78 / 86
追加エピソード
最終話:君が帰る場所になる
しおりを挟む
*同居開始~本編最終話ラストに至る迄の物語*
謙太が泊まりで出張に行く日が来た。
いつもより早い時間に家を出る謙太に合わせ、龍之介も早起きして玄関先で見送る。
「行きたくない……」
「シャキッとしろ。仕事だろ!」
「三日も離れるとか無理」
「ほら、新幹線の時間に遅れるぞ」
「うう……」
今回も二泊三日で仙台だ。
際限なくグズる同居人を元気付けるようにハグして軽く背中を叩いてやると、ようやく出掛ける気になった。
「行ってくる」
「ん。気をつけて」
玄関の扉を開け、通路に出たところで謙太が振り返った。
「オレがいない間あの店に行くなよ」
「なんでだよ」
「なんでも!」
それがあの居酒屋の店主に対する嫉妬だと気付き、龍之介は呆れたように笑った。
「……ほんとバカだな」
「約束な!!」
「はいはい」
扉が閉まってからも、龍之介は玄関から動かない。バタバタと共有通路を進む音が徐々に遠退いて聞こえなくなるまでその場に留まる。これは同居を始めてからずっと続けてしまっている癖みたいなものだ。
前回の出張の時は寂しさが勝っていたが、今回はそれほどでもない。それは、謙太との気持ちの繋がりが出来たからなのかもしれない。
その夜、龍之介は迷っていた。
手には錠剤のシートがある。以前処方してもらった睡眠薬だ。色々あって結局まだ一度も飲んでいない。出張先で睡眠不足になっては仕事にならないからと、謙太にも持たせている。
まずはそのまま寝てみて、どうしても眠れないようだったら飲もうと決めた。
ワイドダブルのベッドは独りで使うには広過ぎて、大の字になってもまだ余裕がある。いつもは謙太に抱き締められて窮屈な思いをしながら寝ていたが、今日は伸び伸びと横になれる。
布団や枕から謙太の匂いがして、龍之介は安心して瞼を閉じた。
独りの夜には必ずと言っていいほど悪夢を見た。
結婚を約束した恋人に捨てられる夢だ。
それが怖くて眠れなくなった。
誰かの温もりが側にないと不安だった。
弱い心ごと包み込んでくれる存在が必要だった。
「…………眠れた……!」
翌朝、遮光カーテンの隙間から射し込む太陽の光で龍之介は目を覚ました。同居開始以来、初めて一人で朝までうなされずに眠ることができた。睡眠薬には頼っていない。
不眠を克服できたのは、やはり謙太との関係が変わったからだろう。離れていても少しも不安を感じない。もちろん多少の寂しさはあるが、それ以上に信頼している。必ず自分の元に帰ってくると分かっているから安心していられるのだと龍之介は思った。
一人で眠れたことをメールで報告すると、すぐに返事がきた。
『オレは寂しすぎて睡眠薬飲んで寝た』
「なんでだよ!」
スマホの画面をみて思わず声に出して突っ込む。
出がけの様子からみれば、恐らく謙太は龍之介と離れることにまだ不安があるのだろう。顧客に対して嫉妬したり、側から離れたがらなかったり。
「俺はもうおまえから十分気持ちを貰ったからな。今度は俺が返してやらないと」
出先から度々送られてくるメールを見て、龍之介は無意識のうちに笑顔になった。何度か文章を打ったあと、それを全部消してから『早く会いたい』とだけ返信した。
すぐ謙太から着信がきたが、それは取らず『仕事しろバカ』と追加でメールを送り、その後は無視を決め込んだ。
翌日の夜。
最寄駅に着いたとメールが届いた。その十分後、大きな足音を立てながらマンションの共有通路を走ってくる気配を感じて玄関の扉を開ける。息を切らせている姿を見て笑って出迎えた。
「ただいま、リュウ」
「おかえり、ケンタ」
『君を繋ぎとめるためのただひとつの方法』 完
謙太が泊まりで出張に行く日が来た。
いつもより早い時間に家を出る謙太に合わせ、龍之介も早起きして玄関先で見送る。
「行きたくない……」
「シャキッとしろ。仕事だろ!」
「三日も離れるとか無理」
「ほら、新幹線の時間に遅れるぞ」
「うう……」
今回も二泊三日で仙台だ。
際限なくグズる同居人を元気付けるようにハグして軽く背中を叩いてやると、ようやく出掛ける気になった。
「行ってくる」
「ん。気をつけて」
玄関の扉を開け、通路に出たところで謙太が振り返った。
「オレがいない間あの店に行くなよ」
「なんでだよ」
「なんでも!」
それがあの居酒屋の店主に対する嫉妬だと気付き、龍之介は呆れたように笑った。
「……ほんとバカだな」
「約束な!!」
「はいはい」
扉が閉まってからも、龍之介は玄関から動かない。バタバタと共有通路を進む音が徐々に遠退いて聞こえなくなるまでその場に留まる。これは同居を始めてからずっと続けてしまっている癖みたいなものだ。
前回の出張の時は寂しさが勝っていたが、今回はそれほどでもない。それは、謙太との気持ちの繋がりが出来たからなのかもしれない。
その夜、龍之介は迷っていた。
手には錠剤のシートがある。以前処方してもらった睡眠薬だ。色々あって結局まだ一度も飲んでいない。出張先で睡眠不足になっては仕事にならないからと、謙太にも持たせている。
まずはそのまま寝てみて、どうしても眠れないようだったら飲もうと決めた。
ワイドダブルのベッドは独りで使うには広過ぎて、大の字になってもまだ余裕がある。いつもは謙太に抱き締められて窮屈な思いをしながら寝ていたが、今日は伸び伸びと横になれる。
布団や枕から謙太の匂いがして、龍之介は安心して瞼を閉じた。
独りの夜には必ずと言っていいほど悪夢を見た。
結婚を約束した恋人に捨てられる夢だ。
それが怖くて眠れなくなった。
誰かの温もりが側にないと不安だった。
弱い心ごと包み込んでくれる存在が必要だった。
「…………眠れた……!」
翌朝、遮光カーテンの隙間から射し込む太陽の光で龍之介は目を覚ました。同居開始以来、初めて一人で朝までうなされずに眠ることができた。睡眠薬には頼っていない。
不眠を克服できたのは、やはり謙太との関係が変わったからだろう。離れていても少しも不安を感じない。もちろん多少の寂しさはあるが、それ以上に信頼している。必ず自分の元に帰ってくると分かっているから安心していられるのだと龍之介は思った。
一人で眠れたことをメールで報告すると、すぐに返事がきた。
『オレは寂しすぎて睡眠薬飲んで寝た』
「なんでだよ!」
スマホの画面をみて思わず声に出して突っ込む。
出がけの様子からみれば、恐らく謙太は龍之介と離れることにまだ不安があるのだろう。顧客に対して嫉妬したり、側から離れたがらなかったり。
「俺はもうおまえから十分気持ちを貰ったからな。今度は俺が返してやらないと」
出先から度々送られてくるメールを見て、龍之介は無意識のうちに笑顔になった。何度か文章を打ったあと、それを全部消してから『早く会いたい』とだけ返信した。
すぐ謙太から着信がきたが、それは取らず『仕事しろバカ』と追加でメールを送り、その後は無視を決め込んだ。
翌日の夜。
最寄駅に着いたとメールが届いた。その十分後、大きな足音を立てながらマンションの共有通路を走ってくる気配を感じて玄関の扉を開ける。息を切らせている姿を見て笑って出迎えた。
「ただいま、リュウ」
「おかえり、ケンタ」
『君を繋ぎとめるためのただひとつの方法』 完
0
お付き合いはお試しセックスの後で。
お気に入りに追加
118
あなたにおすすめの小説
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。

僕たち、結婚することになりました
リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった!
後輩はモテモテな25歳。
俺は37歳。
笑えるBL。ラブコメディ💛
fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
この噛み痕は、無効。
ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋
α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。
いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。
千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。
そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。
その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。
「やっと見つけた」
男は誰もが見惚れる顔でそう言った。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる