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第5章 西と東の思惑
58話・油淋鶏定食と牛丼セット
しおりを挟む混雑を避けるため、少し早い時間に社員食堂へと向かう。
「今日は油淋鶏と牛丼かぁ~。どっちも美味しそう」
食堂入り口に置かれたホワイトボードには本日のランチメニューが書かれている。株式会社ケルスト本社の社員食堂では二種類の献立が日替わりで用意されており、どちらかを選んで注文する。体調などの理由で別のメニューを出してもらうことも可能で、本社社員のほとんどが利用している。
伊賀里と九里峯はA定食の油淋鶏、阿志雄はB定食の牛丼を頼んで席へと着く。まだ混雑しておらず、且つ客人を連れているため、食堂のおばちゃん・和地がテーブルまでトレイを運んできてくれた。
「伊賀里さんお久しぶり。今日は出張?」
「そんな感じです。和地さんのごはんが恋しくなって食べにきちゃいました」
「まぁ嬉しい!おかわり出来るからたくさん食べていってね。お客さんも是非」
「ええ、ありがとうございます。いただきます」
伊賀里の言葉に、和地は上機嫌で厨房に戻っていった。イケメンふたりから笑顔を向けられて嬉しいだろう。
何食わぬ顔で和地に対応する九里峯を見て、どのツラ下げて、と阿志雄は心の中で悪態をついた。
「やあ、これは本当に美味しそうだ」
九里峯がまず箸を伸ばしたのはメインの油淋鶏……ではなく味噌汁。熱い汁をひと口飲み、具材を食べる。大根、人参、牛蒡などの根菜がたっぷり入った味噌汁は食材から旨味が滲み出ている。次に油淋鶏を一切れ持ち上げて齧る。カリカリに揚がった鶏肉に刻んだネギや生姜入りの黒酢のタレがたっぷり掛けられていて食欲をそそる。
阿志雄が頼んだ牛丼には味噌汁と小鉢の煮物が付いている。刻み昆布と油揚げを甘辛く煮たもので、彩りに添えられたインゲンの緑が映えている。牛丼は薄切りの牛肉と玉ネギがじっくり煮込まれており、つゆのしみたごはんとかき込んで食べると美味い。
「はぁ~、やっぱ本社はいいなぁ」
「これは確かにお店に負けない味ですね。社員食堂でこのレベルの料理が出てくるとは思いませんでした」
「でしょ?東京支社もこうならいいのに」
伊賀里と九里峯の会話を向かいの席で聞きながら、阿志雄も無言で頷く。
東京支社にも社員食堂はあるが、とにかく不味い。味付けは濃く、彩りや栄養バランスは二の次で、腹を満たせば良いという感じのメニューばかり。社外に出れば近くに色んな店があるので、よほど仕事に追われていなければ外に食べに行き、利用率の低い食堂の質は下がる一方。
「しかし、これだけの料理を出すにはかなりコストが掛かりますよね。その割に価格は安い。会社が差額を負担しているのでしょうか」
「本社は福利厚生に力を入れてるんだよ」
「なるほど。もう少し余裕が出れば東京支社もこういった方面に予算が使えますかね?」
「うーん……支社長は無駄を省くタイプだからね。今ある社員食堂を撤退させて菓子パンとかカップ麺の自販機でも並べたらどうだって前に言ってたよ」
「それはまた。合理的といえば合理的ですが」
和地の美味しい料理を食べてからその話を聞いてしまうと寂しい気もする。
阿志雄は入社して本社研修を終えてから三年東京支社で勤務していた。支社長と直接話す機会はなかったが、運営方針から無駄を嫌う性格だと薄々気付いていた。
そんな支社長が穂堂に見せた冷たい態度。少なくとも数年は共に暮らしたというのに、むしろ疎ましく思っているようだった。同じ立場の本社社長や大阪支社長とは真逆だ。
無駄を嫌うならば、昇進を断って平社員の待遇のままで身を粉にして会社に尽くす穂堂は有り難い存在ではないのか。彼が穂堂を疎んじるのは他に理由があるのかもしれない。
心ない言葉にただ頭を下げる穂堂の姿を思い出し、阿志雄の心が締め付けられるように痛んだ。
三人が食べ終わる頃には昼休みの時間に入り、社員食堂には続々と人が集まり始めた。そろそろ出ようと席を立ったところで、こちらを凝視する鍬沢の姿を見つけて阿志雄は蒼褪める。
鍬沢は九里峯の顔を知っている。食品偽装を裏で操っていた憎き相手と一緒にランチを食べている阿志雄に『信じられない』といった表情を浮かべ、じわじわと後退して食堂から出ていった。
「あっあの、オレ仕事あるんで、ここで失礼します!」
「わあ、営業ナンバーワンは忙しいねぇ。頑張って~」
伊賀里と九里峯に頭を下げ、トレイを返却してから阿志雄は慌てて鍬沢の後を追った。
【情報システム部 鍬沢 明】
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