様に祈ってもらって女神様の元に送っていただかないと、ずうっとこの世を彷徨うことになっちゃいますから」
『気遣い感謝する』
その女神に神殿から送り出されて今ここにいるわけだが、どう説明したらいいか分からない。とりあえず半笑いで誤魔化しておく。
『君は実体のない存在……幽霊が見えるようだが、私は生きている時はもちろん今も見たことがない。幽霊同士は互いに姿を見ることができないのだろうか』
「そんなことはないと思います。でも、確かにあなたの周りに他の幽霊はいませんね。いつもはもっといるのに不思議です」
ティルナには死者の魂、つまり幽霊を見る能力があり、体調を崩しがちな理由も恐らくそのせいだ。本来見えないはずのものが見えてしまうから疲れるのだろう。こうして私と話をするだけでも彼女に負担を強いているのかもしれない。
だが、私には彼女以外に頼れる者がいない。
『すまないが、王妃か宰相に伝言を頼みたい』
「どちらもお目に掛かったことすらないですよ!」
『む。ならば、女官長はどうだ』
「私とは階級も仕事内容も勤務場所も違います」
『ふむ、困った』
アリーラやディアトの警護を強化してほしいが伝える術がない。とはいえ、無関係な彼女を困らせるわけにもいかない。他に良い策はないかと考えていると、ティルナが控えめに挙手した。
「あの、女官長直属の女官に幼馴染がいるので、その子に話してみるくらいならできますけど」
『それだ! すぐに頼む!』
ティルナの提案に、私はすぐさま飛びついた。
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