【完結】我が国はもうダメかもしれない。

みやこ嬢

文字の大きさ
5 / 30

第5話 諜報部隊のアストとサヴェル

しおりを挟む

 自分の亡骸ばかりを見ていても情報収集は進まない。自室を抜け出した私は王宮内を探索することにした。

 魂だけの存在となってから半日弱。最初の頃は思うように動けなかったが、慣れてからは行きたいほうへ行けるようになっている。とりあえず人がいそうな場所を目指して飛んだ。

 王族の居住区を出て中庭を通り、行政区へと移動する。女神が言っていた『国家が衰退するほどの人口減少に繋がる原因』を見つけたいのなら国内の情報がより多く得られる行政区をおいて他にはないと考えたからだ。

 王宮の行政区は出仕中の貴族や官僚が行き交い、平時と変わりなく見える。私の死はまだ一般に公表されてはいないのだろう。

「くそっ、どうして!」
「落ち着けよ……」

 どこからともなく言い争う声が聞こえてきた。

 しかし、見える範囲に姿はない。諦めずに声の主を探すうちに、壁の向こうから聞こえているのだと気付いた。今の私は壁を擦り抜けられる。大体の見当をつけて壁の内部に侵入すると、そこは狭い隠し通路の中だった。王宮の中には隠し部屋や通路があると聞いてはいたが、実際に入ったことはない。先代国王を廃して即位したため、こういった細かな引き継ぎがされていないのだ。

『死んでからも新たな発見があるのだな』

 感慨深く呟きながら、初めての隠し通路を興味深く観察した。人ひとりがやっと通れるくらいの幅しかなく、天井には蜘蛛の巣が張っている。だが、王宮を探検しに来たわけではない。私は声の主を探しに来たのだ。見たところ、隠し通路内には誰もいない。ならば別の場所だろう、と移動した。

 隠し通路をしばらく進んだ先に小部屋があった。明かり取りの小窓があるだけの狭い室内で二人の青年が対峙している。先ほど聞こえた話し声は彼らで間違いなさそうだ。

「宰相の奴、絶対オレを疑ってやがる」
「もしそうならとっくに捕まってるよ」
「いいや泳がせてるんだよ、あの腹黒宰相!」

 声の主は私のよく知る家臣だった。諜報部隊のアストとサヴェルは主に情報収集や索敵、果ては暗殺まで何でもこなすことから『暗部』と表す者もいる。

 なるほど、呼べばどこからともなく現れるから不思議に思っていたが、王宮内に縦横無尽に張り巡らされた隠し通路や隠し部屋を通ってきていたのだな。謎がひとつ解けた。

「今朝の食事、オレが確認した時には毒なんか入っていなかった。それなのに、いつどこで陛下の食事に毒が盛られたんだ!」
「知らないって。給仕係の仕業か、そもそも料理じゃなくて皿とかカップに付着してたかもしれないじゃん」
「食器は毎回全部拭いてるし!」

 黒髪褐色肌のアストは南方の出身で、あらゆる毒物に耐性がある。故に私が即位してからは毒味役を進んで引き受けていた。平和になったのだから必要ないと何度も断ったのだが、彼はずっと毒味役を続けてくれている。先代国王に良いように使われていた彼を救い出した私に恩義を感じているらしい。義理堅く優しい子だ。何故かローガンとは折り合いが悪く、顔を合わせるたびに喧嘩しているが。

「たまたまアストが見落としたんじゃね?」
「舐めんな! オレぁ半端な仕事はしねー!」
「だよね。それは僕もよぉく知ってるよ」

 荒ぶるアストをなだめているのは彼の相棒、サヴェル。目の高さで綺麗に切り揃えられた暗褐色の前髪から覗く鋭い三白眼は、アストではなく空をぼんやりと見つめていた。

「ま、疑われるなら僕も同じだな。宰相アイツは僕らの存在が気に食わないみたいだし?」

 サヴェルは抜き身の短剣を延々と弄んでいる。普段とはまったく異なる剣呑な眼差しだ。彼もまた先代国王に利用されていたところを救い出した子である。隠密行動が得意で、主に情報収集や斥候として役に立ってくれている。

 ローガンが彼らを忌避する理由は先代国王の元部下だったからだろう。いつか裏切るのではないかと考えているようだ。私は彼らの忠誠を疑ったことは一度もない。ローガンは心配症だと思う。

「もしオマエがるなら検出可能な毒なんていう間抜けな証拠は残さない。それより、僕らがすべきはコソコソ逃げ回ることじゃなく陛下を狙ったクソ野郎を見つけることだろ?」
「……ああ。ぜってぇ後悔させてやる!」

 サヴェルの言葉に、アストは力強く頷いた。

 王宮医師のセオルドも言っていたが、私の死因はやはり毒殺で間違いないようだ。今朝の食事もアストがしっかり毒味をしてくれたし、サヴェルも身を潜めて近くにいてくれた。故に、不審な動きをする第三者がいれば必ず気付く。彼らの忠義と能力を疑ったことなど一度もない。きっと犯人は相当な手練てだれなのだ。

 もしかしたら毒は偶然私の前に並べられただけで、本来の狙いは身重のアリーラ又は世継ぎのディアトだったのかもしれない。再び犯人が凶行に及ぶ可能性に思い至り、私は身震いした。

『アスト、サヴェル!』

 懸念を伝えたくとも私の声は彼らに届かない。

「僕らだけで犯人を探そう。行くぞ」
「……わかった」

 アストとサヴェルは隠し部屋から出て行った。気配察知能力にけた二人ならと期待したけれど、やはり気付いてもらえなかった。

しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています

八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。 そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

もう殺されるのはゴメンなので婚約破棄します!

めがねあざらし
BL
婚約者に見向きもされないまま誘拐され、殺されたΩ・イライアス。 目覚めた彼は、侯爵家と婚約する“あの”直前に戻っていた。 二度と同じ運命はたどりたくない。 家族のために婚約は受け入れるが、なんとか相手に嫌われて破談を狙うことに決める。 だが目の前に現れた侯爵・アルバートは、前世とはまるで別人のように優しく、異様に距離が近くて――。

伯爵家次男は、女遊びの激しい(?)幼なじみ王子のことがずっと好き

メグエム
BL
 伯爵家次男のユリウス・ツェプラリトは、ずっと恋焦がれている人がいる。その相手は、幼なじみであり、王位継承権第三位の王子のレオン・ヴィルバードである。貴族と王族であるため、家や国が決めた相手と結婚しなければならない。しかも、レオンは女関係での噂が絶えず、女好きで有名だ。男の自分の想いなんて、叶うわけがない。この想いは、心の奥底にしまって、諦めるしかない。そう思っていた。

当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる

蒼井梨音
BL
箱入り公爵令息のエリアスは王太子妃候補に選ばれる。 キラキラの王太子に初めての恋をするが、王太子にはすでに想い人がいた・・・ 僕は当て馬にされたの? 初恋相手とその相手のいる国にはいられないと留学を決意したエリアス。 そして、エリアスは隣国の王太子に見初められる♡ (第一部・完) 第二部・完 『当て馬にされた公爵令息は、今も隣国の王太子に愛されている』 ・・・ エリアスとマクシミリアンが結ばれたことで揺らぐ魔獣の封印。再び封印を施すために北へ発つ二人。 しかし迫りくる瘴気に体調を崩してしまうエリアス…… 番外編  『公爵令息を当て馬にした僕は、王太子の胸に抱かれる』 ・・・ エリアスを当て馬にした、アンドリューとジュリアンの話です。 『淡き春の夢』の章の裏側あたりです。 第三部  『当て馬にされた公爵令息は、隣国の王太子と精霊の導きのままに旅をします』 ・・・ 精霊界の入り口を偶然見つけてしまったエリアスとマクシミリアン。今度は旅に出ます。 第四部 『公爵令息を当て馬にした僕は、王太子といばらの初恋を貫きます』 ・・・ ジュリアンとアンドリューの贖罪の旅。 第五部(完) 『当て馬にした僕が、当て馬にされた御子さまに救われ続けている件』 ・・・ ジュリアンとアンドリューがついに結婚! そして、新たな事件が起きる。 ジュリアンとエリアスの物語が一緒になります。 エリアス・アーデント(公爵令息→王太子妃) マクシミリアン・ドラヴァール(ドラヴァール王国の王太子) ♢ アンドリュー・リシェル(ルヴァニエール王国の王太子→国王) ジュリアン・ハートレイ(伯爵令息→補佐官→王妃) ※たまにSSあげます。気分転換にお読みください。 しおりは本編のほうに挟んでおいたほうが続きが読みやすいです。 ※扉絵のエリアスを描いてもらいました ※のんびり更新していきます。ぜひお読みください。

処理中です...